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2013年10月

覚え書:「引用句辞典 トレンド編 [大学入制度改革]=鹿島茂」、『毎日新聞』2013年10月26日(土)付。


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引用句辞典
トレンド編
鹿島茂

[大学入試制度改革]
教育の本質はエロス
文科省には無理な話

ソクラテスよ、人間はみな、子を宿している。これは体の場合でもあっても、心の場合であっても、同様にいえることだ。そして、時が満ちると、子をなしたくなる。われら人間は、そう生まれついているのだよ。だが人間は、醜いものの中で子をなすことはできぬ。美しいものの中でなければならぬのだ。
(プラトン「饗宴」中澤務訳 光文社古典新訳文庫)

 文部科学省が教育再生実行会議の提言を受けて、センター試験を廃止し、「基礎」と「発展」の二段階からなる達成度テストにかえると言い始めた。
 教育現場にかかわっている人間にとっては「またかよ、もう、いいかげんにしてくれ!」というのが本音だろう。とにかく、文部科学省が(審議会の答申という形式はとるものの)なにか「改革」を思いつくたびに、事務仕事の量が倍になり、教育どころの騒ぎではなくなるのが常だからだ。極論すれば、文部科学省とは、雑務を増やし教育を阻害するためにのみ存在する官庁である。「最も良い文部科学省とはなにもしない文部科学省である」と囁かれているのを当の役人は知っているのだろうか? 制度をいじれば教育の質が向上すると考えるその発想法がそもそも誤りなのである。教育というものに携わったことのない彼らは教育の本質というものをまったく理解していないのだ。
 では、教育の本質とはいったい何なのか?
 プラトンに言わせると、それはエロスであるということになる。エロスとは生き物に子を産むようにしむける神である。死をまぬがれぬ動物はエロスに導かれて、より良きもの、より美しきものを統合して子をなさんとする。自己をより良くより美しく永遠に保存し、不死にしたいからである。
 しかし、人間という特殊な動物にはこうした生物学的自己保存願望のほかにもう一つ、自分が獲得した「知」を同じように永遠に保存したいという本能がある。しかも、より良く、より美しいもの(つまり優秀な生徒)を見つけてその中に自己を保存したいと欲するのだ。「そのような者たちは、通常の子育てをする夫婦よりもはるかに強い絆と堅固な愛情で結ばれることになる。なぜなら、彼らが一緒に育てている子どものほうがより美しく、より不死に近いのだから。どんな者でも、人間のかたちをした子どもよりも、このような子どもを自分のものにしたいと願うことであろう」
 もちろん、ここにはプラトン特有の少年愛的なエロスが暗示されている。しかし、プラトンが本当に言いたいのは、教育というのは本質的にエロスの支配する領域であり、知を獲得したおのが自己保存本能に駆られて行う再生産にほかならないということだ。この意味で、教育ほどエロチックなものはない。
 少しでも教育に携わったことのある人ならこうした教育のエロチシズムというものが理解できるはずだ。教育は、それがうまく行けば、教える側には大きなエロス的快楽をもたらすのであり、この快楽があればほかに何もいらないほどなのである。文科省の役人に決定的に欠けているのは、こうした教育へのエロス的側面への理解である。教えることが好きで好きでたまらない人間のヤル気をそぐこと。文科省の役人の狙いは、どうもここにあるとしか思えないのである。(かしま・しげる=仏文学者)
    --「引用句辞典 トレンド編 [大学入制度改革]=鹿島茂」、『毎日新聞』2013年10月26日(土)付。

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覚え書:「秘密保護法案 265人反対 憲法の3原則侵害」、『東京新聞』2013年10月29日(火)付。


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 憲法・メディア法と刑事法の研究者が二十八日、それぞれ特定秘密保護法案に反対する声明を発表した。声明に賛成する研究者は憲法・メディア法が百四十人、刑事法が百二十人を超えた。憲法の「知る権利」や「国民主権」を損なう法案の実態が明らかになるにつれ、成立を急ぐ政府とは逆に反対の声が広がっている。
 反対声明は憲法・メディア法と刑事法の研究者が二十八日、国会内で合同で記者会見して発表した。
 憲法・メディア法研究者の声明は呼び掛け人が二十四人、賛同者百十八人の計百四十二人。刑事法は呼び掛け人二十三人、賛同者百人の計百二十三人。
 会見で、憲法・メディア法の呼び掛け人の山内敏弘一橋大名誉教授は「法案は憲法の三つの基本原理である基本的人権、国民主権、平和主義と真っ向から衝突し侵害する」と指摘。刑事法の呼び掛け人代表の村井敏邦一橋大名誉教授は「(軍事機密を守る目的で制定された)戦前の軍機保護法と同じ性格。戦前の影響を考えれば、刑事法学者は絶対反対しなければならない」と呼び掛けた。
 声明はいずれも法案の問題点として、特定秘密を第三者の点検を受けず政府の判断で指定し、漏えいや取得に厳罰を科して、調査活動をする市民や記者も罪に問われる点を挙げた。その上で「国民の『知る権利』を侵害し憲法の国民主権の基盤を失わせ、憲法に基づいて国民が精査すべき平和主義に反している」などと批判した。憲法・メディア法は奥平康弘東京大名誉教授、東北大や東大などで教授を歴任した樋口陽一氏、杉原泰雄一橋大名誉教授、刑事法は斉藤豊治甲南大名誉教授ら研究者が呼び掛け人、賛同者に名を連ねた。
    --「秘密保護法案 265人反対 憲法の3原則侵害」、『東京新聞』2013年10月29日(火)付。

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[http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2013102902000154.html:title]


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【特定秘密保護法全文】

 特定秘密保護法案の全文は次の通り。
 第一章 総則
 (目的)
 第一条 この法律は、国際情勢の複雑化に伴い我が国及び国民の安全の確保に係る情報の重要性が増大するとともに、高度情報通信ネットワーク社会の発展に伴いその漏えいの危険性が懸念される中で、我が国の安全保障に関する情報のうち特に秘匿することが必要であるものについて、これを適確に保護する体制を確立した上で収集し、整理し、及び活用することが重要であることに鑑み、当該情報の保護に関し、特定秘密の指定及び取扱者の制限その他の必要な事項を定めることにより、その漏えいの防止を図り、もって我が国及び国民の安全の確保に資することを目的とする。
 (定義)
 第二条 この法律において「行政機関」とは、次に掲げる機関をいう。
 一 法律の規定に基づき内閣に置かれる機関(内閣府を除く。)及び内閣の所轄の下に置かれる機関
 二 内閣府、宮内庁並びに内閣府設置法(平成十一年法律第八十九号)第四十九条第一項及び第二項に規定する機関(これらの機関のうち、国家公安委員会にあっては警察庁を、第四号の政令で定める機関が置かれる機関にあっては当該政令で定める機関を除く。)
 三 国家行政組織法(昭和二十三年法律第百二十号)第三条第二項に規定する機関(第五号の政令で定める機関が置かれる機関にあっては、当該政令で定める機関を除く。)
 四 内閣府設置法第三十九条及び第五十五条並びに宮内庁法(昭和二十二年法律第七十号)第十六条第二項の機関並びに内閣府設置法第四十条及び第五十六条(宮内庁法第十八条第一項において準用する場合を含む。)の特別の機関で、警察庁その他政令で定めるもの
 五 国家行政組織法第八条の二の施設等機関及び同法第八条の三の特別の機関で、政令で定めるもの
 六 会計検査院
 第二章 特定秘密の指定等
 (特定秘密の指定)
 第三条 行政機関の長(当該行政機関が合議制の機関である場合にあっては当該行政機関をいい、前条第四号及び第五号の政令で定める機関(合議制の機関を除く。)にあってはその機関ごとに政令で定める者をいう。第十一条第一号を除き、以下同じ。)は、当該行政機関の所掌事務に係る別表に掲げる事項に関する情報であって、公になっていないもののうち、その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるため、特に秘匿することが必要であるもの(日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法(昭和二十九年法律第百六十六号)第一条第三項に規定する特別防衛秘密に該当するものを除く。)を特定秘密として指定するものとする。
 2 行政機関の長は、前項の規定による指定(附則第四条を除き、以下単に「指定」という。)をしたときは、政令で定めるところにより指定に関する記録を作成するとともに、当該指定に係る特定秘密の範囲を明らかにするため、特定秘密である情報について、次の各号のいずれかに掲げる措置を講ずるものとする。
 一 政令で定めるところにより、特定秘密である情報を記録する文書、図画、電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録をいう。以下この号において同じ。)若しくは物件又は当該情報を化体する物件に特定秘密の表示(電磁的記録にあっては、当該表示の記録を含む。)をすること。
 二 特定秘密である情報の性質上前号に掲げる措置によることが困難である場合において、政令で定めるところにより、当該情報が前項の規定の適用を受ける旨を当該情報を取り扱う者に通知すること。
 3 行政機関の長は、特定秘密である情報について前項第二号に掲げる措置を講じた場合において、当該情報について同項第一号に掲げる措置を講ずることができることとなったときは、直ちに当該措置を講ずるものとする。
 (指定の有効期間及び解除)
 第四条 行政機関の長は、指定をするときは、当該指定の日から起算して五年を超えない範囲内においてその有効期間を定めるものとする。
 2 行政機関の長は、指定の有効期間(この項の規定により延長した有効期間を含む。)が満了する時において、当該指定をした情報が前条第一項に規定する要件を満たすときは、政令で定めるところにより、五年を超えない範囲内においてその有効期間を延長するものとする。
 3 行政機関(会計検査院を除く。)の長は、前項の規定により指定の有効期間を延長しようとする場合において、当該延長後の指定の有効期間が通じて三十年を超えることとなるときは、政府の有するその諸活動を国民に説明する責務を全うする観点に立っても、なお当該指定に係る情報を公にしないことが現に我が国及び国民の安全を確保するためにやむを得ないものであることについて、その理由を示して、内閣の承認を得なければならない。この場合において、当該行政機関の長は、当該指定に係る特定秘密の保護に関し必要なものとして政令で定める措置を講じた上で、内閣に当該特定秘密を提供することができる。
 4 行政機関の長は、指定をした情報が前条第一項に規定する要件を欠くに至ったときは、有効期間内であっても、政令で定めるところにより、速やかにその指定を解除するものとする。
 (特定秘密の保護措置)
 第五条 行政機関の長は、指定をしたときは、第三条第二項に規定する措置のほか、第十一条の規定により特定秘密の取扱いの業務を行うことができることとされる者のうちから、当該行政機関において当該指定に係る特定秘密の取扱いの業務を行わせる職員の範囲を定めることその他の当該特定秘密の保護に関し必要なものとして政令で定める措置を講ずるものとする。
 2 警察庁長官は、指定をした場合において、当該指定に係る特定秘密(第七条第一項の規定により提供するものを除く。)で都道府県警察が保有するものがあるときは、当該都道府県警察に対し当該指定をした旨を通知するものとする。
 3 前項の場合において、警察庁長官は、都道府県警察が保有する特定秘密の取扱いの業務を行わせる職員の範囲その他の当該都道府県警察による当該特定秘密の保護に関し必要なものとして政令で定める事項について、当該都道府県警察に指示するものとする。この場合において、当該都道府県警察の警視総監又は道府県警察本部長(以下「警察本部長」という。)は、当該指示に従い、当該特定秘密の適切な保護のために必要な措置を講じ、及びその職員に当該特定秘密の取扱いの業務を行わせるものとする。
 4 行政機関の長は、指定をした場合において、その所掌事務のうち別表に掲げる事項に係るものを遂行するために特段の必要があると認めたときは、物件の製造又は役務の提供を業とする者で、特定秘密の保護のために必要な施設設備を設置していることその他政令で定める基準に適合するもの(以下「適合事業者」という。)との契約に基づき、当該適合事業者に対し、当該指定をした旨を通知した上で、当該指定に係る特定秘密(第八条第一項の規定により提供するものを除く。)を保有させることができる。
 5 前項の契約には、第十一条の規定により特定秘密の取扱いの業務を行うことができることとされる者のうちから、同項の規定により特定秘密を保有する適合事業者が指名して当該特定秘密の取扱いの業務を行わせる代表者、代理人、使用人その他の従業者(以下単に「従業者」という。)の範囲その他の当該適合事業者による当該特定秘密の保護に関し必要なものとして政令で定める事項について定めるものとする。
 6 第四項の規定により特定秘密を保有する適合事業者は、同項の契約に従い、当該特定秘密の適切な保護のために必要な措置を講じ、及びその従業者に当該特定秘密の取扱いの業務を行わせるものとする。
 第三章 特定秘密の提供
 (我が国の安全保障上の必要による特定秘密の提供)
 第六条 特定秘密を保有する行政機関の長は、他の行政機関が我が国の安全保障に関する事務のうち別表に掲げる事項に係るものを遂行するために当該特定秘密を利用する必要があると認めたときは、当該他の行政機関に当該特定秘密を提供することができる。ただし、当該特定秘密を保有する行政機関以外の行政機関の長が当該特定秘密について指定をしているとき(当該特定秘密が、この項の規定により当該保有する行政機関の長から提供されたものである場合を除く。)は、当該指定をしている行政機関の長の同意を得なければならない。
 2 前項の規定により他の行政機関に特定秘密を提供する行政機関の長は、当該特定秘密の取扱いの業務を行わせる職員の範囲その他の当該他の行政機関による当該特定秘密の保護に関し必要なものとして政令で定める事項について、あらかじめ、当該他の行政機関の長と協議するものとする。
 3 第一項の規定により特定秘密の提供を受ける他の行政機関の長は、前項の規定による協議に従い、当該特定秘密の適切な保護のために必要な措置を講じ、及びその職員に当該特定秘密の取扱いの業務を行わせるものとする。
 第七条 警察庁長官は、警察庁が保有する特定秘密について、その所掌事務のうち別表に掲げる事項に係るものを遂行するために都道府県警察にこれを利用させる必要があると認めたときは、当該都道府県警察に当該特定秘密を提供することができる。
 2 前項の規定により都道府県警察に特定秘密を提供する場合については、第五条第三項の規定を準用する。
 3 警察庁長官は、警察本部長に対し、当該都道府県警察が保有する特定秘密で第五条第二項の規定による通知に係るものの提供を求めることができる。
 第八条 特定秘密を保有する行政機関の長は、その所掌事務のうち別表に掲げる事項に係るものを遂行するために、適合事業者に当該特定秘密を利用させる特段の必要があると認めたときは、当該適合事業者との契約に基づき、当該適合事業者に当該特定秘密を提供することができる。ただし、当該特定秘密を保有する行政機関以外の行政機関の長が当該特定秘密について指定をしているとき(当該特定秘密が、第六条第一項の規定により当該保有する行政機関の長から提供されたものである場合を除く。)は、当該指定をしている行政機関の長の同意を得なければならない。
 2 前項の契約については第五条第五項の規定を、前項の規定により特定秘密の提供を受ける適合事業者については同条第六項の規定を、それぞれ準用する。この場合において、同条第五項中「前項」とあるのは「第八条第一項」と、「を保有する」とあるのは「の提供を受ける」と読み替えるものとする。
 3 第五条第四項の規定により適合事業者に特定秘密を保有させている行政機関の長は、同項の契約に基づき、当該適合事業者に対し、当該特定秘密の提供を求めることができる。
 第九条 特定秘密を保有する行政機関の長は、その所掌事務のうち別表に掲げる事項に係るものを遂行するために必要があると認めたときは、外国(本邦の域外にある国又は地域をいう。以下同じ。)の政府又は国際機関であって、この法律の規定により行政機関が当該特定秘密を保護するために講ずることとされる措置に相当する措置を講じているものに当該特定秘密を提供することができる。ただし、当該特定秘密を保有する行政機関以外の行政機関の長が当該特定秘密について指定をしているとき(当該特定秘密が、第六条第一項の規定により当該保有する行政機関の長から提供されたものである場合を除く。)は、当該指定をしている行政機関の長の同意を得なければならない。
 (その他公益上の必要による特定秘密の提供)
 第十条 第四条第三項後段及び第六条から前条までに規定するもののほか、行政機関の長は、次に掲げる場合に限り、特定秘密を提供することができる。
 一 特定秘密の提供を受ける者が次に掲げる業務又は公益上特に必要があると認められるこれらに準ずる業務において当該特定秘密を利用する場合(次号から第四号までに掲げる場合を除く。)であって、当該特定秘密を利用し、又は知る者の範囲を制限すること、当該業務以外に当該特定秘密が利用されないようにすることその他の当該特定秘密を利用し、又は知る者がこれを保護するために必要なものとして政令で定める措置を講じ、かつ、我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれがないと認めたとき。
 イ 各議院又は各議院の委員会若しくは参議院の調査会が国会法(昭和二十二年法律第七十九号)第百四条第一項(同法第五十四条の四第一項において準用する場合を含む。)又は議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律(昭和二十二年法律第二百二十五号)第一条の規定により行う審査又は調査であって、国会法第五十二条第二項(同法第五十四条の四第一項において準用する場合を含む。)又は第六十二条の規定により公開しないこととされたもの
 ロ 刑事事件の捜査又は公訴の維持であって、刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)第三百十六条の二十七第一項(同条第三項及び同法第三百十六条の二十八第二項において準用する場合を含む。)の規定により裁判所に提示する場合のほか、当該捜査又は公訴の維持に必要な業務に従事する者以外の者に当該特定秘密を提供することがないと認められるもの
 二 民事訴訟法(平成八年法律第百九号)第二百二十三条第六項の規定により裁判所に提示する場合
 三 情報公開・個人情報保護審査会設置法(平成十五年法律第六十号)第九条第一項の規定により情報公開・個人情報保護審査会に提示する場合
 四 会計検査院法(昭和二十二年法律第七十三号)第十九条の四において読み替えて準用する情報公開・個人情報保護審査会設置法第九条第一項の規定により会計検査院情報公開・個人情報保護審査会に提示する場合
 2 警察本部長は、第七条第三項の規定による求めに応じて警察庁に提供する場合のほか、前項第一号に掲げる場合(当該警察本部長が提供しようとする特定秘密が同号ロに掲げる業務において利用するものとして提供を受けたものである場合以外の場合にあっては、同号に規定する我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれがないと認めることについて、警察庁長官の同意を得た場合に限る。)、同項第二号に掲げる場合又は都道府県の保有する情報の公開を請求する住民等の権利について定める当該都道府県の条例(当該条例の規定による諮問に応じて審議を行う都道府県の機関の設置について定める都道府県の条例を含む。)の規定で情報公開・個人情報保護審査会設置法第九条第一項の規定に相当するものにより当該機関に提示する場合に限り、特定秘密を提供することができる。
 3 適合事業者は、第八条第三項の規定による求めに応じて行政機関に提供する場合のほか、第一項第一号に掲げる場合(同号に規定する我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれがないと認めることについて、当該適合事業者が提供しようとする特定秘密について指定をした行政機関の長の同意を得た場合に限る。)又は同項第二号若しくは第三号に掲げる場合に限り、特定秘密を提供することができる。
 第四章 特定秘密の取扱者の制限
 第十一条 特定秘密の取扱いの業務は、当該業務を行わせる行政機関の長若しくは当該業務を行わせる適合事業者に当該特定秘密を保有させ、若しくは提供する行政機関の長又は当該業務を行わせる警察本部長が直近に実施した次条第一項又は第十五条第一項の適性評価(第十三条第一項(第十五条第二項において準用する場合を含む。)の規定による通知があった日から五年を経過していないものに限る。)において特定秘密の取扱いの業務を行った場合にこれを漏らすおそれがないと認められた者(次条第一項第三号又は第十五条第一項第三号に掲げる者として次条第三項又は第十五条第二項において読み替えて準用する次条第三項の規定による告知があった者を除く。)でなければ、行ってはならない。ただし、次に掲げる者については、次条第一項又は第十五条第一項の適性評価を受けることを要しない。
 一 行政機関の長
 二 国務大臣(前号に掲げる者を除く。)
 三 内閣官房副長官
 四 内閣総理大臣補佐官
 五 副大臣
 六 大臣政務官
 七 前各号に掲げるもののほか、職務の特性その他の事情を勘案し、次条第一項又は第十五条第一項の適性評価を受けることなく特定秘密の取扱いの業務を行うことができるものとして政令で定める者
 第五章 適性評価
 (行政機関の長による適性評価の実施)
 第十二条 行政機関の長は、政令で定めるところにより、次に掲げる者について、その者が特定秘密の取扱いの業務を行った場合にこれを漏らすおそれがないことについての評価(以下「適性評価」という。)を実施するものとする。
 一 当該行政機関の職員(当該行政機関が警察庁である場合にあっては、警察本部長を含む。次号において同じ。)又は当該行政機関との第五条第四項若しくは第八条第一項の契約(次号において単に「契約」という。)に基づき特定秘密を保有し、若しくは特定秘密の提供を受ける適合事業者の従業者として特定秘密の取扱いの業務を新たに行うことが見込まれることとなった者(当該行政機関の長がその者について直近に実施して次条第一項の規定による通知をした日から五年を経過していない適性評価において、特定秘密の取扱いの業務を行った場合にこれを漏らすおそれがないと認められた者であって、引き続き当該おそれがないと認められるものを除く。)
 二 当該行政機関の職員又は当該行政機関との契約に基づき特定秘密を保有し、若しくは特定秘密の提供を受ける適合事業者の従業者として、特定秘密の取扱いの業務を現に行い、かつ、当該行政機関の長がその者について直近に実施した適性評価に係る次条第一項の規定による通知があった日から五年を経過した日以後特定秘密の取扱いの業務を引き続き行うことが見込まれる者
 三 当該行政機関の長が直近に実施した適性評価において特定秘密の取扱いの業務を行った場合にこれを漏らすおそれがないと認められた者であって、引き続き当該おそれがないと認めることについて疑いを生じさせる事情があるもの
 2 適性評価は、適性評価の対象となる者(以下「評価対象者」という。)について、次に掲げる事項についての調査を行い、その結果に基づき実施するものとする。
 一 特定有害活動(公になっていない情報のうちその漏えいが我が国の安全保障に支障を与えるおそれがあるものを取得するための活動、核兵器、軍用の化学製剤若しくは細菌製剤若しくはこれらの散布のための装置若しくはこれらを運搬することができるロケット若しくは無人航空機又はこれらの開発、製造、使用若しくは貯蔵のために用いられるおそれが特に大きいと認められる物を輸出し、又は輸入するための活動その他の活動であって、外国の利益を図る目的で行われ、かつ、我が国及び国民の安全を著しく害し、又は害するおそれのあるものをいう。別表第三号において同じ。)及びテロリズム(政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう。同表第四号において同じ。)との関係に関する事項(評価対象者の家族(配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。以下この号において同じ。)、父母、子及び兄弟姉妹並びにこれらの者以外の配偶者の父母及び子をいう。以下この号において同じ。)及び同居人(家族を除く。)の氏名、生年月日、国籍(過去に有していた国籍を含む。)及び住所を含む。)
 二 犯罪及び懲戒の経歴に関する事項
 三 情報の取扱いに係る非違の経歴に関する事項
 四 薬物の濫用及び影響に関する事項
 五 精神疾患に関する事項
 六 飲酒についての節度に関する事項
 七 信用状態その他の経済的な状況に関する事項
 3 適性評価は、あらかじめ、政令で定めるところにより、次に掲げる事項を評価対象者に対し告知した上で、その同意を得て実施するものとする。
 一 前項各号に掲げる事項について調査を行う旨
 二 前項の調査を行うため必要な範囲内において、次項の規定により質問させ、若しくは資料の提出を求めさせ、又は照会して報告を求めることがある旨
 三 評価対象者が第一項第三号に掲げる者であるときは、その旨
 4 行政機関の長は、第二項の調査を行うため必要な範囲内において、当該行政機関の職員に評価対象者若しくは評価対象者の知人その他の関係者に質問させ、若しくは評価対象者に対し資料の提出を求めさせ、又は公務所若しくは公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。
 (適性評価の結果等の通知)
 第十三条 行政機関の長は、適性評価を実施したときは、その結果を評価対象者に対し通知するものとする。
 2 行政機関の長は、適合事業者の従業者について適性評価を実施したときはその結果を、当該従業者が前条第三項の同意をしなかったことにより適性評価が実施されなかったときはその旨を、それぞれ当該適合事業者に対し通知するものとする。
 3 前項の規定による通知を受けた適合事業者は、当該評価対象者が当該適合事業者の指揮命令の下に労働する派遣労働者(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律(昭和六十年法律第八十八号)第二条第二号に規定する派遣労働者をいう。第十六条第二項において同じ。)であるときは、当該通知の内容を当該評価対象者を雇用する事業主に対し通知するものとする。
 4 行政機関の長は、第一項の規定により評価対象者に対し特定秘密の取扱いの業務を行った場合にこれを漏らすおそれがないと認められなかった旨を通知するときは、適性評価の円滑な実施の確保を妨げない範囲内において、当該おそれがないと認められなかった理由を通知するものとする。ただし、当該評価対象者があらかじめ当該理由の通知を希望しない旨を申し出た場合は、この限りでない。
 (行政機関の長に対する苦情の申出等)
 第十四条 評価対象者は、前条第一項の規定により通知された適性評価の結果その他当該評価対象者について実施された適性評価について、書面で、行政機関の長に対し、苦情の申出をすることができる。
 2 行政機関の長は、前項の苦情の申出を受けたときは、これを誠実に処理し、処理の結果を苦情の申出をした者に通知するものとする。
 3 評価対象者は、第一項の苦情の申出をしたことを理由として、不利益な取扱いを受けない。
 (警察本部長による適性評価の実施等)
 第十五条 警察本部長は、政令で定めるところにより、次に掲げる者について、適性評価を実施するものとする。
 一 当該都道府県警察の職員(警察本部長を除く。次号において同じ。)として特定秘密の取扱いの業務を新たに行うことが見込まれることとなった者(当該警察本部長がその者について直近に実施して次項において準用する第十三条第一項の規定による通知をした日から五年を経過していない適性評価において、特定秘密の取扱いの業務を行った場合にこれを漏らすおそれがないと認められた者であって、引き続き当該おそれがないと認められるものを除く。)
 二 当該都道府県警察の職員として、特定秘密の取扱いの業務を現に行い、かつ、当該警察本部長がその者について直近に実施した適性評価に係る次項において準用する第十三条第一項の規定による通知があった日から五年を経過した日以後特定秘密の取扱いの業務を引き続き行うことが見込まれる者
 三 当該警察本部長が直近に実施した適性評価において特定秘密の取扱いの業務を行った場合にこれを漏らすおそれがないと認められた者であって、引き続き当該おそれがないと認めることについて疑いを生じさせる事情があるもの
 2 前三条(第十二条第一項並びに第十三条第二項及び第三項を除く。)の規定は、前項の規定により警察本部長が実施する適性評価について準用する。この場合において、第十二条第三項第三号中「第一項第三号」とあるのは、「第十五条第一項第三号」と読み替えるものとする。
 (適性評価に関する個人情報の利用及び提供の制限)
 第十六条 行政機関の長及び警察本部長は、特定秘密の保護以外の目的のために、評価対象者が第十二条第三項(前条第二項において読み替えて準用する場合を含む。)の同意をしなかったこと、評価対象者についての適性評価の結果その他適性評価の実施に当たって取得する個人情報(生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)をいう。以下この項において同じ。)を自ら利用し、又は提供してはならない。ただし、適性評価の実施によって、当該個人情報に係る特定の個人が国家公務員法(昭和二十二年法律第百二十号)第三十八条各号、同法第七十五条第二項に規定する人事院規則の定める事由、同法第七十八条各号、第七十九条各号若しくは第八十二条第一項各号、検察庁法(昭和二十二年法律第六十一号)第二十条各号、外務公務員法(昭和二十七年法律第四十一号)第七条第一項に規定する者、自衛隊法(昭和二十九年法律第百六十五号)第三十八条第一項各号、第四十二条各号、第四十三条各号若しくは第四十六条第一項各号、同法第四十八条第一項に規定する場合若しくは同条第二項各号若しくは第三項各号若しくは地方公務員法(昭和二十五年法律第二百六十一号)第十六条各号、第二十八条第一項各号若しくは第二項各号若しくは第二十九条第一項各号又はこれらに準ずるものとして政令で定める事由のいずれかに該当する疑いが生じたときは、この限りでない。
 2 適合事業者及び適合事業者の指揮命令の下に労働する派遣労働者を雇用する事業主は、特定秘密の保護以外の目的のために、第十三条第二項又は第三項の規定により通知された内容を自ら利用し、又は提供してはならない。
 (権限又は事務の委任)
 第十七条 行政機関の長は、政令(内閣の所轄の下に置かれる機関及び会計検査院にあっては、当該機関の命令)で定めるところにより、この章に定める権限又は事務を当該行政機関の職員に委任することができる。
 第六章 雑則
 (特定秘密の指定等の運用基準)
 第十八条 政府は、特定秘密の指定及びその解除並びに適性評価の実施に関し、統一的な運用を図るための基準を定めるものとする。
 2 政府は、前項の基準を定め、又はこれを変更しようとするときは、我が国の安全保障に関する情報の保護、行政機関等の保有する情報の公開、公文書等の管理等に関し優れた識見を有する者の意見を聴かなければならない。
 (関係行政機関の協力)
 第十九条 関係行政機関の長は、特定秘密の指定、適性評価の実施その他この法律の規定により講ずることとされる措置に関し、我が国の安全保障に関する情報のうち特に秘匿することが必要であるものの漏えいを防止するため、相互に協力するものとする。
 (政令への委任)
 第二十条 この法律に定めるもののほか、この法律の実施のための手続その他この法律の施行に関し必要な事項は、政令で定める。
 (この法律の解釈適用)
 第二十一条 この法律の適用に当たっては、これを拡張して解釈して、国民の基本的人権を不当に侵害するようなことがあってはならず、国民の知る権利の保障に資する報道又は取材の自由に十分に配慮しなければならない。
 2 出版又は報道の業務に従事する者の取材行為については、専ら公益を図る目的を有し、かつ、法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限りは、これを正当な業務による行為とするものとする。
 第七章 罰則
 第二十二条 特定秘密の取扱いの業務に従事する者がその業務により知得した特定秘密を漏らしたときは、十年以下の懲役に処し、又は情状により十年以下の懲役及び千万円以下の罰金に処する。特定秘密の取扱いの業務に従事しなくなった後においても、同様とする。
 2 第四条第三項後段、第九条又は第十条の規定により提供された特定秘密について、当該提供の目的である業務により当該特定秘密を知得した者がこれを漏らしたときは、五年以下の懲役に処し、又は情状により五年以下の懲役及び五百万円以下の罰金に処する。同条第一項第一号ロに規定する場合において提示された特定秘密について、当該特定秘密の提示を受けた者がこれを漏らしたときも、同様とする。
 3 前二項の罪の未遂は、罰する。
 4 過失により第一項の罪を犯した者は、二年以下の禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
 5 過失により第二項の罪を犯した者は、一年以下の禁錮又は三十万円以下の罰金に処する。
 第二十三条 人を欺き、人に暴行を加え、若しくは人を脅迫する行為により、又は財物の窃取若しくは損壊、施設への侵入、有線電気通信の傍受、不正アクセス行為(不正アクセス行為の禁止等に関する法律(平成十一年法律第百二十八号)第二条第四項に規定する不正アクセス行為をいう。)その他の特定秘密を保有する者の管理を害する行為により、特定秘密を取得した者は、十年以下の懲役に処し、又は情状により十年以下の懲役及び千万円以下の罰金に処する。
 2 前項の罪の未遂は、罰する。
 3 前二項の規定は、刑法(明治四十年法律第四十五号)その他の罰則の適用を妨げない。
 第二十四条 第二十二条第一項又は前条第一項に規定する行為の遂行を共謀し、教唆し、又は煽動した者は、五年以下の懲役に処する。
 2 第二十二条第二項に規定する行為の遂行を共謀し、教唆し、又は煽動した者は、三年以下の懲役に処する。
 第二十五条 第二十二条第三項若しくは第二十三条第二項の罪を犯した者又は前条の罪を犯した者のうち第二十二条第一項若しくは第二項若しくは第二十三条第一項に規定する行為の遂行を共謀したものが自首したときは、その刑を減軽し、又は免除する。
 第二十六条 第二十二条の罪は、日本国外において同条の罪を犯した者にも適用する。
 2 第二十三条及び第二十四条の罪は、刑法第二条の例に従う。
 附則
 (施行期日)
 第一条 この法律は、公布の日から起算して一年を超えない範囲内において政令で定める日から施行する。
 (経過措置)
 第二条 この法律の公布の日から起算して二年を超えない範囲内において政令で定める日の前日までの間においては、第五条第一項及び第五項(第八条第二項において読み替えて準用する場合を含む。以下この条において同じ。)の規定の適用については、第五条第一項中「第十一条の規定により特定秘密の取扱いの業務を行うことができることとされる者のうちから、当該行政機関」とあるのは「当該行政機関」と、同条第五項中「第十一条の規定により特定秘密の取扱いの業務を行うことができることとされる者のうちから、同項の」とあるのは「同項の」とし、第十一条の規定は、適用しない。
 (自衛隊法の一部改正)
 第三条 自衛隊法の一部を次のように改正する。
 目次中「自衛隊の権限等(第八十七条―第九十六条の二)」を「自衛隊の権限(第八十七条―第九十六条)」に、「第百二十六条」を「第百二十五条」に改める。
 第七章の章名を次のように改める。
 第七章 自衛隊の権限
 第九十六条の二を削る。
 第百二十二条を削る。
 第百二十三条第一項中「一に」を「いずれかに」に、「禁こ」を「禁錮」に改め、同項第五号中「めいていして」を「酩酊(めいてい)して」に改め、同条第二項中「ほう助」を「幇(ほう)助」に、「せん動した」を「煽動した」に改め、同条を第百二十二条とする。
 第百二十四条を第百二十三条とし、第百二十五条を第百二十四条とし、第百二十六条を第百二十五条とする。
 別表第四を削る。
 (自衛隊法の一部改正に伴う経過措置)
 第四条 次条後段に規定する場合を除き、この法律の施行の日(以下この条及び次条において「施行日」という。)の前日において前条の規定による改正前の自衛隊法(以下この条及び次条において「旧自衛隊法」という。)第九十六条の二第一項の規定により防衛大臣が防衛秘密として指定していた事項は、施行日において第三条第一項の規定により防衛大臣が特定秘密として指定をした情報と、施行日前に防衛大臣が当該防衛秘密として指定していた事項について旧自衛隊法第九十六条の二第二項第一号の規定により付した標記又は同項第二号の規定によりした通知は、施行日において防衛大臣が当該特定秘密について第三条第二項第一号の規定によりした表示又は同項第二号の規定によりした通知とみなす。この場合において、第四条第一項中「指定をするときは、当該指定の日」とあるのは、「この法律の施行の日以後遅滞なく、同日」とする。
 第五条 施行日前にした行為に対する罰則の適用については、なお従前の例による。旧自衛隊法第百二十二条第一項に規定する防衛秘密を取り扱うことを業務とする者であって施行日前に防衛秘密を取り扱うことを業務としなくなったものが、その業務により知得した当該防衛秘密に関し、施行日以後にした行為についても、同様とする。
 (内閣法の一部改正)
 第六条 内閣法(昭和二十二年法律第五号)の一部を次のように改正する。
 第十七条第二項第一号中「及び内閣広報官」を「並びに内閣広報官及び内閣情報官」に改める。
 第二十条第二項中「助け、」の下に「第十二条第二項第二号から第五号までに掲げる事務のうち特定秘密(特定秘密の保護に関する法律(平成二十五年法律第 号)第三条第一項に規定する特定秘密をいう。)の保護に関するもの(内閣広報官の所掌に属するものを除く。)及び」を加える。
 (政令への委任)
 第七条 附則第二条、第四条及び第五条に規定するもののほか、この法律の施行に関し必要な経過措置は、政令で定める。
 別表(第三条、第五条―第九条関係)
 一 防衛に関する事項
 イ 自衛隊の運用又はこれに関する見積り若しくは計画若しくは研究
 ロ 防衛に関し収集した電波情報、画像情報その他の重要な情報
 ハ ロに掲げる情報の収集整理又はその能力
 ニ 防衛力の整備に関する見積り若しくは計画又は研究
 ホ 武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物(船舶を含む。チ及びリにおいて同じ。)の種類又は数量
 ヘ 防衛の用に供する通信網の構成又は通信の方法
 ト 防衛の用に供する暗号
 チ 武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物又はこれらの物の研究開発段階のものの仕様、性能又は使用方法
 リ 武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物又はこれらの物の研究開発段階のものの製作、検査、修理又は試験の方法
 ヌ 防衛の用に供する施設の設計、性能又は内部の用途(ヘに掲げるものを除く。)
 二 外交に関する事項
 イ 外国の政府又は国際機関との交渉又は協力の方針又は内容のうち、国民の生命及び身体の保護、領域の保全その他の安全保障に関する重要なもの
 ロ 安全保障のために我が国が実施する貨物の輸出若しくは輸入の禁止その他の措置又はその方針(第一号イ若しくはニ、第三号イ又は第四号イに掲げるものを除く。)
 ハ 安全保障に関し収集した条約その他の国際約束に基づき保護することが必要な情報その他の重要な情報(第一号ロ、第三号ロ又は第四号ロに掲げるものを除く。)
 ニ ハに掲げる情報の収集整理又はその能力
 ホ 外務省本省と在外公館との間の通信その他の外交の用に供する暗号
 三 特定有害活動の防止に関する事項
 イ 特定有害活動による被害の発生若しくは拡大の防止(以下この号において「特定有害活動の防止」という。)のための措置又はこれに関する計画若しくは研究
 ロ 特定有害活動の防止に関し収集した外国の政府又は国際機関からの情報その他の重要な情報
 ハ ロに掲げる情報の収集整理又はその能力
 ニ 特定有害活動の防止の用に供する暗号
 四 テロリズムの防止に関する事項
 イ テロリズムによる被害の発生若しくは拡大の防止(以下この号において「テロリズムの防止」という。)のための措置又はこれに関する計画若しくは研究
 ロ テロリズムの防止に関し収集した外国の政府又は国際機関からの情報その他の重要な情報
 ハ ロに掲げる情報の収集整理又はその能力
 ニ テロリズムの防止の用に供する暗号
 理由
 国際情勢の複雑化に伴い我が国及び国民の安全の確保に係る情報の重要性が増大するとともに、高度情報通信ネットワーク社会の発展に伴いその漏えいの危険性が懸念される中で、我が国の安全保障に関する情報のうち特に秘匿することが必要であるものについて、これを適確に保護する体制を確立した上で収集し、整理し、及び活用することが重要であることに鑑み、当該情報の保護に関し、特定秘密の指定及び取扱者の制限その他の必要な事項を定める必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。
    --「特定秘密保護法全文」、『東京新聞』2013年10月25日(金)付。

