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覚え書:「血盟団事件 [著]中島岳志 [評者]角幡唯介」、『朝日新聞』2013年09月15日(日)付。


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血盟団事件 [著]中島岳志
[評者]角幡唯介(ノンフィクション作家・探検家)  [掲載]2013年09月15日   [ジャンル]歴史 

■独善に傾いた正義、内部から覗き見る

 冒頭から一気に引き込まれた。話は五・一五事件で元陸軍軍人の西田税を狙撃した血盟団員・川崎長光へのインタビューから始まる。血盟団事件の関係者が存命していたことにまず驚いたし、本人を探し出して話を聞き出したところに著者の並々ならない気魄(きはく)が感じられて目が離せなくなった。
 血盟団事件とは昭和7年に宗教家井上日召に率いられた若者たちが引き起こした連続テロである。元蔵相の井上準之助と三井財閥総帥の団琢磨が暗殺され、陰惨なテロの時代の引き金を引くことになった大事件だ。血盟団というおどろおどろしい名前の得体(えたい)の知れない集団が、「一人一殺」という禍々(まがまが)しいスローガンを掲げたことで、この事件には暗い昭和のイメージが強くまとわりついている。
 時代はちょうど世界恐慌の影響で経済が悪化の一途をたどった頃だった。農村は貧しさで疲弊し、富を独占する財閥と無力な政党政治への民衆の不満は頂点に達していた。井上日召は資本主義体制を破壊することによってしか社会の秩序は回復できないと結論し、同じように煩悶(はんもん)する農村の若者や学生らを糾合し、国家革新を志向する海軍の青年将校らと結託しながらテロへの道を突き進んでいく。
 事件の詳細はさておき、本書の特徴はその語り口にある。興味深いことにこの本には血盟団員の側から見た時代に対する憤懣(ふんまん)と、彼らのかなり一方的な言い分しか書かれていない。こうした歴史的な事件を扱った作品では通常あるはずの批判や論評の類が、ラストをのぞいて一切なされていない。バランスを取ることを避け、ただ血盟団員の個々の来歴や行動や思想などを、資料からの引用を多用しながら、厳選された文章で正確に記述しているだけなのだ。
 だがそれにより物語は極めて高度な臨場感を持つことになった。読みながら私は血盟団の一味になったような感覚に陥った。井上日召や海軍青年将校らの謀議を横で耳をそばだてて聞きながら、ひたひたと革命が近づく現場に同居しているような気分になってきた。彼らの理想が高邁(こうまい)なだけに、途中から思わずその考えに共鳴しそうになって、確かにこのような腐敗した体制は打倒せねばならぬと拳を握りそうになっているぐらい、記述は迫真に満ちている。
 当然だが血盟団の正義は独善に傾いていく。そうした一方的な正義が独善に傾く過程を、読書を通じて内部から覗(のぞ)き見ることができるところに本書の功績はある。そして著者が言うように当時と現代の世相との間に通底する何かに思いをはせた時、この事件が歴史の埃(ほこり)の中に埋もれた出来事だと突き放すことのできない底光りを放っていることに気づくのである。
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 文芸春秋・2205円/なかじま・たけし 75年生まれ。北海道大学准教授(南アジア地域研究、日本思想史)。『中村屋のボース』で大佛次郎論壇賞。『インドの時代』『パール判事』『秋葉原事件』など。
    --「血盟団事件 [著]中島岳志 [評者]角幡唯介」、『朝日新聞』2013年09月15日(日)付。

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