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覚え書:「今週の本棚:持田叙子・評 『柳田国男を読む』=赤坂憲雄・著」、『毎日新聞』2013年09月15日(日)付。


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今週の本棚:持田叙子・評 『柳田国男を読む』=赤坂憲雄・著
毎日新聞 2013年09月15日 東京朝刊

 ◇持田叙子(のぶこ)評

 (ちくま学芸文庫・1365円)

 ◇多様ないのちの種子をはらむ「古典」の底力

 柳田国男については、日本民俗学の偉大な父というレッテルがかえってその思想をせばめ、生気を奪う面があると著者は主張する。

 それは柳田を祖として「成り上がった」民俗学の制度の問題である。もちろん、稲作農耕民を歴史の中心におき、政治的手腕を駆使し、「稲と常民と祖霊が三位一体をなす」不動の学を樹立した柳田自身の問題でもある。

 しかし批判のための批判をする気は毛頭ない。柳田国男とは明らかに、ゆたかな古典である。古典は不死の多様ないのちの種子をはらみ、次代の読み手を待つ。読み手により変幻し、新しい花をひらく。種子をひろい、未来への可能性を発見するこそ、批評家の任務。

 柳田の場合その種子は、民俗学を大成する後期の仕事にでなく、社会とぶつかり新しい知をおこそうと戦う前期の仕事にこそゆたかに見出(みいだ)されるとするのが、著者のスタンス。

 思想家が未だ何者でもない地点にさかのぼり、予定調和でなく虚心に読むことを志す。

 たとえば約百年前に刊行された『遠野物語』。民俗学草創の書という権威づけを取り払い、柳田がそこに蒔(ま)いた知の種子に目をこらす。なんとも魅惑的な可能性がひしめく。

 のどかで平凡な山村の風景が広がる。鳥が鳴き稲がみのり、いろりには暖かい火がともる。しかしそれは牧歌的な郷愁の書ではない。

 嫁姑(しゅうとめ)の争いに疲れた息子が、母を大鎌で惨殺する話がある。老人が口べらしで村を追われ、村外れの窪地(くぼち)でサバイバルする話がある。稲をたずさえ南からこの列島に移住した日本民族と、山に棲(す)む先住民族との闘争を暗示する、「山男」「山女」「山の神」の話がある。

 若き柳田は果敢に、共同体の闇や人間の根源としての残酷と差別に触れる。この列島の歴史が、稲作を絆とする単一民族にリレーされてきたとする、先入観の虚偽をはがす。列島の中の雑種と混合の文化に注目する。定住民と同じほど漂泊民を重視する。つまり既成の歴史学の底に沈められた異相の歴史を透視し、それを鮮やかに物語る。

 この試みは著者の見る限り、昭和初頭まで持続する。特に大正期はダイナミックな山人史が構想され、「山人外伝資料」などが発表される。

 しかし昭和三年より方向は転換する。柳田は先住民の歴史「山人史」を手放し、以降はもっぱら稲作民としての日本人の歴史を固める。昭和三年は、昭和天皇の大嘗祭(だいじょうさい)が挙行された年。もしや稲の王たる新天皇の即位に配慮し、柳田ははっきりと稲を選んだのか……。

 ここまでが第一部。一九九四年刊行の著作の再録。本書は二部構成。第二部は「一国民俗学を越えて」「『会津物語』は可能か」など三篇の論考に、最新のインタビュー「柳田国男の初志を受け継ぐ」がおさめられる。

 東日本大震災をへて、先見的に東北の文化にまなざしを向けた近代の知、柳田国男が新たに見直されている。古典の底力である。

 ゆえにこそ再び柳田を、稲と常民による「ひとつの日本」の学の祖として祭り上げたくない。『遠野物語』を原点とする初期の、外部や異端を発見する力をこそ汲(く)み、私たちの生きる多様な日本に役立つものとしたい。

 近来、『遠野物語』は英訳された。映画化の話も動きだす。たぶん著作は次々に電子書籍化される。柳田が徹底して掘りおこしたローカルの等身大の民俗の知こそ、グローバルな二十一世紀の社会再編に役立つ実学になりうる--著者は、今もっとも熱く柳田国男に学ぶ、読み手の先端の一人である。
    --「今週の本棚:持田叙子・評 『柳田国男を読む』=赤坂憲雄・著」、『毎日新聞』2013年09月15日(日)付。

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