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覚え書:「今週の本棚:渡辺保・評 『修業論』=内田樹・著」、『毎日新聞』2013年09月29日(日)付。

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今週の本棚:渡辺保・評 『修業論』=内田樹・著
毎日新聞 2013年09月29日 東京朝刊

 (光文社新書・798円)

 ◇日本古来の、敵を持たない「身体観」を問う

 2020年、東京でオリンピックが開催される。世界のアスリートたちがその身体能力を競い、記録に挑戦し、勝敗を争うだろう。その前提は西欧の身体観である。しかし日本古来の身体観はそうではなかった。

 その事実を多くの日本人は忘れている。日本の伝統的な文化にかかわる人たちでさえよく知らない。その理由の一つはその身体観が言語化されにくいものだからである。

 内田樹はフランス思想を研究し、その一方で合気道を学び、能を稽古(けいこ)した。そして言語化しにくい日本人の身体観の一端を言語化することに成功した。その意味でこの本は画期的である。

 西欧と日本の身体観の違いはどこにあるのか。

 たとえば修業の仕方。アスリートたちは目標を立て、その達成のために練習を繰り返す。その結果はすべて数値化される。しかし合気道の稽古には目標がなく、結果の数値もない。工夫を重ねて稽古するうちに、ある日突然思いがけない技が出来るようになる。そうなるのは、それまでの既成概念から解放されて新しい自分を発見した時である。すでに決められた目標を達成するのではなく、自分のなかに新しい自分を発見することに意味がある。

 あるいは、相手と対峙(たいじ)した時に、アスリートたちは「敵」を想定し、これを倒すことを目的とする。しかし合気道ではそもそも「敵」というものがない。

 相手の気配に共鳴し、そこに一つの合体した磁場をつくる。内田樹によれば「キマイラ的構造体」。そしてその構造体に身をゆだねることによって、その時、その場で、どう動くのが一番合理的かを察知していく。そこには「自我」も「主体」も存在しない。むろん勝敗も競争もない。

 内田樹は中島敦の短編小説「名人伝」の中国の弓の名人の話を引く。名人がある境地に立った時、相貌が変わったばかりでなく、弓を指して「これはなにか」と聞いたという。その時名人にとって弓という具体的な武器さえ問題ではなかった。

 私は合気道について全く知らない。しかしここに描かれた日本古来の身体観が、記録、競争、勝敗をこえ、あるいは自我や主体をもこえる、宇宙的な存在論であることはわかる。

 私の体験でいえば京舞の名人であった四代目井上八千代は、つねに舞の秘訣(ひけつ)は「無心」であることを語った。しかし「無心」が具体的にどういうものであるかは彼女の舞台を見なければわからないだろう。彼女が無心である時、そこには一個の「キマイラ的構造体」があり、だから宇宙的なものが存在したのである。すなわち日本人の身体観は、現に私たちの眼前にある身体そのものでなく、その身体と宇宙、その関係を生きる動きのなかに作られるものであった。内田樹はその構造を言語化している。むろんそれはまだごく一部かも知れない。しかしその構造解明の第一歩、その基礎的なものの一部であることは疑いがない。

 もっとも、目に見えないものを語るにはそれなりの危険が伴う。内田樹はその危険も十分承知している。それは巻末の卓抜した司馬遼太郎論にあきらか。

 司馬遼太郎は多くの剣豪を描いた。しかし彼らの能力が剣術の修業時代に剣道によってつくられたものであることには全く触れなかった。これは司馬遼太郎が戦争中に軍隊生活で辛酸をなめた結果、合理的なものしか認めようとしなかった結果だろうというのである。しかもその上に内田樹は、だからこそ自分たち次の世代は、その合理的なものを超えるものを明らかにすべきだという。日本人の身体観の全体があきらかになる日もそう遠くないかもしれない。
    --「今週の本棚:渡辺保・評 『修業論』=内田樹・著」、『毎日新聞』2013年09月29日(日)付。

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[http://mainichi.jp/feature/news/20130929ddm015070020000c.html:title]


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