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[http://www.tokyo-np.co.jp/feature/himitsuhogo/zenbun.html:title]

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覚え書:「今週の本棚:伊東光晴・評 『戦後歴程-平和憲法を持つ国の経済人として』=品川正治・著」、『毎日新聞』2013年10月27日(日)付。


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今週の本棚:伊東光晴・評 『戦後歴程-平和憲法を持つ国の経済人として』=品川正治・著
毎日新聞 2013年10月27日 東京朝刊


 (岩波書店・1890円)

 ◇“もう一つの国”を求めた実業人を悼む

 “もう一つの日本”を求め続け、8月に亡くなった一実業人(元日本火災海上保険会長、元経済同友会専務理事)の自伝である。

 本土決戦も叫ばれていた1944年の2月、旧制三高の軍事教練の仕上げともいうべき、師団長の査閲の時に一つの事件がおこった。

 中学からの友人が時流に抗する、軍人勅諭の読み替えを行ったのである。査閲は中止となり、生徒総代であった著者は、事を収めるため、退学し、一兵卒となり、中国洛陽(らくよう)の最前線へ送られる。死地である。

 本書の副題は「平和憲法を持つ国の経済人として」とあるが、この戦地での悲惨な体験が、その信念となる。助けを求め死んでいった戦友の声は今も消えない。氏自身も迫撃砲で吹きとばされる。それらが、復員船の中で見た“平和憲法”に共感の激情となる。

 敗戦直後の激動の時代に東大法学部に進み、学生結婚するが、これもドラマである。妻になる静さんは、父の遠縁の人で、すでに3人の子供があり、夫は大蔵官僚、父は銀行家で、著者はその家の離れに下宿していた。静さんは何不自由ない生活から、激変する生活を選ぶのであるが、二人を近づけたのは、静さんの、働く人たちへの思いである。

 著者の親子関係は断絶するが、それ以後の二人は、ともに労働学校で学ぶなど、もう一つの日本を求めて互いに助け合っていく。この結婚のくだりが、私には垣添忠生・国立がんセンター名誉総長の結婚とその後の生活を思いださせる。垣添さんは26歳の時、12歳年上の離婚状態にある病弱な患者さんと結婚する(垣添忠生『妻を看取(みと)る日』新潮社)。

 垣添さんはすでに研修医であったが、著者は学生であり、住む家から探さねばならない。

 生活費をどうするか。

 学生でありながら中学の社会科の教師になって収入をえる。一年で卒業までの全単位をとろうとして、同じ時間の試験の科目を二つもとるという離れ技にはびっくりする。それを知った日本火災海上の人事担当者から入社をすすめられる。

 入社後は仕事と労働組合の活動に熱心に取りくむ。仕事でも組合でも、企業の社会的責任を推し進めていく。それは、経営のトップになっても変わることはない。それが大塚万丈から木川田一隆に続く、新しい資本主義を求める同友会の流れの継承者として、著者に同友会専務理事の仕事を委ねさせたのであろう。それはアメリカ的経営--株主のための会社という考えを否定させ、顧客、従業員、地域社会をも重視する会社とリベラルな社会的発言となっていくのである。

 私は自著『保守と革新の日本的構造』(筑摩書房)の中で、経営者も組合幹部も同一の階層から出る戦後日本社会の特徴を指摘した。氏はその一例である。と同時に氏の旧制高校的交友関係と教養の深さに驚いた。

 西ドイツの首相だったシュミット氏の大学卒業論文が「米軍占領時代の日本の税制」だったことは、この本で知った。また社長になると、シュミット氏を招いて社内講演会を試みている。サッチャー、レーガン、中曽根氏に抗してである。

 静さんが残してきた子供たちが、成人して、しばしば晩年の静さんを訪れているのに、ほっとする。

 静さんを失ってから、一人息子とその妻にも先立たれた不幸の中で孫を育てる。静さんをこれだけ愛した人の再婚と同友会での活躍が、病のため書かれなかったことが惜しまれる。
    --「今週の本棚:伊東光晴・評 『戦後歴程-平和憲法を持つ国の経済人として』=品川正治・著」、『毎日新聞』2013年10月27日(日)付。

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[http://mainichi.jp/feature/news/20131027ddm015070009000c.html:title]


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戦後歴程――平和憲法を持つ国の経済人として
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覚え書:「今週の本棚:若島正・評 『夢幻諸島から』=クリストファー・プリースト著」、『毎日新聞』2013年10月27日(日)付。

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今週の本棚:若島正・評 『夢幻諸島から』=クリストファー・プリースト著
毎日新聞 2013年10月27日 東京朝刊


 (早川書房・1785円)

 ◇解けない謎に満ちた夢の中の島をめぐる物語

 昨日の晩、不思議な夢を見た。創意工夫に満ちた思弁小説の書き手である、クリストファー・プリーストの新作『夢幻諸島から』の謎を解こうとしている夢だ。これは嘘(うそ)ではない。本当の話である。もう今となっては思い出せない、何かの言葉を手がかりにして、わたしは断片状になったこの小説の一片一片をつなぎ合わせようとしていた。今こうして、書評を書くために『夢幻諸島から』を再読していると、まるでまた夢の中に戻ってしまったような、奇妙な感覚にとらわれる。この本は、夢の中にまで浸食してくるような力を持っているのだ。

 『夢幻諸島から』が描く架空の世界は、北と南にある大陸塊にはさまれた、中間の海に浮かぶ無数の島々でできている。そのいくつかの島の記述が、項目として島の名前のアルファベット順に並べられている、という事典またはガイドブックの形式を本書は取る。しかし、その記述は島についての情報だけではなく、その島に住む人間にまつわる物語へと展開されていく。個々の物語は独立した短篇として読めるまとまりを持つものもあれば、別の断片に結びついてより大きな物語へと発展する可能性を秘めたものもある。ここで特徴的なのは、夢の中に浮かぶ島らしく、記述にはたえず揺らぎがあり、嘘があるということだ。たとえば、冒頭に置かれた「序文」の執筆者であるチェスター・カムストンという小説家は、すべての項目を読んだうえでその序文を書いているはずなのに、項目の中では一人の登場人物として現れ、しかも死んでしまうのだ。明らかな矛盾に直面して、序文と本文のどちらを信じればいいのか、と読者はとまどうに違いない。本書には、こうした読者を幻惑させるような謎が豊富に仕掛けられている。そして、そうした謎には、決して解決が与えられない。その解決は、あくまでも読者の想像力あるいは夢にゆだねられている。

 『夢幻諸島から』の原書の表紙には、「何人も島である」という言葉が書かれている。これはジョン・ダンの有名な詩句「何人も島ではない」をひっくり返したものである。それを裏書きするように、小説家カムストンは自分が生まれ育った島から一歩も出ないという神話を自分のまわりに作り上げる。なるほど、小説を書くということは、一個人の自閉的で孤独な夢想に他ならないだろう。しかし、カムストンが他の島に赴くと、そこには殺人の物語が生まれる。逆に、他の島からある女性がカムストンを訪ねてくると、そこには恋愛の物語が生まれる。島から島への移動が、そして孤独な人と人との接触が、『夢幻諸島から』をばらばらの断片ではなく、長篇小説として読ませる稼働力になる。

 言ってみれば、『夢幻諸島から』は決して完成されることのない巨大なジグソーパズルだ。パズルの断片をつなげてやると、大小さまざまな島の模様ができる。それはなんとこの『夢幻諸島から』の世界によく似ていることだろうか。この世界には、たよりにできる地図がない。わたしたち読者は、短篇を読むつもりで一つの島にゆっくりとどまって、そこで繰り広げられる奇景に眼(め)を奪われてもいい。あるいは、すでに眺めたはずの島に戻って、秘密のトンネルを掘ってもいい。さらには、プリーストの『奇術師』や『双生児』といった傑作群島へと足を伸ばしてもいい。気ままで楽しい島めぐりとともに、ここでは読者も夢を見ることが求められている。プリーストとわたしたち読者の夢が出会う場所、それが夢幻諸島なのだ。(古沢嘉通訳)
    --「今週の本棚:若島正・評 『夢幻諸島から』=クリストファー・プリースト著」、『毎日新聞』2013年10月27日(日)付。

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[http://mainichi.jp/feature/news/20131027ddm015070019000c.html:title]


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書評:ジャン=ピエール・デュピュイ(永倉千夏子訳)『チェルノブイリ ある科学哲学者の怒り 現代の「悪」とカタストロフィー』明石書店、2012年。


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我々が悪と呼ぶものは、仮象の領域に属している。なぜなら、見ることができる者にとって、このいわゆる悪は、可能なもののうち最良の世界において善を最大化することに貢献するからである。技術文明は、原子力なしでやっていくことはできない。そして、その上にのしかかるリスクは、成長のために我々が払わなければならない対価なのである。目的は手段を正当化する。しかしこれには反駁しておこう。問題は、卵を割る人々があまりにしばしば理屈を並べたあげく、オムレツをつくらないことにあるのだ。
    --ジャン=ピエール・デュピュイ(永倉千夏子訳)『チェルノブイリ ある科学哲学者の怒り 現代の「悪」とカタストロフィー』明石書店、2012年、84頁。

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ジャン=ピエール・デュピュイ『チェルノブイリ ある科学哲学者の怒り 現代の「悪」とカタストロフィー』明石書店、読了。「〔様々なリスクの〕この不確実性を考えるにあたり我々が用いている概念手段は、ほとんど役に立たない」。原題は「チェルノブイリより帰る 怒れる男の手記」。

現地での見聞と欧州での事故の被害評価の落差に対する「怒り」は、その根本的原因へ探究に著者を誘う。有責性を科学的に排除する科学的合理性の欺瞞と道徳的感受性の欠如が指摘される。『ツナミの形而上学』に続く論考。

安全性を信じること(信仰)と、核抑止力という信仰(行使されず効力を持つ力)も本質的には、核という「本来の神に遅れてやってきた」超越性の二次的神聖化。現代の超越性の欺瞞とは「常に不発が求められる」こと。

「最悪のことが起こるであろうと信ずることができないということ」。「考えることのできない未来」を考えるためには時間概念の改める必要がある。


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覚え書:「今週の本棚:池澤夏樹・評 『俳優のノート』=山崎努・著」、『毎日新聞』2013年10月27日(日)付。


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今週の本棚:池澤夏樹・評 『俳優のノート』=山崎努・著
毎日新聞 2013年10月27日 東京朝刊


 (文春文庫・693円)

 ◇演出家、翻訳者と芝居を作る羨ましき乱闘

 一つの舞台ができあがる過程を主演俳優が綿密に日記につける。準備と稽古(けいこ)、そして公演の日々。千秋楽までの六か月あまりの記録。

 演目はシェイクスピアの『リア王』、松岡和子の新訳の初演。

 主演の俳優は山崎努。演出鵜山仁、小屋はできたばかりの新国立劇場、初日が一九九八年の一月十七日。もう十六年近い昔のことだ(ぼくはこの公演を見ていない)。

 世の中にはそれ自体で完結している本もあれば、次々に他のものにつながって広がる本もある。この本は後者の典型で、少なくともページを開く前に松岡訳の『リア王』は読んでおく必要がある。

 それにしても、一つの芝居を作るとはこんなにおもしろいものなのか。スタートの地点は何もない真っ白の状態。そこから演出家や俳優たちそれぞれの読みが始まり、組み合わさって、ぶつかりあって、ゆっくりと全体を作ってゆく。

 この日記を読むことはジグソーパズルに似ている。公演はずっと前に終わっているのだから、いわば絵柄はもう完成しているわけだ。しかし日記の始まりではすべてのピースがばらばらに、しかも裏返しに色調さえ見えないように置かれている。読者は日記の一日ごとにヒントを得て絵柄を再構築する。そういう手間のかかる遊び。参加の努力を要求する読書であり、それに充分以上に報いてくれる読書である。

 まずシェイクスピアが立ちはだかる。大建築なのに言葉で造った躯体(くたい)しかない。内装はおろかそれぞれが何のための部屋かもわからない。一つ一つの場面ごとに、この場でリアの精神はどういう状態にあるか、誰に向かって何を言おうとしている台詞(せりふ)なのか、それを措定してゆく。だがこれが二転三転……七転八倒。

 俳優たちと演出家と翻訳者の共同体、その共闘と乱闘が孤独な小説書きのぼくには羨ましい。芝居を作るとはこういうことなのだと感心し嘆息しながら読み進む。

 細部の読みの積み重ねが台詞の背後に隠れているストーリーを表に引き出す。例えば……「この劇の始まりは、リアがコーディリアを嫁がせること、なのかもしれない。コーディリアを嫁がせるための持参金の問題、それが領土分割に発展したのかもしれない。勿論(もちろん)、リアの『安らかに墓に納まる』ために『一切を脱ぎ捨て』たい気持は本当なのだろうが、この鬱状態も、最愛の末娘を嫁がせることと無関係ではないはず。末娘の結婚を父として祝福する気持と、『母(、)』(の代理(、、、))が(、)『女(、)』になり自分を捨てる(、、、、、、、、、)、という不快(、、、、、)。不快、癇癪(かんしゃく)、勘当となる」という解釈は見事な補助線だ。

 これはリアとコーディリアの関係についての解釈である。リアは極端な女嫌いで、愛する末娘に母の代理の役割を求めていた。全体の八割以上を過ぎた四幕七場にいたってその理不尽に気づき、彼女を自分に属する者ではなく他者として愛することを学ぶ。この悲劇では世界の秩序は崩壊し、リアは狂気と正気の間を行き来するが、一方でそれは目覚めへの歩みでもある。

 日記だから、その日その日の稽古のこと、会った相手、食べたもの(夫人が用意する弁当がいかにもおいしそうなのに「食欲がない」というもったいない日もある)、起こった事件(大雪とか、娘の出産とか、盟友伊丹十三の突然の自死とか)、あるいは台詞を覚えるための長い散歩や他の出演者たちとのやりとりなどの記述も多い。

 つまりこれは日付けのある文章であって、ものが作られるのはいつでも現実の時間の流れの中でのことだと納得させる。誰もがその時々のハンディキャップを負っての創作なのだ。シェイクスピアだっていつも何かに追われながら、その中で永遠の傑作を書いたのだろう。そこに慰めと元気づけを汲(く)み取ってもいい。

 舞台の上の演技とは何か、瞠目(どうもく)の指摘がある--「サッカーのフォーメーションのように、ボールの移動につれて素早く自分の位置を選んで行く。考えてから動くのでは遅い。瞬時に身体を反応させるのだ。ボール(芝居の中心)は右に左に絶えず動いている。いつまでもボールを持って離さない俳優が一番困る。いつも芝居の中心(観客の視線)が自分にあると思っている。ボールをパスしない。これはイエロー・カード」

 もう一つ大事なのが演劇における、というよりも文学一般における翻訳者の役割だ。原語では上演できないからしかたなく翻訳するのではなく、それ自体が解釈の積み上げであり、原作との格闘である。それを潜(くぐ)って翻訳はいわば新しい原作として再誕生する。演劇の場合ならば翻訳者は俳優や演出家と肩を並べて戦っている。

 翻訳者だからこそ松岡和子はこんなことが言える--「この戯曲の登場人物は、名前のある役は皆歪(ゆが)んでいて、名前のない人物は全員善い人なんです、地の塩みたいな」。

 公演中に還暦を迎えた山崎努はこれを最後にもう舞台には上らなくなった。
    --「今週の本棚:池澤夏樹・評 『俳優のノート』=山崎努・著」、『毎日新聞』2013年10月27日(日)付。

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[http://mainichi.jp/feature/news/20131027ddm015070017000c.html:title]


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覚え書:「今週の本棚・本と人:『晩年様式集』 著者・大江健三郎さん」、『毎日新聞』2013年10月27日(日)付。


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今週の本棚・本と人:『晩年様式集』 著者・大江健三郎さん
毎日新聞 2013年10月27日 東京朝刊


 ◇晩年様式集(イン・レイト・スタイル)

 (講談社・1890円)

 ◇生涯をかけて問う状況−−著者・大江健三郎(おおえ・けんざぶろう)さん

 作家自身と重なる長江古義人を主人公に、福島の原発事故後の日々が描かれる長編小説。虚構も交えた、私小説を超えた私小説的作品と呼べばいいか。

 冒頭近く、余震が続く深夜に、自宅の階段の踊り場で「ウーウー声をあげて泣く」主人公の姿が描かれる。この切羽詰まった緊張感が全編に響く。悲壮感さえ、帯びるのだ。

 「福島の事故の後、なぜ、被爆を経験している日本人がいくつもの原発を造り続けてきたのか、考えました。切迫感をもって原発のことを考えなかった自分は弁解のしようがない。鈍感だった日本人の一人です」


 一方で、リズムのある読みやすい文章が印象的だ。長編『水死』(2009年)の後、宮沢賢治全集を読んでいた。

 「時代を超えた天才の文章です。この年齢(78歳)になってわかるなんて、恥ずかしいですが。曲がりくねった文章を読んでもらうことで、僕の考えを読者に共有してもらおうと思っていたのですが、そんな自分の文章に対する反省があります。自分を超えたリズムや明快さがあるのだと思いました」

 これまでの自身の仕事が激しく問い直される。いくつかの自作が読み返され、引用される。主人公の妻と妹と娘は「三人の女たち」というグループを作り、これまでの小説に反論する。障害を持った主人公の息子まで、彼を告発し始める。

 「旧作を読んでいない読者にも、このテキストと一緒に引用部分を読んでもらえればと思いました。女性の批判というのは当たっています。僕はそれに応えないできたのですが」

 全編に漂う異様な迫力は、この自分の生涯をかけて、原発事故やその後の日本の状況を問いかけているところにあるのだろう。事故は敗戦とも重ねられる。そして、この国の政治のあり方や民主主義の脆弱(ぜいじゃく)さをあらわにする。しかし、最後に、詩によって一筋の光が提示され、読者は解放される。

 「晩年に円熟など求めません。老年を迎え、自分はこんなふうに生きてきましたという報告のような気持ちです」<文・重里徹也/写真・竹内幹>
    --「今週の本棚・本と人:『晩年様式集』 著者・大江健三郎さん」、『毎日新聞』2013年10月27日(日)付。

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[http://mainichi.jp/feature/news/20131027ddm015070022000c.html:title]


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書評:山崎亮『コミュニティデザイン 人がつながるしくみをつくる』学芸出版社、2011年。


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人口減少、少子高齢化、中心市街地の衰退、限界集落、森林問題、無縁社会など、社会的な課題を美と共感の力で解決する。そのために重要なのは、課題に直面している本人たちが力を合わせること。そのきっかけをつくりだすのがコミュニティデザインの仕事だと考えるようになった。
    --山崎亮『コミュニティデザイン 人がつながるしくみをつくる』学芸出版社、2011年、235頁。

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山崎亮『コミュニティデザイン 人がつながるしくみをつくる』学芸出版社、読了。従来「器」の整備とされた概念だが、本書は「使われ方」や「育て方」に注目する。「モノをつくるのをやめると人が見えてきた」。10年にわたる著者の仕事を概観する中で、認識と実践を一新する。非常に面白い一冊。

そもそもコミュニティとは人と人のつながりであり、箱モノ整備やデザイナーの作品発表とイコールではない。原点に立ち返り、著者は「ひとがつながるしくみ」を作っていく。と言っても復古ではなく、新しい自生的連帯。人々が歩み寄る社会創出の見本を見る。

