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覚え書:「今週の本棚:三浦雅士・評 『ヤマネコ・ドーム』=津島佑子・著」、『毎日新聞』2013年06月16日(日)付。


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今週の本棚:三浦雅士・評 『ヤマネコ・ドーム』=津島佑子・著
毎日新聞 2013年06月16日 東京朝刊

 (講談社・2100円)

 ◇混血孤児の謎の事件に“現在”を問う力作長篇

 小説の現在を問う力作。

 「ミッチ、あなたはとにかく、日本に戻ってきた。外国のどこかで、あなたはテレビを見た。自分の眼(め)が信じられない、巨大すぎる津波の映像。それだけでもじゅうぶん、この世の終わりだと感じていたら、つづけて、四つもの原子力発電の施設が爆発したという。」

 冒頭の一節。ミッチは戦後日本を象徴するアメリカ兵が残した混血孤児。あなたと呼びかけているのは一歳年下のヨン子。ミッチには双子のようにして育ったカズがいる。四歳のときに一緒に「ホーム」からママのもとに引き取られた。ママの従妹(いとこ)がヨン子の母で、彼女たち二人は「ホーム」を経営している「朝美母さん」を助けていたのだ。

 「ホーム」にはさまざまな肌の混血孤児がいて、成長するとともに世界各地に分散する。養子にもなれば留学もする。成功もすれば失敗もする。ベトナム戦争に従軍して行方不明にもなる。作者は一九四七年生まれ。混血孤児は作者と世代をともにするが、本質的に国際性を帯びている。物語は、ヨン子、ミッチ、カズの三人の視点から縦横に語られてゆくが、その視点の背景につねに「ホーム」がある。

 「ヤマネコ・ドーム」は、五〇年代、アメリカがビキニ環礁ほかで行った核実験の汚染物質を集めて現地に作った巨大ドームを示唆する。福島原発事故と呼応するが、しかし題材の今日性がこの小説を力作にしているのではない。

 「ドーム」は同時に混血孤児たちが体験したある事件を象徴している。孤児たちはよくヨン子の家に遊びに来ていたが、ある時、近所の池で孤児のひとりのミキちゃんが溺死した。そのとき傍(そば)に立っていたのが近くに住む母子家庭の子、ター坊だった。孤児たちは池の周辺でカクレンボをしていたらしい。フランス人形のように可愛かったミキちゃんはそのときオレンジ色のスカートをはいていた。

 事件は事故死とされたが、ター坊が突き落としたとする噂(うわさ)が立った。ター坊の母は、ター坊が精神障害を抱え、オレンジ色に過剰に反応することから、その犯罪を確信し、被害者の位牌(いはい)を手作りして拝みつづけている。ミッチたち三人も、以後、間歇(かんけつ)的に続くオレンジ色にまつわる通り魔殺人事件に注目している。ター坊はここで放射能に等しい意味を帯びている。

 ター坊の母は大陸からの引揚者だったらしい。事件当時、ター坊は九歳、ミッチとカズは八歳、ヨン子とミキちゃんは七歳。ター坊にしても「ホーム」の仲間になってもおかしくなかった。いや、いっとき、ター坊も仲間に加わっていたのではなかったか。

 こうして、小説の隠された主題が明らかになってくる。噂はター坊を犯人とするだけではない、黒い肌のカズ、緑色に眼が光るミッチをも犯人に数え入れていたのである。のみならず、そうであったかもしれないと、カズ自身、ミッチ自身、あやふやな記憶に秘(ひそ)かに怯(おび)えていた。まるで推理小説だが、しかし、小説を力作にしているのは、犯人は誰でもありうるというこの謎を、言語そのものの仕組みと重ね合わせている点にこそある。

 カズとミッチとヨン子は、別々の体験をしているにもかかわらず、まるでその体験を取り換えることができるかのように感じている。感情移入である。まさに文学の力だが、それはしかし人間の責任というものを再考させずにおかない。

 小説の仕組みは、ヒロシマもフクシマもほんとうはあなたが惹(ひ)き起こした事件だったのではないかと問うているに等しいのである。

 力作の理由だ。
    --「今週の本棚:三浦雅士・評 『ヤマネコ・ドーム』=津島佑子・著」、『毎日新聞』2013年06月16日(日)付。

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