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病院日記(7) 「生きていることだけでそれはすばらしい」の意味

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今日はキツイ一日だった。2時間睡眠二日酔いにて入浴介助。しかも今日はストレッチャーではなくてキャリー一人介助が多かったので腰に効て、風邪が悪化。そのままGMSの職場へ行くと、冷凍機故障にて商品撤去を独りで。そんで、休憩時間にiPhoneに保存したレポート全部読んだ。

我ながらよくやったワと思うけど、明日仕事に行く前に最終チェックして採点して、書評の仕上げ予定。風邪引いた自分が悪いのだけど、いっぺんに色々とやらなければならないのでやるしかないのだけど、ぐへへ。

ほんとはもう少し思索して投下すべきなんだろうけれども、とりあえず実感もあるので、少し、今日、学んだことだけを流しておきます。まあ、そんなんいうても、お前の考えはいわれなくても分かるし、改めていわれてもそれは「言葉」だけの話ですよねwww と失笑を買いそうだけど、まあ、いいや。

配属先の病棟がそうだからなんだけど、体を自分で動かすことができない人が多いので、結局は、自分とは異なる他者の介助がなければ生きていくことができないと言っても過言ではない。だけど、所謂、字義通りの「生きていることだけでそれはすばらしい」ってものを持たないと始まらないと思った。

勿論、難病だけでなく、人が老いるということを考えれば「他人事」ではないからねー、という想定先取り“有用性”の論理から、「生きていることだけで素晴らしい」を認めることもできるよね!とは返されそうだけど、そういわれてしまうとそうではない、と思う。有用性の論理こそ人間の敵なんだと思う。

先週は、精神科から転棟してきた方が、何も自分ができないことを嘆き「一人前でない自分はだめですよねー、早く人間になりたい」ようなことを言っていましたが、こちらも仕事とはいえ、介助をしていると、こちらの体も心もツライんだけど、「そうじゃあねえんだ」ともの凄い思ってしまう。

「生きているだけで素晴らしい」って、誰でもそう思うし、そうありたいと思う“素敵なフレーズ”でぐうのねも出ないひとつのファイナルアンサーのひとつなんだけど、僕もそうだったけど、現実には、その中身っていうのは極めてうすっぺらなんだよね。

何ンというか、絵に描いたような美談にホロロとするような「ドラマ」のような、自分の五感をフルに発揮して、その生きているというこの美醜を嗅ぎつけることとはほど遠い、何か、無菌室で作業が進行をするのを眺めながら「うん、生きるっていいよね」みたいなね。そういう薄っぺらさなんだよ。

勿論、これは、体験至上主義でも、間接表象から学ぶことの無意義性という意味ではないですよ。しかし、そういったものを超越して、例えば「汝殺す勿れ」の戒律に無疑曰信で遵じていくようなものといいますか。ものすげえ、キツイしツライんだけど、だけどその極地で、「それでええんや」と感じるのね。

「生きているだけで素晴らしい」には、たぶん、その字義通りの本来性よりも、こういうひとも活躍できるんだ、とか、すごいエライよね、みたいなものが世俗社会ではやはり見え隠れするんですよ。その地平においては「来ているだけで素晴らしい」っていうものは、それ自身からどんどん遠くなってしまう。

ということは、その「生きているだけで素晴らしい」という人間存在の全肯定の思想というものは、何か特定の「生きている」ことに収斂されるものでもないし、宗教思想的に言えば、その「生きる」が「老」や「病」や「死」と有機的な相関関係を持ち得た「生」としてのそれなんだろうと思う。

毎度、毎度、入浴介助しながら、そういう思いが強くなってくる。毎度、毎度、…これも何度も言及したけど…「すまねえ」って手を合わせる利用者さんもいる(合わせないでくれ)。元気だから素晴らしいの? その人が有能だから素晴らしいの? いい学校でているから「生きていることが素晴らしい」の?

たぶん、そういう地平から人間を眼差していく、関わっていくしかないのとちゃうのかと……ね。そして、レヴィナスがそういうように、結局は、全く関係のない人間同士が、それとなく、敬意を相互に表しながら「殺し」あうことしないようにいきていくことなんかとも関わっているような気がしています。

まあ、こういうご時世で、そんなことを考えたりさ、世界の動向と切り離された(ように見える)そういうミニマムなことで悩むこと自体が、ナンセンスなんだろうけどね。ただ僕は、そういうミニマムなものというのは、大文字の現在進行形の出来事と無縁ではないとは思っている。


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