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覚え書:「ルイス・ブニュエル [著]四方田犬彦 [評者]佐々木敦」、『朝日新聞』2013年08月11日(日)付。

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ルイス・ブニュエル [著]四方田犬彦

[評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)  [掲載]2013年08月11日


■反転と逆説の映画、妖しい輝きを活写

 ルイス・ブニュエルは、1900年にスペインに生まれ、1983年に没した映画監督である。彼はシュールレアリスム映画の金字塔とされる第1作『アンダルシアの犬』から遺作となった『欲望のあいまいな対象』まで、生涯に32本(数え方によっては37本)の映画を発表した。
 『忘れられた人々』『ビリディアナ』『砂漠のシモン』『皆殺しの天使』『ブルジョワジーの秘(ひそ)かな愉(たの)しみ』等々、傑作、名作とされるフィルムは数多く、ここ日本においても繰り返し特集上映がなされてきた。
 にもかかわらず、ブニュエルという映画作家は、これまで十分に論じられてきたとは言い難い。他の巨匠名匠たちと比べると、どこかキワ者扱いというか、別枠という印象さえある。これは取りも直さず、ブニュエルの作品の一筋縄でいかなさ、底知れぬ奇怪さ、通り一遍の分析への抵抗、要するに語りにくさを示している。と同時に、ある意味で、日本の映画批評の偏向性を物語ってもいるだろう。
 著者は、過去の多くの仕事でも明らかな、ほとんど超人的と言ってよい批評家としての胆力を駆使して、この特異なシネアスト(映画人)にかんする膨大な資料(記録と証言)を総覧し、古今東西のブニュエル研究をあまねく踏まえた上で、しかしあくまでも1本ごとのフィルムに徹底的に寄り添うことによって、この長大にして重厚なルイス・ブニュエル論を完成させた。
 ブニュエルの語りにくさとは、涜神(とくしん)的、反道徳的、スキャンダラスなどと評される彼の映画が、しかし表面的な過激さ、あからさまな危険さに留(とど)まらない複雑精緻(せいち)な回路を内在させていることによる。それはいわば反転し続ける逆説であり、尽きせぬパラドックスである。本書でも繰り返し言及されるブニュエルの有名な言葉「わたしが無神論者であるのも、ひとえに神のおかげである」に、それは端的に表れている。
 敬虔(けいけん)なカトリック教徒として育ちながら、信仰を嘲弄(ちょうろう)するかのような映画を撮り続けたブニュエル。富裕層の低劣さを強烈に描きつつ、貧者の善良さも鮮やかに否定してみせたブニュエル。現実と幻想が、完璧に同等の存在として存在する世界を創り上げたブニュエル。1本のフィルムが、単線の物語やテーマに収斂(しゅうれん)することなく、文字通りの「あいまいな対象」として妖しく輝き出す瞬間を、著者は驚くべき筆力で生け捕っている。
 幸いにもブニュエルの多くの作品は今やDVDで見られる。本書を捲(めく)りながらフィルモグラフィーを辿(たど)ってみるのも良いだろう。
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 作品社・5040円/よもた・いぬひこ 1953年生まれ。映画史家。主な著書に『映画史への招待』『モロッコ流謫』『見ることの塩』『ラブレーの子供たち』『日本のマラーノ文学』『大島渚と日本』など。
    --「ルイス・ブニュエル [著]四方田犬彦 [評者]佐々木敦」、『朝日新聞』2013年08月11日(日)付。

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