地縁血縁社会には限界がある。だから反動としてつながりの弱体化が招来されたといってよいが、そのままで良い訳でもない。「日本を取り戻す」してもはじまらない。その意味でコミュニティデザインとは、人々が参加する仕組みづくりでもある。

ひとびとが積極的に社会に関わりたくなること。そのきっかけづくりと選択意志を育てることがデザイナーの仕事との指摘には瞠目。協同とは外発的ではなく内発的に誕生する。現代社会を俯瞰し、未来を構想する上で本書の知見と実践は非常に有益だ。

著者インタビュー。  [http://www.gakugei-pub.jp/chosya/028yama/index.htm:title]


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コミュニティデザイン―人がつながるしくみをつくる
山崎 亮
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覚え書:「今週の本棚・新刊:『ガガーリン 世界初の宇宙飛行士、伝説の裏側で』=J・ドーラン、P・ビゾニー著」、『毎日新聞』2013年10月27日(日)付。


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今週の本棚・新刊:『ガガーリン 世界初の宇宙飛行士、伝説の裏側で』=J・ドーラン、P・ビゾニー著
毎日新聞 2013年10月27日 東京朝刊

 (河出書房新社・2520円)

 人類が初めて宇宙に出て半世紀余。お金さえあれば誰でも宇宙旅行に応募できる時代となった。その礎を築いたひとりが、世界初の宇宙飛行士ガガーリンだ。著者ドーランらは、当時の同僚やKGB関係者にインタビュー。一夜にして英雄となった男の光と闇をスリリングに描く。

 ガガーリンの伝記といえば、自伝『宇宙への道』(江川卓訳、新潮社)が知られる。だが、この“公式本”は当時のソ連政府の意向を強く反映し、宇宙船技術と体制の賛美に終始している。対して本書は、宇宙船ボストークが大気圏再突入の際、激しく回転し、ガガーリンが一時意識を失いそうになったり、カプセルのハッチが地上7キロの高度で吹き飛んだりした事実を明かす。

 そして、何よりも彼の人生と国家との関係に着目する。ソ連の宣伝塔として世界を引き回され、そのうっ憤晴らしの末に飛びおり事件を起こすガガーリン。後ろ盾のフルシチョフと設計技師長コロリョフを失い、新たな名誉を追う後継ブレジネフ体制で、同僚コマロフをソユーズ事故で失うガガーリン。独裁国家のくびきにつながれた英雄の生々しい記録がここにある。=日暮雅通訳(広)
    --「今週の本棚・新刊:『ガガーリン 世界初の宇宙飛行士、伝説の裏側で』=J・ドーラン、P・ビゾニー著」、『毎日新聞』2013年10月27日(日)付。

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ガガーリン ----世界初の宇宙飛行士、伝説の裏側で
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覚え書:「今週の本棚:高樹のぶ子・評 『書簡集 1812-1876』=ジョルジュ・サンド著」、『毎日新聞』2013年10月27日(日)付。

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今週の本棚:高樹のぶ子・評 『書簡集 1812-1876』=ジョルジュ・サンド著
毎日新聞 2013年10月27日 東京朝刊


 (藤原書店・6930円)

 ◇旧社会に真向かう女性作家の知性と恋

 フランス中部の小村、ノアンに建つジョルジュ・サンドの館。ショパンと暮らした2階から見下ろすと、2本の樅(もみ)の大木が真っ直(す)ぐ空に伸びていた。サンドが2人の子供の誕生を記念して植えた木だ。二人が逃避行を試みたマヨルカ島では、岩山に囲まれたバルデモサの修道院近くに、書簡にも登場する樹齢千年のオリーブの樹(き)が、白い幹を大蛇のようにくねらせていた。

 数年前、ショパンを描くためにサンドの書簡集をむさぼり読んだが、72年の生涯を通じて2000人以上の人間に、何と2万通を超す書簡を書き送った彼女の、それはごく一部でしかなかった。

 本書には、8歳から死の直前までの彼女が、友人知人家族、芸術家や作家、俳優政治家さらには皇帝皇族にまで送った手紙の中から、249通が選び抜かれて収録されている。しかも「ジョルジュ・サンド セレクション」として刊行された全9巻の最終巻でもある。

 ショパンの恋人としてのサンドしか知らない人は多い。けれど貴族社会が衰退しブルジョワが台頭してくる激動の19世紀前半に、作家としてジャーナリストとして、いや社交界の麗人として、従来の枠に収まらず、率直な発言と行動で時代に挑戦したのがサンドだった。

 バルザックやドストエフスキーにも影響を与えた小説家だったが、現代から振り返り、もっとも説得力を持つ作品は、やはり書簡集ではないだろうか。作者の実人生と時代が直接的に伝わってくるだけに、旧(ふる)い意識と体制に真向かう新しい女の知性が、力強く迫ってくる。

 サンドは自分が書き送った膨大な数の書簡が、やがて作品として扱われる覚悟を持っていただろうか。答えはイエス。翻訳のフィルターを通してだが、感情の露出には作家としての抑制が働いているし、どこかで第三者の目を意識してもいる。自分が作家であることを片隅に置きながら書いた手紙であり、ペンを持って文字を記せば、自(おの)ずと表現にならざるを得なかった、とも言える。

 本書は幾つかの年代に分けてまとめてあるので、彼女の人生を順に辿(たど)ることが出来るのだが、ショパンを愛した時代の書簡がやはり圧倒的に多く濃い。気持が過熱し他者への訴えも切実、つまり懊悩(おうのう)が輝いている。

 にもかかわらず、ショパンに宛てた書簡はショパンの死後、サンド自身の手で焼却されている。遺(のこ)されていれば、どれほどの熱情が溢(あふ)れていただろう。後年、ショパンとの恋を否定したかったのだとしても、ジャーナリストの直感ゆえ、やがてショパンへの恋文も作品として扱われるのを意識したサンドが、ナマの感情の表出を恥じたのだと想像できなくもない。

 おそらくショパン宛の書簡だけは別の色に染まっていたのではないだろうか。

 ショパンを愛し始めたころ、まるで言い訳のように彼の親友グジマーワに問いかけ、恋情の処し方を訴えている手紙は、古今東西の恋する女に通じる動揺や戦略が透けてみえていじらしい。

 人生の最後には、作家としての強い認識をフロベールに書き送っている。

 「巧みな表明は感動からのみ生じ、感動は確信からのみ生じます。熱烈に信じていないようなものに人はけっして感動しないものです」

 自分を信じ切った女性だからこそ、書簡集を作品として残せたのである。(持田明子・大野一道監訳)
    --「今週の本棚:高樹のぶ子・評 『書簡集 1812-1876』=ジョルジュ・サンド著」、『毎日新聞』2013年10月27日(日)付。

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[http://mainichi.jp/feature/news/20131027ddm015070002000c.html:title]


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書簡集 1812-1876 (ジョルジュ・サンド セレクション(全9巻・別巻一))
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覚え書:「記者の目:在特会ヘイトスピーチ違法判決=小泉大士」、『毎日新聞』2013年10月24日(木)付。


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記者の目:在特会ヘイトスピーチ違法判決=小泉大士
毎日新聞 2013年10月24日


 大音量の街宣活動で京都の朝鮮学校を中傷した「在日特権を許さない市民の会」(在特会)側に、京都地裁は今月7日、約1226万円の賠償と街宣活動の禁止を命じた。民族や出自を理由としたヘイトスピーチ(憎悪表現)は「人種差別であり違法」とした画期的な司法判断だ。東京・新大久保などで同様のデモを取材してきたが、聞くに堪えない罵詈(ばり)雑言は明らかに「表現の自由」の範囲を逸脱していると感じてきた。在特会側は控訴したが、判決は当然であり、これを機にヘイトスピーチの横行に歯止めがかかることを期待したい。

 判決によると、在特会メンバーらは2009年12月-10年3月、京都朝鮮第一初級学校に押しかけ、「朝鮮学校を日本からたたき出せ」「朝鮮人は保健所で処分しろ。犬の方が賢い」「ゴミはゴミ箱に」「ぶち殺せー」などと怒号を浴びせた。学校が京都市の許可を得ないまま隣接する公園を運動場として使っていたことを非難するためだったという。

 ◇威圧的な言動泣き出す児童

 彼らが撮影した街宣の映像はインターネット上で公開されている。一度見れば、いかに悪質で威圧的な言動だったかが分かる。校舎内には多数の児童や教職員がいた。窓やカーテンを閉めたり、音楽の音量を上げたりしたが防ぎきれず、低学年の児童の多くが恐怖のあまり泣き出したという。

 在特会側は、自分たちの行為は憲法21条が保障する表現の自由の範囲内で、差別的であっても「意見表明」として許されると主張した。

 これに対し判決は、一連の言動が国連の人種差別撤廃条約が禁止する「人種や民族的出身などに基づく区別、排除」に該当すると指摘。在特会側が訴えた公園の違法な使用を解消する意図は「表面的な装いに過ぎない」と退け、彼らの本質的な目的は差別の扇動だったと認定した。威圧的な態様からも公益を図る目的があったとは到底認められないとし、メンバーらの発言は「下品かつ侮蔑的」であり「意見や論評というよりいわゆる悪口」と厳しく批判した。

 ネット上では在特会の支持者たちが「不当判決だ」と主張している。「裁判長は在日だ」などという書き込みすらあった。賠償額が高額であることなどから「在特会側にボディーブローのようにじわじわと効いてくる」(警視庁幹部)という見方もあるが、ヘイトスピーチデモの沈静化にどこまでつながるのか、現時点でははっきりしない。

 ◇知ってほしい現場の実態
 では、どうすればいいだろうか。できれば現場に足を運び、多くの人にデモの実態を知ってもらいたい。新大久保では大勢が「殺せ、殺せ、朝鮮人」「新大久保を更地にしてガス室をつくるぞ」などと叫び、「良い朝鮮人も悪い朝鮮人も殺せ」と記したプラカードを掲げる人までいる。デモ参加者を上回る人々が抗議に押しかけ、機動隊を含めれば500人から1000人近い集団が路上を埋め尽くす。双方から飛び交うのは怒号と罵声。極めて異様な光景だ。

 カウンターと呼ばれる抗議側に暴力的なイメージがあるからか「どっちもどっち」という意見も聞くが、傍観したままでいいのだろうか。現実に出ている被害から目を背けてはならない。泣き叫ぶ京都の児童の背後で、数多くの人々が心を痛め、涙を流していることを知る必要がある。

 現行法では不特定多数に向けられるヘイトスピーチ自体を取り締まることはできず、今後は法規制の是非を巡る議論が活発化するだろう。この問題はこれまで「表現の自由」の観点から議論されることが多かったが、今回の判決は在特会の街宣を「悪口」に過ぎないと断じている。彼らの行為自体は、表現の自由によって守られるべき言論には値しないということだ。ただし、立法で規制した場合は当局による恣意(しい)的な運用への懸念もあり、私自身も考えが定まっていない。

 だが、表現の自由を重視するあまりに思考停止に陥っていては、ヘイトスピーチはなくならない。「表現の自由を守るためにこそヘイトスピーチを処罰すべきだ」と主張する東京造形大の前田朗教授は「対策は規制か否かの二者択一ではない」とも言う。私も同感だ。刑事罰でなくても、例えば社会的な批判や行政指導といった形で、憎悪の連鎖に歯止めをかけることだってできるはずだ。そのためには、何よりも「差別は決して許されない」という社会的な合意を形成する必要がある。見て見ぬふりをするのではなく、一人一人が差別の問題に目を向けてほしい。
    --「記者の目:在特会ヘイトスピーチ違法判決=小泉大士」、『毎日新聞』2013年10月24日(木)付。

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[http://mainichi.jp/opinion/news/20131024k0000m070133000c.html:title]


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覚え書:「今週の本棚・新刊:『フーコーの闘争 <統治する主体>の誕生』=箱田徹・著」、『毎日新聞』2013年10月27日(日)付。

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今週の本棚・新刊:『フーコーの闘争 <統治する主体>の誕生』=箱田徹・著
毎日新聞 2013年10月27日 東京朝刊

 (慶應義塾大学出版会・2625円)

 思想家、ミシェル・フーコーの権力論を、パリ五月革命など「68年」以後の政治経験の理論的到達点として描いた。著作が待たれてきた若手フーコー研究者による初の単著だ。

 たとえば、近年の脱原発運動を「国家や資本の権力対民衆の抵抗」的な素朴な枠組みに当てはめることはできよう。だがそれだけでは、社会変革の歴史的なダイナミズムは読み切れない。1970年代後半以降、フーコーは「統治」という概念を権力論に導入した。昔から人々は、国家などの権力を利用したり、その権力に取り込まれてきた。他方、革命など権力の意志からの逸脱や反作用も必ず生じてきた。本書の描くフーコーは、この総体を「権力と抵抗」の二元論ではなく、本来的に自由な主体それぞれが自他を統治し合い、互いの「真理」に導き合う動きの積み重ねだと、一元的かつ動的に理解する。日本の研究者らは、フーコー由来の概念を社会システムなどの堅固さを強調する文脈で使いがちだが、その正反対の議論とも言える。

 フーコーがイラン革命を取材し、解釈した例なども刺激的。社会運動関係者やジャーナリストにもヒントを与える本である。(生)
    --「今週の本棚・新刊:『フーコーの闘争 <統治する主体>の誕生』=箱田徹・著」、『毎日新聞』2013年10月27日(日)付。

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[http://mainichi.jp/feature/news/20131027ddm015070034000c.html:title]


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フーコーの闘争―〈統治する主体〉の誕生
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覚え書:「今週の本棚:加藤陽子・評 『ミシンと日本の近代-消費者の創出』=アンドルー・ゴードン著」、『毎日新聞』2013年10月27日(日)付。


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今週の本棚:加藤陽子・評 『ミシンと日本の近代-消費者の創出』=アンドルー・ゴードン著
毎日新聞 2013年10月27日 東京朝刊

 (みすず書房・3570円)

 ◇戦後成長を支えた女性たちの内なる奮闘史

 この本を書いたゴードン教授はハーバード大学で日本近現代史を教える歴史家で、1980年代に日本型雇用システムとして世界に注目された労使関係誕生の謎を、幕末まで遡(さかのぼ)って明らかにした名著『日本労使関係史 1853-2010』(二村一夫訳、岩波書店)で知られる。

 対象を長くとる著者の姿勢は、アメリカのもたらしたミシンと日本女性の幸福な出会いとその展開を描いた本作でも健在だ。1850年代にアメリカ総領事ハリスが徳川将軍夫人にミシンを土産とした逸話から、1950年代に文化服装学院やドレスメーカー女学院が爆発的な人気を誇った戦後までほぼ百年をカバーする。

 ならば著者が分析のスパンを長くとる叙述にこだわる理由はどこにあるのだろうか。著者には、「日本は特殊だから」として日本の歴史を説明した気でいる者への批判があるように思われる。じっくりと比べれば、日本史は、世界史にみる普遍型で説明可能な部分も多いのではないか。また、日本固有の特殊性があったとしても、それが何なのかは、信頼できる統計や史料を長期的に分析して初めてわかることではないか。

 容易な日本特殊論を排する著者のスタンスは、昨今のアメリカの良質な日本研究に見られる傾向と一致している。例えば、「総動員帝国」との概念で満州事変期の日本を分析したルイーズ・ヤングは、1931年の日本と1991年の湾岸戦争時のアメリカが似ているとし、大衆文化のテクノロジーをいかんなく動員する、帝国主義のメカニズムという点で日本とアメリカで違いはないと論じた。また、ピュリツァー賞を受賞したジョン・ダワーは、イラク攻撃に至るブッシュ政権の意思決定過程を、真珠湾攻撃に至る御前会議における意思決定過程と比較した時、驚くほど両者が似ているのだという。

 シンガーや蛇の目などの企業史料、ミシンの業界紙、NHKや労働省婦人少年局による時間利用調査などを丹念に発掘し、縦横に用いた著者は、女性がミシンとともに歩んだ歴史を、近代の画期ごとに見事に描いた。

 戦前期にあって、けっして安い買い物ではなかったミシンは、自活可能な女性、計画的消費といった前向きのスローガンをまとって家庭に浸透していった。子供服や学生服を家庭内で調える責務を負っていた主婦層は、総力戦下に進行した女性労働の社会化の波もあり、洋装化にはっきりと舵(かじ)を切った。1940年段階で世帯の1割だったミシン保有率は、1967年時点では世帯の8割に達したのである。

 日本経済史を扱う研究の多くは、生産と輸出という側面から対象に迫ってきた。だがこの本は、家庭における内職と消費という側面から対象を切り取った。分析視角が斬新であれば、導き出される結論も非凡なものとなる。著者は、戦後の日本に高度経済成長の奇跡をもたらしたのは輸出ではなく、堅実で計画的な消費者が支えた旺盛な国内需要なのではないかと論じている。

 最後に、ミシンを軸としてみた時、日本の何が特異な点であったのかについての著者の見解を掲げておこう。ミシンの販売戦略などの面で、日本企業の独自性と喧伝(けんでん)されたものの多くはアメリカ型の翻案であり、実のところ差異はなかったという。むしろ欧米と比べて特異だったのは、1950年代の日本において、専業主婦予備軍の女性たちの実に多くの部分が商業的裁縫教室に通っていたという事実の方だった。日本女性の内なる奮闘に注がれた著者のまなざしが温かい。(大島かおり訳)
    --「今週の本棚:加藤陽子・評 『ミシンと日本の近代-消費者の創出』=アンドルー・ゴードン著」、『毎日新聞』2013年10月27日(日)付。

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書評:乾彰夫編『高卒5年 どう生き、これからどう生きるのか 若者たちが今〈大人になる〉とは』大月書店、2013年。


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 若者の成長にとって試練は重要だ、といわれることは昔からしばしばある、だがこれらを見れば、若者の成長にとって必要なのは試練一般ではなく、それがきちんと成長や自信の獲得に結びつく、そういう試練である。近年の状況を見ると、一部の大人たちの言説とは逆に、若者にとっての試練はむしろかつてより厳しさを増している。不安定な雇用が広がる中で、そういう状況を続ける者が増えたばかりでなく、高校・専門学校・大学とも長期にわたる就職活動は、若者たちにとって大きな試練となっている。そればかりではない。「七五三」言説とは裏腹に、ほとんどこの間実質的な上昇がなかった新卒三年間の離職率は、近年むしろ急速に低下しているが、その裏で労災認定に占める精神疾患件数の増加や、厚生労働省「患者調査」に見られる鬱などの受診者数のとくに若年層での大きな増加など、試練が成長に結びつかない病理が広がっている(乾二〇一二)。
 このような状況を見れば、今若者たちにとって必要なことは、試練そのものをさらに課すことではなく、試練を成長に結びつけられるような手立てである。そのためには、若者たちのがんばりや成長をきちんと評価して承認する、そういう場の形成が、学校でも職場でも地域でも、求められているのではないか。
    --乾彰夫「若者たちの七年の成長と自信」、乾彰夫編『高卒5年 どう生き、これからどう生きるのか 若者たちが今〈大人になる〉とは』大月書店、2013年357頁。

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乾彰夫編『高卒5年 どう生き、これからどう生きるのか 若者たちが今〈大人になる〉とは』大月書店、読了。本書は高校3年の秋から卒業5年目まで7年におよぶ追跡調査(首都大乾ゼミ院生)をもとに懸命に生きる若者たちの軌跡と意味を描く。継続的調査は少ないから本調査とその分析は貴重な記録。

不安定な社会・雇用状況の中、卒業前後から社会に出ての数年、若者たちはどんな課題に直面し、どう切り抜けようとするのか。本書は、その実像をつまびらかにする。「働く意欲」がない訳ではないし、複雑な状況下で必死に生きている。

キャリア教育の実像から、若者と家族の関係(そして若者が形成する家族)、性的規範形成、地域コミュニティと大学生活の構造、イニシエーションとして「若者たちが今〈大人になる〉とは」を扱う本書の話題は幅広いがどれも秀逸だ

メディアを始め「大人」たちは若者叩きに明け暮れたが、「叩かれる」所以はあるのだろうか。努力や根性が不足している訳ではない。前時代より複雑化する構造へ目を向け、未来を展望・準備する必要があるのではないだろうか。

苦行的通過儀礼の必要性はしばしば言われる。しかし必要なことは(大人たちがスルーしてきた)「試練そのものをさらに課すことではなく、試練を成長に結びつけられるような手立てである」。

本書はキャリア教育担当者に紐解いてもらいたい。エセ自己啓発よろしい「なりたい自分や職業」ばかりやっても、みんなそこに行かないし、何の役にも立ってないし、そもそも、「本学の就職率はw」でおしまいで、卒業後は放置でしょう。無責任このうえない。

所収杉田真衣「若年女性と性的サービス労働」は、ほんと驚愕だった。調査対象のひとつ(難易度の低い高校)出身者の7割が飲食接待から肉体的接触を伴う風俗産業経験があった。

したり顔で「割がいい」とか、「頭悪いから当然でしょう」とかいっているオッサンがいたらぶんなぐりそうになったわ。風俗だけではないけど、ほんと、個人の資質ではもはやどうしようもないところにまで、社会は選択肢の多様性を割愛し、生きてよい人間とそうでない人間を分断しようとしている。

(私は嫌いだけど)気合いと根性で乗り切れる(=ヤンキー主義@斉藤環)時代はかつては存在し、それが主としてガチヤンキーとは対極に位置する社会的上位カーストの連中がデキレース的に利用し、その意義を吹聴した。しかし、もうそろそろ気合いと根性では乗り切ることができない事実とそういう時代であることを認識し直さなければはじまらないのじゃないのかねえ。

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覚え書:「さようなら、オレンジ [著]岩城けい [評者]小野正嗣」、『朝日新聞』2013年10月20日(日)付。

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さようなら、オレンジ [著]岩城けい
[評者]小野正嗣(作家・明治学院大学准教授)  [掲載]2013年10月20日   [ジャンル]文芸 


■言葉の壁と格闘する女性たち

 開くのをためらう本がある。こんな小説をずっと読みたかったのだ!と心を鷲掴(わしづか)みされる予感が読む前からあるからだ。そしてほら、予感はすでに確信に変わっている。
 本書は2つの物語からなる。一方の主人公はサリマというアフリカ人女性。内戦を逃れ、英語が話される大きな島国に難民としてやって来た。夫には逃げられ、知識も技能もない彼女は、スーパーの生鮮食品加工場で肉の解体に従事し、2人の息子を育てている。英語クラスに通い、思うようにならぬこの外国語と格闘している。
 クラスには彼女が「ハリネズミ」と呼ぶ東洋人女性がいる。字も読めず帰る故郷もなく、生きるために働くしかないサリマと違って、主婦のかたわら勉強、という恵まれた境遇だ。サリマは羨望(せんぼう)と怒りすら覚える。ところが、ある痛ましい出来事をきっかけに2人の距離が近くなる……。
 小説のもう一つの物語を形作るのは、オーストラリアに暮らす日本人女性の「私」が恩師へ宛てた手紙だ。夫の都合で海辺の町に引っ越してきた彼女は、職業訓練学校の英語クラスに通い始める。
 彼女は英語で小説を書こうとしているが、書きあぐねている。日々の生活、新しい出会いについて手紙は報告する。この移民の国に暮らす隣人たちが抱えた孤独に寄り添うように繊細に感応する彼女の孤独。娘を出産した喜びも束(つか)の間、不幸が彼女を打ちのめす。立ち直ろうと働き始めた職場で、かつてクラスメイトだったナキチというアフリカ人女性と再会する。
 そのナキチがアフリカについて英語で書く恐ろしく稚拙だが心に迫る作文が、「私」に〈書く〉ことの本質を啓示する。それは、越えがたい言語や境遇の壁にもかかわらず、他者へと手をのばそうとすることなのだ。その手がいま、サリマとナキチの物語を一つに結び、読者一人一人の〈私〉へと届けてくれる。
    ◇
 筑摩書房・1365円/いわき・けい 71年、大阪生まれ。大学卒業後に渡豪。本作で太宰治賞を受賞。
    --「さようなら、オレンジ [著]岩城けい [評者]小野正嗣」、『朝日新聞』2013年10月20日(日)付。

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覚え書:「ポラロイド伝説―無謀なほどの独創性で世界を魅了する [著]クリストファー・ボナノス [評者]荒俣宏」、『朝日新聞』2013年10月20日(日)付。


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ポラロイド伝説―無謀なほどの独創性で世界を魅了する [著]クリストファー・ボナノス
[評者]荒俣宏(作家)  [掲載]2013年10月20日   [ジャンル]ノンフィクション・評伝 


■超天才が生んだ発明群の顛末

 アップル社のスティーブ・ジョブズが深い尊敬のあまり、アメリカの「国宝」とまで呼んだ科学者兼企業家、あの「ポラロイド・カメラ」を発明したエドウィン・ランドの伝記。営業販売よりも研究開発に精力を注ぐ会社を創業したが、若いころは学籍もないのに大学の研究所に夜中忍び込んで思いつきを実験で確かめたというから超天才だ。ランド最初の成功といえる「偏光板」も、それぞれ方向の異なる偏光シートを自動車の前ガラスとヘッドライトに貼り付け「光のぎらつき」を消す当初設計から飛躍し、これを眼鏡に応用し偏光眼鏡で観(み)るカラー立体映画のシステムまで発明してしまうのだ。ランドの驚くべき発明群が世界をおもしろくした顛末(てんまつ)を一望させる本だが、三色でなく二色ですべての色相を表現できる夢のカラー映写法に憑(つ)かれた話だけは、不十分。もっとも、この発明は目と脳の生理的特質まで活用し、今も理論的によく分からないらしいので、仕方ないか。
    ◇
 千葉敏生訳、実務教育出版・1890円
    --「ポラロイド伝説―無謀なほどの独創性で世界を魅了する [著]クリストファー・ボナノス [評者]荒俣宏」、『朝日新聞』2013年10月20日(日)付。

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ポラロイド伝説 無謀なほどの独創性で世界を魅了する
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覚え書:「みんなの広場 何が面白いのでしょうか?」、『毎日新聞』2013年10月23日(水)付。


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みんなの広場
何が面白いのでしょうか?
会社員 46(静岡市駿河区)

 13日の本紙「仲畑万能川柳」に「視聴者をレベル低いと見て企画」という句がありました。
 先日、何気なく見ていたテレビ番組。芸能人がドッキリをしかけられキャーキャー騒いでいました。おいしそうな海鮮丼をのぞくとバーンと爆発、イクラやマグロも吹き飛んで丼も割れていました。けがをしないのが不思議なくらいでした。
 また次の場面では、エレベーターに乗り込むと床が抜け落ち、スライダーで落ちていきました。一歩間違えば事故になりかねません。ところがそれを見ている芸能人も大笑いです。
 日本はなんと平和な国なのでしょうか? こんな番組の何が面白いのでしょうか。川柳にあるように視聴者はレベルが低いと思って番組を作っているのなら大間違いです。
 テレビ局の方々は有名大学を卒業され難関のマスコミ就職を決め、さぞかし聡明な人たちと存じます。もう少しまともな番組を作られてはいかがでしょうか。
    --「みんなの広場 何が面白いのでしょうか?」、『毎日新聞』2013年10月23日(水)付。

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覚え書:「剣術修行の旅日記―佐賀藩・葉隠武士の「諸国廻歴日録」を読む [著]永井義男 [評者]三浦しをん」、『朝日新聞』2013年10月20日(日)付。

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剣術修行の旅日記―佐賀藩・葉隠武士の「諸国廻歴日録」を読む [著]永井義男
[評者]三浦しをん(作家)  [掲載]2013年10月20日   [ジャンル]ノンフィクション・評伝 


■青春きらめく、藩士の「留学」

 嘉永6年(1853年)、佐賀藩士・牟田文之助(満22歳)は武者修行の旅に出た。彼が記した日記(『諸国廻歴日録』)をもとに、北は宮城、秋田、新潟まで及ぶ、2年間の旅の軌跡を明らかにしたノンフィクション。
 「武者修行」と聞くと、他流派の道場に殴りこみをかけ、相手をこてんぱんにして看板を奪い去り、悠々と引きあげる途中の辻で反撃を食らって斬り殺される、というイメージがあるが、実際は全然ちがうことがわかった。
 藩公認で武者修行するひとは、各藩の城下にある「修行人宿」に無料で宿泊できた。文之助青年も修行人宿を利用しつつ、道場に礼儀正しく手合わせを申し入れ、各地の剣術家と交流を深めた。気の合う相手と酒を酌み交わしたり、他藩の修行者と仲良く旅をしたりと、楽しそうだ。
 つまり武者修行は、現代で言うところの「留学」みたいなものだったのだろう。見聞を広げ、さまざまなひとと出会って人間的に成長する機会として、諸藩は公費で若者に旅をさせた。
 文之助青年は、手合わせした道場の印象を、「格別の者はいない」と率直に日記に書いたり、歓待を受け二日酔いに苦しんだり、律義に礼状を書いたりと、憎めない人柄だ。そのためか、次なる目的地への出立(しゅったつ)の際には、30人ぐらいが見送りにきたほどだ。「見送り」のレベルを超えている……。彼らと別れの盃(さかずき)を交わしたせいで、またも酔っ払う文之助青年。
 武者修行の実態がわかると同時に、青春のきらめきに満ちた、貴重な旅の記録だ。生まれた場所がちがっても、ひとはだれかと理解しあい親しくなれる。旅人を受け入れるおおらかさ。別れたらもう二度と会えないだろう互いの立場を知りつつ、心底からの親愛を表す人々。文之助青年が残した楽しく切ない旅日記を、著者の永井義男氏は、見事に現代によみがえらせた。
    ◇
 朝日選書・1680円/ながい・よしお 49年生まれ。作家。97年『算学奇人伝』で開高健賞。
    --「剣術修行の旅日記―佐賀藩・葉隠武士の「諸国廻歴日録」を読む [著]永井義男 [評者]三浦しをん」、『朝日新聞』2013年10月20日(日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013102000004.html:title]


