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覚え書:「今週の本棚:小島ゆかり・評 『日本の恋の歌-貴公子たちの恋』『日本の恋の歌-恋する黒髪』=馬場あき子・著」、『毎日新聞』2013年04月07日(日)付。


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今週の本棚:小島ゆかり・評 『日本の恋の歌-貴公子たちの恋』『日本の恋の歌-恋する黒髪』=馬場あき子・著
毎日新聞 2013年04月07日 東京朝刊


 (角川学芸出版・各1680円)

 ◇襞深くなつかしい“人の心”に立ち返る

 月刊誌『短歌』(角川学芸出版)に全七十回(二〇〇六年-二〇一一年)連載された「日本の恋の歌」を、二冊に再編集しての刊行である。古来、日本文学の土台には和歌があり、その中心は恋の歌である。本書の対象となる王朝から中世において、それは圧倒的な質量をもって詠み遺(のこ)されている。

 いったい人々をこんなにも熱中させてしまう「恋」とは何か。それは単に、人が人を思うという域を越えた、人間探求の場でもあり、時には地位や身分の桎梏(しっこく)から少しく解放された別天地として、人間的な思いやりの温かさや、願いのかなわぬ失意に打ちのめされたりするリアルな場なのである。(「あとがき」-貴公子たちの恋-)

 そしてまた、韻律の様式をもつ和歌ゆえに、表現の粋(すい)を競い合いつつ、日本の詩の言葉が磨かれていった現場でもあるのだ。

 それにしても、二冊に及ぶ古典和歌の鑑賞を、これほどぞくぞくしながら読ませる著者の力に驚く。わたしはじっさい、この歌人の歌語りを聴く機会に何度も恵まれてきたけれど、まるで見てきたように、その場に居合わせた人のように語るのだ。千年の時間など一気に飛び越えて、歌のなかの男たちが女たちがざわざわと動きはじめ、そこにありありと人の姿や場面が見えはじめるのである。

 歌人としての鮮やかな直感や、文芸評論家としての膨大な蓄積はむろんながら、わたしがもっとも感動を覚えるのは、過去の歌びとたちの心理や歌の現場にみずから立ち会い、生身(なまみ)をもって受け止めようとする、著者の溌剌(はつらつ)とした人間的情感の深さなのである。

 さて、本書の見どころはいくつもあるが、まず<貴公子たちの恋>篇において、「『古今集』の恋」に先立つ「色好みの源流」を第一章に据えたこと。元良親王(もとよししんのう)がはじめに登場する新鮮さである。

 元良親王は、失敗談も含めて色好みの代名詞であった平中(へいちゅう)(平貞文(たいらのさだふん))や、「いちはやきみやび」の人・業平(在原業平)の次の時代の風流士(みやびお)。業平の愛人であった藤原高子(たかいこ)と清和天皇との間に生まれた陽成院の第一皇子。「わびぬれば今はた同じ難波なる身をつくしても逢(あ)はんとぞ思ふ」(『後撰(ごせん)集』)の一首は知られていても、その人と作品についてあまりくわしく語られることのなかった人である。

 著者は、元良親王の女性遍歴のみならず、そのピークとなる宇多院の京極御息所褒子(きょうごくのみやすんどころほうし)との禁忌の恋の時期や心理的背景を細やかに探り、物狂いの帝とも言われた父・陽成院についてもていねいに言及して、親王を時代と人間関係の中から浮かび上がらせている。

花の色は昔ながらに見し人の心のみこそうつろひにけれ『後撰集』

 「春下」に見えるこの歌の場面は、親王がすでに同居していた女性を、宇多院が召人(めしうど)(侍妾(じしょう))として奪ったのちほぼ一年、逢うことのかなわない愛人の曹司(ぞうし)(部屋)の戸口などに、桜の枝に歌をつけて挿しておいたというもの。「花の色は昔のままに変わらずに今年も咲いたが、ともに契ったあなたの心だけは、私から離れていってしまったのですね」と詠む歌の、「うつろふ」にもっともふさわしい桜の花の時期まで、怨(うら)みを胸にとどめてじっと待つ。そこに「折を知る」風雅の心があるという。

 「『色好み』に身を賭けて風雅を生きた人々の女性との交流には、若き日に、その才や美ゆえに最も変化しやすい女性の命運への嗟嘆(さたん)がこもっている。(中略)世の制度の外にある<女>という存在が、世の制度に縛られた男たちには必要だったのだ。そこに美があり歌ことばがあればなおさらである」

 「一夜めぐりの君」という綽名(あだな)をおもしろがるだけでは見えてこない、親王の精神の陰影が立ち上がってくる。そして『源氏物語』のモデルの一人だったと目(もく)される所以(ゆえん)も、あらためて思い起こされる。元良親王を最初に登場させた意図は、親王を語ることがつまり、「色好み」というきわめて日本的な「あはれ」の扉を開く鍵であったからにちがいない。

 ほかにも、小野小町の歌に現れる海辺幻想と伝承との関わりや、『古今集』の代表的女流・伊勢の歌の「うたかた人」をめぐる読み解きなど、新鮮な視点が次々に示される。

 続く<恋する黒髪>篇では、圧巻の「和泉式部の恋と歌」をはじめ、晶(すず)しい男の魅力を感じさせる藤原実方(さねかた)の恋や、壮大な物語に彩られた『源氏物語』の恋の歌、さらに「後拾遺姿」と呼ばれた風体をめぐる和歌論や、題詠の恋の諸相など、著者の歌語りの情熱は尽きることがない。恋の歌と場面はこんなにもおもしろく、人の心はこんなにも襞深(ひだぶか)くなつかしいのだと、教えられる。
    --「今週の本棚:小島ゆかり・評 『日本の恋の歌-貴公子たちの恋』『日本の恋の歌-恋する黒髪』=馬場あき子・著」、『毎日新聞』2013年04月07日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20130407ddm015070006000c.html


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