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文の人(オーム・ド・レットル)・高崎隆治先生の思い出

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金曜にその話を聞いて驚いたのだけど、戦時下ジャーナリズム研究家の高崎隆治先生が先月末に88歳で亡くなったそうです。慎んでご冥福をお祈り申し上げます。年賀状のやりとりしかなく、無沙汰を囲っていたのですが、前日まで執筆されていたとか。

戦中を知る貴重な先達が鬼籍に入ってしまいました。


高崎隆治先生には、卒論の指導でお世話になり、文藝春秋が『マルコポーロ』で廃刊になったおり、その根に持つ思想性・権力との親和性の問題を、ある専門誌で連載することになり、僕が原稿を書いて、その推敲を高崎先生にしてもらいました。神田の白十字でその打ち合わせをしていたのですが、つらいですね。


そのころの高崎先生は70代でしたかね。酒は呑まないけれども、珈琲と煙草をこよなく愛され、煙草はセブンスターを愛飲されていたと思う。学徒出陣の話、中国戦線での話も詳しくお聞きしました。これはどこかで、記録にまとめてのこしておかないととは思っています。


高崎先生は、高校の教員を経て、フリーランスの研究者に。国立国会図書館にも所蔵のない、戦時下雑誌を日本各地の古本屋を経巡る中で発掘し、その問題性を指摘し続けてきました(そして、それが戦後日本の言論界の体質にも継承されている)。無視と恐喝にひるむことなく、前人未踏の業績だと思います。


高崎隆治先生は、ご自身が戦時下ジャーナリズム研究家と自己認識を敢えてしていたけど、やはりその翠点は、先生ご自身が「文芸の人」であったことを失念してもなるまい。著作は多いけれども、僕は『昭和万葉集』(講談社)を押したい。


歌人、文芸の人としての高崎隆治先生が、なぜ、戦う人だったのか--。それは歌人、文芸の人だったからだ。先生が学生の頃、西の大陸でベンヤミンが死ぬんだ。ベンヤミンは「オーム・ド・レットル」と自認したという。日本では、文芸とはママゴトの如き扱いをうけるが、ペンに言葉を託すとは命がけなのだ。


オームドレットルとしての高崎先生だからこそ、「軍国主義作家」として切り捨てられたもう一人の「オーム・ド・レットル」と切り結ぶ。それが、里村欣三だ。僕はそれは偶然ではなく必然だと理解している。


鶴見俊輔は、捕虜交換船で日本に帰ってきた。日本が負けると分かっていてだ。そしてその同じ頃、高崎隆治先生は、学徒出陣にとられることになる。しかし、あえて、幹部候補生入営はしなかった。どちらがどうというわけではない。しかし、ふたりとも、「抵抗」なのだ。

ご冥福をお祈り申し上げます。


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