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剣術修行の旅日記 佐賀藩・葉隠武士の「諸国廻歴日録」を読む (朝日選書)
永井義男
朝日新聞出版 (2013-08-09)
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覚え書:「孤立無業(SNEP) [著]玄田有史 [評者]水無田気流」、『朝日新聞』2013年10月20日(日)付。

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孤立無業(SNEP) [著]玄田有史
[評者]水無田気流(詩人・社会学者)  [掲載]2013年10月20日   [ジャンル]社会 

■人間の孤立が就労意欲を奪う

 日本の若年無業者を「ニート」概念を用いて論じた玄田有史が、新たな分析視角を提唱した。ニートが15歳から34歳の無業者を指すのに対し、本書が取り上げる「孤立無業(Solitary Non‐Employed Persons、SNEP)」は、20歳以上59歳以下の在学中を除く未婚無業者のうち、ふだんずっと一人か、一緒にいる人が家族以外にいない人々を指す。
 鍵となるのは孤立。ニートが就労を軸とした概念であったのに対し、孤立無業は他人とのつきあいの有無が眼目である。他人との交際を持たないがゆえに、通常その姿が認識されない人々を可視化する分析概念といえる。私見では、無業者問題を検証するに当たり、孤立無業はニート以上に現実味のある年齢設定だ。いわゆる高齢ニートや、高齢未婚者の孤立問題等を検証する上でも示唆に富む。
 2011年現在、60歳未満の未婚無業者は255.9万人で、その6割以上を占める162.3万人が孤立無業だという。一方、ニートは60万人、フリーターは176万人と近年減少傾向にあるが、彼らは安定した職を得たというより、単に35歳を超えて統計上の区分から消えただけかもしれない。失業率が低下した時期にも、孤立無業は増加の一途をたどっているという。
 さまざまな分析視角から明らかになるのは、いかに孤立状態が、人間から求職動機や就労意欲を奪うかという事実だ。一方、たとえば友人とのつながりは、人脈以上に就労への客観的な助言や「気づき」を与えてくれる、と筆者は指摘する。これは家族のように身近すぎる相手ではかえって難しい役割だ。独り暮らしよりも、家族と同居している孤立無業のほうが、就労意欲が低いとの指摘もある。2000年代に入り、誰もが無業者になれば孤立しやすくなるという「孤立の一般化」が広がっている。孤立と無業の根深く緊密な関係を、再認されたい。
    ◇
 日本経済新聞出版社・1575円/げんだ・ゆうじ 64年生まれ。東京大学社会科学研究所教授(経済学)。
    --「孤立無業(SNEP) [著]玄田有史 [評者]水無田気流」、『朝日新聞』2013年10月20日(日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013102000012.html:title]


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日記:ワシントンの子孫如何と問う


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処で私が不図胸に浮かんで或人に聞て見たのは外でない今華盛頓(ワシソトン)の子孫は如何なつて居るかと尋ねた所が其人の云ふに華盛頓の子孫には女がある筈だ 今如何して居るか知らないが何でも誰かの内室になつて居る容子だと如何にも冷淡な答で何とも思つて居らぬ これは不思議だ  勿論私も亜米利加は共和国 大統領は四年交代と云ふことは百も承知のことながら 華盛頓の子孫と云へば大変な者に違いないと思ふたのは 此方の脳中には 源頼朝徳川家康と云ふような考へがあつてソレから割出して聞いた所が 今の通りの答に驚いて 是れは不思議と思うたことは今でも能く覚えて居る。理学上の事に就ては少しも胆を潰すと云ふことはなかつたが 一方の社会上の事に就ては全く方角が付かなかつた。
    --福澤諭吉述『福翁自伝』時事新報社、明治32年、102-103頁。

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先日、大阪のDQN番組「たかんじんの云々」にて自称「憲法学者」の竹田恒泰氏が在特会を擁護する発言をし、そのことが問題になっている。まるっきり根拠のない「ネットで真実(オワタ」を根拠に暴論を公共の電波を使って、さも事実であるかのように吹聴することは、知識人としていかがなものなのか、というのは言うまでもない話ですが、その応援者だけでなく、本人すらも「血筋」を「売りもの」にしていることは、それに輪をかけて卑劣なことだと思う。

個人を個人と見ることによってしかその人物を判断することはできない。血筋やなにかになんてぜんぜん関係ない。

ここで思い出すのは、竹田氏が奉職する慶應義塾の創立者福澤諭吉の『福翁自伝』の一節(「ワシントンの子孫如何と問う」)。

条約批准のため咸臨丸で渡米した際、日本では君主の子孫がどうのこうのが大事だから、アメリカ国民がワシントンの子孫がどうなっているのかと福澤諭吉は聞く訳ですが、誰も知らないことに驚愕したという。

おれの先祖はすごいんやんでとか、そういう認識像が日本社会には未だに根強く残っている。しかし、大事なのはその人に即してという話だろう。

日本的封建制度のどうしようもなさと激しく戦った福澤諭吉ですら、その認識に刷り込まれている馴致には、なかなか気づくことができなかったことを示すエピソードは正直に語るその態度は、後に自身でそれを新たに認識し直し、次へ紡いでいく。

「天は人の上に人を造らず」はその自身の苦闘から生まれたマニフェストなんですよ。

[http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2387720:title]


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覚え書:「科学と人間―科学が社会にできること [著]佐藤文隆/科学者が人間であること [著]中村桂子 [評者]水野和夫」、『朝日新聞』2013年10月20日(日)付。

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科学と人間―科学が社会にできること [著]佐藤文隆/科学者が人間であること [著]中村桂子
[評者]水野和夫(日本大学教授・経済学)  [掲載]2013年10月20日

■数値化が進める近代文明の落日

 この2冊は、どちらも科学がますます専門化そして数値化することに対する警告の書である。日本を代表する量子力学の第一人者・佐藤と「生命誌」を提唱する生命科学者・中村から奇(く)しくも同じタイミングで上梓(じょうし)されたのは偶然ではないであろう。科学こそが近代文明を最も特徴づけているのだから、近代を問い直す時代にきているのである。
 もちろん、2人の論点は異なる。佐藤は科学を四つの領域に区分し、「科学と民主主義」の関係を中心に据えて「社会が科学をもつとは?」を考察している。中村は「人間は生きものであり、自然の中にある」のであって、「科学や科学技術を『自然の側から』見る必要がある」との立場だ。もっとも、佐藤の「四つの科学」の一つである「ワールドビュー」は「自分と外界の関係」のイメージを支えるものだから、両者の視点は水面下では繋(つな)がっている。
 そして、どちらも近代固有の「数値化」を問題視している。佐藤は、民主主義が「多数」という数字を重要視するなら、「数は独立性(自由)と等質性(平等)を前提としなければ意味をなさない」という。そして民主主義は「改造」や「進歩」などにおいて明らかに科学の近代化路線と整合的であると指摘する。しかし、エコロジズムに目覚め、「自然との一体感が強調されると」、生命体論は「革新を掲げる民主主義とは根本的な方向が違う」。
 中村は「科学的とは多くの場合数字で表せる」から、お金で測った豊かさが手に入るようになる変化を「進歩」と呼び、そのような社会を「先進国の象徴として評価」するようになったという。しかし、「人間は生きもの」であるという観点で見た時には、これこそが「生きることの否定になる」。速くできること、手を抜くことが、時間を紡ぐ、すなわち生きることに逆行するからだ。そして、地球全体を一律にするグローバルな科学技術文明は多様性を否定するので、あきらかに文明の定義から外れていく。
 佐藤によれば「民主主義は『大量』の物質を必要とする」。王様しか味わえなかった「珍味・珍体験」に対し、「万人のアクセスを可能にして平等化と画一化をおしすすめる」ものだからである。だが、平準化は民主主義から革新性を奪う。「絆が叫ばれる世相などをみれば、民主主義の終焉(しゅうえん)が射程に入ったかもしれない」という。
 別々のアプローチながら結果として「大量」や「過剰」性が問題となるのは、近代システムが機能不全に陥っているからであろう。アドルノがいった「近代自身が反近代をつくる」ということが、まさに今、起きている。
    ◇
 『科学と人間』青土社・1995円/さとう・ふみたか 38年生まれ。甲南大学教授(物理学)。著書に『科学と幸福』など▽『科学者が人間であること』岩波新書・840円/なかむら・けいこ 36年生まれ。JT生命誌研究館館長。著書に『「生きもの」感覚で生きる』など。
    --「科学と人間―科学が社会にできること [著]佐藤文隆/科学者が人間であること [著]中村桂子 [評者]水野和夫」、『朝日新聞』2013年10月20日(日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013102000006.html:title]

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覚え書:「摘便とお花見―看護の語りの現象学 [著]村上靖彦 [評者]出久根達郎」、『朝日新聞』2013年10月20日(日)付。

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摘便とお花見―看護の語りの現象学 [著]村上靖彦
[評者]出久根達郎(作家)  [掲載]2013年10月20日   [ジャンル]人文 社会 


■「ケアとは何か」を語る言葉

 摘便(てきべん)、とは耳慣れない言葉だが、看護用語であろうか。摘芽、摘花はある。芽や花を摘むことである。便を摘むのが摘便。では「お花見」とは。
 何だかむずかしそうな副題の本だが、ひと口に言えば「ケアとは何か」であって、四人の女性看護師さんが、日々の仕事や看護師を志した動機などを「自由に」語った。それを現象学者が分析し、語りの哲学、語られた事柄の深層にあるもの、などを研究した。そう言っては何だが、分析より、看護師の語り口が興味深い。録音された話を整理せず、そのまま活字化している。あの、なんか、なんだろうな、なんかその、という具合である。言葉に表すと嘘(うそ)になってしまう、適確な表現が見つからない、もどかしい。そのあいまいな部分が、人が人を看護する世界であって、私たちが考えている以上に複雑きわまる。
 がん患者を担当するCさんは、死んだら終わりでなく、死後の希望を考える。遺(のこ)された者が思いだす故人は幸せな笑顔が多い。そこで末期の患者に笑顔になってもらうため、過去の良い場面を思いだし語ってもらう。語っている際の豊かな気持ちは、来世に持っていける、と伝える。すると患者は、いっぱい思いだすわ、と。Cさんはこれを演出という。善意の「ごっこ遊び」と。
 透析室に勤めたDさんは、働く場所がワンフロアだから患者も看護師も全部見えた。見えるから干渉しすぎる。塩分やカリウムを制限されている患者の採血の結果で、生活が見えてしまう。禁じられている物を食べたな、とわかる。医療の言葉で注意すると権威的になるので、Dさんは無害な食べ方をさりげなく助言する。患者の生活を支える意識。
 訪問看護師のFさんは、人への不信感丸だしの患者を、梅見に連れだす。心を閉ざしていた患者は、いつも世話してくれている妻にみやげを買って帰った。病を治すのは薬や医術、更にお花見なのだ。
    ◇
 医学書院・2100円/むらかみ・やすひこ 70年生まれ。大阪大学准教授。専門は基礎精神病理学・精神分析学。
    --「摘便とお花見―看護の語りの現象学 [著]村上靖彦 [評者]出久根達郎」、『朝日新聞』2013年10月20日(日)付。

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摘便とお花見: 看護の語りの現象学 (シリーズ ケアをひらく)
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覚え書:「発言 海外から 文豪のすべて読んで=フョークラ・トルスタヤ」、『毎日新聞』2013年10月23日(水)付。

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発言 海外から
文豪のすべて読んで
フョークラ・トルスタヤ
トルストイ博物館職員でトルストイの玄孫

 今年6月からロシアの文豪レフ・トルストイ(1828~1910年)の全著作90巻を電子ファイル化し、インターネットのサイト(www.tolstoy.ru)で無料公開するプロジェクトを始めた。
 トルストイは「戦争と平和」「アンナ・カレーニナ」「復活」などで有名だが、日記や手紙はほとんど知られておらず、出版物は図書館に眠っている。人気作品だけでなく、全ての作品を自由に読めるようにしようと発案した。電子化することで、電子ブックやスマートフォンで読書する若者にも受け入れてもらえると考えた。
 電子化はロシアの国立トルストイ博物館とIT企業「ABBYY」社が協力した。4万6000ページある全集をスキャンし、テキストに自動変換したものを原本と照合しながら校正していく。すべての作品がネット上でできるのが特徴だ。
 校正作業のボランティアを呼びかけたところ、ロシアをはじめ旧ソ連諸国や米国、欧州、アジアなど49カ国から3200人が参加してくれた。世界中にトルストイのファンがいかに多いかを裏付けている。1人で2190頁を校正した男性もいた。
 トルストイは生前、原稿料の受け取りを拒否した。作品集にも「無償で転載可能」と書かれている。つまり著作権を放棄していたわけで、ネットでの無料公開はトルストイの「遺言」であり、我々がそれを実行しているのだ。
 ロシア語のオリジナルだけでなく、各国語の翻訳も載せたいが、翻訳者の著作権問題がある。我々のプロジェクトが高く評価され、多くの人が閲覧するようになれば、外国の翻訳者も無料で公開することを望むかもしれない。
 トルストイの作品には独創的で斬新な言葉が多い。このため校正は正確を期すため3段階で行っている。作業は予想を上回る速さで進んでおり、これまでに7巻分をサイトにアップし、自由にダウンロードできるようになっている。来年の9月9日のトルストイの誕生日までには全90巻の公開が完了するだろう。
 将来はサイトにトルストイにまつわるあらゆる情報を収集し、保存させたい。トルストイを「偉大な作家」ではなく、「普通の人」として見ることで、より深く理解できるようになるはずだ。【構成・田中洋之】
    --「発言 海外から 文豪のすべて読んで=フョークラ・トルスタヤ」、『毎日新聞』2013年10月23日(水)付。

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[http://www.tolstoy.ru:title]

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覚え書:「書評:命の格差は止められるか イチロー・カワチ 著」、『東京新聞』2013年10月20日(日)付。


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命の格差は止められるか イチロー・カワチ 著

2013年10月20日


◆健康は社会の仕組みから
[評者]湯浅誠=社会活動家
 ドラマチックな本だ。
 著者は公衆衛生を専門とするハーバード大学教授。平易な語りの中に豊富な実証研究の成果が盛り込まれ、健康は一人ひとりの意識だけでなく、教育・仕事・人間関係といった社会全体の環境整備が不可欠だと主張する。「貧困な親に生まれないよう気をつけよう」と言っても、問題は解決しない。
 「おたがいさま」といった地域交流や、やりがいのある仕事が健康によいことなどを示しつつ、長寿大国・日本の良さが失われつつあることに静かな懸念を表明する著者の筆致には、十分な説得力がある。ただし、ドラマチックなのはそのことではない。
 終章、著者は正しいことは正しくないと記述を転換する。公衆衛生は健康と社会環境の関係を究明し、「健康のために◯◯しよう」という正しい呼びかけを行ってきた。しかしそれは、ジャンクフードを好ましいと消費者に思い込ませる民間企業の死活を賭けた戦略にかなわなかった。理性は感情に勝てない。りんごもマクドナルドのハッピーセットから取り出せば、子どもはおいしく感じるのだ。だから、行動経済学の成果を踏まえながら、民間企業の手法に学ぶ必要があると言う。
 健康は社会の仕組みを変えなければ解決しない。しかし、個人の意識と行動が変わらなければ、社会の仕組みは変えられない。そして個人の意識と行動は、理性に訴えるだけでは十分には変わらない。だとすれば、理性的にかつ正しく書かれたそれまでの記述はどこに不時着するのか。
 私はこの難問を、きわめて好意的に受け止めている。なぜならそれは、すべての社会課題に共通する普遍的な難問でもあるから。本当の難問にぶつかることこそ、希望にほかならない。その意味で私は、勝手ながら本書を、著者がさらに深く、より戦略的に、実践的領域に介入していく宣言と受け取った。次回作はいっそう人をワクワクさせるものになるだろう。
(小学館101新書 ・ 756円)
 イチロー・カワチ 1961年生まれ。ハーバード大教授・内科医。
◆もう1冊 
 M・マーモットほか著『21世紀の健康づくり10の提言』(西三郎日本語版総監修・日本医療企画)。健康を社会的決定要因から検討。
    --「書評:命の格差は止められるか イチロー・カワチ 著」、『東京新聞』2013年10月20日(日)付。

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[http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013102002000169.html:title]


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覚え書:「書評:蓼科日記 抄 『蓼科日記』刊行会 編」、『東京新聞』2013年10月20日(日)付。

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蓼科日記 抄 「蓼科日記」刊行会 編

2013年10月20日

◆小津映画を囲む人々
[評者]稲川方人=詩人
 小津安二郎の映画はその多くが野田高梧(こうご)の脚本で撮られている。戦後は昭和二十四年の『晩春』以降、代表作『東京物語』をはじめ遺作の『秋刀魚の味』まですべて二人の共同脚本だ。主な執筆の地となったのが、野田が山荘を持っていた長野県蓼科(たてしな)だった。山荘にはノートが置かれていた。「来訪された方はかならずこの日記に何かお書き留め下さい」
 昭和二十九年八月十八日、小津が初めて山荘を訪れた日から四十三年九月二十三日、野田がそこで急逝する日まで、ノートは十八冊に及んだ。本書は、脚本執筆の進捗(しんちょく)を中心にして抄録されたものだが、当時の映画界の二人の巨匠を囲む人々の様子が、まさに走馬灯のように甦(よみがえ)る貴重な記録となっている。世代や境遇を超えた人と人との深い交わりが、山荘の四季の中に刻まれているのだ。
 昭和三十年代の蓼科までの交通事情、山荘での食料事情、小津と野田が好んだ相撲やプロ野球の勝敗結果、別荘地として注目されはじめた当時の蓼科の不動産事情などがこまめに記されており、興味は尽きない。また適切な表現かどうか「愛人」と記されている、生涯独身であった小津の女性関係が明らかになってもいる。小津の癌(がん)発覚から死去までが記録されている昭和三十八年の記述が重い。
 没後五十年、いまだ新しい小津映画の面影がこの一冊に忍ばれる。
(「蓼科日記」刊行会発行、小学館スクウェア発売・3990円)
 刊行会は松竹会長の大谷信義らを発起人に結成、代表は小津組の山内静夫。
◆もう1冊 
 小津安二郎著『僕はトウフ屋だからトウフしか作らない』(日本図書センター)。映画や兵士体験を語るエッセー集。
    --「書評:蓼科日記 抄 『蓼科日記』刊行会 編」、『東京新聞』2013年10月20日(日)付。

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[http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013102002000168.html:title]


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覚え書:「論点 [国のために死ぬこと] 黙する死者と向き合う=若松英輔」、『毎日新聞』2013年10月18日(金)付。


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論点
[国のために死ぬこと]

 靖国神社は昨日から秋の例大祭。安倍晋三首相は言う。
 「国のために戦って命を落とした人たちに尊崇の念を表すのは当然。欧米各国でも行われている自然な国家儀礼で、非難されるいわれはない」
 耳になじんだこの説明を、歴史とこころの基点から、問い直してみる。【構成・伊藤智永】

黙する死者と向き合う
若松英輔 批評家 「三田文学」編集長

 戦争で亡くなるのは、戦場に赴いた人ばかりではない。先の大戦下の日本でも、空襲や原爆、あるいは侵略によって多くの非戦闘員が死なねばならなかった。ドイツのユダヤ人のように自国によって命を奪われる他民族もいた。今、内戦下のシリアでは、国家が特定の地域に暮らす人々を無差別的に殺している。
 どんな死を迎えたとしても、死は、常に個の出来事である。紛争は国家が行うが、死ぬのはいつも個である。死は何者によっても代替され得ない。どんな状況下であったとしても一個の死は、「国家のため」という枠組みには収まらない事実であり続ける。
 人間である根源性を「人格」という。人格は万人に生来的に平等に付与されており、思想信条、宗教、あるいは社会的業績などに先だって人間存在の根本を規定する。死はいつも、政治的見解を超え、人格的に受け止められることを求める。人格の尊厳は死者においても守られなくてはならない。尊厳は法に先立つ。
 「英霊」という言葉がある。この一語は日本ではおもに、戦争で亡くなった人を指す。だが、原意は違った。漢字学者・白川静によると、「英」は、植物に由来することを示す草冠と「央」の文字で表されているように美しい花が原形で、どこまでも優れているさまを指す。「霊」は「魂」を表す言葉で、「御霊」と書いて「みたま」と読む。英霊と意味を同じくする「英魂」という表現もある。「英霊」はもともと、優れた人物と畏怖を感じさせる霊魂、霊気を意味していた。由来は古く、唐の時代の中国ですでに詩文で用いられている。「英霊」は、主として生者の様子を示す言葉だった。言葉はしばしば、時代を支配する精神のうねりの中、独特の意味を帯びる。戦争を繰り返す近代日本で「英霊」は、戦没者を指す言葉になった。
 戦場で亡くなった人々は、どこまでも貴ばれなくてはならない。だが、同じく、戦場以外で亡くなった戦没者もまた、どこまでも深き畏敬の念をもって遇されるべき存在である。シベリア抑留の経験をもつ詩人・石川吉郎が、次のように書いている。
 「広島告発について私が考えるもうひとつの疑念は、告発する側はついに死者ではないという事実である。被爆者不在といわれてすでに久しいが、被爆者以前にすでに、死者が不在となっている事実をどうするのか。死者に代わって告発するのだというかもしれない。だが、『死者に代わる』という不遜をだれがゆるしたのか。死者に生者がなり代わるという発送は、死者をとむらう途すら心得ぬ最大の頽廃である」(「三つの集約」)
 「広島告発」とは、原爆で亡くなった人に代わって、原爆投下を告発することを指す。だが、真に「告発」し得るのは、もっとも苦しみ、死者となった者だけではないのか、と石原は言う。「告発」は死者によってのみ行われ得る。生者は、けっして死者の声を代弁することはできない。
 死者は沈黙する。生者は、死者がもたらす静寂に耐えなくてはならない。だが、言葉を語らない死者と向き合うことで生者は、自分たちには決してかいま見ることができない「語れざる真実」があることを知る。死は、生者の認識、生者の価値観には、決して還元され得ない。死は、生者の解釈を拒む。死は、死者固有の経験である。(寄稿)
わかまつ・えいすけ 1968年生まれ。慶応大文学部卒。著書に「井筒俊彦 叡知の哲学」「魂にふれる 大震災と、生きている死者」「死者との対話」「神秘の夜の旅」など。
    --「論点 [国のために死ぬこと] 黙する死者と向き合う=若松英輔」、『毎日新聞』2013年10月18日(金)付。

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覚え書:「今週の本棚:小島ゆかり・評 『天使エスメラルダ 9つの物語』=ドン・デリーロ著」、『毎日新聞』2013年10月20日(日)付。

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今週の本棚:小島ゆかり・評 『天使エスメラルダ 9つの物語』=ドン・デリーロ著
毎日新聞 2013年10月20日 東京朝刊


 (新潮社・2520円)

 ◇かすかな心の歪みを捉えるあざやかな短篇集

 現代アメリカ文学の作家ドン・デリーロの初の短篇集。デリーロの作品は、いくらかとっつきにくい印象をもっていたが、それはわたしが読み下手だったからだとわかった。

 じつにあざやかな短篇集である。「9つの物語」はいずれも、奇妙な虚構のように思われながら、不思議に鋭い現実感を伴う。これらの物語の世界のなかに現実がまぎれこんでいるのか、それとも、現実のなかにこれらの物語の世界がまぎれこんでいるのか……。

 たとえば「第三次世界大戦における人間的瞬間」では、宇宙船に乗って戦争中の地球を眺める二人が、宇宙空間を漂う過去のラジオ番組を受信してしまう。聴いたことのないはずの番組を覚えていると錯覚して、過去の時代の人々の心を追体験する。そのとき、高度なテクノロジーにより奪われた人間的瞬間を取り戻すのだ。

 また「象牙のアクロバット」では、ギリシャでマグニチュード六・六の大地震に襲われた主人公カイルが、勤め先の同僚の男性にプレゼントされた、クレタ島の象牙のフィギュア(女の牛跳び)をきっかけに、精神的な危機を乗り越えてゆく。

 彼女は休止の中で生きていた。いつでも休止していた。一人でアパートにいるときも、手を止めて耳を澄ました。彼女の聴覚は研ぎ澄まされていった。(中略)部屋にはたくさんの音がある。トーンの乱れ、壁の中で解き放たれる圧力。(中略)すべての危険は内部にあった。

 掠(かす)れる音。静かに揺れる音。彼女は玄関のドアを開けて、原爆の避難訓練を受けている子供みたいに膝を抱えてうずくまった。

 余震におびえるカイルの緊迫した姿。被災の現実とは、暴力的な「休止の中で生き」続けることなのかもしれない。

 さらに「天使エスメラルダ」に登場する、シスター・エドガーの姿にも胸を突かれる。

 流し場で粗末な茶色い石鹸(せっけん)を使って何度もごしごしと手を洗った。石鹸がきれいでないとしたら、手がきれいになるわけないじゃないか? この問いが生涯を通じて彼女につきまとっていた。もし石鹸を漂白剤できれいにするとしても、漂白剤の容器は何できれいにすればいいのか? 漂白剤の容器をきれいにするのにエージャックス社の研磨剤を使ったとすれば、その箱はどうやってきれいにすればいいのか?(中略)こうして、この問いはどこまでも内へ内へと向かっていく。

 荒廃したブロンクス地区(ニューヨーク)で殺された少女エスメラルダの顔が、巨大広告掲示板の上に浮かび上がる奇跡の物語であるが、そのブロンクスこそ、イタリア系移民の子であるデリーロの育った場所。「まさにこの場所が世界の真実であり、魂のふるさとであり、自分自身の姿」ゆえに、シスター・エドガーはそこを離れないのだと語られる。

 そして、「痩骨(そうこつ)の人」のなかでも、主人公が「痩骨の人(ザ・スターヴリング)」と名づけた謎の女は、このブロンクスに住む。離婚した妻とそのまま同居する男リオの物語である。

 静かな衝撃に満ちた九篇を読みつつ、ドン・デリーロの魅力を思う。何層にも入り組む現代人の心理の、ほんのかすかな歪(ひず)みすらおろそかにしない作家であると。その無数の歪みのなかから、欠片(かけら)のような光を拾う作家であると。(柴田元幸・上岡伸雄・都甲幸治・高吉一郎訳)
    --「今週の本棚:小島ゆかり・評 『天使エスメラルダ 9つの物語』=ドン・デリーロ著」、『毎日新聞』2013年10月20日(日)付。

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[http://mainichi.jp/feature/news/20131020ddm015070026000c.html:title]


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天使エスメラルダ: 9つの物語
ドン デリーロ
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覚え書:「書評:物語 朝鮮王朝の滅亡 金 重明 著」、『東京新聞』2013年10月20日(日)付。


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物語 朝鮮王朝の滅亡 金 重明 著 

2013年10月20日


◆日本関与を鋭角的に記す
[評者]小倉紀蔵=京都大教授
 朝鮮王朝の滅びに日本が深く関わっていること。このことはもちろん、現在の日韓関係にも深く影を落としている。韓国の朴槿恵(パククネ)大統領が日本に「正しい歴史認識」を執拗(しつよう)に求めており、妥協しないのはなぜか。彼女自身の道徳的潔癖さももちろんあるが、政治的には、国内の左派からの攻撃を避けるためだ。なぜ左派が攻撃するかというと、朴槿恵の父親は朴正煕(パクチョンヒ)だからだ。朴正煕は日本の陸軍士官学校を出て、満洲国で働いた。これが左派から見れば、親日行為に見える。そこを衝(つ)かれると朴槿恵にとっては致命的なのだ。
 また朴正煕は韓国の近代化を成し遂げた。その際に、停滞と暗黒の儒教的朝鮮王朝を克服すべきだ、と語った。だから朝鮮王朝否定と近代化と親日は、朴正煕において隠微に結合しているのである。さらに、韓国の左派は基本的に朝鮮王朝風の道徳主義的な儒教メンタリティを持っているので、日本的な実用主義の朴正煕が嫌いなのだ。
 さて本書は、朝鮮王朝が転落していく過程を、実に読みやすく綴(つづ)った好著だ。類書にありがちな、「清く正しい朝鮮が、邪悪で強欲な日本にやられた」という安易な二分法には陥っていない。そこに好感が持てる。だが、とはいっても日本が勝手に朝鮮に踏み込んでいって支配や残虐行為(特に日清戦争時)を行ったのは事実である。そこのところは、抑制された筆致できちんと鋭角的に描かれている。十八世紀の「実学」思想という光芒(こうぼう)から二十世紀の王朝落日にいたるまでが、物語のようにして一気に読める。著者は小説家だが、本書はフィクションではない。
 特にお薦めなのは、朝鮮が日本の保護国になったことを嘆いた著名な論説「是日也放声大哭」や「朝鮮革命宣言」などが日本語訳されていることである。歴史の亀裂に落とし込まれた朝鮮の人びとの劇(はげ)しい肉声を聞こう。日本人も韓国人も、まずはこの叫びの意味を充分に感じ取った上で、自分の歴史観を打ち立てるべきではないのか。
(岩波新書 ・ 861円)
 キム・チュンミョン 1956年生まれ。小説家。著書『北天の巨星』など。
◆もう1冊 
 趙景達(チョキョンダル)著『近代朝鮮と日本』(岩波新書)。朝鮮と日本双方の史料を駆使して描く近代日朝関係史。一九一〇年の韓国併合までを扱う。
    --「書評:物語 朝鮮王朝の滅亡 金 重明 著」、『東京新聞』2013年10月20日(日)付。

