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覚え書:「今週の本棚:中村達也・評 『デフレーション』=吉川洋・著」、『毎日新聞』2013年05月12日(日)付。

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今週の本棚:中村達也・評 『デフレーション』=吉川洋・著
毎日新聞 2013年05月12日 東京朝刊


 (日本経済新聞出版社・1890円)

 ◇冷静な“アベノミクス”批判の矢

 連日のように、アベノミクスが新聞紙上をにぎわしている。首相や大統領の名を冠した政策といえば、まずはレーガノミックスやサッチャリズムが思い浮かぶが、さながらそれらと並ぶくらいの注目度のようだ。大胆な金融緩和、機動的な財政出動、民間投資を喚起する成長戦略という「三本の矢」がその骨子だという。こんな時期だからでもあろうか。新聞の片隅に、三ツ矢サイダーの売れ行きが伸びているという記事が載っていたりするのも、ご愛敬(あいきょう)というもの。

 三本の矢のうち、まずは注目を集めたのが第一の矢、つまり大胆な金融緩和。日銀総裁が白川氏から黒田氏へと交代して、政府と日銀が協調して直ちに第一の矢を放ったことから、株高と円安が進んだ。確かに何かが動き始めたかのような気配ではある。しかし、これで「黒白」がついたというわけではない。本書は、アベノミクスへの冷静な批判の矢として読むことができそうだ。

 今世紀になって、先進諸国はおしなべて低インフレの時代に入ったが、日本だけがデフレに陥ったままである。デフレとは持続的な物価の下落のことであるが、消費者物価指数は一九九九年以降、何度かの中断はあるものの、ほぼ継続して下落しているし、企業物価指数やGDPデフレーターは、それ以前から下落している。つまり、日本のデフレ基調はほぼ二〇年にも及んでいる。アベノミクスでは、このデフレが経済停滞の原因だと見て、大胆な金融緩和によってデフレからの脱却、さらに経済停滞からの脱却を目論(もくろ)んでいる。一方、著者は、デフレは経済停滞の原因ではなく、むしろ経済停滞の結果なのだという立場をとる。加えて、大胆な金融緩和のアナウンスメント効果によって、「期待」つまり思惑が働いて株価や為替相場などの資産価格は動き始めたものの、通常のモノやサービスの価格そして賃金は、そうした思惑によってはまず動かない。つまり、金融緩和によるデフレ脱却には限界があるというのである。

 著者の見立てによれば、デフレの核心となっているのは、名目賃金の下落である。先進諸国の中で日本だけがデフレに陥ったのは、一九九八年以降、日本だけが名目賃金の下落が続いてきたからだ、と。バブル崩壊後の長引く経済停滞の中でリストラが進み、「雇用か賃金か」の選択を迫られた労働側が、やむなく賃金の切り下げを受け容(い)れざるを得なかったという事情がある。同時に、非正規雇用の増大が全体としての平均賃金の引き下げ圧力となってきた。デフレ脱却の鍵を握るのは、名目賃金の下落に歯止めをかけ、さらには上昇へと向かわせることができるか否かということになる。

 確かに、安倍首相が経済諸団体に賃上げ要請をしたのをきっかけに、流通・自動車・電機などの一部に賃上げの動きが見え始めてはいる。しかし、経済が低迷する中でそれがどこまで広がるのかは全く不透明だ。そもそも、デフレに陥るほどに経済が停滞した原因は、需要創出型のイノベーションが不足しているから、というのが著者のかねてからの主張である。そうしたイノベーションを生み出すような成長戦略が必要だということになれば、著者の主張は、アベノミクスの第三の矢と交差することになりそうだ。しかし、アベノミクスの第三の矢の全貌はまだ明らかにされてはいない。ところで、高齢社会が望ましい形で推移するための新たな需要とはどのようなもので、そのような需要を呼び起こすためのイノベーションとは具体的にどのようなものなのか、ぜひとも著者に尋ねてみたい。
    --「今週の本棚:中村達也・評 『デフレーション』=吉川洋・著」、『毎日新聞』2013年05月12日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20130512ddm015070015000c.html


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