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覚え書:「今週の本棚:加藤陽子・評 『情報覇権と帝国日本1 海底ケーブルと通信社の誕生』=有山輝雄・著」、『毎日新聞』2013年07月21日(日)付。

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今週の本棚:加藤陽子・評 『情報覇権と帝国日本1 海底ケーブルと通信社の誕生』=有山輝雄・著
毎日新聞 2013年07月21日 東京朝刊


 (吉川弘文館・4935円)

 ◇国際情報戦の実態に迫る本格的通史

 戦争が始められる直前、あるいは直後になされる敵への動作としては何があるだろうか。在外公館での機密文書の焼却か。それもあるだろう。だが、1914年8月4日に参戦したイギリスが翌朝までに行ったことは、北海沿岸から伸びるドイツ海底電線の切断だった。

 復旧できないよう、ご丁寧にも切断後の電線まで海底から巻き取って行ったイギリスの周到さの先には、海外とドイツの直接電信連絡の道を断つだけでなく、有線通信手段を断たれたドイツが全面的に無線に依存する状況を作り出し、そのドイツから発信される暗号電報を傍受する目論見(もくろみ)があったとされる。以上はバーバラ・タックマン『決定的瞬間』(ちくま学芸文庫)の教えるところだ。

 だが、メディア史を実証的かつ大胆に語らせたらこの人の右に出る者はいないと思われる有山輝雄氏のこの大著を読んでいて、次の箇所にぶつかった時には驚いた。世界大戦を遡(さかのぼ)ること10年、1904年2月の日露開戦時には既に海底電線切断がなされていたというのだ。「日本軍は〔中略〕旅順口(りょじゅんこう)・芝罘(しふう)間のロシア官設海底線を切断して旅順を情報封鎖した」。注を急いで確認すれば、叙述の裏付けとなっているのは防衛省防衛研究所所蔵の『極秘明治三七・八年海戦史』147巻本である。これは戦前期にあって海軍大学校教官位しか閲覧できなかったもので、4巻からなる普及版とは全く異なる。著者の史料への目配りの良さはこの一事からもわかろう。

 本書は、西欧近代「文明」の力を身につけることで、「文明」国クラブの一員にのし上がっていった帝国日本の姿を、国際通信の観点から描いた初めての本格的通史といえる。明治維新期から概(おおむ)ね1920年代までを本書がカバーし、1930年代から敗戦までを、続いて刊行される2巻がカバーする。

 19世紀半ばにあってイギリスの情報覇権のもとに組み込まれた日本が、その軛(くびき)から何とか脱しようと試みて西欧の覇権に挑戦し、その過程では東アジアにおける自らの覇権化を図るものの、結局は1945年の敗戦によって手痛く挫折してゆく過程を著者は一人で描いた。著者の気迫を支えているのは、長年の研究成果の集大成を世に送り出す使命感であり、また、アメリカによる新たな情報覇権への危機感であると評者には思えた。

 地味なニュースかもしれないが、今年6月27日、日本からシンガポールまでを結ぶ光海底ケーブルの運用が開始された。これと、既設の日米間の光ケーブルとの連動で、アジア・アメリカ間に最速最短の連絡網が形成されたことになる。このような現状を考える時、地域間情報流通の核心を誰が握るかという問題に対し、過去の日本人がかなり無頓着であった、いや、そうならざるを得ない環境に置かれていた、との本書の指摘は貴重だ。明治期において我らの父祖は、不平等条約の解消を何より望み、それは、1894年と1911年の二段階で達成されたのだと学校教育の場でも教えられることが多い。

 だが、国際情報流通の非対称性への自覚はといえば稀薄(きはく)だった。1870年、仏英独米の4か国間で締結された通信上の世界分割協定の結果、日本は知らない間に、イギリスのロイター傘下の国として編入された。当然のことながら配信されるニュースは、発信地ロンドンの関心によって編集される。元老の山縣有朋などが抱いたロシアへの警戒心の幾分かはイギリス由来かもしれない。そして、日本が外国海底電線への依存から脱却するのは遅く、1943年になってからのことだという。

 ここまでの叙述で評者は、国際情報覇権戦という観点から本書を紹介してきた。だが、むしろ本書の一番の勘所は、『時事新報』『東京日日新聞』等、当時の人々が実際に手にしていた新聞各紙に、海外情報がいかなる形で掲載されていたのかを、発信日と掲載日の差、発信地、情報元の外国新聞や通信社名についてのクレジットの有無から、着実に検証していった点にこそある。いかなる地域の情報を、いかなる程度まで情報速度の落差を容認しつつ受容していたのかがわかれば、その時代の社会のニーズや特質を明らかにできる。

 情報とニュースの現実の受け手を想像しつつ社会の本質に迫る。これが著者の真骨頂だと考えるのは、著者が福島県(伊達市)梁川町の老舗新聞販売店・阿部回春堂に残されていた、1903年から34年までの新聞配達元帳を用いて、地域の人々の階層や生活と購読新聞との関係を明らかにした人だからだ(『近代日本のメディアと地域社会』吉川弘文館)。大正期以降の社会について我々は、平準化や大衆化が進んだ社会だととらえてきた。だが購読層の分析からわかったことは、1930年代になっても、複数の新聞・雑誌から豊かな情報を得ている名望家層と、日常生活圏に生きる住民との情報格差は依然として縮小していなかったという事実だった。現代の階層構造と情報格差を考える上で重い示唆に富む。
    --「今週の本棚:加藤陽子・評 『情報覇権と帝国日本1 海底ケーブルと通信社の誕生』=有山輝雄・著」、『毎日新聞』2013年07月21日(日)付。

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