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覚え書:「今週の本棚:加藤陽子・評 『ユーロ消滅?』=ウルリッヒ・ベック著」、『毎日新聞』2013年04月14日(日)付。

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今週の本棚:加藤陽子・評 『ユーロ消滅?』=ウルリッヒ・ベック著
毎日新聞 2013年04月14日 東京朝刊


 (岩波書店・1575円)

 ◇“現代のリスク”とどう向き合うか

 四年前のギリシアの財政危機に端を発したユーロ危機。重い内容を書いているはずなのに、わくわくしながら読み進められる本だ。作家の山田詠美氏がどこかで述べていた。ページをめくらせるのがエンターテイメント。ページを読む手を止めて考えさせるのが純文学。その伝でいえば本書はリスク社会論のエンターテイメントといえる。

 読者に読む快楽を与えてくれる理由の一つが、達意の訳者・島村賢一氏の技に負っているのは間違いないところだろう。いま一つは、著者が、一見異なった事象の背後に潜む構造上の共通性を読み手に示してみせたからだろう。一過性の知的興奮が持続的な理解へと高められたとき、ひとは愉(たの)しいと感ずるものだ。さらなる愉悦は、ミュンヘン大学で社会学を講じ、チェルノブイリや福島の過酷災害について時宜に適した発言をおこなってきた著者が、「制御が利かなくなった近代というもの」について腰を据えて論じ、なおかつ、希望のもてる未来のシナリオを指し示してくれたことから生まれる。成熟した大人の専門家が絶望していないとき、ひとは安心してまどろめる。

 近代とは何かを考えてきた学問の方法に社会学がある。評者が専門とする歴史学などは、何をもって近代の画期とするかを考え、共同体の解体、身分制の解体、市場を軸とした再生産などを、その答えとしてきた。リスク社会学が対象とする時代は、人間社会の成熟とともに著しい進歩をとげた経済=技術活動によって、地球上のすべての人々にとって安全地帯といえる場所がなくなった現代である。

 普通の人々にとって、その複雑な稼働システムなど知るよしもない原発は、爆発しないとは言い切れない。金融工学によって精緻化された金融市場も、いつ暴落するかわからない。このように、仮定としてのカタストロフィを予期しつつ生きねばならぬ時代が現代社会にほかならない。

 テロや環境危機(原発事故を含む)などの現代のリスクは、ある意味ですべての人々を公平にグローバルにのみこむ。そのようなとき、従来型の国民国家単位での政治によって国家が地球規模のリスクを回避することはできない。国内政治/国際政治という区分けが無意味となる社会となってしまえば、人々は不断に「自分の生活と、世界の他の地域における他者の生活との不愉快な関係」を日々体験せざるをえなくなる。ここに、ベックが新たな責任の共同体の可能性をみる根拠がある。

 たしかにユーロ危機は、ギリシアの経済的運命がドイツ連邦議会の決定に左右されてよいのかといった、民主制の根幹にかかわる深刻な問題を欧州全体につきつけた。一方、スペインなどの南欧諸国が抱くドイツ像は、「富者と銀行には国家社会主義で臨むが、中間層と貧者には新自由主義で臨む」手前勝手な国、というものだろう。対立は根深い。

 ただ、カタストロフィの予期が、公衆に共有されるようになれば、変化は案外早いのかも知れない。各国憲法の保障する議会の予算議決権や国家による銀行への監督権そのものが、何らかの欧州連合機関に移譲されるところまで行くのは困難にしても。ベックは明るい未来像をヘーゲル的シナリオと名づけた。

 だが、反対に転ぶ可能性も捨てきれない。カール・シュミット的シナリオと名づけられたそれは、リスクの脅威が全権委任による政治的怪物を生み出す未来像となっている。ドイツが負わされた歴史的な責務は今回も重い。(島村賢一訳)
    --「今週の本棚:加藤陽子・評 『ユーロ消滅?』=ウルリッヒ・ベック著」、『毎日新聞』2013年04月14日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20130414ddm015070030000c.html

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