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覚え書:「今週の本棚:池澤夏樹・評 『旅立つ理由』=旦敬介・著」、『毎日新聞』2013年04月21日(日)付。


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今週の本棚:池澤夏樹・評 『旅立つ理由』=旦敬介・著
毎日新聞 2013年04月21日 東京朝刊


 (岩波書店・2415円)

 ◇幸福感につつまれた「南の世界」の旅物語集

 いやしくも書評を仕事としている以上、「珠玉の短篇」などという言葉は使いたくない。褒め言葉として安直に過ぎる。

 しかし、ベルギーの名店のチョコレートが一箱あって、毎晩一つ週末には二つと食べるような気分を与えてくれる本となれば、この言葉も使いたくなる。それが二十一個、挿絵もすばらしくて完璧なパッケージだ。

 風味はエキゾチック。話の舞台の多くがアフリカ、ラテンアメリカ、あるいはヨーロッパも隅の方だから。その土地の風土感を土台に書かれているから。

 基本の枠組はある日本人男子の旅物語である。たいていは一人だが、時には幼い息子が同行する。この子の母親のアミーナはウガンダ人で、いろいろあって今は別れたらしいことがおいおいわかる。

 「アフリカの流儀」という話がある。男とアミーナとその同郷の友だちのナスィームの三人で、ケニアのナイロビから列車でウガンダに向かう。

 とんでもなく荷物が多いのはアミーナにとってこれが四年ぶりの里帰りだからだ。郷里の人たちへのおみやげが尋常な量ではない。

 こんなにたくさん運べるか?国境を越える際にトラブルはないのか? そこは無事に過ぎたとして、その先で荷物を預けたボダボダすなわち自転車タクシーを漕(こ)ぐ少年たちは信用できるか? 男はさまざまな不安に苛(さいな)まれるが女たちは平然としている。

 そしてすべてはうまく運ぶ。現代の欧米文化が用意した人間不信に基づく仕掛けとは別の、アフリカ本来の相互信頼システムが正しく機能する。だから最後にナスィームは「ほらね、言っただろ、これがウガンダの流儀ってものよ」と言わんばかりに笑うのだ。

 この本が楽しいのは、基本のところで満足と安心の肯定的な人間観を踏まえているからである。南の世界においては、どんな難関が立ちはだかるように見えても、最後には万事が収まるべきところに収まる。

 イタリアという国は南の世界には属さないかもしれないが、しかし息子はそこを楽天的なトポスに変えてしまう。

 父と子で観光でフィレンツェを訪れ、ずっと一緒に動き回りながら少しの間だけ別行動になる。父はミケランジェロの墓を見に行き、息子は広場で待つ。十歳の息子を観光客とそれを狙う悪党がうようよしている(ように思える)シニョリーア広場に残して父は離れ、目的を果たし、心急(せ)いて戻る。

 その間になんと息子は四ユーロ稼いでいた。遊び半分に色鉛筆でスケッチブックに描いた絵に、お母さんと小さな女の子の二人連れが値を付けたのだ。

 これがこの本のはじめにある「世界で一番うまい肉を食べた日」という話。父と子は四ユーロの稼ぎでリストランテで豪遊する。呆(あき)れるようないい話だ。

 文学で幸福感を書くのはむずかしい。今の日本では誰もが不満を抱いて生きているからちょっとやそっとでは読者は納得してくれない。この国に幸せがないのなら外に出るか、というほどことは単純ではないし。

 それでも、この本に溢(あふ)れる賑(にぎ)やかな市場の喧噪(けんそう)と熱気、行き交う会話、それに料理の味と芳香……一転、シャッター街の寂れかたを思い出して、これはやっぱりこの国にはないものだと考えてしまう。

 ブラジルに住んで部屋を借りたとたんに友人たちがパーティーを企画してどんどん料理を作り、見ず知らずの人たちが何十人もやって来る。その中心にあるのがフェイジョアーダという料理。これを食べたいと思う自分はつまり淋(さび)しいのかな。
    --「今週の本棚:池澤夏樹・評 『旅立つ理由』=旦敬介・著」、『毎日新聞』2013年04月21日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20130421ddm015070024000c.html

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