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[http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013102002000171.html:title]


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物語 朝鮮王朝の滅亡 (岩波新書)
金 重明
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日記:ほんと、「おれのことば」なんてないですよ。

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慶應義塾大学出版会より『井筒俊彦全集』刊行が始まったので、すこしだけ書いておきます。

[http://www.keio-up.co.jp/np/isbn/9784766420722/:title]

「『神秘哲学』初版と人文書院版、著作集版の間の重要な校異を収録」。

井筒さんの神秘とは、人間存在そのものへの肉薄のプロセスだし、どこまでも言語を離れないという非・恣意性の極地だから、この刊行は時代を画することになると思う。

俗に、公定国語教育みたいなものが「自分の言葉で語りなさいw」っていうけど、量子論を引くまでもなく、無から何かをポン!みたいなオリジナリティなんてある訳ではない。

テクストに忠実に向き合うことで、実際のところ、訓詁とは似て非なるものが現出するのだと思う。

窮極の「おれのことば」は「わたしは○○(名前)である」という自己同定の独白だけしかない。

ほんと、「おれのことば」なんてないですよ。

わたしたちの目の前にひろがり、語り継がれた言葉を、どう、担い立つかどうかだけの話ですよね。

アカデミズム批判の代表が「象牙の塔」とかいうけど(ほんで、そういうパターンはあると思うけど)、現実には、一言一句と向き合うと、社会と隔絶するどころか、根柢的な批判を持ち合わせることが必然されると思いますね。

ほんと、井筒俊彦先生から学んでいかなければならない。

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アラビア哲学 一九三五年 ― 一九四八年 (井筒俊彦全集 (第一巻))
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神秘哲学 一九四九年― 一九五一年 (井筒俊彦全集(第二巻))
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覚え書:「今週の本棚:中村達也・評 『繁栄の呪縛を超えて-貧困なき発展の経済学』=J=P・フィトゥシ、E・ローラン著」、『毎日新聞』2013年10月20日(日)付。

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今週の本棚:中村達也・評 『繁栄の呪縛を超えて-貧困なき発展の経済学』=J=P・フィトゥシ、E・ローラン著
毎日新聞 2013年10月20日 東京朝刊


 (新泉社・1995円)

 ◇地球環境問題の背後にあるものを知る

 猛暑、豪雨、竜巻、そして海水温の上昇によるマグロ漁やサンマ漁の異変。日本を取りまく状況の変化を思い浮かべただけでも、なんだか地球が壊れかけているような気がしてならない。そんなことを思っていた先月二七日、ストックホルムで開かれていた国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の会議で、衝撃的な報告書が公表された。どうやら、地球環境は予想以上に壊れかけているようなのである。

 世界の平均気温は、一八八〇年から二〇一二年までの間に〇・八五度上昇し、海面水位は、一九〇一年から二〇一〇年までの間に一九センチ上昇したという。大気中の二酸化炭素濃度は一七五〇年以降増加し、過去八〇万年で例のない高さだという。二一世紀末の海面の水位上昇は、最大で八二センチといい、もしも五九センチ上昇するならば、インドネシアは一〇%も水没することになる。IPCCの今回の報告書は、われわれが市民や国民であることを超えて「地球に住む人間」としての眼差(まなざ)しを改めて要請するまことに重いメッセージであり、それはそのまま本書のメッセージとも重なる。

 著者の一人フィトゥシは、GDPに代わる新しい指標作りを提案したあのスティグリッツ委員会のメンバーで、A・センらとともに報告書を取りまとめた環境経済学者。そして本書の原タイトルは『新たなエコロジー政策--経済学と人間開発』である。ローランの助力を得て仕上げたこの作品は、本文二百頁(ページ)足らずの小著ではあるが、その投げかけるメッセージはとても重い。

 繰り返し引かれている言い回しがある。「われわれが地球を理解するペースよりも、われわれが地球を変化させるペースのほうが速い」(P・ヴィトーセク)。つまり、復元力のあるエコシステム(生態系)について人間が理解し適切な対応をとるよりも前に、人間がそのエコシステムを破壊してしまっているというのである。過剰に漁獲されている魚種は世界の漁業資源のストックの三分の二近くにのぼり、個体数が回復を示している魚種は全体のわずか一%だという。生物種が絶滅するペースは、現在では過去の自然なペースよりも千倍も速いという。産業革命以降、大気中の二酸化炭素濃度はおよそ三〇%も増加し、二〇世紀初頭以来、年間の窒素固定量は二倍に増えた。そして再生可能エネルギーへの関心が、原発事故以降、ようやく高まりを見せるようになった、等々。

 「将来世代のニーズを損なうことなく、今日の世代のニーズを満たす発展こそ、持続可能な発展である」。国連のブルントラント委員会がこう報告書をまとめたのは、一九八七年のことであった。それから、あっという間に四半世紀が過ぎてしまったのだが、状況が大きく好転した様子は見当たらない。われわれは将来世代に対して、自分たちが前世代から受けついだ状態よりも悪化した地球環境を、そしておそらく将来世代の欲求を満たさないような地球環境を遺贈することになるのであろうか。

 確かに、有限な資源ストックの切り崩しや環境資源の取り返しのつかない開発行為があるその一方で、知識や技術進歩の蓄積があるのも事実である。われわれよりも有益な知識や技術を蓄積した将来世代が、すばらしい解決策をあるいは生みだしてくれるかもしれない。しかしそのためにも、将来世代がわれわれの世代と同様、あるいはそれ以上に地球環境を利用できるような状態を保持しなければならない。こうしたきわどい綱渡り的な「猶予時間」の中で、選択を過たずにことを進めるほかない。さて、どうするのか。

 やみくもにパイの拡大を求める経済成長=「繁栄の呪縛」を超えて、むしろ、パイの分け方=分配のありように真正面から目を向けるべきことを著者たちは強調する。そして、一九四三年のベンガル大飢饉(ききん)を体験したA・センの痛切な言葉が引かれている。「飢餓は、食べ物がないのではなく、人々が食べ物を手に入れる術がないことを意味する」、「民主主義のルールを尊重する国や複数政党が存在する国では、飢餓は絶対に勃発しない」。同じように、一国的にも、世界的にも、分配のありようを変えてゆくよりほかに、環境問題に立ち向かうすべはないというのである。環境問題の背後には民主主義と社会正義の問題が張り付いているのだ、と。そして、世代内の水平的な公平が確保されない世界では、次世代との間の垂直的な公平を満たすことも難しいのだ、と。

 問題は、分配のありようを決める政治的プロセスをどう構築するかという、民主主義そのものの質に関わる。「経済を衰退させるのではなく、不公平を衰退させる」ことを目指す、と著者たちは言う。もちろんそれは、利害対立を孕(はら)む困難なプロセスになるであろうし、国際的な分配の調整ということになれば、問題はよりいっそう困難であるのは容易に想像できる。しかし、「猶予時間」は決して長くはない。著者たちの主張は、さながら祈りにも似た切なる願望のように響いてくる。(林昌宏訳)
    --「今週の本棚:中村達也・評 『繁栄の呪縛を超えて-貧困なき発展の経済学』=J=P・フィトゥシ、E・ローラン著」、『毎日新聞』2013年10月20日(日)付。

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[http://mainichi.jp/feature/news/20131020ddm015070006000c.html:title]


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繁栄の呪縛を超えて―貧困なき発展の経済学 (社会思想選書)
ジャン=ポール・フィトゥシ エロワ・ローラン Jean-Paul Fitoussi Eloi Laurent
新泉社
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覚え書:「今週の本棚・この3冊:ふるさと会津=唐橋ユミ・選」、『毎日新聞』2013年10月20日(日)付。

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今週の本棚・この3冊:ふるさと会津=唐橋ユミ・選
毎日新聞 2013年10月20日 東京朝刊

 <1>幕末会津の女たち、男たち(中村彰彦著/文藝春秋/1470円)

 <2>名君の碑(中村彰彦著/文春文庫/960円)

 <3>炎は消えず 瓜生岩子物語(廣木明美著/文芸社/1470円)

 日々の仕事を通して出会う人たちとの会話で出身地の話題から話が広がることが多くあります。その中でよく返ってくる言葉が、会津の女性は強いということ。大河ドラマでの新島八重のイメージなのかもしれません。八重の生涯を中心に書かれた『幕末会津の女たち、男たち』は、白虎隊や会津藩家老西郷一族の自刃の真実、斗南(となみ)藩への移住の悲劇など、子供の頃から聞かされていた戊辰(ぼしん)戦争での会津の人々の悲劇的な運命を、今一度しっかりと読み直す良い機会となりました。

 会津人の気質として「功を語らぬ」とよく言われます。そのために、大きな歴史の流れから埋もれてしまっている偉人が八重だけでなく他にも多くいます。『名君の碑(いしぶみ)』で描かれた保科正之も、会津では素晴らしい人格をもった名君として知られてきました。江戸で起きた振袖火事とよばれる大火で焼け出された多くの被災者に、会津藩が抱えていた社倉米(飢饉(ききん)などにそなえた備蓄米)をすべて惜しみなく供出した史実が、最近ようやく注目されてきているのは、会津人としてとても誇らしく感じます。

 会津の北の方、喜多方市で育った私は、瓜生(うりゅう)岩子(いわこ)という名前を幼いころ何度も聞かされました。祖母や母は、岩子お婆ちゃんと親しみをこめて呼ぶのです。瓜生岩子は、戊辰戦争で、敵味方分け隔てなく傷病兵を介抱しました。そして逃げのびて路頭に迷った貧民や孤児、老人などを身銭を切って救済し、養護施設などを作った、日本のナイチンゲールと言われる女性です。

 『炎は消えず 瓜生岩子物語』での岩子は、会津女性らしい忍耐強さだけでなく、目を見張るほどの行動力を見せます。道路開削工事のやり方に問題が生じ、農民が不当な扱いを受けていると知れば、面識のない政治家のもとへ足を運び直談判をする。災害時には、被災を逃れた人たちに、慈しみの輪を広げ被災者への援助を働きかけました。岩子は、東日本大震災で大きく広がったボランティア活動のいわば先駆者として、再び世に知られるようになったのです。

 「私は自分のしたいことをし、自分がしなければならないと思ったことをしたにすぎない」。岩子には、相手と同じ目線になって理解し合おうとする温かさと粘り強さがありました。

 岩子お婆ちゃんは、テレビやラジオに携わる私に、いつも大切なことを教えてくれるのです。
    --「今週の本棚・この3冊:ふるさと会津=唐橋ユミ・選」、『毎日新聞』2013年10月20日(日)付。

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[http://mainichi.jp/feature/news/20131020ddm015070010000c.html:title]


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幕末会津の女たち、男たち 山本八重よ銃をとれ
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名君の碑―保科正之の生涯
中村 彰彦
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炎は消えず 瓜生岩子物語
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書評:中見真理『柳宗悦 「複合の美」の思想』岩波新書、2013年。


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中見真理『柳宗悦 「複合の美」の思想』岩波新書、読了。民藝運動の先駆者は、アイヌや沖縄といった帝国の辺境になぜ目を向けるのか--。

その謎を解くカギが「複合の美」。相互尊敬に基づく「複合の美」とは文化的多元性の尊重する態度である。柳の場合、それは概念に留まらず社会観まで視野に入れたものであり、生活の美でもあるから、中央から辺境へ--という眼差しは必然といってよい。

複合の美の対極とは、他者への暴力と不寛容。著者は柳の多彩な活動の根柢にそれを見出す。植民地主義や同化政策への批判もその非暴力と非戦の信念ゆえのこと。暴力の連鎖に対峙するその精神を汲み直す著者の専門は国際関係思想史というから驚くばかりだ。

「柳は人であれ、地域、民族であれ、それぞれがもてる資質を最大限に発揮し、互いが互いを活かすことによって世界全体がより豊かになるよう願いながら、社会通念と闘い続けた思想家であった」。[http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn1307/sin_k718.html:title]

柳像一新する好著。

( さてと~蛇足。柳宗悦の眼差しに対する批判が多いなかで、その根本的精神を今一度捉え直し評価していくということは、日本思想史において、ほんと時代を画する快挙といってよい。余談ながら、何かあると「でていけ」「核武装乙」を叫ぶ国士界隈の方もバカの一つ覚えを辞めて、日本思想史の伝統から問い直して欲しいものだ。 )


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柳宗悦――「複合の美」の思想 (岩波新書)
中見 真理
岩波書店
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覚え書:「RePUBLIC 公共空間のリノベーション  [著]馬場正尊+OpenA」、『朝日新聞』2013年10月13日(日)付。

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RePUBLIC 公共空間のリノベーション  [著]馬場正尊+OpenA
[掲載]2013年10月13日   [ジャンル]社会 


 街中の公園でアートイベントをしようとしても制約だらけ。建築家の著者は、公共空間を管理する側ではなく、使う側の論理で運営することを訴え、公園運営の民営化、役所を街に開く試みや、廃校・水辺の活用例を紹介する。
 「オープンスペースでピクニックする権利」の主張を肯定的に紹介しながら、「ホームレスによる公園の占有」を批判、指定管理者制度など民間活力の導入を求める著者の論理には、「ホームレスは使う側の一員ではないのか」といった反論がありうる。「『公』と『個』は二元論で語られるべきではない」と著者がいうように、その2者の間の議論を重ねていくしかないのだろう。
    ◇
 学芸出版社・1890円
    --「RePUBLIC 公共空間のリノベーション  [著]馬場正尊+OpenA」、『朝日新聞』2013年10月13日(日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013101300007.html:title]

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RePUBLIC 公共空間のリノベーション
馬場 正尊 Open A
学芸出版社
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覚え書:「今週の本棚・新刊:『ケアとは何だろうか 領域の壁を越えて』=広井良典・編著」、『毎日新聞』2013年10月20日(日)付。

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今週の本棚・新刊:『ケアとは何だろうか 領域の壁を越えて』=広井良典・編著
毎日新聞 2013年10月20日 東京朝刊

 (ミネルヴァ書房・3675円)

 「講座ケア 新たな人間-社会像に向けて」と題する4巻シリーズの第1巻。ケアは今や日本語として定着した言葉だが、最近では医療や福祉のみならず、教育や社会学など幅広い領域で活発に議論されている。そうした動向を踏まえ、より学際的に、また新たな視点からケアの意味を掘り下げるのが講座の狙い。

 総論に当たる本書も刺激的な論考が並ぶ。例えば田中洋子氏の「経済とケアの再設計」は、もともと工業化以前の経済が、ケアを不可分のものとして取り込むことで持続可能な社会を営んできたと指摘する。工業化とともに雇用労働が盛んになる一方、女性が家事・育児や介護、地域づきあいなど金銭に換算されない「ケア労働」を担うという形で経済とケアは分離した。しかし、さらに経済発展が進んだ結果、女性の意識が変化し、雇用労働の安定性も崩れる中で、ケアを社会全体の問題としてとらえる必要性が高まっていることをドイツの政策を例に論じている。

 医療・看護や文化伝承、コミュニティー形成などに関する多彩な実践例も多く紹介され、ケアがいわば脱成長時代のキーワードになっているのがよく分かる。(壱)
    --「今週の本棚・新刊:『ケアとは何だろうか 領域の壁を越えて』=広井良典・編著」、『毎日新聞』2013年10月20日(日)付。

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[http://mainichi.jp/feature/news/20131020ddm015070012000c.html:title]


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ケアとは何だろうか (講座ケア―新たな人間‐社会像に向けて)
広井 良典
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覚え書:「みんなの広場 ヘイトスピーチへの判決 支持」、『毎日新聞』2013年10月16日(水)付。


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みんなの広場
ヘイトスピーチへの判決 支持
大学生 23(埼玉県草加市)

京都の朝鮮学校近くでヘイトスピーチを繰り返した団体に対し、京都地裁が街頭宣伝などを人種差別と認定し、約1200万円の損害賠償などを命じた判決を強く支持する。ヘイトスピーチを黙認することは自らの国をおとしめる行為に他ならない。日本は、7年後に東京五輪を開催するという国際的な使命と期待を担っている。その国で、特定の民族を言葉の暴力で萎縮させる行為が国際社会における日本の信頼失墜を招くのは容易に想像できることだ。
 同じ日本人ですら、むしずが走る言葉を公共空間で連呼する団体がいる国で、人類の平和の祭典であるオリンピックを開く資格があるのだろうか。
 たとえ来日した外国人におもてなしの心を伝えても、彼らの目には白地らしく映るであろう。ヘイトスピーチを繰り返す団体は、裁判所の判決を真摯に受け止めてもらいたい。
    --「みんなの広場 ヘイトスピーチへの判決 支持」、『毎日新聞』2013年10月16日(水)付。

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[http://korum.seesaa.net/article/377321403.html:title]


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覚え書:「アメリカはアートをどのように支援してきたか [著]タイラー・コーエン [評者]渡辺靖」、『朝日新聞』2013年10月13日(日)付。


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アメリカはアートをどのように支援してきたか [著]タイラー・コーエン
[評者]渡辺靖(慶応大学教授・文化人類学)  [掲載]2013年10月13日   [ジャンル]アート・ファッション・芸能 


■間接助成で芸術活動支える

 芸術支援のために庶民の税金は投じられるべきか。右派は民間の自助を、左派は福祉の拡充を求める立場からともに懐疑的だ。
 「人はパンのみにて生くるにあらず」「戦闘機一機の値段と比べれば文化は安上がりだ」「文化は国や地域の威信を高める」とは芸術愛好家や批評家の決まり文句だが、審美的価値は経済的価値の前では決め手を欠きがち。
 本書はその両者を和解させようとする試みである。特定の芸術や組織を対象としない間接的助成(優遇税制や大学を通した助成など)を通して、価値論争に振り回されることなく創造的で幅広い芸術活動を支援する米国の事例が多面的に考察されている。
 かたや日本。経済的価値しか顧みない「事業仕分け」の光景に驚愕(きょうがく)した海外の芸術関係者は少なくない。
 東京五輪開催を控え、世界を魅了するような画期的な文化政策は打ち出せるか。
 そのための頭の体操としても有益な一冊だ。
    ◇
 石垣尚志訳、ミネルヴァ書房・4200円
    --「アメリカはアートをどのように支援してきたか [著]タイラー・コーエン [評者]渡辺靖」、『朝日新聞』2013年10月13日(日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013101300012.html:title]

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アメリカはアートをどのように支援してきたか: 芸術文化支援の創造的成功
タイラー コーエン
ミネルヴァ書房
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覚え書:「女たちのサバイバル作戦 [著]上野千鶴子」、『朝日新聞』2013年10月13日(日)付。

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女たちのサバイバル作戦 [著]上野千鶴子
[掲載]2013年10月13日   [ジャンル]社会 


 ネオリベ(新自由主義)とナショナリズムは仲良しだが、意外なことに「男女共同参画」政策とも親和性が高い。なぜなら女性にも労働市場に参入してほしいから。ただし働くなら男性なみに長時間、バリバリと。でなければ安価でいつでも首を切れる調整弁として。ネオリベは既得権益を持つ集団(男性)と持たない集団(女性)の双方に亀裂を入れ、勝ち組の男・女、負け組の男・女を作り出した。いまや若年層では男女ともに約5割が非正規雇用という。団塊世代でついに「高齢者」となった著者がネオリベ改革の30年を振り返り、女性に何をもたらしたか、雇用と労働を中心に論じる。「サバイバル」という言葉が30年前より切実な響きを持つ。
    ◇
 文春新書・840円
    --「女たちのサバイバル作戦 [著]上野千鶴子」、『朝日新聞』2013年10月13日(日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013101300008.html:title]


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女たちのサバイバル作戦 (文春新書 933)
上野 千鶴子
文藝春秋
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書評:新海均『カッパ・ブックスの時代』河出ブックス、2013年、+α


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新海均『カッパ・ブックスの時代』河出ブックス、読了。本書は高度経済成長期、数々のベストセラーを送り出したカッパシリーズの歩みとその内実を、シリーズ終焉に立ち会った元編集者が振り返る。新書のはしりは岩波。アンチ教養主義を掲げ大衆実学主義が受け、ミリオンセラーは17点(岩波は2点)。

シリーズ成功の鉤は創始者神吉晴夫を抜きには語れない。「創作出版」の手法がシリーズを発展させ、新しいジャンルを開拓した。出版人の努力と熱意には頭が下がるが、本書はその生臭い裏面史にもメスを入れる。衰亡史は読み応えがある。

シリーズは2005年に新刊の刊行を停止。「カッパは、いかなる権威にもヘコたれない。非道の圧迫にも屈しない」。その血を引き継いだ編集者は別の天地で新しい挑戦(「カッパのDNA」)というが、その魂は如何? 儲けと文化を考えさせれる好著

(以下は蛇足)
先に、ミネルヴァ書房の『岩波茂雄』伝を読んでいたので、ホントにクリアになったけれども、講談社というDNAというか……、出版業界は浮き沈みが激しいだけに、文化創造と儲け(“武士は食わねど高楊枝”)のバランス感覚は難しいと思う。

ただ、オームドレットルとしてのベンヤミンのいう「文」の意義をふまえるならば、やはり、講談社的なるもの……と一慨には言い切れないし、岩波文化に問題がないのかと言われればNOとは言い切れないのは承知だけど……その最大手出版社は「文化」を作ったのかといえば、疑問は残るところ

しかし、カッパブックスの光文社は、週刊新潮のうえをいくゴシップ女性雑誌の先駆けの出版社でもあるわけで、しかし、その創世~揺籃期を、ルポライターとして駆け抜けたのが“えんぴつ無頼”竹中労先生でもあるわけで、まさに丸め込まれない以上の、果敢な内在的抵抗というのもあるわけで。

カッパブックスといえば、「話はんぶん」というのが常で、加えて、岩波式の旧制高等学校式の教養主義が良いわけではないけど(南原繁は以外にもその批判者)、かつてはある程度、出版社によって、「そういうものだ」というのが先験的に把握できたけど、カッパな編集者が飛び出した後は戦国時代ですねえ。

勿論、カッパシリーズと入れ替わるようにはじまった光文社新書にもいい作品は多いし、古典新訳文庫は、古典と向き合う新しい気風を薫発している。これはプラスだけど、ホント、朝日新書やら講談社現代新書で「カッパブックス」が出るようなご時世だけに、読み手は大変なのではあるわけでして。


カッパシリーズの生みの親・神吉晴夫は、労働争議などを経て、光文社を後にして、かんき出版をつくるのだけど、webにおける、その書物のジャンル分けで「人文科学」と「自己啓発」が同列に扱われているのだけど、これは、やっぱりちゃうでw

[http://www.kankidirect.com/np/index.html:title]

(以下は、ミネルヴァ書房の『岩波茂雄 低く暮らし、高く想ふ』短評)

十重田裕一『岩波茂雄 低く暮らし、高く想ふ』ミネルヴァ書房、読了。「文化の配達人」の現時点における最も完成度の高い評伝。教員を経て古書店の開業から今年で百年。良書を選んで売る姿勢は、価値ある仕事を掘り出し世に問う岩波書店のスタイルへ。図版、年表等資料も充実。人から見る日本出版史。

〔ここがポイント〕 ・激動の明治から昭和を生きた出版経営者の生涯を通じて日本のメディア史を読み解く ・「講談社文化」と並ぶ「岩波文化」がいかにして築かれていったかがよくわかる。 [http://www.minervashobo.co.jp/book/b120776.html:title] 素晴らしい仕事です


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覚え書:「翻訳がつくる日本語―ヒロインは「女ことば」を話し続ける [著]中村桃子 [評者]三浦しをん」、『朝日新聞』2013年10月13日 (日)付。


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翻訳がつくる日本語―ヒロインは「女ことば」を話し続ける [著]中村桃子
[評者]三浦しをん(作家)  [掲載]2013年10月13日   [ジャンル]文芸 

■なぜ性別が強調されるのか

 現代日本で暮らしていて、「私は賛成ですわ」「俺はかまわないぜ」といった言葉づかいをするひとに、私は遭遇したことがない。
 しかし、日本語に翻訳された外国人の発言(あるいはセリフ)で、過剰な「女ことば」や「気さくな男ことば」、どこの方言だか不明な「ごぜえますだ」といった言葉が使われていても、なんとなく受け入れている。
 日本語への翻訳の際、なぜ、「女性」「気さくさ」「黒人」といった性別、性質、人種を強調するような表現が採られてきたのか。その変遷をたどり、分析研究したのが本書だ。
 「日本語および日本語を使っている人々に、翻訳が与えた影響」という観点が非常に興味深い。我々は日々翻訳物に接しているため、実際にも「女性は女ことばを使っている」ように錯覚する。その錯覚がまた、翻訳家が外国人女性の発言を「女ことば」で訳す原因にもなる。つまり、翻訳表現と日本語は相互に影響しあっている。
 これは私も、おおいに思い当たる。小説を書く際、女性の登場人物のセリフの語尾に、無意識のうちに「わよ」などの「女ことば」を使用してしまい、慌てて修正することがあるのだ。
 「女ことば」を使うと、「話者の性別」を簡単に明確化できるという利点はあるが、現実を鑑みると「リアル」な表現とは言えない。ではなぜ、実際にはあまり使われていない「女ことば」を無意識に書いてしまうかというと、やはり「女性は女ことばを使うはず」という「錯覚・幻想」が、体に染みついているからだろう。翻訳物からの影響ももちろん大きいと思う。
 日本語は日本語のみで完結し成立するものではなく、外国語、そして外国語を「翻訳する」工夫と営みの影響下にあるのだと気づかされる。言語がはらむ差別や権威性の問題をも視野に収めた一冊だ。
    ◇
 現代書館・2100円/なかむら・ももこ 関東学院大教授(言語学)。『ことばとフェミニズム』など。
    --「翻訳がつくる日本語―ヒロインは「女ことば」を話し続ける [著]中村桃子 [評者]三浦しをん」、『朝日新聞』2013年10月13日 (日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013101300010.html:title]


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翻訳がつくる日本語―ヒロインは「女ことば」を話し続ける
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覚え書:「太平洋戦争下 その時ラジオは [著]竹山昭子/大本営発表のマイク [著]近藤富枝 [評者]保阪正康」、『朝日新聞』2013年10月13日(日)付。

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太平洋戦争下 その時ラジオは [著]竹山昭子/大本営発表のマイク [著]近藤富枝
[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)  [掲載]2013年10月13日   [ジャンル]歴史

■「報道」から「報導」への傾斜

 東京放送局(JOAK)が、テスト放送を開始したのは、1925年3月1日。ラジオはまもなく90年という節目を迎えるが、そのせいかラジオに関する書、あるいは放送人の実像を語る書が相次いで刊行されている。
 この2書もその系譜に列(つら)なる。竹山書は、太平洋戦争期にラジオというメディアはどのような役割を持たされたか、の解説書。近藤書は自身の前半生の自分史だが、44年10月から敗戦時まで日本放送協会のアナウンサー時代を率直に語っている。放送論と体験史を重ねてみると、音声メディアのラジオがその特性ゆえに歴史に都合よく使われたことがわかる。
 竹山書は、「一つの声が同時に直接全国民の耳に入る」放送の機能が、戦時下ではどう利用されたのかを具体的に明かしていく。各種資料や文書記録を引用しながらの解説だが、太平洋戦争の始まりとともに、「国策の徹底」から「国民生活の明朗化」「生産増強」へ、そして戦争末期には「戦争報道」ではなく「戦争報導」に傾斜していく。いわば放送報国のそのプロセスに、このメディアに関わった放送人の懊悩(おうのう)があった。
 たとえばアナウンサーは、「無色透明なる伝達者」として主観を交えない段階から、やがて「国民動員の宣伝者」になれとの職業意識が課せられていく。さらに「国策を自己の解釈により、情熱をもって主張」へ、戦争後期になれば、「信頼感と安定感」を与えるよう原稿を読めと命じられる。
 戦況を伝えるアナウンサーの微妙な感情を国策に収斂(しゅうれん)させよということだが、近藤書では、「大本営発表」を読むときには男性アナウンサーと異なって感情を交えないよう原稿を読んだという。「ニュースの内容まで批判する習慣が私から消えていた」と書いている。
 放送人の自戒は、この点にも集約しているようだ。
    ◇
 『太平洋戦争下』朝日新聞出版・1680円/たけやま・あきこ▽『大本営』河出書房新社・1890円/こんどう・とみえ
    --「太平洋戦争下 その時ラジオは [著]竹山昭子/大本営発表のマイク [著]近藤富枝 [評者]保阪正康」、『朝日新聞』2013年10月13日(日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013101300011.html:title]


