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覚え書:「今週の本棚:海部宣男・評 『食べられないために』=G・ウォルドバウアー著」、『毎日新聞』2013年09月22日(日)付。


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今週の本棚:海部宣男・評 『食べられないために』=G・ウォルドバウアー著
毎日新聞 2013年09月22日 東京朝刊

 (みすず書房・3570円)

 ◇昆虫の成功をもたらした進化の驚くべく戦略

 いま地球上で一番成功している生物は? 「人間」も一つの答えだが、生物総量なら、アリは人間よりひと桁大きい。種の多さで比べれば、昆虫は他の動物全部、細菌、藻類、植物など全生物の種を合わせたより、はるかに多いのだ。昆虫という生物がいかに成功しているか、数字は明瞭に語っている。

 ファーブルの『昆虫記』は、身近な虫たちの不思議な生態で、読者をとりこにした。それから百年余、本書で語られるのは全世界の多彩な昆虫たちの生態であり、さらに信じがたい、魅了される物語である。ファーブルと現代の昆虫生態学の間には、本質的な違いがある。現代の「昆虫記」では、ダーウィンの自然選択による進化の考えが浸透しているのだ(ファーブルは、強硬な進化論反対論者だった)。

 では進化が全てを説明し、驚きはなくなってしまった? とんでもない。驚くべき生態を作りだした進化というコンダクターの絶妙な技量に、私たちはもう一つ驚くのだ。まずは著者が博識と饒舌(じょうぜつ)で繰り出すその驚きの一部を、見てみよう。

 「逃げること」は食べられないための共通手段、だが最後の手段だ。「隠れること」こそ、文字通りウの眼(め)・タカの眼でおいしい食べ物を探す捕食者から逃げる、最良の手段である。エネルギーもいらないし。葉裏、樹皮、幹の中、地面と隠れ場所は多いが、鳥はそれでもつつきまわる。それではと虫たちは、環境に溶け込む。木の葉、花、枯葉、泥の塊、鳥の白い大きな糞(ふん)まで、なんでもござれだ。

 イギリスのオオシモフリエダシャクという蛾(が)は、樹皮に生える白っぽい地衣類に似せて、白っぽい色をしている。ところが十九世紀半ば、マンチェスター近郊で黒い個体が見つかり、五十年経(た)つとその付近では黒い個体だらけになった。煤煙(ばいえん)で地衣類が枯れて、黒っぽい幹ばかりになったからだ。二十世紀半ばに大気浄化法が成立すると、再び白いオオシモフリエダシャクが優勢になった。自然選択による適応が僅か五十年程度で進むことが、これで明らかになった。

 「戦うこと」も重要な生存手段だが、トゲや大アゴでは限界がある。有効なのは、「毒」だそうだ。例えば、いやなニオイで撃退する。北米のホソクビゴミムシがすごい。体内に過酸化水素とヒドロキノンを別々に蓄え、お尻にある回転自在の銃身から一緒に発射。酵素が作用して、摂氏百度もの刺激性のベンゾキノンになる。人間も火傷(やけど)するそうだ。ほとんど戦車だなあ。

 だがもっと有効なのが、多様な毒性化合物による「いやな味」や、毒を含む針や毛である。鳥がこうした昆虫を食べると、吐き気や痛さに閉口して、同じ虫は食べなくなる。面白いことに、食べられた虫自身はほぼ死んでしまうが、毒は相手を殺すほどではない。捕食者に学習させ、自分は死ぬが子孫は守られ繁栄する。自然選択が生んだ、種の保存の驚くべき戦略。

 こうした昆虫は、黒、白、赤など目立つ「警告色」をまとう。誤って襲われるのを避けるためだ。さらに有毒戦略の成功は、数々の模倣者を生んだ。針もないのにハチに擬態するアブの類、毒もないのに警告色をまとう蛾など、枚挙にいとまがない。

 ファーブルの時代から、生態学は進歩した。昆虫の不思議な生態が自然選択で進化してきたという考えは机上の空論ではなく、室内や野外での実験で地道に実証されてきた。著者自身も含めた実験の例も豊富で、生態学者の苦労と楽しみを伝える。

 昆虫好きにはもちろん、進化というものを考えてみたい方にもお薦めである。(中里京子訳)
    --「今週の本棚:海部宣男・評 『食べられないために』=G・ウォルドバウアー著」、『毎日新聞』2013年09月22日(日)付。

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[http://mainichi.jp/feature/news/20130922ddm015070195000c.html:title]


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