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覚え書:「今週の本棚・この3冊:村上春樹=内田樹・選」、『毎日新聞』2013年10月06日(日)付。

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今週の本棚・この3冊:村上春樹=内田樹・選
毎日新聞 2013年10月06日 東京朝刊

 ◇内田樹(たつる)・選

 <1>羊をめぐる冒険 上・下(村上春樹著/講談社文庫/各500円)

 <2>中国行きのスロウ・ボート(村上春樹著/中公文庫/600円)

 <3>村上朝日堂(村上春樹、安西水丸著/新潮文庫/620円)

 村上春樹の全著作から三冊。むずかしい注文である。とにかく後先考えずに書架の前に立って、「無人島に持って行くなら、どれを選ぶか」を基準に「えいや」と一気に三冊を抜き出し、なぜそれを選んだのかあとから理由を考えてみることにした。選んだのがこの三冊。

 長編小説を一編だけということなら、私は『羊をめぐる冒険』を選ぶ。村上は『風の歌を聴け』と『1973年のピンボール』で切れ味のいい都会的な文体をもった若手作家として注目を浴びていたが、この一作によって「世界作家」の域に達した。それは時代を超え、国境を越えて流れる「物語の水脈」を彼の「つるはし」がこのとき掘り当てたということである。

 私たちの暮らしている世界のすぐ横には「あのとき分岐点で違う道を選んでいれば、そうなったかもしれない別の世界」がある。作家とは私たちの暮らすこの世界と「そうもありえた世界」を隔てる「壁」の間を行き来できる特権的な職能民のことである。だから作家は「壁抜け」を特技としなければならない。同意してくれる人は少ないが、私はそう考えている。

 『羊をめぐる冒険』からあと、村上春樹は愛する人、親しい人が「壁の向こう側」に消えてしまう経験と、「壁の向こう側」から人間的尺度では考量できぬものが浸入してくる経験を繰り返し書いた。『ダンス・ダンス・ダンス』、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』、『海辺のカフカ』、『ねじまき鳥クロニクル』、『1Q84』、どれもこの同一の説話原型を変奏している。

 二冊目はアメリカで編集されたアンソロジー。村上文学を読み解く鍵となる重要な短編がほぼ網羅されている。私の「村上春樹短編ベスト3」は「中国行きのスロウ・ボート」と「午後の最後の芝生」と「四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」である。一つだけ選ぶなら『四月』と言う女の子に私はこれまで何人か会った。恋の本質を作家はこれほど短い物語に凝縮することもできる。

 最後にエッセイ。私が実は一番繰り返し読んでいるのは『村上朝日堂』シリーズである。「どうでもいいこと」ばかり書いてあるが、世界を埋め尽くす「どうでもいいこと」を(貝が小石を真珠層で包んで宝石に仕上げるように)作家は忘れがたい一編の物語にみごとに仕上げてしまう。驚嘆すべき技術の確かさ。
    --「今週の本棚・この3冊:村上春樹=内田樹・選」、『毎日新聞』2013年10月06日(日)付。

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