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太平洋戦争下 その時ラジオは
竹山 昭子
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覚え書:「みんなの広場 ビッグイシューは知識の宝庫」、『毎日新聞』2013年10月14日(月)付。


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みんなの広場
ビッグイシューは知識の宝庫
無職 82(横浜市西区)

 9月29日本紙の「ビッグイシュー10周年」の記事を興味深く読みました。私は、数年前から、ビッグイシューの愛読者です。最初、「何の本だろう」と、興味半分に求めた雑誌が、独自の編集で世界中の話題を知的に面白く記事にしているのに驚き、かつ路上生活を余儀なくされている人たちへの生活支援の一端を担っている事を知ってからは、強烈なファンとなりました。
 買う場所は2カ所。1部は友人へ宣伝を兼ねて差し上げています。月2回の販売日を、楽しみにています。記事は内容には触れられていませんが、とにかく面白い。最近でも、「平和を奏でる」「時間を旅する」「市民がつくる地域電力」など社会的な話題が満載されています。豊かな内容で、300円。こんなに知識を頂いてよいのかしらと思うほどです。ぜひ、一度読んでみてください。また買わずにいられなくなると思います。
    --「みんなの広場 ビッグイシューは知識の宝庫」、『毎日新聞』2013年10月14日(月)付。

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雑誌「ビッグイシュー」:無気力救った光明…創刊10年
毎日新聞 2013年09月10日


 自立を目指すホームレスらが都市部の駅前などで販売する雑誌「ビッグイシュー日本版」が今月11日、創刊10周年を迎える。大阪で生まれ、現在は全国15都道府県で販売されている。売り上げの一部が収入になるシステムで、これまで販売に携わった計約1500人のうち、164人が定職に就くなど自立した。出版する「ビッグイシュー日本」(大阪市北区)を運営する佐野章二さん(71)は「働く機会を与える方法で支援する仕組みが、社会に認められた」と笑みを浮かべた。【高橋隆輔】

 「この仕事の存在は、地獄に垂れた一筋の糸のようだった」。今月9日、奈良市の近鉄学園前駅前で、茶褐色に日焼けして最新号を売る井上一博さん(50)は振り返った。

 大阪府豊中市出身。約10年前、母親の介護を理由に長年勤めたパン工場を辞めた。半年後に母親が亡くなると、貯金や生命保険の積立金を取り崩して浪費を繰り返した。「無気力になり、何もかもどうでもよくなった」。2010年夏、大阪市内の公園で路上生活を始めた。

 日々の食事にも困っていたこの頃、購読経験のあったビッグイシューの存在を思い出した。35円の所持金から10円玉を取り出し、公衆電話で出版社に連絡を入れた。11年2月に始めた当初は豊中市の阪急豊中駅などで売っていたが、昨年8月からは「自分を救ってくれたビッグイシューを広めたい」と思い、当時販売されていなかった奈良県に移った。

 定価は1部300円で、収入はうち160円。連日午前9時から12時間駅前に立ち、長期出張中の発刊分をわざわざまとめ買いに訪れる常連客もできた。今も路上で暮らすが、貯金が少したまり、井上さんは「仕事に自信が持てるようになった」と胸を張る。将来的には、「販売空白県」の四国などで部数拡大に役立ちたいとの夢も抱いている。

 英国で生まれたビッグイシューの日本版は、03年創刊。書店を通さない販売方法で毎月2回発行され、累計販売数は約575万部。約8億円がホームレスらの収入になった。俳優のレオナルド・ディカプリオさんら著名人がボランティアで表紙を飾り、原発事故などの社会問題の特集や音楽情報など多彩な記事を掲載する。ここ2年は東日本大震災などの影響で赤字経営だが、佐野さんは「若い世代のホームレス化を防ぐ活動にも挑戦したい」と語った。
    --「雑誌『ビッグイシュー』:無気力救った光明…創刊10年」。『毎日新聞』2013年09月10日(火)付。

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[http://mainichi.jp/select/news/20130910k0000e040221000c.html:title]

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99人の小さな転機のつくりかた
「ビッグイシュー日本版」編集部 香山 リカ マツコ・デラックス 佐藤 可士和 上野 千鶴子 姜尚中 角田 光代
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覚え書:「サリンジャー―生涯91年の真実 [著]ケネス・スラウェンスキー [評者]いとうせいこう」、『朝日新聞』2013年10月13日(日)付。


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サリンジャー―生涯91年の真実 [著]ケネス・スラウェンスキー
[評者]いとうせいこう(作家・クリエーター)  [掲載]2013年10月13日   [ジャンル]ノンフィクション・評伝 


■禁欲的な隠遁者、執筆と祈りの日々

 J・D・サリンジャー。『キャッチャー・イン・ザ・ライ』、ご存知(ぞんじ)『ライ麦畑でつかまえて』で全世界の反抗する若者たちに影響を与え続けてきた作家。斬新な口語体などを駆使し、ウィットと翳(かげ)りに彩られた作品を生んだ人。
 3年前、91歳で亡くなったサリンジャーはしかし、「禁欲的な隠遁(いんとん)者」としても神話化され、事実30代半ばにニューヨークからコーニッシュという田園地帯に越すと、人目を避けるように暮(くら)し、本に自分の写真が載ることも大げさな売り文句も嫌った。
 そしてついに40代後半からは著作を発表しなくなる。しかし、それでもサリンジャーが「老齢になるまで変わらない日課」として仕事場で毎日書いていた様子を本書は明かしている。沈黙の大作家は日々朝早く起き、ベンガルの聖者ラーマクリシュナの教え通り瞑想(めいそう)とヨガをし、発表しない作品を書き続けたのだ。
 珍しくサリンジャーが受けたインタビュー(とはいえ30分)から本書はこんな言葉を抜き出す。「発表しないとすばらしい平安がある。安らかだ。静かなんだ」。この不思議な境地は、別の箇所ではこうも書かれる。「仕事と祈りのふたつは区別がつかなくなっていた」と。では一体、サリンジャーはどんな小説を執筆していたのだろうか。
 著者はサリンジャー関係のウェブサイトを続けている大ファンで、作家の生い立ちからデビューに至る行程、デビュー後にも様々な雑誌に掲載拒否されたり、タイトルの勝手な変更をされたりしたことなどを細かく記録していく。
 そこにはサリンジャーが米軍諜報(ちょうほう)部員としてノルマンディー上陸作戦に参加し、独軍との最も過酷な戦いを強いられた部隊にいた時の模様も描かれる。すさまじい数の死者を作家は見たはずだ。
 戦火の下、サリンジャーは従軍作家ヘミングウェイに会いに行く。その記録は短いが興味深い。ヘミングウェイはのちにも戦争を多く語ったが、サリンジャーは「詳細はいっさい語らなかった」。軍人として実際戦った者は心に傷を負い、作品としてのみ外に出すしかなかったのかもしれない。
 本書はこうした示唆に富むが、作品すべてに関しても網羅的な紹介を怠らない。したがって「ライ麦」のサリンジャーしか知らない読者でも、人と作品の全体像を把握することが出来る。
 そしてなんと、本書には間に合わなかったが、サリンジャーの遺言により、未発表の5作が再来年から出版される報道がつい先日あった。5作の中では戦争も、東洋思想も、最初の結婚についても語られていると予想されるらしい。
 予習としても本書は有益だ。
    ◇
 田中啓史訳、晶文社・4830円/Kenneth Slawenski 米ニュージャージー州生まれ。04年にサリンジャーのサイトを創設。本書は10年に出版。ベストセラーとなり、12年度ヒューマニティーズ・ブック賞を受けた。15カ国語に翻訳、20カ国で出版された。
    --「サリンジャー―生涯91年の真実 [著]ケネス・スラウェンスキー [評者]いとうせいこう」、『朝日新聞』2013年10月13日(日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013101300006.html:title]

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サリンジャー ――生涯91年の真実
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覚え書:「沖縄の自立と日本―「復帰」40年の問いかけ [著]大田昌秀、新川明、稲嶺惠一、新崎盛暉/夕凪の島―八重山歴史文化誌 [著]大田静男 [評者]田中優子」、『朝日新聞』2013年10月13日(日)付。


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沖縄の自立と日本―「復帰」40年の問いかけ [著]大田昌秀、新川明、稲嶺惠一、新崎盛暉/夕凪の島―八重山歴史文化誌 [著]大田静男
[評者]田中優子(法政大学教授・近世比較文化)  [掲載]2013年10月13日   [ジャンル]歴史 


■沖縄の側から日本を語る

 『沖縄の自立と日本』は、2012年11月に法政大学でおこなわれたシンポジウムをもとにした本である。
 座談会をそのまま起こしたものではない。会場で語られた主張をさらに鮮明にするため、沖縄県知事、参議院議員を歴任した大田昌秀、沖縄タイムス社長を経て現在もジャーナリストとして活躍する新川明、企業家であり沖縄県知事も務めた稲嶺惠一、沖縄大学学長であった新崎盛暉(あらさきもりてる)の四氏が、それぞれの言葉で書き改めた文章を収録し、さらに座談を深めた一冊だ。
 東京からは分からない沖縄の強い「自立」の意志が見える。大田は、復帰とは日本国憲法への復帰を意味したのであって、今日もなお憲法は沖縄の拠点になっていることを強調した。新崎は尖閣諸島が国境地域住民の生活圏である事実を述べ、国は共同活用のための協議をこそ仲介すべきだと提案している。稲嶺は、アジアのエネルギーを沖縄に活(い)かすハブ空港構想を語る。
 新川は、沖縄の人々の中にある「祖国復帰」の考え方を批判する。そして今年4月28日に政府がおこなった「主権回復の日」を「屈辱の日」とする沖縄の姿勢を、「祖国」憧憬(しょうけい)の延長線上にあると見る。その上で新川は、「主権回復の日」は「祖国」と呼んできた国がどういう国なのかをはっきり見抜く絶好の機会であったと述べる。この論点は沖縄独立論につながるだけではない。新川は日本と沖縄が相互依存関係にあると考える。日本こそ、沖縄の米軍基地に依存し米国に隷属しているのだから、日本国の人々は沖縄からの自立をめざすべきだ、と主張するのだ。徹底して沖縄の側から日本を語った刺激的な本だ。
 同じころ出た『夕凪(ゆーどぅりぃ)の島』は、尖閣に近い八重山諸島に立って軍事化の危機を見据えている。住民は常に国境を越えて交流してきた。「国境を武器で閉ざすべきでない」という言葉は重い。
    ◇
 『沖縄の自立と日本』岩波書店・2205円▽『夕凪の島』みすず書房・3780円。
    --「沖縄の自立と日本―「復帰」40年の問いかけ [著]大田昌秀、新川明、稲嶺惠一、新崎盛暉/夕凪の島―八重山歴史文化誌 [著]大田静男 [評者]田中優子」、『朝日新聞』2013年10月13日(日)付。

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沖縄の自立と日本――「復帰」40年の問いかけ
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日記:ナショナリズムに勝てるのは反ナショナリズムではなくて、べつのかたちのナショナリズムだが、これにも当然、限界がある訳でして・・・

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横浜旅行への渦中、ちょうど、藤井聡『新幹線とナショナリズム』(朝日新書)を読んだのだけど、ていよく裏切られた。世界に冠たる日本復活のために新幹線はナショナリズムで作られたけれども、その心象と政治思想史を腑分けするのかと思いきや、豊かさと絆再興のために新幹線で「日本を取り戻せ」だった。朝日らしくない。


著者によれば、ナショナリズムとは否定的に捉えがちだけれども、「国」を「家族」とみなす「国家主義」としての佳い側面は評価すべきで、「ナショナリズムは努力なくしては成立し得ない」とか。

残念のザブトン三枚で、安倍政権の国土強靭化が……うわやめろ、という話でありました。

そんで、雨宮処凛・萱野稔人『「生きづらさ」について 貧困、ナショナリズム、ナショナリズム』光文社新書、も電車で読んだのだけど、共同体主導で「努力しろ」式の歪んだ扇動ではもはやどうしようもないのが現状。モラル主義は現実をごまかすだけだし、ナショナル~で強化なんてもはや無理ですよ。


ストロングタイ(強い絆)ではなくしてウィークタイ。これをホント、どう立ち上げるかですよ。ストロングタイは瞬間湯沸かし器としては機能するけれども、99%の人間は生きづらさを感じざるを得なくなる訳だから、そういうのじゃないコミュニティデザインが自分自身も課題です。

僕個人は究極的にはリバタリアンなのですが、現実の是正のないまま、すてんと変えることができない意味と、自身が貧困層なのでアレですが(涙、社会保障制度含めて底上げを前提にやっていかないと、国民の大半を切り捨てて終わるパターンになりますよね

ほんと、ここが課題です

先の著者のあとがきにはつぎのようにありますが、すなわち

「ついては本書が一人でも多くの日本国民の目にとまり、この平成の御代に充満する浮ついた『空気』が、少しでも冷静で真っ当な『世論』(輿論)へと消化していくことを祈念しつつ…」。

浮ついた空気も真っ当な世論も同じ人が設定するわけなんだがね。

おっと、「第2次安倍内閣官房参与(防災・減災ニューディール担当)」だったか。自然科学の政治的中立性なんてあやしいものですよ。

……おっと誰かが来たみたいだな。

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雨宮 萱野さんは、左翼的な労働運動に右の人たちがきていることについて、どう思いますか?
萱野 いいと思いますよ。もちろん実際の共闘の場面ではいろいろと難しいこともでてくるかもしれませんが。でも、できるだけ左翼はふところの深い存在になることを目指すべきです。
 個人的には、ナショナリズムの視点から格差や貧困を問題にするのは、最初の一歩としてありだと思っています。「同じ日本人なのに、こんなに格差があっていいのか」とか、「日本社会における貧困の問題を、日本人として放っておいていいのか」というふうにです。
 あるいは、ナショナリズムによって、いまの政府や経済かのあり方を批判することだってできると思います。たとえば、「こんなに格差を放置しておいて、それも格差を助長するような政策をしておいて、『美しい国へ』(安倍前首相の本のタイトル、文春新書)もクソもあるか」という批判の論法ですね。
 実はこうした批判の論法ってすごく強いんですよ。やっぱ、ナショナリズムに勝てるのは反ナショナリズムではなくて、べつのかたちのナショナリズムですから。
 ただこれには限界もあります。というのも、日本にいる労働者って、日本人だけではないですからね。たとえば日本にも外国人研修生の問題なんかがある。日本社会にかぎってみても、プレカリアートの問題は日本人だけの問題ではありません。
 いまは労働市場がどんどんグローバル化されているので、一国内で生じる格差や貧困の問題は、世界的な労働の問題としてとらえることが必要になってきています。でも、入り口として、それから政府を批判したり動かしたりする論法として、ナショナリズムから問題をたててもいいと思っています。
    --雨宮処凛、萱野稔人『「生きづらさ」について 貧困、ナショナリズム、ナショナリズム』光文社新書、2008年、158-159頁。

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覚え書:「書評:パウル・ツェラン 飯吉 光夫 著」、『東京新聞』2013年10月13日(日)付。


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パウル・ツェラン 飯吉 光夫 著

2013年10月13日


◆ユダヤ詩人の魂読む
[評者]守中高明=詩人・早稲田大教授
 戦後ドイツ語圏における至高の詩人パウル・ツェラン-その作品を半世紀にわたって傑出した翻訳を通して紹介し続けてきた第一人者による全論考をまとめた一冊だ。没後四十年以上を経た今日、ツェランはその栄光を極めつつあるように見える。たとえば、ドイツのズールカンプ社から全十六巻の歴史校訂版『ツェラン全集』が刊行されることによりその仕事の全貌が明らかになり、夥(おびただ)しい学術論文が世界中で書かれることで、詩人の地位は不動のものとなったかのようだ。
 だが、ツェランを読む営みは、文献学的環境が整えば進むわけではない。著者はここであえて「研究」に背を向け、詩人の心に、「魂」に寄り添うことを選んでいる。それは決して素朴な態度ではない。ナチの強制収容所によって両親を虐殺され、みずからも強制労働を辛くも生き延び、ルーマニアの小都からパリへと亡命し、しかし、戦争のトラウマに起因する重度の精神障害の果てに自死するほかなかったユダヤ詩人の「魂」は、知的な理解以上の何かを強く要求するのだ。
 それは「無の、誰でもないものの/薔薇(ばら)」なのだと詩人は言う。残虐な歴史の重荷を担い、狂気と境を接して、だが「ぼくらは花咲くことをねがう/あなたに/むけて」と。
 ここには、現代の究極の存在倫理が鮮やかに描き出されている。
(白水社・3360円)
 いいよし・みつお 1935年生まれ。ドイツ文学者。著書『傷ついた記憶』など。
◆もう1冊
 『改訂新版 パウル・ツェラン全詩集』(1)~(3)(中村朝子訳・青土社)。ナチズムに翻弄された詩人の個人完訳全詩集。
    --「書評:パウル・ツェラン 飯吉 光夫 著」、『東京新聞』2013年10月13日(日)付。

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[http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013101302000160.html:title]


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パウル・ツェラン詩文集
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覚え書:「書評:かくて老兵は消えてゆく 佐藤 愛子 著」、『東京新聞』2013年10月13日(日)付。


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かくて老兵は消えてゆく 佐藤 愛子 著

2013年10月13日


◆冷徹に退き際見つめ
[評者]岸本葉子=エッセイスト
 エッセイはリズムである。かったるい調子だと、読み通してもらえない。本書は小気味よいテンポでもって、一編一編最後まで読者を引っ張っていく。この勢いを保てる体力と集中力は、並でない。
 来月、九十歳を迎える作家のエッセイだ。八十五を過ぎ、いったんは楽隠居をめざすが、そうはいかなかった。新聞、テレビ、訪問客を通し、世の動きは嫌でも目や耳に入る。震災とそれに続くさまざまなできごと、事なかれ主義。ペンを執らずにいられない。
 そのエネルギーもそろそろ尽きた。「怒りん坊将軍」と呼ばれてきたが、自らは「老兵」と称し、消えゆくのみと。
 まだまだ書けるのに、早過ぎる。そう言うのはたやすい。が現代の高齢者は、老いをめぐる主観と客観の間で揺れ動く。著者に限った話ではないのだ。
 長命になった。が、人間の肉体は進化しておらず、むしろ退化した。衰弱を補う技術が進化しただけ。補聴器しかり、眼鏡しかり。情報や刺激にさらされれば、欲がわくし、もの申したくもなる。
 憤激を得意技としてきた著者だが、自らに注ぐ視線は冷徹だ。周囲が引退勧告をしたくてしにくいようになる前に「消える」選択をした。連載の幕引きである。
 長命の時代、退(ひ)き際をどうするかは、多くの人が向き合う問題だ。決断の例を、老兵は身をもって示してみせた。
(文芸春秋・1470円)
 さとう・あいこ 1923年生まれ。作家。著書『幸福の絵』『院長の恋』など。
◆もう1冊
 佐藤愛子著『血脈』(上)(中)(下)(文春文庫)。作家の父佐藤紅緑、異母兄ハチロー…。一族の壮絶な生き方を描く大河長編。
    --「書評:かくて老兵は消えてゆく 佐藤 愛子 著」、『東京新聞』2013年10月13日(日)付。

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[http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013101302000159.html:title]


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日記:横浜ぶらり


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義父母と横浜観光……といっても、はとバスのツアーですがw……しましたので、その記録を残しておきます。

コースは、新宿・東京駅発~

1)港の見える公園
2)中華街
3)マリンタワー~山下公園
4)水上バスにて赤煉瓦倉庫街

 ~東京駅

わりと強行軍でした。

10年ぶりに横浜を訪れましたが、やっぱり住んでみたい街のひとつ。ただ、津波の時は怖いので、港の見える公園界隈に邸宅を構えるべきだろうけれども、とてもプレカリアートの身では不可能なので、あきらめした次第ですが(涙

学生時代に日吉に通っていた頃は、桜木町まで1本だったので、授業でないで、そのまま、横浜によく遊びに行ったけれども、港町というのは……これも外からそこへ物見遊山にいく人間の印象批評だけれども……外に開かれている感が強くて、船乗りの個としての際だった自立と確乎たる協同には憧憬してしまいますね。


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覚え書:「書評:岩波茂雄 低く暮らし、高く想ふ 十重田 裕一 著」、『東京新聞』2013年10月13日(日)付。

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岩波茂雄 低く暮らし、高く想ふ 十重田 裕一 著

2013年10月13日


◆価値ある仕事のつくり方
[評者]森彰英=ジャーナリスト
 この本の目次の後に、旧東京市中心部の関係地図が挿入されているが、眺めていて岩波茂雄が一八九九(明治三十二)年に長野県から上京して一九四六(昭和二十一)年に没するまでの四十七年間の仕事と生活の跡、人的ネットワークがすべて地図から読み取れることに気がついた。
 地図の上方にある本郷の一高、東京帝大は彼の知的人脈形成のフィールドで、安倍能成(よししげ)、阿部次郎、上野直昭らの友人を得て彼らは後に岩波書店の重要な執筆者となる。本郷の台地を降りた水道橋近くの神田高等女学校(現神田女学園)では四年間教員を務めた。そのすぐ先の神田南神保町で古書店を開業したのは一九一三(大正二)年。良書を選んで売るのだから値引きはしないという「正札販売」をつらぬく。
 地図を拡大し早稲田南町を書き込むと、岩波書店が古書店から出版社に転身したきっかけが見えてくる。夏目漱石の自宅には小宮豊隆、森田草平、鈴木三重吉、寺田寅彦、和辻哲郎、芥川龍之介ら漱石を敬愛する人々が集まり、茂雄は早くからその一員であった。岩波書店、最初の出版は漱石の『こころ』であり、以後漱石人脈が執筆者として大正教養主義の流れを作った。
 さらに地図にポイントを追加すれば、皇居に近い内務省、東京検事局は津田左右吉の著書出版をめぐり茂雄が告発され、尋問を受けた場所である。その向かい側の大東亜会館(現東京会館)では一九四二年に岩波書店創立三十周年を記念する晩餐会(ばんさんかい)が開かれている。有名な「文化の配達夫」という表現はこの時の茂雄の謝辞にあった。
 戦後間もない四六年、茂雄は出版人として最初の文化勲章を受章した。これによって日本の代表的文化人、保守派リベラリストとしての名声が定着したのだが、著者が豊富な資料を探索し、考証を重ねて描き出した成果は、自ら構築した人脈から価値ある仕事を発見し、それを勇気をこめて世に問いかける行動的出版人の実像であった。
(ミネルヴァ書房・2940円)
 とえだ・ひろかず 1964年生まれ。早稲田大教授、日本近代文学。
◆もう1冊
 安倍能成著『岩波茂雄傳 新装版』(岩波書店)。もっとも身近な友人が書いた出版人の伝記。創業百年を記念して、新字・新かなに。
    --「書評:岩波茂雄 低く暮らし、高く想ふ 十重田 裕一 著」、『東京新聞』2013年10月13日(日)付。

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[http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013101302000162.html:title]


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岩波茂雄: 低く暮らし、高く想ふ (ミネルヴァ日本評伝選)
十重田 裕一
ミネルヴァ書房
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覚え書:「書評:どっこい大田の工匠たち 町工場の最前線 小関 智弘 著」、『東京新聞』2013年10月13日(日)付。

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どっこい大田の工匠たち 町工場の最前線 小関 智弘 著

2013年10月13日

◆重い口が語る職人の技術
[評者]平川克美=文筆家
 ものづくりの盛んな東京都大田区で、従業員三人以下の現場に光をあてる表彰制度がある。「大田の工匠100人」がそれだ。その審査員のひとりで、町工場で旋盤工として働きながら、優れた小説やエッセイを発表し続けてきた小関智弘が十七人の凄腕(すごうで)の職人たちを尋ねて、聞き書きしたルポである。
 当今流行の、匠(たくみ)紹介とは異質の、濃厚な空気が伝わってくるのは、小関が町工場の現場を肌で知っているからだろう。路地裏の職人たちは寡黙であり、容易に心を開かない。言うに言えない苦心の堆積の結晶がかれらの製品であり、言葉でもある。
 その言葉の意味を嗅ぎ分けるには、何が必要か。かつて「春は鉄までが匂った」と記した小関は、ここでも職人たちのつくったものが発散する匂いを嗅ぎ、手で触れ、そしてかれらが語り始めるまで待つ。そんなひそやかで、忍耐力のある文体に引き込まれる。
 いくつもの忘れがたいエピソードが重ねられる。たとえば、南馬込の鍛冶職人・小林政明さんが創業者であった病床の父・定雄さんをこう語る。「でも、親父(おやじ)の“まあまあ”は、良くできたなんです。悪けりゃ糞味噌(くそみそ)ですからね」。これを聞いて小関が思い浮かべるのは「あるじは名高き いっこく者よ 早起き早寝の 病知らず」という唱歌である。ここを読んでいて、大田区の型職人の息子である評者は、おふくろがよく「おとうさんはいっこくだから」と嘆いていたのを思い出した。
 職人たちに共通しているのは、長い研鑽(けんさん)と下積みの日々であり、よそではできないものづくりをやり抜くことで独自の技術を磨き上げたという矜持(きょうじ)。「仕事の根本だけは間違っても曲げ」ないのだ。かつて八千以上あった大田区の町工場は、いまは半減している。それでも、どっこい大田の工匠は生きている。かれらが日々つくりあげ、残してくれているものは、単なるモノではない。学ぶべき「語るに足る人生」がそこにある。
(現代書館・2100円)
 こせき・ともひろ 1933年生まれ。作家。著書『鉄の花』『職人学』など。
◆もう1冊
 Beretta P-08著『東京町工場散歩』(中経出版)。ネジから衛星搭載の観測機器まで多彩な製品を作る下町の工場を写真と文で紹介。
    --「書評:どっこい大田の工匠たち 町工場の最前線 小関 智弘 著」、『東京新聞』2013年10月13日(日)付。

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[http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013101302000161.html:title]


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どっこい大田の工匠たち―町工場の最前線
小関 智弘
現代書館
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覚え書:「みんなの広場 理屈いらない、戦争はごめんだ」、『毎日新聞』2013年10月07日(月)付。


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みんなの広場
理屈いらない、戦争はごめんだ
主婦 89(福岡県築上町)

 なぜ戦争はなくならないのか。それは人間の限りない欲望のせいか、それとも人間の生き方、文化のらん熟のせいだろうか。戦争は勝っても負けても大きな損失である。たとえ勝っても次ぎに何かが起こって勝利が何らかの形で逆転することもある。
 先の太平洋戦争でも苦しみを味わった時代の人は少なくなり、戦争を知らない人はその恐ろしさは知らないだろう。
 時代は異なり、今の戦争がどんなに激しく無惨なものかは、とても比べものにはならないと考える。
 日本を相手を知らなさすぎた。兵器のみでなく、広大な土地。生活。言葉。
 何も知らないまま、食料の補給さえままならぬ大国に攻め入った。また、南方まで手を広げ、挙げ句に国民を悲しみの底に沈ませたのである。
 われわれの年代は年をとった。理屈はいらない。戦争はごめんだ。
    --「みんなの広場 理屈いらない、戦争はごめんだ」、『毎日新聞』2013年10月07日(月)付。

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覚え書:「海外で建築を仕事にする―世界はチャンスで満たされている [編著]前田茂樹 [評者]隈研吾」、『朝日新聞』2013年10月06日(日)付。


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海外で建築を仕事にする―世界はチャンスで満たされている [編著]前田茂樹
[評者]隈研吾(建築家・東京大学教授)  [掲載]2013年10月06日   [ジャンル]アート・ファッション・芸能 国際 


■ジリ貧日本から飛び出す若者

 これは現在の「出稼ぎ物語」である。
 かつて東北の貧しい農村の人々が、豊かな都市へと働きに出ることを「出稼ぎ」と呼んだ。東北の人たちは働き者で、能力は高く、しかも実直であった。この本に登場する、日本の若き建築設計者たちは同じように能力が高く、働き者である。わが事務所にも、世界中から就職志願者が訪れるが、設計図をかかせる試験をすると、日本人が圧倒的に高い点数をマークする。同じ与えられた時間の中で精度の高い模型まで作ってしまって、国によってこれほどレベルが違うのかと、しばしば唖然(あぜん)とする。
 実際にも、世界中の有力な設計事務所で、日本人は、中心的役割をはたしている。建築設計という仕事に必要な、きめ細かさ、スケジュール遵守(じゅんしゅ)、3次元空間への把握力……どれをとっても、日本人のレベルは世界のトップといっていい。しかも、安い給料でも文句をいわず、夜中まで集中力が切れずに働き続ける。
 なぜ、日本人の建築家はこれほど、海外で多くの仕事ができるのかとしばしば質問されるが、スター建築家だけが突出しているわけではなく、日本人が実は世界の建築デザインを支えているのである。
 これほど能力が高いのだから、ちょっと外で仕事をする気になれば、いくらでもチャンスが拡(ひろ)がる。しかし、昔は、残念ながら外に行く勇気のある日本人が少なかった。
 今や勇気に後押しされてというより、日本のジリ貧に押されて若き建築設計者は突如海外に進出をはじめた。日本は貧しいだけでなく、大手のゼネコンや設計事務所がしがらみや強引な営業力で、才能ある若者から仕事を奪っている。こんな日本を捨てたくなる気持ちは、いたいほどわかる。ここに登場する「出稼ぎ」の若者たちは、未来の日本人のモデルになりえると感じた。組織に頼らず、企業に頼らず、個人の能力と努力だけを頼りに飛び出したからだ。
    ◇
 学芸出版社・2520円/まえだ・しげき 74年生まれ。建築家。本書では17人の建築家・デザイナーの体験談を集めた。
    --「海外で建築を仕事にする―世界はチャンスで満たされている [編著]前田茂樹 [評者]隈研吾」、『朝日新聞』2013年10月06日(日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013100600005.html:title]


