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覚え書:「今週の本棚:若島正・評 『夢幻諸島から』=クリストファー・プリースト著」、『毎日新聞』2013年10月27日(日)付。

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今週の本棚:若島正・評 『夢幻諸島から』=クリストファー・プリースト著
毎日新聞 2013年10月27日 東京朝刊


 (早川書房・1785円)

 ◇解けない謎に満ちた夢の中の島をめぐる物語

 昨日の晩、不思議な夢を見た。創意工夫に満ちた思弁小説の書き手である、クリストファー・プリーストの新作『夢幻諸島から』の謎を解こうとしている夢だ。これは嘘(うそ)ではない。本当の話である。もう今となっては思い出せない、何かの言葉を手がかりにして、わたしは断片状になったこの小説の一片一片をつなぎ合わせようとしていた。今こうして、書評を書くために『夢幻諸島から』を再読していると、まるでまた夢の中に戻ってしまったような、奇妙な感覚にとらわれる。この本は、夢の中にまで浸食してくるような力を持っているのだ。

 『夢幻諸島から』が描く架空の世界は、北と南にある大陸塊にはさまれた、中間の海に浮かぶ無数の島々でできている。そのいくつかの島の記述が、項目として島の名前のアルファベット順に並べられている、という事典またはガイドブックの形式を本書は取る。しかし、その記述は島についての情報だけではなく、その島に住む人間にまつわる物語へと展開されていく。個々の物語は独立した短篇として読めるまとまりを持つものもあれば、別の断片に結びついてより大きな物語へと発展する可能性を秘めたものもある。ここで特徴的なのは、夢の中に浮かぶ島らしく、記述にはたえず揺らぎがあり、嘘があるということだ。たとえば、冒頭に置かれた「序文」の執筆者であるチェスター・カムストンという小説家は、すべての項目を読んだうえでその序文を書いているはずなのに、項目の中では一人の登場人物として現れ、しかも死んでしまうのだ。明らかな矛盾に直面して、序文と本文のどちらを信じればいいのか、と読者はとまどうに違いない。本書には、こうした読者を幻惑させるような謎が豊富に仕掛けられている。そして、そうした謎には、決して解決が与えられない。その解決は、あくまでも読者の想像力あるいは夢にゆだねられている。

 『夢幻諸島から』の原書の表紙には、「何人も島である」という言葉が書かれている。これはジョン・ダンの有名な詩句「何人も島ではない」をひっくり返したものである。それを裏書きするように、小説家カムストンは自分が生まれ育った島から一歩も出ないという神話を自分のまわりに作り上げる。なるほど、小説を書くということは、一個人の自閉的で孤独な夢想に他ならないだろう。しかし、カムストンが他の島に赴くと、そこには殺人の物語が生まれる。逆に、他の島からある女性がカムストンを訪ねてくると、そこには恋愛の物語が生まれる。島から島への移動が、そして孤独な人と人との接触が、『夢幻諸島から』をばらばらの断片ではなく、長篇小説として読ませる稼働力になる。

 言ってみれば、『夢幻諸島から』は決して完成されることのない巨大なジグソーパズルだ。パズルの断片をつなげてやると、大小さまざまな島の模様ができる。それはなんとこの『夢幻諸島から』の世界によく似ていることだろうか。この世界には、たよりにできる地図がない。わたしたち読者は、短篇を読むつもりで一つの島にゆっくりとどまって、そこで繰り広げられる奇景に眼(め)を奪われてもいい。あるいは、すでに眺めたはずの島に戻って、秘密のトンネルを掘ってもいい。さらには、プリーストの『奇術師』や『双生児』といった傑作群島へと足を伸ばしてもいい。気ままで楽しい島めぐりとともに、ここでは読者も夢を見ることが求められている。プリーストとわたしたち読者の夢が出会う場所、それが夢幻諸島なのだ。(古沢嘉通訳)
    --「今週の本棚:若島正・評 『夢幻諸島から』=クリストファー・プリースト著」、『毎日新聞』2013年10月27日(日)付。

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[http://mainichi.jp/feature/news/20131027ddm015070019000c.html:title]


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