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覚え書:「今週の本棚:本村凌二・評 『新・ローマ帝国衰亡史』『古代末期-ローマ世界の変容』」、『毎日新聞』2013年08月11日(日)付。


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今週の本棚:本村凌二・評 『新・ローマ帝国衰亡史』『古代末期-ローマ世界の変容』

毎日新聞 2013年08月11日 東京朝刊
 

 ◆『新・ローマ帝国衰亡史』=南川高志・著(岩波新書・798円)

 ◆『古代末期-ローマ世界の変容』=B・ランソン著、大清水裕ほか訳(白水社・文庫クセジュ・1260円)
 ◇世界帝国をとらえる新たな二つの視点

 形あるものはいつか壊れる。かの空前絶後の世界帝国ローマもやがて姿を消した。永遠なるものは何もない。頭ではわかっていても、その謎はやはり残る。だから、交響曲「ローマ帝国衰亡史」は多くの人々がくりかえし聴きたがる。そのシナリオは多種多様であるから、この交響曲の数は二一○種にもなるらしい。

 主旋律となる衰退の原因には、ゲルマン民族、キリスト教徒、人口減少、気候変動、インフラ劣化、鉛中毒など数えきれない。しかも、それなりの根拠をもつから、目移りするばかり。さすがに、大帝国の衰退となると、数多(あまた)の旋律が底に流れる。

 これらの背景を熟知しながら、あえて南川氏は「新」と銘打つ交響曲を折り目正しく奏でる。もともと氏は帝政前期の政治史を専門としていたせいか、おのずから帝政後期の政治史に目がむく。あくまでも「ローマ帝国という政治的な枠組み」の意義を重んじる立場だ。そこには後述するような「衰亡」を軽んじる近年の研究動向への「新」反論という含みもあるらしい。

 その序奏として耳をそばだてれば、まず、ローマあるいはイタリアという帝国の中心部ではなく、辺境とよばれる地域を舞台として帝国の生態に注目する。次に、その辺境は「線」ではなく「ゾーン」としてとらえるべきだという。その地帯にはローマ軍が駐屯し、周りには様々な人々が混ざって生活していたからだ。

 ローマの平和(パクス・ローマーナ)にも危機が訪れた三世紀。その混乱も収拾され、四世紀になるとコンスタンティヌス帝が登場する。だが、この大帝とよばれた改革者の時代に、すでに衰退の影がひそんでいたという。なによりも、帝国領内に移住した外部族出身者をとくに軍人として公然と登用したことである。だが、それらの参入者は「ゲルマン人」と一括(ひとくく)りにされ敵意をもって見られていたわけではない。さらに、強力な機動軍の創設のために辺境の兵力は削減されると、辺境のゾーンは曖昧になり、人の往来がしやすく流動的になる。


 大帝の死後、帝位をめぐる争いがくりかえされたが、それでも帝国には衰退の兆しはほとんどない。だが、やがて半世紀を経ると、帝国は完全な崩壊状態におちいる。だから、「政治の枠組み」に焦点をあてながら、その後の経過が語られる。

政治過程の叙述は複雑で錯綜(さくそう)しやすいが、そこは巧みに解きほぐされる。大帝実子の生き残りコンスタンティウス二世、かの「背教者」ユリアヌス、ウァレンティニアヌス朝、そしてテオドシウス帝が登場する。この期間に帝国西半の防備が手薄になると在地の有力者が強勢になり、軍団中枢部にはゲルマン人の登用が目についてくる。

 その背景にはゲルマン人の帝国内移住の荒波が打ち寄せていたことがある。だが、必ずしも「大侵入」ではなかったという。むしろ、ゲルマン人を差別・排除する「排他的ローマ主義」の芽生えが注目される。「ローマ人である」というアイデンティティが危機に瀕(ひん)し変化したのだ。

 それは四一○年のゲルマン人によるローマ略奪にいたる、わずか三十年間におこったこと。帝国内の他者を排除する意識が強まったとすれば、ローマ帝国は外敵に倒されたというよりも、自壊したと南川氏は診断する。その議論にはすこぶる納得することが多い。

 ところで、帝政後期をふくむ三世紀から七世紀ころまでを「古代末期」ととらえる視点がある。そこでは変化よりも継続に目をむけ、ローマ世界の「衰亡」よりも「変容」が語られる。二〇世紀後半に目立つようになったが、それは日本の古代史研究が英語圏の研究動向に偏りがちなせいだ、と『古代末期』の訳者は指摘する。視野を独仏伊などに広げれば、すでに二〇世紀初頭にまで遡(さかのぼ)ることができる。ランソンの小著はそのあたりの事情を簡潔に見渡してくれる。

 この立場からすれば、交響曲「ローマ帝国衰亡史」は、あらたな交響曲「古代末期」の第一楽章として編曲される。つづいて第二楽章、第三楽章……が演奏されることになる。

 当然のことながら、時間も空間もテーマも拡(ひろ)がり、むしろ経済、社会、宗教、文化なども射程におさめる。そもそも絵画や彫刻が個性を強調する様式から象徴的・抽象的様式になる時代として「古代末期」は注目されていた。さらに宗教世界にあっては、禁欲的な聖人伝説が人々をひきつける心性に狙いをむける。たとえば、当初は音楽を蔑視していたキリスト教も聖歌にただよう荘厳な雰囲気を認めるようになる。帝国内の異文化変容は地域ごとにも多様であり、「ローマ性」が単一ではなく複数のものとなる新しい時代が生まれていくという。

 ランソンの指摘する「ローマ性」と南川氏の唱える「ローマ人である」アイデンティティとはどのような異同があるのか。そこにはやはりなにか心性の問題に帰着するものがあるのだろうか。あらためて、評者なりの驚きでもある。
    --「今週の本棚:本村凌二・評 『新・ローマ帝国衰亡史』『古代末期-ローマ世界の変容』」、『毎日新聞』2013年08月11日(日)付。

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