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覚え書:「書評:岩波茂雄 低く暮らし、高く想ふ 十重田 裕一 著」、『東京新聞』2013年10月13日(日)付。

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岩波茂雄 低く暮らし、高く想ふ 十重田 裕一 著

2013年10月13日


◆価値ある仕事のつくり方
[評者]森彰英=ジャーナリスト
 この本の目次の後に、旧東京市中心部の関係地図が挿入されているが、眺めていて岩波茂雄が一八九九(明治三十二)年に長野県から上京して一九四六(昭和二十一)年に没するまでの四十七年間の仕事と生活の跡、人的ネットワークがすべて地図から読み取れることに気がついた。
 地図の上方にある本郷の一高、東京帝大は彼の知的人脈形成のフィールドで、安倍能成(よししげ)、阿部次郎、上野直昭らの友人を得て彼らは後に岩波書店の重要な執筆者となる。本郷の台地を降りた水道橋近くの神田高等女学校(現神田女学園)では四年間教員を務めた。そのすぐ先の神田南神保町で古書店を開業したのは一九一三(大正二)年。良書を選んで売るのだから値引きはしないという「正札販売」をつらぬく。
 地図を拡大し早稲田南町を書き込むと、岩波書店が古書店から出版社に転身したきっかけが見えてくる。夏目漱石の自宅には小宮豊隆、森田草平、鈴木三重吉、寺田寅彦、和辻哲郎、芥川龍之介ら漱石を敬愛する人々が集まり、茂雄は早くからその一員であった。岩波書店、最初の出版は漱石の『こころ』であり、以後漱石人脈が執筆者として大正教養主義の流れを作った。
 さらに地図にポイントを追加すれば、皇居に近い内務省、東京検事局は津田左右吉の著書出版をめぐり茂雄が告発され、尋問を受けた場所である。その向かい側の大東亜会館(現東京会館)では一九四二年に岩波書店創立三十周年を記念する晩餐会(ばんさんかい)が開かれている。有名な「文化の配達夫」という表現はこの時の茂雄の謝辞にあった。
 戦後間もない四六年、茂雄は出版人として最初の文化勲章を受章した。これによって日本の代表的文化人、保守派リベラリストとしての名声が定着したのだが、著者が豊富な資料を探索し、考証を重ねて描き出した成果は、自ら構築した人脈から価値ある仕事を発見し、それを勇気をこめて世に問いかける行動的出版人の実像であった。
(ミネルヴァ書房・2940円)
 とえだ・ひろかず 1964年生まれ。早稲田大教授、日本近代文学。
◆もう1冊
 安倍能成著『岩波茂雄傳 新装版』(岩波書店)。もっとも身近な友人が書いた出版人の伝記。創業百年を記念して、新字・新かなに。
    --「書評:岩波茂雄 低く暮らし、高く想ふ 十重田 裕一 著」、『東京新聞』2013年10月13日(日)付。

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[http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013101302000162.html:title]


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