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海外で建築を仕事にする: 世界はチャンスで満たされている
前田 茂樹 吉田信夫 伊藤廉 松原弘典 田根剛 高濱史子 豊田啓介 小沢慎吾 エマニュエル・ムホー 後藤克史 柏木由人 小塙芳秀 梅原悟 吉田智史 原田雄次 佐貫大輔 西澤俊理
学芸出版社
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覚え書:「今週の本棚・新刊:『天皇制国家と「精神主義」』=近藤俊太郎・著」、『毎日新聞』2013年10月13日(日)付。

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今週の本棚・新刊:『天皇制国家と「精神主義」』=近藤俊太郎・著
毎日新聞 2013年10月13日 東京朝刊

 (法藏館・2940円)

 1980年生まれの俊英による初の単著。浄土真宗で教学の近代化を達成した「精神主義」グループによる天皇制国家や侵略の肯定を、彼らの信仰の構造的帰結として論じた。

 キリスト者や仏教者らの教義に基づく「社会参加」と聞けば、福祉や平和などのイメージを持つ人が多いだろう。ただし、戦争協力もまた立派な「宗教者の社会参加」である。戦前、戦中の日本仏教は、その意味で積極的な社会参加をしていた。

 特定の教団が今も影響下にある思想潮流について、その祖である清沢満之(まんし)の言説から批判し抜いているのは、非常に興味深い。彼らの教義解釈が、天皇制国家というよりも社会総体に何ら批判的な視点を持てず、むしろ現状肯定だけに突進したとの指摘は説得的だ。単に「反戦僧侶を持ち上げ、教団の戦争責任を追及する」といった従来の研究とも、実は世に少なくない「清沢鑽仰(さんぎょう)」的な研究とも一線を画す。他方、徹底して「天皇制国家」との距離だけで信仰や思想の意義を測り、平民社や徳冨蘆花も批判する。別の意味で「社会性」や「歴史状況」に配慮した尺度も必要という気がしなくはない。著者の今後にも期待したい。(生)
    --「今週の本棚・新刊:『天皇制国家と「精神主義」』=近藤俊太郎・著」、『毎日新聞』2013年10月13日(日)付。

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[http://mainichi.jp/feature/news/20131013ddm015070035000c.html:title]


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覚え書:「みんなの広場 若い人よ、歴史をよく学んで」、『毎日新聞』2013年10月07日(月)付。


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みんなの広場
若い人よ、歴史をよく学んで
無職 82(兵庫県尼崎市)

 本欄で以前、太平洋戦争の戦時ポスターを授業で見た高校生の感想が掲載され、私も当時を振り返りました。
 一億一心、ぜいたくは敵だ、欲しがりません勝つまでは--。授業はほとんどなく運動場を畑に変え、弁当のおかずは梅干し1個。銃後を守るのは老人、婦人、そして少国民と呼ばれた子供。鍋、釜など毎日使う金物まで供出しなければ非国民と呼ばれました。
 私は昭和20(1945)年3月の卒業ですが、卒業式はありませんでした。志願兵、軍需工場への勤労奉仕と皆ばらばら。「月月火水木金金」といって日曜日などない青春期でした。若い人たちは想像できないことでしょうが、これらは事実です。
 私は終戦ではなく敗戦と今でも思っています。そして、せめてもう1カ月早ければ広島、長崎に惨状を招かなくてすんだのにとの思いが消えません。若い人たちは、この歴史をよく学んでください。今の政治状況を見て投稿した次第です。
    --「みんなの広場 若い人よ、歴史をよく学んで」、『毎日新聞』2013年10月07日(月)付。

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覚え書:「ダメダメな人生を変えたいM君と生活保護 [著]池上正樹」、『朝日新聞』2013年10月06日(日)付。


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ダメダメな人生を変えたいM君と生活保護 [著]池上正樹
[掲載]2013年10月06日   [ジャンル]人文 新書 

 フリーライターの著者とMさんとの出会いは3年前。著者が「ひきこもりの高年齢化」について本を書いたことを新聞で知り、Mさんが「自立のためのアドバイスをいただきたい」と地元支局に電話したのだ。Mさんは40代で12年間無職。70歳になる母の国民年金を頼りに暮らしていた。3・11の際にはボランティア活動を志し、被災地を目指すというオトコ気を見せるが、見知らぬ土地でパニックを起こし、母の元に帰っていく。しかし、Mさんは、著者や支援者の辛抱強く的確な対応にも助けられ、生活保護を受けて自立するハラを決める。生活保護受給の前の関門、苦手な面談の場面は彼の緊張が伝わってきて、こちらもヘトヘトになった。
    ◇
 ポプラ新書・819円
    --「ダメダメな人生を変えたいM君と生活保護 [著]池上正樹」、『朝日新聞』2013年10月06日(日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013100700003.html:title]


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(007)ダメダメな人生を変えたいM君と生活保護 (ポプラ新書)
池上 正樹
ポプラ社
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覚え書:「クロスロード・オキナワ [著]鎌倉英也、宮本康宏」、『朝日新聞』2013年10月06日(日)付。


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クロスロード・オキナワ [著]鎌倉英也、宮本康宏
[掲載]2013年10月06日   [ジャンル]歴史 ノンフィクション・評伝 


 NHKディレクターが取材をもとに、日本と世界の十字路としての沖縄を描いた。
 日本が世界史の荒波にもまれる時、その交点にある沖縄は、本土のかわりに多くの矛盾や犠牲を引き受けてきた。黒船のペリーは幕府が開国交渉を拒んだ場合、琉球を占領する準備をしていた。沖縄戦では、本土防衛のための凄惨(せいさん)な持久戦を強いられた。戦後は日米安保による米軍基地が集中して今にいたる。
 本書では触れていないが、人類学の研究によると、独立国であった琉球王国をつくった琉球人は、在来人と本土からの移住者が交じり合って形成されたという。血と歴史を分かち合う私たちの沖縄を知るための一冊だ。
    ◇
 NHK出版・2310円
    --「クロスロード・オキナワ [著]鎌倉英也、宮本康宏」、『朝日新聞』2013年10月06日(日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013100700002.html:title]


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書評:姜尚中『愛国の作法』朝日新書、2006年。

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姜尚中『愛国の作法』朝日新書、読了。愛国心とは字の如く“国を愛する心”のこと。しかし私たちは「愛する」こととは何か? 「国」とは何か? 本当に理解しているのだろうか。本書はフロムから丸山眞男、橋川文三に至るまで--を取りあげ、しばしば自明に思えてしまう概念を腑分けし、その意義を問う。

そもそも愛する対象の国とは統治機構としてのそれなのか、国民共同体としてのそれなのか、立憲政体としてのそれなのか、それとも文化的な統一体(これも捏造だが)としての国なのか。私たちはハビトゥス(習慣)に麻痺している。まずはそこから。学生に読んで欲しい。

姜尚中『愛国の作法』朝日新書。著者に会いたい 愛国の作法 姜尚中さん:朝日新聞 [http://book.asahi.com/author/TKY200612120345.html:title]

 「別れ際に聞いた『日本へのラブコールのつもりでした』の一言は分かる気もした」。最後の「分かる気もした」は気軽にそう発話できないことを含み起きたい。

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愛国の作法 (朝日新書)
姜 尚中
朝日新聞社
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覚え書:「ヴァスコ・ダ・ガマの「聖戦」―宗教対立の潮目を変えた大航海 [著]ナイジェル・クリフ [評者]水野和夫」、『朝日新聞』2013年10月06日(日)付。

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ヴァスコ・ダ・ガマの「聖戦」―宗教対立の潮目を変えた大航海 [著]ナイジェル・クリフ
[評者]水野和夫(日本大学教授・経済学)  [掲載]2013年10月06日   [ジャンル]歴史 


■今とつながる15世紀末の大変化

 一般的には、文字を通してよりも映像のほうが迫力あるように思うが、本書を読めば、映像を超える壮大な絵巻物が瞼(まぶた)に浮かんで想像(妄想)をかき立てる。欧米人の深層心理の構図として、なるほどと妙な合点がいく。
 例えば、9・11の際ブッシュ米大統領(当時)は「これは十字軍の戦いだ」と叫んで、テロリストだと疑うだけで外国人を逮捕できる“軍事命令”を公布した。
 11世紀末に始まった「聖戦」たる「十字軍」は「イスラームとの戦い」を「地の果てまで続けなければならない」と確信するがゆえに「不信、異教徒というだけで」攻撃してもいい。そういう理屈で1415年、ポルトガルは地中海西端にあるアフリカのセウタを奪還した。これが、ヨーロッパが世界に君臨する「すべての始まり」であって、中世後期と近現代は心性において繋(つな)がっている。
 近代は、経済的にはオランダ東インド会社の設立(1602年)、政治的にはウェストファリア条約(1648年)に始まるとされるが、古代、中世、近代といった区分は時に歴史の本質を理解するのを妨げることになる。歴史は「今」に至るまで水面下で脈々と繋がっている。それが1490年代、世界を変える三つの出来事として一気に水面上に噴出したのだった。グラナダ王国の消滅、コロンブスの「新大陸発見」、そしてヴァスコ・ダ・ガマの「インド航路発見」である。本書は三つの中でもガマの功績が大という結論を導く。
 21世紀の10年間で、9・11、9・15(リーマン・ショック)、そして3・11とやはり世界を揺るがす三つの出来事が起きた。15世紀末に起こったことに匹敵するような大きな変化が現在起きているのではと想像が膨らむ。歴史書を読む楽しみの一つはタイムマシンに乗って過去と現在を自由に行き来することであり、本書はその典型である。
    ◇
 山村宜子(よしこ)訳、白水社・4200円/Nigel Cliff 英国の歴史家、伝記作家で「エコノミスト」誌に批評を寄稿。
    --「ヴァスコ・ダ・ガマの「聖戦」―宗教対立の潮目を変えた大航海 [著]ナイジェル・クリフ [評者]水野和夫」、『朝日新聞』2013年10月06日(日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013100600008.html:title]


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ヴァスコ・ダ・ガマの「聖戦」: 宗教対立の潮目を変えた大航海
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覚え書:「日本国憲法の初心 山本有三の「竹」を読む [編著]鈴木琢磨 [評者]保阪正康」、『朝日新聞』2013年10月06日(日)付。

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日本国憲法の初心 山本有三の「竹」を読む [編著]鈴木琢磨
[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)  [掲載]2013年10月06日   [ジャンル]ノンフィクション・評伝 


■今こそ思い起こせと誘う

 本書一読後の結論は、今こそ私たちは、「山本有三」を思い起こせとの誘いである。劇作家、作家として幾つかの名作(『路傍の石』など)を残す一方で、戦後は政治家として参議院に緑風会を結成するなど、その実像は「リベラルで、自由主義者、ヒューマニスト」(編著者)であった。
 本書は、戦後すぐに山本のラジオ放送、新聞への寄稿、議会での質問などを集めて刊行された書『竹』(当時は細川書店)を、現役の新聞記者が改めて編著という形で世に出した。山本は口語体論者、現行憲法の条文化にあたり当時の草案づくりの事務方に協力した。前文、第一条、第九条などそれがどの程度生かされたかが示される。「戦争放棄と日本」の中で山本は、日本は、「真理と自由と平和」を目ざす「新しい国家」を築きあげよといい、若者は、「かしらをあげ、胸を張って、信ずる道をドシンドシンと踏みしめて」進めと励ます。「山本有三」の不屈の精神をこの社会は必要としている。
    ◇
 七つ森書館・1680円
    --「日本国憲法の初心 山本有三の「竹」を読む [編著]鈴木琢磨 [評者]保阪正康」、『朝日新聞』2013年10月06日(日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013100600011.html:title]


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書評:ロバート・D・パットナム編著(猪口孝訳)『流動化する民主主義 先進8カ国におけるソーシャル・キャピタル』ミネルヴァ書房、2013年。


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ロバート・D・パットナム編『流動化する民主主義 先進8カ国におけるソーシャル・キャピタル』ミネルヴァ書房、読了。宛になるようでならない人間の信頼関係。比重の置き方は難しいが、地域社会の良好な関係を「社会関係資本」と呼び、分析した著者が先進8カ国の過去半世紀の市民社会の変化を検証する。


英米仏独西墺日、スウェーデンを対象に、パットナムのほか各国を代表する政治学者行った比較研究。民主社会の形成は皮肉にも政治離れを招いたが、市民による地域社会への参画は不可能だから、その方途の再構築が必要になろう。

震災以降、注目を集めた言葉が「絆」。家畜を立木に繋ぎおく綱が元意、しがらみや束縛を意義。日本では、人間関係の内部結束型の揺らぎが指摘されるが、前時代的回帰の幻想の籠絡を振り払い、組み立て直す他ない。刺激的論考。

一概にはいえないのだけれども、設定したテーマや目的について、気軽に集合離散できる「場」をどのようにつくるのか。そして(幅広くいえば)「つるむ」ということにおいて、鉄の団結みたいな感ではなくて、よわい関係(ウィーク・タイ)で出入りできる場を構築し、そのエートスを薫蒸するしかないか。


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流動化する民主主義: 先進8カ国におけるソーシャル・キャピタル
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覚え書:「「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と叫ぶ人に訊きたい―正義という共同幻想がもたらす本当の危機 [著]森達也 [評者]佐々木敦」、『朝日新聞』2013年10月06日(日)付。


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「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と叫ぶ人に訊きたい―正義という共同幻想がもたらす本当の危機 [著]森達也
[評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)  [掲載]2013年10月06日   [ジャンル]ノンフィクション・評伝 

■当事者の代弁に隠れている欺瞞

 とても長い、しかも問いかけの形を採った題名。その言葉の響きは挑発的でさえある。では、いったい何を問おうというのか。BS放送の対談番組で死刑廃止論を展開した際に(森氏の死刑論は『死刑』に詳しい)一部の視聴者から寄せられた批判の多くが、「死刑制度がある理由は被害者遺族のため」という論調であったことに対して、著者はこう問う。「もしも遺族がまったくいない天涯孤独な人が殺されたとき、その犯人が受ける罰は、軽くなってよいのですか」。詭弁(きべん)のように聞こえるかもしれないが、続けて読んでいくと、著者がこだわっているのが、いわゆる「当事者」性という問題であることがわかってくる。「被害者遺族の思いを想像することは大切だ。でももっと大切なことは、自分の想像など遺族の思いには絶対に及ばないと気づくことだ」と著者は続ける。もしも著者の身内が誰かに殺されたら、彼は犯人を憎み、死刑にならないなら自らの手で殺したいと思うかもしれない。それは当然だ。なぜならそのとき自分は「当事者」になっているのだから、と率直な感情を記した上で、著者はしかし、こう続ける。「でも今は当事者ではない」
 2007年に開始され、現在も連載の続いているコラムを加筆修正し、順序も入れ替えて一冊にまとめたものである。死刑制度、領土問題、戦争責任、レイシズム、9・11以後、原発事故、等々、扱われている事象は多岐にわたっているが、著者の姿勢は一貫している。副題に「正義という共同幻想」という言葉があるが、これを裏返すなら、著者の目には「共同幻想としての正義」と映る空気の蔓延(まんえん)に(まさに「空気が読めない」と誹(そし)られることを覚悟で)ストップをかけ、もう少しだけ各々(おのおの)が自分の頭で考えてみてはどうかと提言すること。死刑制度に限らず、幾つかの問題に関して著者はかなり明確な意見を持っているが、それと同時に常に悩んでもいる、悩み続けている。正義とは正答の別名であるとするなら、一足飛びに答えを見いだそうとせず、その場に踏みとどまって考えてみることの意味と価値を、この本は訴えている。
 当事者ではない者が当事者を代弁してみせる行為の内には、まぎれもない善意と同時に、一種の無自覚な欺瞞(ぎまん)が隠れていることがある。私たちは、自分(たち)とは絶対的に無関係な他人、文字通りの「他者」たちの悲嘆や絶望に共感する術は、実のところは、ない。だがそれでも、だから最初から諦めるとか、どうでもいいということではなく、それでも、それだからこそ、他者を思いやる能力が必要なのではないか。その能力を「想像力」と私は呼びたい。森達也は貴重な想像力の持ち主だと思う。
    ◇
 ダイヤモンド社・1680円/もり・たつや 56年生まれ。映画監督、作家。映画作品に、オウム真理教を取り上げたドキュメンタリー「A」「A2」など。著書の『A3』で講談社ノンフィクション賞。
    --「「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と叫ぶ人に訊きたい―正義という共同幻想がもたらす本当の危機 [著]森達也 [評者]佐々木敦」、『朝日新聞』2013年10月06日(日)付。

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覚え書:「猿まわし 被差別の民俗学 [著]筒井功 [評者]田中優子」、『朝日新聞』2013年10月06日(日)付。

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猿まわし 被差別の民俗学 [著]筒井功
[評者]田中優子(法政大学教授・近世比較文化)  [掲載]2013年10月06日

■あがめられ差別された祈る人々

 人と猿の関係を解く書物は今までにもあった。猿とは何かを民俗学的に解説する書物も存在する。むろん、芸能民としての猿まわしや猿引きについても、民俗芸能のテーマとして、あるいは差別の問題として書かれてきた。
 本書がそれらと何が異なるかというと、一つは猿まわしが担ってきた「隠密」、つまりスパイとしての役割をはっきり書いたことである。そしてもうひとつは、猿まわしが牛馬の祈祷(きとう)に特化したシャーマンであったことを、明らかにしたことである。
 江戸時代の浅草には、弾左衛門(だんざえもん)屋敷を中心とする特別な町があった。ここには死牛馬の皮を扱う職人を中心に、木綿を売る店、質屋、湯屋、髪結い、公事宿(くじやど)などがあり、猿飼の家も十数軒あったという。
 しかしそれは猿が芸を見せてお金をもらう芸人とは異なる役割をもっていた。将軍家、御三家、旗本、大名屋敷などに出向いて、そこの厩(うまや)をお祓(はら)いし、猿舞を見せるのである。つまり馬の無事と健康を祈る祈祷者としての猿なのだ。
 そこは被差別の町である。しかし江戸時代の被差別民は、社会が必要とした職人たちであった。皮や竹細工の職能もそうだが、祈祷者もまた欠かせない存在だったのだ。それを著者は「イチ」という言葉を軸に展開する。市場を意味するイチのほかイチコ、イタコ、イタカ、ユタ、猿を意味するエテコウそしてエタは、同じ類いの言葉なのではないかと仮説を立てる。確かに斎宮(イツキノミヤ)などで使うイツは神に仕える神聖な力を意味する。祈る人々、祝福する人々が、この世と別の世の境に立つ者としてあがめられ、同時に差別されたのではないか。
 差別は制度の観点のみではなく、重層的に成り立っていた複雑な社会の、祈りの志とともに考えるとき、深い理解が生まれるのだと思う。
    ◇
 河出書房新社・1995円/つつい・いさお 44年生まれ。民俗研究者。著書『サンカの真実 三角寛の虚構』など。
    --「猿まわし 被差別の民俗学 [著]筒井功 [評者]田中優子」、『朝日新聞』2013年10月06日(日)付。

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猿まわし 被差別の民俗学
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日記:2013年度パピルス賞:植木雅俊訳註『梵漢和対照・現代語訳 維摩経』岩波書店。


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「制度としてのアカデミズムの外で達成された学問的業績」や「科学ジャーナリストによる業績」を顕彰する「パピルス賞」に、植木雅俊訳註『梵漢和対照・現代語訳 維摩経』(岩波書店)が選ばれたとのこと。昨日十日は中村元博士のご命日。中村先生の最晩年のお弟子さんの成果が評されるとは意義深い。

植木雅俊さんは「維摩経」の対訳の前に、『梵漢和対照・現代語訳 法華経』(岩波書店)を出版しているのですが(第62回毎日出版文化賞受賞)、在家主義の「維摩経」翻訳が選ばれたというのは、「制度としてのアカデミズムの外で達成された学問的業績」を称する「パピルス賞」との深い縁を感じる。

今年は植木雅俊さんの『思想としての法華経』(岩波書店)と、山口周三『南原繁の生涯』(教文館)の書評を書いたのだけれども、両著者ともにまさに「制度としてのアカデミズムの外で達成された学問的業績」。両著ともその手続きは無視するどころか最高級の仕上がり。こういう挑戦こそ本当の刺激。

アカデミズムには問題はあるけれども、つくづく実感するのは、まさに、南原繁の弟子丸山真男の言葉。「一国の学問をになう力は--学問に活力を賦与するものは、むしろ『俗人』の学問活動ではないか」(『現代政治の思想と行動』)。所謂アカデミズムと俗人の活動の有機的関係こそ大切ですね。

まあ、その意味では、橋下徹さんが舌鋒鋭く「学者は現場を知らない」とかいうのも、実際のところ、典型的なためにするもの謂いであって、ナンセンスこのうえない。もちろん、その特権的地位に甘んじることは問題だろうけれども、極端な二元論で狭めていくことこそ、「探求」を破壊するのだろう。


[http://d.hatena.ne.jp/ujikenorio/20130101/p1:title]

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覚え書:「書評:祝島のたたかい 上関原発反対運動史 山戸 貞夫 著」、『東京新聞』2013年10月06日(日)付。


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祝島のたたかい 上関原発反対運動史 山戸 貞夫 著

2013年10月6日


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◆生死の問題、非暴力で
[評者]安渓遊地=山口県立大教授
 原発新規立地を止め続ける島として注目を集める山口県上関(かみのせき)町祝島(いわいしま)。その住民運動の三十一年を島の当事者が語る。中国電力上関原発予定地の海は生物多様性の宝庫でもある。その自然との共存を果たしながら、たゆみなく反対運動を続ける島人たちの強さの秘密がわかる好著。
 原発予定地は島の集落から三・五キロ。事故が荒天に重なれば避難はできない。この「生き死にの問題」に対し、漁を休んでの連日の阻止行動や何十日もの二十四時間体制の見張りと千百回を超えた月曜デモの持続。巨大な組織と金とのたたかいは息をのむ出来事の連続である。
 著者は祝島漁協組合長として海の男をまとめ、女性たちの信頼も得た。逮捕者を出さないため、女が先頭にたつ「口撃」。夜通しの見張りがそのまま井戸端会議になり、予定地の「散歩」が工事車両を止める。祝島の編み出した非暴力の戦術の数々は、住民運動を地域で持続させるための教科書そのものだ。
 「島に生き、島に住み、島で一生を送りたい」という切なる願い。地域の特性を生かし、希望と誇りに満ちた島を子や孫の世代に手渡す具体的な計画にも触れている。巻末には推進側との緊迫のやりとりや女性たちのユーモアたっぷりの座談会なども収録。福島第一の事故後に雨後の筍(たけのこ)のように現れた原発本と一線を画する、いま必読の実践の書である。
(岩波書店・2205円)
 やまと・さだお 1950年生まれ。元祝島漁協組合長。著書『祝島日誌』。
◆もう1冊
 山秋真著『原発をつくらせない人びと』(岩波新書)。祝島の反原発運動のルポ。島の歴史や風土、文化も描かれる。
    --「書評:祝島のたたかい 上関原発反対運動史 山戸 貞夫 著」、『東京新聞』2013年10月06日(日)付。

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[http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013100602000176.html:title]


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祝島のたたかい――上関原発反対運動史
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覚え書:「書評:風に吹かれて 鈴木 敏夫 著」、『東京新聞』2013年10月06日(日)付。

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風に吹かれて 鈴木 敏夫 著

2013年10月6日


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◆ジブリを担う人の立脚点
[評者]切通理作=批評家
 宮崎駿作品で知られるスタジオジブリのプロデューサー・鈴木敏夫に迫ったロングインタビューである。
 出版編集者と二足の草鞋(わらじ)を履いていた鈴木のジブリ勃興期の話題や、ジブリの両輪である宮崎駿、高畑勲監督との裏話については、鈴木本人が既に単独著書でつづっている。本書のインタビュアー・渋谷陽一は、プロデューサー以前の時期から鈴木敏夫の人物像を掘り起こそうとする。
 鈴木が大学時代に新聞社を受けた際、最終面接で新聞の社会的責任を問われ、「そういうものはないと思います」と答えて落とされたということを渋谷は聞き出す。どうしても立派なことを言いたくないという、建前を嫌う真摯(しんし)さが窺(うかが)えるエピソードとして。
 また、周囲から優秀だと言われながらも「勉強したくなかった」少年時代の鈴木から、<鈴木敏夫が鈴木敏夫になろうとしていて、なれないもがき>を感じ取る。渋谷は鈴木よりやや年齢が下だが、「団塊の世代」だ。社会の変革に重ね合わせるようにして個人の変革が問われ始めた時代に、青年期を過ごした二人。
 いまや日本映画の興行記録を塗り替え、世界的な評価と注目を集めるジブリ作品を製作者として担う鈴木だが、そこで底流にあった思いも「当事者になりたくない」ということだった。自分のやっていることを自分で面白がるという構えと、あくまで宮崎駿に惚(ほ)れ、宮崎のためにジブリを作ったという個人的な立脚点を鈴木は語る。
 だが渋谷は、作り手の後ろに居る<神>に迫ろうとする。「当事者でいたくない」と言う鈴木から、創作の神に向き合う当事者としてのあり方を浮かびあがらせようとする。
 団塊世代の若い頃に流行(はや)った、ボブ・ディランの歌と同じ名前を持つこの本。世界の「風」に個人がどう処していったのか、人と時代が出会うことで生まれるものとは何かについて、真摯な問いかけを繰り返す一冊である。
(中央公論新社・1890円)
 すずき・としお 1948年生まれ。アニメプロデューサー。著書『映画道楽』。
◆もう1冊
 宮崎駿著『折り返し点』(岩波書店)。エッセイやインタビューで「もののけ姫」から「崖の上のポニョ」までの創作の秘話を語る。
    --「書評:風に吹かれて 鈴木 敏夫 著」、『東京新聞』2013年10月06日(日)付。

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[http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013100602000179.html:title]



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覚え書:「ヘイトスピーチ賠償命令:『人種差別で具体的損害』」、『毎日新聞』2013年10月08日(水)付。


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ヘイトスピーチ賠償命令:「人種差別で具体的損害」
毎日新聞 2013年10月07日 22時16分(最終更新 10月08日 00時10分)

 京都朝鮮第一初級学校(京都市)の校門前で行われた街頭宣伝などを人種差別と認定し、約1226万円の損害賠償を命じた7日の京都地裁判決は、「人種差別が具体的損害を生んだ場合に初めて賠償を命じられる」との判断枠組みを示した。その上で、「在日特権を許さない市民の会(在特会)」による街宣によって、学校が混乱の対応に費やした時間や労力を損害と認定し、賠償額を算定した。いわゆるヘイトスピーチ(憎悪表現)に対し、違法性と人種差別を認めた司法判断は初めて。

 在特会の街宣について、橋詰均裁判長は「著しく侮蔑的な発言を伴い、在日朝鮮人の人権を妨げる目的がある」と批判し、人種差別撤廃条約が禁じる人種差別に当たると指摘。ただ、「単に人種差別行為がされたというだけで賠償を命じることは、新たな立法なしにはできない」と述べた。

 今回のケースは、業務妨害や名誉毀損(きそん)などの損害が発生しているとして、民法に基づき損害賠償を命じられると判断。賠償額については「人種差別に対する効果的な保護、救済となるよう定めなければならず、高額とならざるを得ない」と述べ、差別的行為に厳しい姿勢を示した。

 在特会側は「街宣は公益性があり違法でない」と反論したが、判決は「実力行使を伴う威圧的な態様で、公益を図る目的の表現行為とは到底言えない。いわゆる悪口だ」と退けた。

 また判決は、在特会側が街宣の様子を撮影した映像をインターネットで公開したことについても「差別意識を世間に訴える意図のもとに公開した」と述べ、不法行為に当たるとした。

 訴訟は同校を運営する京都朝鮮学園が、在特会と元メンバーら9人を相手に、3000万円の賠償と半径200メートル以内での街宣禁止を求め、判決は街宣も禁じた。判決によると、メンバーらは2009年12月-10年3月、3回にわたり「朝鮮学校を日本からたたき出せ」「何が子どもじゃ、スパイの子やんけ」などと拡声機で怒号を浴びせた。【石川淳一、松井豊】
    --「ヘイトスピーチ賠償命令:『人種差別で具体的損害』」、『毎日新聞』2013年10月08日(水)付。

