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覚え書:「書評:不浄の血 [著]アイザック・バシェヴィス・シンガー [評者]いとうせいこう」、『朝日新聞』2013年05月19日(日)付。


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不浄の血 [著]アイザック・バシェヴィス・シンガー
[評者]いとうせいこう(作家・クリエーター)  [掲載]2013年05月19日   [ジャンル]文芸 


■民話、呪い、魔物が入り交じる異物

 アイザック・B・シンガーは1978年に米国人作家としてノーベル文学賞を受賞した。英語作家としてではなく、多くの地に散るユダヤ人の共同体が守り伝えてきたイディッシュ語作家として。
 短編を1、2本、私も大学生の頃に読んだ記憶がある。だが当時私はアイザック・B・シンガーの持つ言語的な事情をうまく想像出来なかった。だから、少し風変わりな話だったという印象しかない。
 ところが、今回出版された『不浄の血』は風変わりどころではない。民話と呪いと旧約聖書の言葉と多くの魔物たちと超人と村人が入り交じった異物としての文学である。
 著者はポーランドから米国に移住し、イディッシュ語で書き、それが英語に訳されて流布するうち、自らも英訳に参加するようになる。
 例えばその際、「訳しづらい部分」が削除されることがあった、と「解題」では述べられている。つまり、ユダヤ共同体の特殊な儀式や言い回しなどが、作者自らが参加した翻訳からも消えたのだ。
 大学生の私は、他国の人間でもわかりやすいバージョンの日本語訳を読んだわけだ。
 もしもあの時、イディッシュ語のオリジナル版にこだわった今回の試みに出会っていたら、私の文学観は今とはかなり違っていただろう。少なくとも近代文学の理性といったものが決して常識的なものではない、と若い私は揺さぶられる思いをしたはずだ。
 今はむしろ、カリブ海やアフリカからの移民たちの小説、米国の中のスペイン語での文学などが多数存在している。時代がアイザック・B・シンガーに近づいているのだ。
 読者市場に受け入れられるために特殊性を自ら排除した英語版の様々な既訳と共に、今回の短編集を読んで欲しい。最近、世界文学が身近になって喜ばしい分、他文化間の「わかりやすさ(グローバリズム)」が作家、翻訳家への圧力になっている可能性に思いをはせて。
    ◇
 西成彦訳、河出書房新社・2940円/Isaac Bashevis Singer 1904-91年。16の短編を収めた傑作選。
    --「書評:不浄の血 [著]アイザック・バシェヴィス・シンガー [評者]いとうせいこう」、『朝日新聞』2013年05月19日(日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013051900010.html:title]

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