« 覚え書:「今週の本棚:池澤夏樹・評 『民族衣装を着なかったアイヌ』=瀧口夕美・著」、『毎日新聞』2013年08月04日(日)付。 | トップページ | 病院日記(7) 「生きていることだけでそれはすばらしい」の意味 »

覚え書:「今週の本棚:持田叙子・評 『ゆうじょこう』=村田喜代子・著」、『毎日新聞』2013年08月04日(日)付。

101_5

-----

今週の本棚:持田叙子・評 『ゆうじょこう』=村田喜代子・著
毎日新聞 2013年08月04日 東京朝刊

 ◇持田叙子(のぶこ)評

 (新潮社・1890円)

 ◇いのちの源の海に向かう少女の成長譚

 村田喜代子は、昔ばなしや神話、伝説のこころの影を今の私たちのこころの中に溶かし入れ、生き死にの歓(よろこ)びや恐れをあざやかに見きわめるすぐれた物語作者である。

 物語の魂に憑(つ)かれたようなゆたかで神秘的な書きっぷりをみせる彼女がさいきん特にこころざすのは、いのちに根源的にかかわる火と水を描くこと。

 たとえば文芸誌『こころ』に連載の始まった「八幡炎炎記」は、圧倒的な火の小説。

 原爆が投下され炎の燃える広島をからくも逃れ、不義の男女が火と製鉄の町、北九州八幡で戦後を生き直す第一話には、善悪をこえた偶然に左右され、蟻(あり)のように地を這(は)いまわる私たちの生の不条理が雄渾(ゆうこん)に描かれる。

 人間の運命をわしづかみにする炎の巨神兵のような原爆にはどこか、人の手に負えない巨大な原子炉のイメージも重なる。

 九州生まれの著者にとって火とは、郷土の火の国そして日本列島を生みだした火山のたとえでもある。

 二〇一一年の大震災以降、恵みと災いをもたらしつつも健やかな自然の正体を探るように著者は、郷土の火の山をみつめてきた。

 短篇「光線」は、九州の火山の町で放射線治療をうける妻につきそう男の数週間を描く。あたりに降りしきる「猛烈な火山灰」と、妻のからだに降る放射線とが対比され、目にみえず匂いもしない光線への畏怖(いふ)が浮き上がる。

 さて「八幡炎炎記」や「光線」が火の小説であるとするなら、本作は新たにいのちの源の海深くに潜ろうとする野心的な水の小説。

 一人の少女の心象を通し、南国の光まばゆい神話的な海を幻視する。おそろしい……火を書く火の女であるとともに、水を書く水の女でもあることを著者はめざすのか。

 舞台は熊本にかつて実在した港の遊廓(ゆうかく)、東雲(しののめ)楼。時は明治三十六年。一人の少女が親に売られ、火山と岩と海しかない硫黄島からこの遊廓にやってくる。

 遊廓遊女小説は近代においても盛んで、貧のため春をひさぐ女性の存在は社会の不平等を撃つためにも書かれたけれど、吉原など江戸情緒ただよう遊里を舞台とするのが主流。

 九州各地はては南西諸島から娘たちの売られてくる南国の港の遊廓、という設定は戦略的に新鮮で、都会中心の目を正される。

 それに遊女とは、海や川をさすらう古代の水辺漂泊民の女がたつきのため歌舞を披露しつつ旅したのが起源ともされ、ならば海のほとりの遊廓とは遊女の原義にふさわしい。

 ヒロインも異色。青井イチは色気のかけらもない元気な海の子。母は海女で父は漁師。硫黄の匂う海でいっしょに泳いだイルカや亀についてはよく知るけれど、人間の事はわからない、まして大人の性の事など。

 その十五歳の海の子が廓(くるわ)に着くなり裾をまくられ事務的に男根を入れられて女性性器を検分され、異様な感覚に「あ」と動転するところから独特の無常のドラマは始まる。

 情のない性交のつらさ。イチはしじゅう「痛(い)て。痛て。」と叫ぶ。先輩の遊女は少女たちに賢い身の守り方--女が主導し男を骨ぬきにする「精緻精妙微妙凄絶(せいぜつ)な技術」を教える。イチなどは廓きっての花魁(おいらん)「東雲さん」に、生理の出血を自在にコントロールする秘術まで習う。本当にこんなことできるの?

 女から女へ授けられる女のからだの内側のあれこれの知識がすごい迫力。女であるのに女について何も知らない自分に気づく。にわかに体内に紅(あか)い血がどっくんと湧く思い。

 イチにはもう一人すぐれた教師がいて、それは廓内の学校「女紅場(じょこうば)」で読み書きを教えてくれる元士族の「鐵子(てつこ)さん」。鐵子さんの導きにより「青井イチ」と書いた瞬間、少女は世界を知り分け、自己存在の感覚を得る。

 十五の春に売られてきたイチは十六の冬、東雲楼の遊女たちと力をあわせ、廓を脱出する。ゆく先はそれぞれ。イチは朝鮮半島まで伸(の)す筑紫の海女の仲間に入る決意をする。

 一見けなげな少女の向日的成長譚(たん)だが、字を学び知にめざめたイチの前には果てしない孤独も広がる。子を喰(く)いつぶすオヤはオヤでないと知った。捨てるべきものとさとった。

 強いられた性交をへて、島ことばでいえば「じのそこがほげ」(地の底が抜け)る地獄に自分が生きることにも気づいてしまった。

 もはや南の海だけが彼女を待つ。廓でいやいや男と寝るイチの想念にはしばしば、光みちる青の虚空でやわらかく泳ぐイメージが浮かんだ。イチの眼(め)を見返す大きな海亀こそ、少女のエロスの象徴。亀は彼女の神だった。

 海の娘は海に還る。近代の遊廓ストライキの事実に、古層の神話--浦島太郎譚や豊玉姫譚が重ねられる。原始の神々の棲(す)む青い海に、遊女の流す紅い血と涙が広がる。

 この先イチはどこをさすらうのか--小説の視野は大きく、海に遊ぶ女、海女の原郷であり、古来日本とアジアの密に交流する南の広い海域を向いて終わる。
    --「今週の本棚:持田叙子・評 『ゆうじょこう』=村田喜代子・著」、『毎日新聞』2013年08月04日(日)付。

-----


[http://mainichi.jp/feature/news/20130804ddm015070030000c.html:title]


Resize1353

ゆうじょこう
ゆうじょこう
posted with amazlet at 13.08.07
村田 喜代子
新潮社
売り上げランキング: 5,677

|

« 覚え書:「今週の本棚:池澤夏樹・評 『民族衣装を着なかったアイヌ』=瀧口夕美・著」、『毎日新聞』2013年08月04日(日)付。 | トップページ | 病院日記(7) 「生きていることだけでそれはすばらしい」の意味 »

覚え書」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/451663/52781953

この記事へのトラックバック一覧です: 覚え書:「今週の本棚:持田叙子・評 『ゆうじょこう』=村田喜代子・著」、『毎日新聞』2013年08月04日(日)付。:

« 覚え書:「今週の本棚:池澤夏樹・評 『民族衣装を着なかったアイヌ』=瀧口夕美・著」、『毎日新聞』2013年08月04日(日)付。 | トップページ | 病院日記(7) 「生きていることだけでそれはすばらしい」の意味 »