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病院日記(4) 自分の生きている「世界」の広さ・狭さを自覚すること


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3週間ほど、病院で仕事するようになって、それから、その前の工場の時も実感したのですが、人間は、自分が自分の関わっている世界っていうのは、実はものすごく狭い世界でしかないなあと実感しました。その狭いというのは物理的関係世界なのですが、同時に精神も規定してしまうというか。

工場だとベルトコンベアの前で、病院だと担当科のユニットの中。工場、病院に関わらず、会社も大学も実は“狭い・世間”で、そこと家を往復して殆どの時間が過ぎていく。しかし、その知見だけで世界を判断するというか。ではノマドがいいかというと、ノマドも結局は「会う」世界は同質世界ですよね。

おまえも、広い世界を知らない井の中の蛙だろうといわれてしまえばそうですが、しかし、そのことであることは自覚しておいて損はないなあ、というのは実感しました。別に勤務先の人が錯覚してるというのではなくして、会社員であろうと主婦であろうと、そんな広い世界につながってないって話。

なので、通俗的かもしれませんが、家と勤務先の往復だけであるにも関わらず、「俺の経験では……」式のゴタクをならべて「はい、OK」というのじゃなくして、色々な世界に対して、これはもう、意識的に関わっていくような努力っていうのを自覚的に選択していくことがやっぱり必要だとは思った。

床屋政談みたいなのに食傷は誰しもがしているとは思いますし、もうええわですけど。いや、だからといってポストモダン的な「意識低いよ」で片づけるのも難であって、そうではない、「関わっていく」っていくことをしていくなかで、言葉を点検して紡ぎたいなとは思いました。雑感ですけどね。


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