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覚え書:「今週の本棚:井波律子・評 『ヘタウマ文化論』=山藤章二・著」、『毎日新聞』2013年05月05日(日)付。


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今週の本棚:井波律子・評 『ヘタウマ文化論』=山藤章二・著
毎日新聞 2013年05月05日 東京朝刊

 (岩波新書・756円)

 ◇創造的破壊が編み出す無類のオモシロさ

 対象となる人物の特徴を意表をつく鮮やかさで描出する、似顔絵作家・イラストレーターとして、つとに知られる著者が、自由自在に展開する、まことに洒落(しゃれ)た「文化論」である。

 絵であれ文章であれ、従来はウマくなることが究極の目標であり、ヘタからウマいところに上昇するために、著者もまた修練を重ねてきた。しかし、いつのころからか、このウマい、ヘタの二極とは別の尺度であるオモシロいという第三極があらわれ、世間を席巻するようになった。かくして、これはいったいどういうことなのかと、ヘタ、ウマい、オモシロいの三つの極を交錯させながら、著者はヘタウマ文化論を縦横無尽に繰り広げてゆく。

 著者がはじめてヘタウマという言葉を知ったのは、おそらく一九六〇年代後半、安西水丸ら気鋭のイラストレーターの展覧会を見た時だという。そこに並ぶ絵はどれもヘタなのに、いきいきとした生命力にあふれ、見る者に衝撃を与え実にオモシロい。さるベテランのイラストレーターの言によれば、彼らは「本当に描けばみんなウマいんだけど、わざとヘタに見えるようにしてる」のであり、ヘタウマなのだとのこと。ウマいのに、彼らはその整った枠組みをはずしたり歪(ゆが)めたり壊したりして、新しい表現を模索しているというわけだ。

 これを皮切りに、著者は大いなるヘタウマ文化の実践者を次々に想起する。たとえば、江戸末期の文化を盛り上げた、曲亭馬琴、式亭三馬、蜀山人(しょくさんじん)、写楽、歌麿、十返舎一九など。「洒落と粋と滑稽(こっけい)という、江戸文化人の基礎教養を身につけた」彼らは、一芸を極めたのち、やがて限りなく逸脱し、一種、異常な独創の世界を求めるに至る。さらにまた、かのピカソ。著者は昔、映画「ピカソ この天才を見よ」を見た時、正確なデッサン力をもつピカソが、きわめて写実的に描いた対象をぐいぐいと変形し、とんでもない造型をつくり出してゆくさまを目の当たりにして、その破壊と創造のプロセスを実感したという。

 また、とびきりウマい芸の持ち主には、自己破壊衝動ともいうべきヘタへの憧れもあるようだ。「談志が出来なかった芸」のくだりで描かれる落語家立川談志の姿は、そんなウマい芸人の苦闘ぶりを浮き彫りにしており、圧巻である。落語家には、芸は大したことがないのに、そのイメージに「フラ(いわくいいがたいおかしみ)」があり、高座に上がっただけで、客を笑わせるタイプがある。談志は名人芸の持ち主なのに、このフラがなく、「自分の中で騒ぎ立てる『創意の虫』と格闘をし続けなければならなかった」と、著者はいう。

 こうして見ると、上質のヘタウマ文化は、ウマくなるためのプロセスをきっちり踏み、型を身につけた人々が、さらなる飛躍をめざし、型を壊して脱皮するという、創造的破壊によってはじめて編み出されるといえよう。江戸文化このかた日本では、こうした創造的破壊が、サブカルチャーの分野において、ちょっと斜に構えた遊びのポーズで脈々と行われてきたことを、本書は的確に示唆している。もっとも、著者も述べているように、昨今のテレビのバラエティ番組で、タレントが無内容、無芸のしゃべりをまきちらし、レベルの低い観客の笑いをかぶせ「爆笑空間」を捏造(ねつぞう)するケースなどは、むろんこの限りではない。

 融通無碍(ゆうずうむげ)に展開される本書『ヘタウマ文化論』は、意想外の角度から文化の何たるかを照射しながら、考えるヒントをさりげなく示すなど、無類のオモシロさに満ちている。
    --「今週の本棚:井波律子・評 『ヘタウマ文化論』=山藤章二・著」、『毎日新聞』2013年05月05日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20130505ddm015070038000c.html

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