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書評:R・A・モース、赤坂憲雄編『世界の中の柳田国男』藤原書店、2012年。

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R・A・モース、赤坂憲雄編『世界の中の柳田国男』藤原書店、読了。本書は11人の外国人研究者、2人の日本人研究者が知の巨人の多様な実像を描き出す一冊。手放しの賞賛でも痛罵でもない落ち着いた筆致は、通俗的な柳田像を見直すきっかけになる。いろいろと眼からウロコの一冊だった。

柳田のアキレス腱は自身の理想的社会を背後に想定するナショナリズムだが、それは重層的で多様な日本社会を単純化してしまう(和辻も例外ではない)。しかし本書によれば、柳田のフィールドワークと口承重視の研究姿勢は、国家が押しつけるナショナリズムと交差するものではないとの指摘には刮目した。

私自身は、例えば、良いナショナリズム/悪いナショナリズムという便宜的アプローチよりも、そもそもナショナリズムそのものが毒素だろうという反共同体的認識が原点にあるから(勿論、根無し草的コスモポリタンにも反吐は出るけど)、どうしても、柳田国男よりも南方熊楠的なもに憧憬してしまう。

勿論、それはナショナリズムの問題だけではないけれども、先の柳田論集を読む中で、もう一度、柳田国男についても読み直す必要はあるなあ、とは思った次第。あらゆるイズムを退けるという矜持は必要だけれども、全否定主義はなにも産みださないとは思うしね。限界を知ることで見てくることの方が多い。

なんかサ。事績の経過をたどると、国民国家が捏造(想像)する歴史って、結局のところ、ただ「そういうことにすぎない」ってだけの積み重ねにすぎないわけなんだけど、なんで、そこに、ほかのそれより「えらい」だとか「命をかけなければならない」って発想に転換するのがよくわからんのだよね。俺は。

もちろん、私自身も憧憬する丸山眞男よろしく、世の中全体が「がー」ってなるときは、なるべくそうではない方向に軸足を置くというあまのじゃくがあるし、えてして東洋社会というのは共同体優位のエートスだから、近代的個人主義の確立に軸足を置いてしまいますが、まあ、日本も近代以前なんだよなw

たましいがゆがんでいるせいなのだけど、なにをやるしても、熱心さとどうじに、「あほくさ」みたいな感覚を同伴させないと、やっぱりそれはそれでろくなことにはならねえんだろうつう気はする。

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