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研究ノート:反ユダヤ主義の反ナチズム闘争のヒーローという問題

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 問題はこのようなキリスト教揺籃期の受難物語の元説が、ヨーロッパ中のすべてのキリスト教徒を途方もないユダヤ人憎悪に追い込んでいったという事実にあるのですが、それがユダヤ人問題として急速に加速されたのは、イベリア半島におけるレコンキスタ(八世紀~一四九二年)の過程においてであったことが歴史家によって指摘されています。先に引用したモルデカイ・パルディールの『キリスト教とホロコースト』は、こうしたユダヤ人憎悪におかされたキリスト教徒の筆頭に、一六世紀の宗教改革者のマルティン・ルターやジャン・カルヴァンを挙げ、二人の著作からそれぞれ驚くべき反ユダヤ主義の言説を抜き出して検証しています。さらに、私にとって少なからず驚き出会ったのは二〇世紀のプロテスタントの最高の神学者と称されるドイツのカール・バルトも、そうした一人であったこと。さらに、わが国では反ナチズム闘争のヒーローとして知られるディートリッヒ・ボンヘッファーもマルティン・ニーメラーも、ナチズムの反対者でありながら、一方では反ユダヤ主義者としてその言説をその著作に色濃くとどめている事実であります。
 私にとって不可解であるのは、こうした反ユダヤ主義の神学者や牧師が、第二次大戦後の日本のキリスト教会に反ナチズムのヒーローとして紹介され、日本人キリスト教徒の戦後の信仰的指標として受容され、大戦後の日本のキリスト教会の旗手として大きな役割を果たしていた事実にあるのです。このような人たちが、ナチス時代に、一方において反ユダヤ主義の急先鋒として動いた事実がそこではまったく隠蔽されたままに、日本の教会に紹介されてしまったのはなぜなのか。それにはさまざまな要因が挙げられますが、根本にあるのは、ほとんどの日本人キリスト教徒が、内村鑑三や矢内原忠雄といった人々を含めて、西欧福音派教会の主導するシオニズム運動に無批判に乗せられてしまった結果ではないか、と思われる。そしてこれは、とりわけ福音派の教会に、伝統として今日もそのまま継承されている。
 一方、ヨーロッパではどうか。ヨーロッパのキリスト教会は戦後、どのように転換したか。世界教会競技会(WCC)が大戦中の反ユダヤ主義を人道的犯罪として告発し、ユダヤ教徒に対して公式に謝罪を表明し、罪の赦しを乞う声明文を公表した一九四八年頃が境目になると思います。その頃、私は一六歳の高校生。私がようやくユダヤ人問題に目を開かれたのはそれから一〇年後、初めてヴィクトール・E・フランクルの『夜と霧』(霜山徳爾訳、一九五六年)を手にした時でした。その時の驚きというか震撼は、五〇年を過ぎた今も記憶から消えません。アウシュヴィッツが今日、世界有数の巡礼地として日本からもたくさんの参観者を集めているのもわかるように思います。
 ドイツの最近の情報では、ナチズムによるユダヤ人犠牲者を追悼する大小の施設が今も静かに各地に建設され、その数は一九九〇年のドイツ統一を契機として近年著しく増加し、現在もなお次々と新たな追悼施設が誕生していると聞いています。背景には、ナチスのユダヤ人虐殺の犯罪に対する加害者意識の高まりがある、と指摘する学者もいます(姫岡とし子「ドイツにおけるホロコーストの記憶文化性」『歴史と地理』六五四号、二〇一二年五月)。一方、それは私からするとヨーロッパ統合のアイデンティティとして、ユダヤ人問題の共有が現在もきわめて有効な政治戦略であり、免罪符であるからではないか、といった印象も少なからず残るのですが……。
    --山形孝夫『黒い海の記憶 いま、死者の語りを聞くこと』岩波書店、2013年、172-173頁。

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宗教人類学者の山形孝夫先生が『黒い海の記憶』(岩波書店)で少しだけ言及されていた問題について少しだけ紹介しておきます。これも自分の課題になりますので。

ご存じの通り、日本ではバルトやニーメラー、ボンヘッファーといえば反ナチズムの英雄になります。しかしながら、実は、反ユダヤ主義という側面も存在します。

勿論、反ユダヤ主義はキリスト教に内在するひとつのおおきな負の系譜だから、どうこうという話でもないし新しい話題でもないし、ルターやカルヴァンも例外ではありません。

問題なのは、日本のバルトをはじめとする教会神学の受容において「反ユダヤ主義の急先鋒として動いていた事実がまったく隠蔽」されたまま紹介されたことに尽きる……そういう話です。

山形さんはいくつか理由があるとしつつも根本には「ほとんどの日本人キリスト教徒が、内村鑑三や矢内原忠雄といった人々を含めて、西欧福音派教会の主導するシオニズム運動に無批判の乗せられてしまった結果ではないか」と同書で指摘。その伝統は今日までも継承されている……。

勿論、バルトの告白教会での反ナチズムの戦いや『教会教義学』の価値はそれで下がる訳ではないし、姑息なw旧大陸はいち早く罪責告白したうえで、有効な政治戦略の免罪符としてユダヤ・パレスチナ問題にアプローチしているのが現状です。

それはそれなのですが、ふまえたうえでの受容をどうして選択することができなかったのでしょうか。加えて、割と、バルト学者にはそこを隠蔽する癖は多いにあると思いますし。

バルト受容に関する歴史は、何度も言及してきた通り、戦前日本で、反ナチと対極の大政翼賛に迎合した過去があるのですが、それと似たようなフシもあるのではないかと推察されるということ。そして受容におけるそのねじれは、ことキリスト教における一つの神学のそれだけに限定されるものでもありませんよね。

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