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覚え書:「今週の本棚:沼野充義・評 『言語学の教室-哲学者と学ぶ認知言語学』=西村義樹、野矢茂樹・著」、『毎日新聞』2013年09月01日(日)付。

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今週の本棚:沼野充義・評 『言語学の教室-哲学者と学ぶ認知言語学』=西村義樹、野矢茂樹・著
毎日新聞 2013年09月01日 東京朝刊

 (中公新書・882円)

 ◇心の仕組みが生む「言葉」を見つめ直す

 世の中には、言葉に興味を持つ人は多くても、言語学と聞くと、敬遠したがる向きが少なくない。確かに言語学といえば、聞いたこともない珍しい言語を調べたり、複雑きわまりない文法の規則を吟味したり、数学も顔負けの込み入った式を使って文の構造を分析したり。素人にはなかなか足を踏み入れられない領域と思われてもしかたない面がある。

 しかし、本書はそういった言語学のイメージを一新するような楽しい入門書だ。認知言語学を専門とする西村義樹氏に、哲学者、野矢茂樹氏が生徒役になって聞くという対話の形で進められるので、とても読みやすいが、同時に言語を使う人間の心の働きについて深く考えさせられる内容になっている。野矢氏は先人の学説を解釈するだけの研究者ではない。心と言語について独創的な論を切り拓(ひら)きながら、それを平易な言葉で語れる本物の哲学者である。彼が鋭いつっこみを入れると、真面目な言語学者がすべてについて緻密に対応していく。わくわくするような学問的対話がたっぷり味わえる。

 具体的な例を挙げよう。日本語には、「雨に降られた」といった言い方がある。一種の受身の文だが、英語では同じような受身の文は作りにくい。「降る」が自動詞だからである。こういった「間接受身」は日本語の特徴の一つで、被害や迷惑をこうむったときに日本人の口から自然に出てくる構文だろう。ところが、西村氏によれば、日本語を学ぶ外国人は、間違った類推をして「昨日財布に落ちられました」などと言うことがあるという。これは日本語として明らかにおかしいが、どうしてなのか?

 他にも面白い例が満載だ。「がんが毎年、数十万人の人を殺している」といった、無生物主語による「使役構文」の翻訳が、どうして日本語では自然に響かないのか? 私からも例を一つ付け加えれば、アメリカで煙草(たばこ)を買うと「喫煙は殺す」(Smoking kills)と書かれていてびっくりする。その違和感の原因は警告があまりに単刀直入であるだけでなく、構文が日本語に馴染(なじ)まな

 まだ、いろいろある。「西村さんが公園の猫に話しかけてきた」という文は、日本語としてどうしてなんとなく変なのか? 東京大空襲で焼け野原になったところを視察した天皇に、人々は自分の家を焼かれたのにもかかわらず、なぜ「陛下、みんな焼いてしまいまして、ほんとうに申しわけありません」(堀田善衛による)などと、自分の責任であるかのような言い方をしたのか? 「冷たいものが歯にしみる」と言うのが正しいはずなのに、どうして「歯がしみる」とも言えるのか。「自転車をこぐ」「トイレを流す」などと平気で言うが、本当はこぐのはペダルだし、流すのは水ではないか(トイレを本当に流してしまったら大変だ!)、等々。

 本書はこういった問題に認知言語学の立場からアプローチし、文法と意味、カテゴリーとプロトタイプ、使役構文、メトニミー(換喩)とメタファー(隠喩)といった話題について議論していく。認知言語学といっても多くの読者にはまだあまり馴染みがないかもしれない。それもそのはず、言語学の中でも比較的最近、一九八〇年代末から急速に発展してきた新しい分野である。それ以前の学界の主流であった生成文法は、統語論を中心に、人間の持つ普遍的な言語能力を科学的に究明するための道を切り拓く革命的なものだったが、意味の分析は得意ではなく、言語能力を独立した心的器官と見なしたため、人間の心の働き全般と言語を有機的に関係づけることに無頓着だった。

 それを批判して出てきたのが認知言語学であり、西村氏によれば、認知とはまさに「人間の心の仕組み」に他ならない。生きた人間の心に一歩近づいた言語学、それが認知言語学とも言えるだろう。生成文法が否定してきた言語相対論--言語が思考に何らかの影響を与え、それが文化の違いにもつながってくる、といった当然の考え方--にも新たな光を当てることができる。だから平易に解説してもらえると、こんなに面白いのだ。

 そういえば、最近、日本の政治家の言語の劣化が目立っている。「イスラム教国は互いに喧嘩(けんか)している」「(米兵は)もっと風俗を活用してほしい」「(憲法改正の議論に関して)ナチスの手口を学んだらどうかね」--呆(あき)れるような「失言」のオンパレードで、すぐに社会の批判にさらされ、「真意が理解されなかった」などという、見え透いたその場しのぎの苦しい言い訳が繰り出されることになる。しかし、発言の元にある「心の仕組み」が直るわけではない。フロイトによれば言い間違いというものは、そもそも深層心理のなせる業である。

 そして、失言をいくら訂正したところで、結局のところ最後まで人々の記憶に残るのは、ハムレットではないが「言葉、言葉、言葉」なのだ。いったいどんな心の仕組みがそういった言葉を生み出しているのか、しっかりと見つめたいものだ。こういう優れた入門書を熟読しながら。
    --「今週の本棚:沼野充義・評 『言語学の教室-哲学者と学ぶ認知言語学』=西村義樹、野矢茂樹・著」、『毎日新聞』2013年09月01日(日)付。

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[http://mainichi.jp/feature/news/20130901ddm015070005000c.html:title]

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