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覚え書:「今週の本棚:井波律子・評 『図書館に通う-当世「公立無料貸本屋」事情』=宮田昇・著」、『毎日新聞』2013年06月16日(日)付。


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今週の本棚:井波律子・評 『図書館に通う-当世「公立無料貸本屋」事情』=宮田昇・著
毎日新聞 2013年06月16日 東京朝刊

 (みすず書房・2310円)

 ◇知られざる読書文化の現在に迫る

 著者は、六十有余年、翻訳ミステリーで知られる出版社の編集者、翻訳権エージェントとして活躍した出版界の大ベテランだが、リタイア後、居住する東京近郊の都市にある公共図書館を利用し、もっぱら趣味としての読書を楽しむようになった。本書は、本と関わりの深い著者が、一人の利用者としての目線に立って、公共図書館の変遷、現状、問題点などを、具体的かつ詳細に描き出したものであり、まことに新鮮で読みごたえがある。

 著者によれば、日本における公共図書館の総数は、一九七〇年代初頭には八〇〇館そこそこだったが、現在は四倍近い三〇〇〇館を超すほどになり、しかも貸出し総数は六億冊以上になっているという。驚嘆すべき冊数である。

 著者は図書館に通いはじめてから、現代日本のエンターテインメント小説の面白さを知り、まず開架中の本を次々に読破した。さらに、新刊本を借り出そうとすると、たとえば、東野圭吾の『マスカレード・ホテル』は刊行後まもなく申し込んだにもかかわらず、八カ月たっても六十四番目の予約待ちであり、実際に借りることができたのはほぼ一年後だったという。これはまだ序の口であり、評判の高い新刊本は数百人の予約待ちもめずらしくないとのこと。

 これだけの読者の手を経れば、どんな本でも汚れて劣化するのは当然である。公共図書館が膨大な利用者のニーズにこたえて、複数の本を購入することを問題視し、これでは「公立無料貸本屋」だとする批判もある由だが、これに対し、娯楽としての読書を求めて、公共図書館に通いはじめた著者は、なぜ公立無料貸本屋ではいけないのかと、逆に問題提起をする。たとえ公立無料貸本屋と非難されようと、公共図書館は多数の利用者の読書願望にこたえて貸出し数を増やし、そのパワーを起動力として、「少数の利用者の意見にも耳を傾け」広く目配りして、資料収集保存の役割をも果たしてゆくべきだと、いうのである。

 こうした公共図書館を実現するにはいかにすべきか。本書は、利用者ならではのアイデアを提出しつつ、多事多難の公共図書館の今後のありかたを多彩な角度から探ってゆく。

 公共図書館にスポットをあてる一方、本書では、藤沢周平をはじめとする好きな作家や時の流れのなかで埋もれた作家、編集者や翻訳エージェントしての経験など、著者と本の関わりの歴史が戦後出版史と交錯する形で描かれており、これまた興趣あふれる。

 とりわけ、海軍航空隊から復員した著者が生計を立てるために、小学校高学年の子どもを対象とした貸本屋を開業した経緯を描くくだりは、実に面白い。私事ながら、私は、このような貸本屋に通った子どもの世代であり、京都西陣にあったわが家近くの貸本屋に日参し、三年余り雑誌、読み物、漫画など、毎日二、三冊借りて、それこそ浴びるように読んだ。読み物はむろん古今東西、もろもろのエンターテインメントばかりである。

 こうした私的経験もあって、私自身は公共図書館を利用するには至っていないが、娯楽としての読書を求めて図書館に通いはじめ、公共図書館が公立無料貸本屋であってなぜいけないのか、という著者の主張は、まことに説得力があり正論だと思う。

 総じて本書は、仰天するような凄(すさ)まじい数の利用者にあふれる公共図書館の実情を浮き彫りにし、知られざる図書館文化の現在をありありと伝える好著だといえよう。
    --「今週の本棚:井波律子・評 『図書館に通う-当世「公立無料貸本屋」事情』=宮田昇・著」、『毎日新聞』2013年06月16日(日)付。

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[http://mainichi.jp/feature/news/20130616ddm015070004000c.html:title]


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図書館に通う―― 当世「公立無料貸本屋」事情
宮田 昇
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