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覚え書:「今週の本棚:伊東光晴・評 『日本型雇用の真実』=石水喜夫・著」、『毎日新聞』2013年07月07日(日)付。


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今週の本棚:伊東光晴・評 『日本型雇用の真実』=石水喜夫・著
毎日新聞 2013年07月07日 東京朝刊

 (ちくま新書・798円)

 ◇“新古典派”労働市場改革の実態に迫る

 著者は長く労働省(現厚生労働省)につとめ、何回も、労働経済白書--正確には『労働経済の分析』の執筆にたずさわってきた論客であり、二〇一一年に京都大学に移って労働経済論を講じている。

 この本の出発点は、社会科の本にも、経済学のテキストブックのどこにでもある、財の需要と供給とが、価格をパラメーターとして交わる図である。ただし、それが労働市場であり、財の量が労働量であり、価格が賃金率である。賃金が需要と供給できまる--これがアメリカの「労働経済学」であり、主流派経済学、新古典派の労働市場分析である。

 あらためて書くまでもなく、新古典派のこの理論は、需要者も供給者も対等であることを前提にしている。財の需給の場合は、この仮定は、第一次接近としては許されても、労働市場では現実遊離である。労働者の立場は弱い。使用者は強い。この現実を無視した考えである。

 この非現実的仮定から生れる政策、思想を批判し、日本的雇用の中にある長所を守ろうとするのがこの本を貫く視点であろう。

 賃金が、労働の需給の均衡点できまるという理論を認めると、どうなるだろうか。失業が生れるのは、賃金が均衡点より高いからである。賃金引下げを認めない労働組合ゆえか、労働の流動性を阻害しているものがあるからだということになる。

 賃金が高すぎるから失業が生れる--この新古典派の考えの誤りを明らかにし、社会全体の需要をふやし、生産量をまして雇用増で失業をなくそうとしたのがケインズであり、この考えにそって、戦後の先進国では、政府の努力によって雇用問題を解決しようとし、福祉社会を志向してきた。これが著者の考えであり、冷戦体制下の資本主義では、資本主義の弱点を克服しなければならないことからこうした考えが当然のこととされてきた。

 だが一九九一年の社会主義の崩壊によって事態は変る。福祉社会志向は弱まり、市場主義経済の資本主義は自信をふかめ、新古典派的考えの上に立つグローバリズムが浸透してゆく。労働省内で著者はそれを一九九五-六年に強く感ずる。日経連の「新時代の『日本的経営』--挑戦すべき方向とその具体策」(一九九五年五月)と、OECD(経済協力開発機構)の対日審査(一九九六年)報告がそれである。

 対日審査報告は、日本的雇用慣行を批判し、労働市場の流動化を進めようというものであるが、審査への同意に対し、OECD諸国は直ちに反発したが、日本が反論しなかったのは問題だ、と著者は書いている。

 しかし、はっきり言えば、日本の内部に年功制賃金を廃し、解雇を容易にし、労働市場の流動化をはかりたいと考える人たちがいて、OECDに出向しており、こうしたことを書いているのではないか。

 日経連の前述の提言は、市場メカニズムの重視、規制緩和の推進、自己責任原則の確立--であり、著者が言うように、新古典派の労働市場論にそったもので、OECDの審査報告と同じである。

 これらの内外からの批判にもかかわらず、日本の長期雇用傾向と、その基礎にある年功賃金制は、雇用の主要部分では変らなかった。著者はアメリカなどと異なる日本のこの雇用形態をどのようにとらえているのだろうか。

 年功賃金制が、どのような歴史的経過をたどって形成されたかは、故大河内一男東大教授とその流れによって明らかにされている。職場、職種を移りながら能力を高め、それとともに給与が上がっていく日本の制度を著者は「人間基準」とよび、潜在的可能性をも考えた人間評価だとしている。私たちは、歴史と文化の違いが労働市場の制度的違いをひきおこしていることを再認識しなければならない、と。

 私は、日本の伝統的な労働市場は、OECDの流動化論等によって変ることはなかったと書いた。しかし、正確には、それは正規雇用についてであって、九〇年代後半から二一世紀へと、大量の非正規雇用の増大が生れた。これが労働市場流動化論のもたらしたものと言ってよい。それが所得格差の拡大をひきおこすのである。

 原因は何か。戦後日本は、営利を目的とする職業紹介を原則として認めないという制度をとってきた。戦前への反省からである。だが、この原則は規制緩和で順次ゆるめられ、人材派遣業が一万を超え、企業がコスト削減のため、これを利用した。その重圧は若年者にとってとりかえしがつかないものとしてのしかかっている。労働政策の最大の失敗である。

 将来の雇用はどうなるのか。人口減に入った日本は不況期が頻発し、雇用問題の解決がむずかしくなることが理論とともに示されている。

 「労働力は商品ではない」--これが著者の基礎にある考えである。本書はこうした視点を持った一労働官僚の、新古典派的「労働経済学」批判の書である。
    --「今週の本棚:伊東光晴・評 『日本型雇用の真実』=石水喜夫・著」、『毎日新聞』2013年07月07日(日)付。

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[http://mainichi.jp/feature/news/20130707ddm015070015000c.html:title]


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