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覚え書:「幸福の文法―幸福論の系譜、わからないものの思想史 [著]合田正人 [評者]鷲田清一」、『朝日新聞』2013年07月28日(日)付。

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幸福の文法―幸福論の系譜、わからないものの思想史 [著]合田正人
[評者]鷲田清一(大谷大学教授・哲学)  [掲載]2013年07月28日   [ジャンル]人文 


■「問い」を問い直すラジカルな人間論

 「幸福だった」というふうに、幸福は失ってはじめてわかる。あるとき幸福を感じても幸福感というものは長続きせずに凡庸な日常へとすぐに均(なら)されてしまう。幸福への問いは難儀なものだ。
 幸福というテーマは、西洋の歴史において、19世紀までずっと哲学思想の核心にあった。ところが20世紀も四半世紀過ぎたころから、不幸論はわずかながらあっても、幸福へのパスポートのようなマニュアル本はあっても、幸福の思想は消えてしまう。世界大戦、アウシュビッツ、スターリン体制下での粛清、ヒロシマ・ナガサキなどの“殲滅(せんめつ)”がくり返され、人間性というものが再起不能なまでのダメージを受けたということがあるのだろうか。
 ところが昨今、「国民総幸福量」(GNH)という国家発展の評価軸や、「幸福経済学」という名の実証研究など、幸福論のインフレーションが起こりつつある。それらを横目で見ながら、著者は、幸福の思想史に正面から取り組む。
 まず、古代ギリシャの幸福観をいくつかの原型に分類し、近代西欧社会へのそれらの残響を細かに確認しつつ、いくつかの系譜とそれらの交叉(こうさ)を描きだす。この見取り図はとても勉強になる。
 次に、19世紀末から1930年にかけて出版された、ヒルティ、アラン、ラッセルの3大幸福論を読み解く。多くの人がきれいごとばかり書かれているのだろうと読まずして思い込み、正面から論じられることもめったになかった3書の学史的ないし政治的な背景を仔細(しさい)に探ることで、これらを歴史の文脈のなかへ置き戻す。
 最後に、「幸福とは何か」「人はいつ幸福となるか」といった問いが無意味である理由が論じられる。人間の本質とか本性といったものを前提として、その属性として幸福を語ることはできず、逆に、幸福という「何だか分からないもの」への問いが人間性なるものの問いなおしを促すのだ、と。
 人びとが深く執着してきた幸福という観念が、社会のなかでいわば疑似餌(ルアー)のような役割を果たさせられてきた事実に対抗するかのように、著者は「『幸福』という語は、人知れず生まれて消えてゆく個体のあるかなきかの、しかし無限な『特異性』の肯定である」と書きつける。
 わたしたちは「私」という自己理解を溢(あふ)れ出る波動のようなものとして、いつもすでに他者たちのそれと細部にいたるまで交差しあい干渉しあっており、その界面に浮かび上がる波紋の一つとして幸不幸はあるということだろうか。幸福論はここで、遊牧民のように異郷を旅してきたこの哲学者ならではのラジカル(根底的)な人間論となっている。
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 河出ブックス・1575円/ごうだ・まさと 57年生まれ。明治大学教授(哲学・思想史)。著書に『レヴィナスを読む』『ジャンケレヴィッチ』など、訳書にレヴィナス『存在の彼方(かなた)へ』、メルロポンティ『ヒューマニズムとテロル』など。
    --「幸福の文法―幸福論の系譜、わからないものの思想史 [著]合田正人 [評者]鷲田清一」、『朝日新聞』2013年07月28日(日)付。

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