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覚え書:「今週の本棚:富山太佳夫・評 『地中海帝国の片影』=工藤晶人・著」、『毎日新聞』2013年08月18日(日)付。


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今週の本棚:富山太佳夫・評 『地中海帝国の片影』=工藤晶人・著

毎日新聞 2013年08月18日 東京朝刊


 (東京大学出版会・8190円)
 ◇旧フランス植民地の驚異的な史実

 この本の副題『フランス領アルジェリアの19世紀』を眼(め)にしても、おッ、読んでみようという気になって手に取りたくなるのは、ごく少数の専門家だけかもしれない。もっとも『地中海帝国の片影』と一緒になると、ぐんと魅力的になって、手を伸ばす人の数もふえそうではあるけれども。

 これは一九世紀のフランス領アルジェリアの歴史を各種の、そして普通は使われることのない一次資料--役人の配置転換表やさまざまの町の地図等--を使いながら書かれた興味深い本である。一九七八年に出版されて以来、二五年間で世界の三六ケ国語に訳されたエドワード・サイードの『オリエンタリズム』の影をそこに感じとることができるし、げんに彼の仕事には何度も言及されるものの、それをしのぐ発想さえ感じとれるのだ。

 ただ、こんな調子で書評を続けようとすると、ちょっと待って、アルジェリアというのは何処(どこ)にある、どんな国という質問を受けそうな気もする。アルジェリアは、数ケ月前、日本人の技術者がテロの犠牲になってしまった国である。フランスの有名な小説家アルベール・カミュの小説『ペスト』の舞台となった国でもある。いや、それよりもずっと以前に、アルジェリアやその隣国モロッコは『ドン・キホーテ』や『ロビンソン・クルーソー』の中にも顔を出していた。そして、二〇世紀最大の哲学者とも言うべきジャック・デリダは、アルジェリアのユダヤ系の家系であった。地中海をはさんでフランスと向い合うこの国は人種的にも、宗教的にも、文化的にも多重で輻輳(ふくそう)しているということである。

 その複雑な国をフランスが植民地化したのだ。「一八三〇年五月、フランス軍は約三万人の兵力をもってアルジェ西方に上陸し、七月には……首府を占領した。条約にしたがってアルジェの『トルコ人』支配層はほぼ全員が追放され、あるいは退去し、三世紀以上にわたってアルジェリアという領域を支えてきた政治体の中心に空白が生じた。地中海の商業・外交という近世的な回路によって結ばれてきたフランスとアルジェリアは、陸軍による占領というかたちで密接に接触することになった」

 そのあとに続くのは、アフリカやカリブ海地域で見られたような単なる植民地化ではない。「一八三〇年代から早くもアラビア語と医学の学校がアルジェに開かれた」という小さな指摘からでも、そのことは簡単に察知できるだろう。しかし、最初の一、二歩を踏み出したところで、大きな問題群に直面してしまうことになる。そこに、「異なる言語、文化、宗教をもつ複数の集団が混在するアルジェリア社会」があったからだ。

 著者はミシュレやトクヴィルといった有名な思想家の言葉をならべて議論をまとめてしまうのではなく、フランス議会でのやりとりなども参照していく。とりわけ興味を引くのは、「アルジェリア・ムスリム法と土地問題」と題された第2部かもしれない。そこには、例えば「ハリールの『提要』のペロン訳は、二〇世紀初頭まで、フランス語によるイスラーム法研究の基礎文献として参照されつづけた。全六巻三〇〇〇頁(ページ)を超える大部の法学書は……」という一節があり、土地制度と法解釈の歴史が考察される。第3部では多数の地図を活用して、西部のオラン地方の都市構造の分析が展開される--図版もショッキングなくらい効果的だ。専門書だからと尻込みしている場合ではない。
    --「今週の本棚:富山太佳夫・評 『地中海帝国の片影』=工藤晶人・著」、『毎日新聞』2013年08月18日(日)付。

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[http://mainichi.jp/feature/news/20130818ddm015070008000c.html:title]


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地中海帝国の片影: フランス領アルジェリアの19世紀
工藤 晶人
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