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覚え書:「今週の本棚:加藤陽子・評 『柳宗悦-「複合の美」の思想』=中見真理・著」、『毎日新聞』2013年09月08日(日)付。


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今週の本棚:加藤陽子・評 『柳宗悦-「複合の美」の思想』=中見真理・著
毎日新聞 2013年09月08日 東京朝刊

 (岩波新書・840円)

 ◇民藝の思想家に学ぶ「力強い平和論」への思考

 柳宗悦(やなぎむねよし)(1889-1961)と聞いてすぐに反応できる人は、東京は駒場にある日本民藝館を訪れたことのある方や、朝鮮の陶磁器、アイヌ・東北・沖縄の衣装や織物に関心のある方なのではないか。

 だが、この本の著者は、平和思想という独創的な一点から柳に迫った。日本人の生活に根づいた力強い平和思想とはいかなるものなのか。国際関係論を学ぶなかで、この「問い」に突き動かされた学究は、柳の多彩な活動を核として支えていた「思想の型」というべきものを長い時間をかけて掴(つか)み、この思想の型に「複合の美」との名前を与えた。

 「複合の美」を理解するためには、柳の思想の特徴を端的に示す文章をお目にかけるのが一番だろう。朝鮮総督府の建物増築のため、朝鮮王朝の正宮・景福宮の正門である光化門が取毀(とりこわ)されるのではないかと危惧した柳は、1922年9月の『改造』に「失われんとする一朝鮮建築のために」と題する文章をのせる。1910年に日本の植民地となった朝鮮の文化財保護の大切さを、本国の日本人が切実なものとして受け止めるのは難しいことだろう。ならば、柳は日本人に向け、いかなる言葉で訴えかけたのか。

 「次のように想像して頂こう。仮りに今朝鮮が勃興し日本が衰頽(すいたい)し、ついに朝鮮に併合せられ、宮城〔皇居のこと〕が廃墟(はいきょ)となり、代ってその位置に厖大(ぼうだい)な洋風な日本総督府の建築が建てられ、あの碧(みどり)の堀を越えて遙(はる)かに仰がれた白壁の江戸城が毀されるその光景を想像して下さい」(柳宗悦『民藝四十年』岩波文庫)

 柳が民芸運動を始めたのは1926年、日本民芸協会を設立したのは1934年のこと。民芸への本格的な取組みがなされる前の段階で柳は、日本国民のすべてを戦慄(せんりつ)させるようなレトリックを用い、日本の対朝鮮政策の再考を促していた。

 1920年に書かれた「朝鮮の友に贈る書」では、より明確に「私は仮りに日本人が朝鮮人の位置に立ったならばといつも想(おも)う」と書く。植民地が否定されてはいなかったこの時期において、支配者と被支配者の立場を入れ替えて想像するとの思想の型を柳が身につけられたのはなぜなのか。

 柳の蔵書整理に関わりながら、蔵書への書込みまでをも踏破した著者の見立てはこうだ。通常、アナキズムの思想家として知られるロシアのクロポトキンには地理学者の顔もあり、生物が進化できたのは弱肉強食の結果だけでなく、相互扶助の面も大きかったと説いた。助け合いは倫理上好ましいだけでなく、生物学的にも意味があったとの知見に勇気づけられた柳は、さらに思索を一歩先に進める。美醜、光と影といった対立する二元がこの世にあるのは、「音は音なきところに響き、光は光なきところに輝く」からである。世界において「一つを得んがためには二面」が必要なのだ、と。

 対立する相手があって初めて自らもあるのならば、相手の立場と自らの立場を入れ替える思考訓練にも、いっそうの臨場感が加わろう。クラウゼヴィッツも言うように、戦争を遂行するには、「燃え上がる激情」が国民の心に芽生えていなければならない。激情の火を消すのに、柳が導いた思考訓練は有効なのではないか。英雄的な抵抗運動をおこなえる人の数はいつの時代においても限られているとすれば、柳が示した平和論の間口の広さは実に心強い。

 傍観者に堕さない平和論をいかにしたら築けるのか。著者が長年向き合ってきた「問い」は、今最も必要とされる迫力ある「問い」となった。
    --「今週の本棚:加藤陽子・評 『柳宗悦-「複合の美」の思想』=中見真理・著」、『毎日新聞』2013年09月08日(日)付。

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[http://mainichi.jp/feature/news/20130908ddm015070036000c.html:title]


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