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一面トップでしたので記録として残しておきます。

[http://mainichi.jp/select/news/20131008k0000m040086000c.html:title]


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書評:マーク・ユルゲンスマイヤー(立山良司監修、古賀林幸、櫻井元雄訳)『グローバル時代の宗教とテロリズム いま、なぜ神の名で人の命が奪われるのか』明石書店、2003年。


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マーク・ユルゲンスマイヤー『グローバル時代の宗教とテロリズム いま、なぜ神の名で人の命が奪われるのか』明石書店、読了。宗教は本来、暴力に終止符を打ち、平和と秩序をもたらすものだが、「平和」を実現するために戦っているのが宗教の歴史。本書は、宗教を単純に恐怖と愚劣の対象として理解する喧噪を退け、その真相とメカニズムに迫ろうとする試みだ。

第1部では、宗教的テロ事件に対する取材からその思考パターンと心情を抽出し、第2部で宗教暴力の論理を腑分けする。特定の宗教伝統のみが好戦的ではない。好嫌を超え、宗教をもう一度捉え直すことが必要か。

キー概念となるのは「コズミック・ウォー」。暴力の連鎖を続け戦う人間は、秩序や真理の確立を妨げられた被害者意識を原動力に、妥協のない善と悪といった二項対立でのめり込む。しかし、これは宗教だけに限定される話ではない。

単純に宗教を断罪するのではなく、「宗教的イマジネーションが今日なお公的な場で力を保持していること、そして多くの人が宗教のなかに主義主張よりも暴力からの癒しを求めようとしている」ことから理解するほかない。

世俗主義は、前時代に対する反省からの当然の要請としても、公的空間が実際のところ特定の価値観を代表したりする形で、価値並立が歪つになった場合、それは批判・再構築されてしかるべきだとは思う。しかし、前近代に対する反省の価値や、並立されたそれぞれの垂直性は尊重されなければと思う。

宗教はある一面では確かに「個人のものとしての私の領域」に存在するが、人間の場である以上、必然的に発露する。支配は不要だけれども、とにかく、宗教は公的領域に顔を出すなと一元的に押し込めることも見直す必要があるのかも。そして同時に近代的価値(例えば政教分離)と両立させるかが課題か。

短気な直情型の全否定主義で片づくのではなく、必要なのは、根気づよさか。異なる他者と共に生きるということは、排除によって成立するのでもなければ、妥協の産物でも決してない。むしろ単純さや無視を決め込むのではない、ねばり強い根気づよさが必要なのだろう。

手垢にまみれた宗教概念をもう一度捉え直すヒントになる。

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グローバル時代の宗教とテロリズム
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覚え書:「今週の本棚・この3冊:村上春樹=内田樹・選」、『毎日新聞』2013年10月06日(日)付。

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今週の本棚・この3冊:村上春樹=内田樹・選
毎日新聞 2013年10月06日 東京朝刊

 ◇内田樹(たつる)・選

 <1>羊をめぐる冒険 上・下(村上春樹著/講談社文庫/各500円)

 <2>中国行きのスロウ・ボート(村上春樹著/中公文庫/600円)

 <3>村上朝日堂(村上春樹、安西水丸著/新潮文庫/620円)

 村上春樹の全著作から三冊。むずかしい注文である。とにかく後先考えずに書架の前に立って、「無人島に持って行くなら、どれを選ぶか」を基準に「えいや」と一気に三冊を抜き出し、なぜそれを選んだのかあとから理由を考えてみることにした。選んだのがこの三冊。

 長編小説を一編だけということなら、私は『羊をめぐる冒険』を選ぶ。村上は『風の歌を聴け』と『1973年のピンボール』で切れ味のいい都会的な文体をもった若手作家として注目を浴びていたが、この一作によって「世界作家」の域に達した。それは時代を超え、国境を越えて流れる「物語の水脈」を彼の「つるはし」がこのとき掘り当てたということである。

 私たちの暮らしている世界のすぐ横には「あのとき分岐点で違う道を選んでいれば、そうなったかもしれない別の世界」がある。作家とは私たちの暮らすこの世界と「そうもありえた世界」を隔てる「壁」の間を行き来できる特権的な職能民のことである。だから作家は「壁抜け」を特技としなければならない。同意してくれる人は少ないが、私はそう考えている。

 『羊をめぐる冒険』からあと、村上春樹は愛する人、親しい人が「壁の向こう側」に消えてしまう経験と、「壁の向こう側」から人間的尺度では考量できぬものが浸入してくる経験を繰り返し書いた。『ダンス・ダンス・ダンス』、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』、『海辺のカフカ』、『ねじまき鳥クロニクル』、『1Q84』、どれもこの同一の説話原型を変奏している。

 二冊目はアメリカで編集されたアンソロジー。村上文学を読み解く鍵となる重要な短編がほぼ網羅されている。私の「村上春樹短編ベスト3」は「中国行きのスロウ・ボート」と「午後の最後の芝生」と「四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」である。一つだけ選ぶなら『四月』と言う女の子に私はこれまで何人か会った。恋の本質を作家はこれほど短い物語に凝縮することもできる。

 最後にエッセイ。私が実は一番繰り返し読んでいるのは『村上朝日堂』シリーズである。「どうでもいいこと」ばかり書いてあるが、世界を埋め尽くす「どうでもいいこと」を(貝が小石を真珠層で包んで宝石に仕上げるように)作家は忘れがたい一編の物語にみごとに仕上げてしまう。驚嘆すべき技術の確かさ。
    --「今週の本棚・この3冊:村上春樹=内田樹・選」、『毎日新聞』2013年10月06日(日)付。

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覚え書:「書評:桃源郷 中国の楽園思想 川合 康三 著」、『東京新聞』2013年10月06日(日)付。


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桃源郷 中国の楽園思想 川合 康三 著

2013年10月6日

◆長生の夢 古典に探す
[評者]池上正治=作家・翻訳家
 人は幸せを願い、長生を求め、楽園を想(おも)う。この永遠のテーマを、中国の古典文学の世界に渉猟した力作である。
 七百六十歳になっても元気だった仙人・彭祖(ほうそ)、二百歳で少女のような顔をしていた仙女・藐姑射(はこや)など、中国の神話はまさに長生きの宝庫である。
 この神仙の系譜はさらに、始皇帝の命をうけ不死の霊薬を探しに、東海へ船出した徐福(〓(ふつ))まで発展する。
 だが、厳しい現実と理想の楽園の間には大きな乖離(かいり)がある。そこで出家、隠逸となる。世俗から離れて仏門にいる出家は、やや個人的な行動である。
 しかし隠逸は、一族や郎党を率いており、しかも敢(あ)えて公職や俸給を絶つという、高い志を示す行為である。陶淵明の「帰去来の辞」は隠逸の宣言であり、「桃花源記(とうかげんき)」は楽園の記録である。日本でいう桃源郷であり、本書の核心部分である。
 また、漱石の『草枕』やT・モア『ユートピア』、J・ドリュモー『地上の楽園』からの引用は興味ぶかい。無いものねだりだが、J・ヒルトン『失われた地平線』に登場する理想郷「シャングリラ」にも言及して欲しかった。
 大量の詩句や古文に、美しい訳文を対比させてある。桃源郷をめぐり、個人と全体、現実と理想、文学と政治、そうした諸関係を快刀乱麻さながら、明快に解説してくれる好著である。
(講談社選書メチエ・1680円)
 かわい・こうぞう 1948年生まれ。京都大名誉教授。著書『白楽天』『杜甫』。
◆もう1冊
 下定雅弘著『陶淵明と白楽天』(角川選書)。田園に帰った陶淵明と彼を慕った白楽天。ふたりの詩人の世界を描く。
※〓はくさかんむりに市
    --「書評:桃源郷 中国の楽園思想 川合 康三 著」、『東京新聞』2013年10月06日(日)付。

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[http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013100602000177.html:title]


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覚え書:「みんなの広場 政治家の虚言に疑問持とう」、『毎日新聞』2013年10月06日(日)付。


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みんなの広場
政治家の虚言に疑問持とう
無職 71(東京都小平市)

 昔から国民は手練手管にたけた政治家にだまされ続けてきた。どんなに懲りても甘言には弱いようだ。
 最近目立つ政治家の虚言三つ。放射性汚染水はコントロールされているから安全だ、何の心配もないと言う。それを否定する証言がいくつもあるがそれらはすべて無視されている。
 もう一つは、積極的平和主義の国にするために集団的自衛権行使容認が必要という発言だ。集団的自衛権行使とは自衛という名の下で武力行使をすることであり、一度武器が火を噴けばエンドレスに武力行使が拡大することは歴史の教えるところだ。それを積極的平和主義というのだからこんなごまかしはない。
 三つ目は、消費税の増税分は全額社会保障のために使うという3党合意であったはずだが、消費増税法には付則があって他にもつかえることになっている。まるでだまし討ちだ。
 虚言はまだあるだろう。我々国民は政府がやることにもっと疑問を持つ必要があるのではないだろうか。
    --「みんなの広場 政治家の虚言に疑問持とう」、『毎日新聞』2013年10月06日(日)付。

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覚え書:「今週の本棚・新刊:『ビルマ・ハイウェイ』=タンミンウー著」、『毎日新聞』2013年10月06日(日)付。


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今週の本棚・新刊:『ビルマ・ハイウェイ』=タンミンウー著
毎日新聞 2013年10月06日 東京朝刊

 (白水社・3150円)

 ミャンマー(本書の表記ではビルマ)の歴史と現在をよく知る同国人による隣国・中国、インドとの関係を描いた歴史書であり、各国の現場を歩いたルポ仕立てになっている。

 著者は、1960年代の国連事務総長、ウ・タントの孫。自身も国連での勤務経験があり、今は政府の評議員などとして自由化を推進する立場にある。軍事独裁政権下の2010年に書かれた原書は、欧米で関係者の必読書と高く評価された。

 主張は明解だ。欧米の経済制裁は、ミャンマーの経済や外交を中国に依存させて、属国化を進めた。この関係は、長期的には両国にとっても望ましくはない。制裁を解除し、各国が投資や援助を再開すれば、貧困問題も変わり、少数民族との紛争も終わり、安定的で民主的な政府ができるだろう、というもの。

 民主化が進み、「アジア最後のフロンティア」ともてはやされる現状は、一見、本書の主張を後追いしているようだ。ただ、訳者あとがきにあるとおり、順調な発展が継続できるか疑問も残る。ともあれ、中印両大国に挟まれた祖国の運命を好転させたいとの思いがあふれているように読めた。=秋元由紀訳(生)
    --「今週の本棚・新刊:『ビルマ・ハイウェイ』=タンミンウー著」、『毎日新聞』2013年10月06日(日)付。

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[http://mainichi.jp/feature/news/20131006ddm015070024000c.html:title]


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ビルマ・ハイウェイ: 中国とインドをつなぐ十字路
タンミンウー
白水社
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覚え書:「今週の本棚・新刊:『植物の特徴を見分ける本』=大川ち津る・著」、『毎日新聞』2013年10月06日(日)付。

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今週の本棚・新刊:『植物の特徴を見分ける本』=大川ち津る・著
毎日新聞 2013年10月06日 東京朝刊

 (恒星社厚生閣・1890円)

 名も知らぬ草花、などと言うけれど、それらには必ず名前がある。特徴から名前を調べる方法を丁寧に解説している。図鑑ではない、植物と知り合う入門書。

 茎の切口は円か四角か、中空か。葉っぱの形は。葉脈は平行か、魚の骨状か。葉っぱのにおい、花の色、実の形。なるほど、観察すれば千差万別、「名も知らぬ」で片付けるのは草花に失礼だと思えてくる。本書では、初心者も見分けがつきやすい51の特徴を図解し、全国で見られる30の植物にあてはめて紹介した。

 見分けるコツがつかめたら、次のステップへ。版元のホームページから検索カードを入手できる。加工にちょっと手間はかかるが、散歩や登山に持ち歩けば、草花の名前当てがゲーム気分で楽しめる。

 著者は都立高校の理科教師として植物の世界の奥深さを伝え続けてきた。独自に編み出したこの検索方法(大川式)で、79歳で博士号を取得。今年、米寿を迎える。

 「名前が分かれば親しい友達になりました。道ばたにも、林の中にも、海辺にも友達がいっぱい」。愛することは相手を知ることから。人間も同じだと気付かされる。(有)
    --「今週の本棚・新刊:『植物の特徴を見分ける本』=大川ち津る・著」、『毎日新聞』2013年10月06日(日)付。

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[http://mainichi.jp/feature/news/20131006ddm015070023000c.html:title]


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植物の特徴を見分ける本
大川 ち津る
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覚え書:「みんなの広場 秘密保護法では安全守れぬ」、『毎日新聞』2013年10月03日(木)付。


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みんなの広場
秘密保護法では安全守れぬ
弁護士 74(兵庫県川西市)

 安倍内閣は、国民の安全を確保するため特定秘密保護法の制定が急務だという。歴史を振り返れば、国の安全に関わる情報をこのような方法で秘匿することが国民の安全を守ることになるとは到底思えない。
 憲法は「政府の行為によって再び戦争の惨禍」を起こさないことを決意し、主権は国民にあることを宣言し制定された。敗戦まで政府は徹底的に秘密保護法制を敷き、ミッドウェー海戦の大敗北など政府に不都合な事実を隠し続けた。国民は必要な情報を一切入手できず、「大本営発表」を信じ込まされた。にもかかわらず、国民の安全は確保されなかった。逆に、大敗北という「防衛に関する重要な情報」が国民に知らされていたら、その後の無謀な作戦は中止され、310万人もの戦争死者を出すことはなかった。
 法案は、国の安全に関わる情報は何よりも主権者である国民のものであり代表者を選挙するために不可欠なものという民主主義の基本を忘れている。
    --「みんなの広場 秘密保護法では安全守れぬ」、『毎日新聞』2013年10月03日(木)付。

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覚え書:「私の本棚 [編]新潮社」、『朝日新聞』2013年09月29日(日)付。

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私の本棚 [編]新潮社
[掲載]2013年09月29日   [ジャンル]文芸 


 読書家23人が本棚への思いをつづったエッセー集。えり抜いたコレクションへの愛情よりも、棚から床へあふれ出す蔵書の苦悩を吐露するほどに、語りは熱を帯びてくる。作家小野不由美さんは全蔵書が収まる本棚をつくるため、一冊一冊の背表紙の幅を計測! 総延長43万8400ミリ也。作家唐沢俊一さんは買い込んだ段ボール箱の山に寝室を占拠されながら、もはや「開けるのが怖い」とのたまう。
 買うから苦しむのは自明のこと。それでもやめられない、蔵書家の業の深いことよ。なんだか、道ならぬ恋におぼれる人を見守る気分。仏文学者鹿島茂さんは「愛書家」ならぬ「愛憎書家」と呼んでもらいたいそうな。
    ◇
 新潮社・1365円
    --「私の本棚 [編]新潮社」、『朝日新聞』2013年09月29日(日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013093000006.html:title]


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私の本棚
私の本棚
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覚え書:「今週の本棚:池内紀・評 『シャガール-愛と追放』=ジャッキー・ヴォルシュレガー著」、『毎日新聞』2013年10月06日(日)付。


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今週の本棚:池内紀・評 『シャガール-愛と追放』=ジャッキー・ヴォルシュレガー著
毎日新聞 2013年10月06日 東京朝刊

 ◇池内紀(おさむ)評

 (白水社・7140円)

 ◇「適応と抵抗」のはざまに生きた芸術家の足跡

 おしまいから三つ目の章に、ピカソとシャガールが少年のように顔をくっつけ合った写真がある。一九五二年のもので、ともにそのあと三十年以上を生きた。ゴッホやモディリアニが三十代半ばの生涯だったのに対して、ピカソとシャガールは九十をこえる長寿にめぐまれた。

 写真では仲がよさそうだが、実際は冷ややかなあいだ柄だったようだ。この二十世紀の偉大な芸術家両名は、まるきりちがう画歴をもっていた。ピカソが「青の時代」に始まり、はげしくスタイルを変化させたのに対して、シャガールは終始、最初のモティーフを保持しつづけた。わびしげな家並み、シナゴーグ(ユダヤ教会堂)の円屋根、屋根の上のヴァイオリン弾き、ひしと抱き合って空を飛ぶ恋人たち。目の青い大きなロバがじっと差しのぞいている……。

 芸術家としては、あきらかにピカソ流が本来の生き方にちがいない。一つのスタイルに安住するとき、作品はマンネリ化して、自分で自作を模倣するだけになる。モティーフをきわめたと判断すれば、それをみずからかなぐり捨てて新しい表現に挑戦すべきなのだ。

 シャガールの不思議は、画家の卵のころ絵にとり入れたイメージを六十年にわたってくり返しながら、ほとんどマンネリに陥らず、自作の模倣ともならなかったことである。そこでは手なれたモティーフが、未知の試みにあてられている。ピカソとはまるでちがった流儀で表現実験をくり返した。夢とも幻想ともつかない、甘美な追憶の風景とつかずはなれず、果敢な冒険家のシャガールがいた。

 浩瀚(こうかん)な評伝である。二段組みで約四〇〇ページ、図版はカラーを含めて約二〇〇点。著者はイギリスの高級紙『フィナンシャル・タイムズ』の美術記者。学者の学究的論述をすすめながら、ジャーナリストの鋭敏な問題意識をつきつけてくる。構成からして目をみはらせる。九十七年の画家人生を二つに分けて、第一部は「ロシア」とあって、三十五歳までのシャガール。第二部の「追放」が以後の六十三年にわたっている。ロシアの辺境のユダヤ人集落に生まれ、世界大戦と人種的迫害のなかで身につけたもの。「創造の源泉はつねにロシアだった」

 亡命芸術家のおおかたが「源泉」を離れると急速に枯渇していくなかで、シャガールは大いなる例外だった。初めてパリへ出たとき「シャガールは直感的にキュビズムを通過せねばならぬと分っていた」。キュビズムのピカソはよく知られているが、こまかく作品を見ていくと、たしかにキュビスト・シャガールがいる。ひっそりと主義・主張を通り抜けた。

 シャガールは巧みに時代に同化し、イメージに変容させるのだ。必要なものを旺盛に呼吸しても、自分特有の表現は決して捨てない。「適応と抵抗のあいだの緊張関係」から生み出された革新的な絵画が、一つまた一つと跡づけてある。

 読みながら、何度も表紙を見返したくなるだろう。つば広の黒い帽子をかぶり、大きな目をみひらいたシャガール。辺境から初めてロシアの首都へやってきた。才能だけが元手で、ほとんど無一文だった。緊張と不安の顔。右手の腕時計が唯一の財産で、餞別(せんべつ)がわりに手に入れたのではなかろうか。

 ベルリン、パリ、ニューヨーク。六十余年の「追放」の間、くり返し同じシャガールがいたはずだが、しだいに「悪賢くしたたかな彼」に変貌していく。かたわらにはつねに庇護(ひご)してくれる女性がいなくてはならない。ときには多少とも意地悪く、一人の芸術家の意味深い変身譜が語られていく。(安達まみ訳)
    --「今週の本棚:池内紀・評 『シャガール-愛と追放』=ジャッキー・ヴォルシュレガー著」、『毎日新聞』2013年10月06日(日)付。

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[http://mainichi.jp/feature/news/20131006ddm015070019000c.html:title]


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シャガール: 愛と追放
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日記:正しく哲学している人々は死ぬこと練習をしているのだ


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 「ところで、正にこのことが、すなわち、魂の肉体からの解放と分離が、死と名づけられるのではないか」
 「まったく、その通りです」
 「だが、われわれの主張では、魂の解放をつねに望んでいるのは、特に、いや、ただ、正しくてつがくしている人々だけなのである。そして、哲学者の仕事とは、魂を肉体から解放し分離することである。そうではないか」
 「そうだと思います」
 「それでは、始めに僕が言ったように、人生において、できるだけ死んでいることの近くで生きようと自分自身を準備してきた人が、いざその死がやって来ると、憤怒するというのは、笑うべきことではないか」
 「笑うべきことです。どうして、そうでないことがありましょう」
 「それなら、本当に、シミアス、正しく哲学している人々は死ぬこと練習をしているのだ。そして、死んでいることは、かれらにとっては、誰にもまして、少しも恐ろしくないのである。……」
    --プラトン(岩田靖夫訳)『パイドン 魂の不死について』岩波文庫、年、38頁。

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毎年、春と秋のこの時期、すなわち学期開講のこの時期は、哲学史の最初の最初を扱うのが必然になりますので、古代ギリシアを学生さんたちに紹介するので、プラトンやアリストテレスの著作を再読するのが恒例になりますが、彼らの活字と直面するたびに、実感するのは、その言説は決して古くなく、読み直すたびに、新しいリアリティとなって読み手に届いてくるということです。

ホワイトヘッドの有名な言葉「西洋哲学の歴史とはプラトンへの膨大な注釈……」というのを引くまでもありませんが、その「注釈」していくのは、ひとえに職業哲学学者のつとめだけでなく、一人一人の読み手であり、その巌の如き体系にどのように挑戦し、自分自身の思索を深めていけるのかどうか……そのことにつきるなあと思ってしまいます。

ちょうど先週の授業で4回目の講座が修了しましたが、学生さんの一人一人と、哲学の著作を紐解きながら、「いま、生きているこの世界で“哲学する”ことの意義」を存分に楽しんで生きたいなあと思います。

まあ、不遜ですが、できれば、その最初の挑戦者としてなった弟子アリストテレスの如くありたいですね。

 

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パイドン―魂の不死について (岩波文庫)
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覚え書:「混浴と日本史 [著]下川耿史 [評者]三浦しをん」、『朝日新聞』2013年09月29日(日)付。

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混浴と日本史 [著]下川耿史
[評者]三浦しをん(作家)  [掲載]2013年09月29日   [ジャンル]歴史 


■みんなで楽しんでなにが悪い

 古代から現代までの「混浴」の歴史を、文献にあたって詳しく解き明かしたのが本書だ。温泉の絵はがきなど、混浴を楽しむ人々の図版も多数掲載。
 古来、日本では混浴が基本なのだそうだ。火山列島で、河原や海辺を掘れば湯が湧く土地もあるのだから、そりゃあ老若男女関係なく、とりあえずみんなで湯に浸(つ)かろうか、ということになるなと納得する。入浴は庶民の娯楽であり日常だった。
 もちろん、のんびり入浴してる場合じゃない事態に発展することもあった。古代では「歌垣(うたがき)」といって、たとえばきれいな泉のほとりで宴会をし、気に入った相手と仲良くなりもしたという。江戸時代には、「湯女(ゆな)」という性的サービスをする女性がいるお風呂屋さんもあった。
 また、寺や権力者が、庶民に風呂を振る舞いもした。それによって功徳を積むためでもあったし、福利厚生を充実させて民衆からの支持を得ようという目論見(もくろみ)もあった。庶民が入浴好きだからこそ、風呂を振る舞うことに意味と効果が生じたのである。
 こうして、入浴(=混浴)文化は延々と続いてきた。風紀を乱すとして混浴が禁じられだしたのは、江戸時代だそうだ。明治になると、西洋人に「野蛮」と見なされてはかなわんと、政府はますます混浴の禁止に躍起になった。しかし、庶民は聞く耳を持たなかった。のべつまくなしにムラムラするわけじゃなし、入浴という気持ちいいことをみんなで楽しんでなにが悪い。
 こうして、混浴はいまも生きのびている。「裸=卑猥(ひわい)」というのはあまりにも短絡的な見方だ。権力者の意向になど従わず、民衆はいつも楽しく、周囲のひとに親しみと適度な慎みの念を抱きながら、思う存分湯に浸かっている。
 真剣で痛快な、混浴文化論だ。読みながら、山中の温泉で混浴した、楽しくのどかな記憶がよみがえった。
    ◇
 筑摩書房・1995円/しもかわ・こうし 42年生まれ。著述家、風俗史家。『遊郭をみる』『盆踊り 乱交の民俗学』
    --「混浴と日本史 [著]下川耿史 [評者]三浦しをん」、『朝日新聞』2013年09月29日(日)付。

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混浴と日本史 (単行本)
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覚え書:「「山月記」はなぜ国民教材となったのか [著]佐野幹 [評者]川端裕人」、『朝日新聞』2013年09月29日(日)付。

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「山月記」はなぜ国民教材となったのか [著]佐野幹
[評者]川端裕人(作家)  [掲載]2013年09月29日   [ジャンル]文芸 人文 


■教科書とは何か、問い直す

 戦後高校に通ったほとんどの者が中島敦「山月記」を教材に国語の授業を受けた。教科書の最多掲載回数を誇り「国民教材」とまで呼ばれるそうだ。しかし教員である著者は、授業をしつつ「ふと、今、自分が何をしているのか分からなくなる瞬間」があるという。その違和感を追い、1951年以降の203の教科書や、教師用「学習の手引き」を精査、時代ごとに作品がどう教えられてきたか炙(あぶ)り出す。
 80年代に高校教育を受けた評者の記憶では、「李徴が虎になった理由」を問われ「人間性の欠如」を一つの解として与えられた。これは、主題の読解を目的とした教授法として一時代を築き、同時に大いに批判に晒(さら)されたものであるという。確かに本来の「古譚(こたん)」4作品の一つとして「山月記」を読めば唐突な解釈だ。それなのに教育現場で受け入れられた理由は……。
 教育とは何か、教科書とは何か問い直す機会となる好著。
    ◇
 大修館書店・2310円
    --「「山月記」はなぜ国民教材となったのか [著]佐野幹 [評者]川端裕人」、『朝日新聞』2013年09月29日(日)付。

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覚え書:「みんなの広場 保護費 どう使ったか説明して」、『毎日新聞』2013年10月02日(水)付。


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みんなの広場
保護費 どう使ったか説明して
障害者 73(福岡県久留米市)

 9月16日の本欄「生活保護減額、どう暮らせば」に同感です。年金、介護保険、今度は保護費を引かれ厳しい生活が現実になります。ぜいたくな生活はしていません。食料品もほとんど値上がりし、その上、消費増税も現実的になりました。保護費をもらうには人権も捨てなければいけないのでしょうか? 医療費は助かりますが、病院に行くにも保護課の担当に断ってしか行けないし、煩わしいです。
 私たちの保護費を取るのならば、その取った分のお金はどういうふうに使ったかを、新聞などを通して説明してもらいたいものです。
 7年後には東京で五輪・パラリンピックが開催されることが決まりました。国債オリンピック委員会総会の壇上で、首相が「(福島第1原発の)状況はコントロールされている」と言われた事は本当でしょうか? 疑問です。果たして五輪は開催できるのでしょうか。
 7年後を目指されるのも良い事ですが、現状をみてください。
    --「みんなの広場 保護費 どう使ったか説明して」、『毎日新聞』2013年10月02日(水)付。

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覚え書:「マチュピチュ探検記―天空都市の謎を解く [著]マーク・アダムス [評者]角幡唯介」、『朝日新聞』2013年09月29日(日)付。

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マチュピチュ探検記―天空都市の謎を解く [著]マーク・アダムス
[評者]角幡唯介(ノンフィクション作家・探検家)  [掲載]2013年09月29日   [ジャンル]国際 


■漂う熱気、発見者の足跡たどる

 広大な荒野を苦労して旅しても面白い物語を書くことは難しい。危機一髪の出来事なんてそうはないし、単調な風景をだらだら記述しても退屈なだけだ。だからこうした探検記には、自分の旅にその土地の謎や過去の探検の過程を絡めて、読み物としてスリリングに仕上げた作品が案外多い。本書もそうした一冊で、マチュピチュ遺跡を「発見」し、インディ・ジョーンズのモデルとも言われた探検家ハイラム・ビンガム三世の足跡をなぞったものだ。
 有名なマチュピチュだが、建造された目的は今も不明である。スペインに追われた落日期のインカ皇帝が秘密裏に建造した幻の都なのか、あるいはただ単に全盛期に造られた山上の避暑地に過ぎないのか。著者はビンガムが見た風景を自らの足でたどり、この謎に愚直に取り組んでいく。
 本書で描かれるビンガムはどことなくピーターパン的だ。発見といったってインカの歴史は書物にしっかりと記述されているわけだし、遺跡だって地元の人にとっては昔からそこにあったものだ。自分が見つけた遺跡を過大評価し、幻の都どころかインカ帝国発祥の地でもあったと主張するに至っては滑稽とさえいいたくなってくる。
 それでもビンガムのことが羨(うらや)ましく思えるのは、彼の行動に滑稽なところがあっても、そこから未知とロマンが醸成した熱っぽい空気がむせ返るように立ち昇ってくるからだ。たとえ後世の人から墓泥棒と罵(ののし)られようと私はビンガムに嫉妬する。おそらくそれは著者も同じで、時代を揺るがす発見のチャンスがあった百年前の探検家と、解釈することしか許されない現代の我々との間に横たわるこのどうしようもない彼我の差を、著者は確信犯的に自らの行動と筆であぶり出すのである。
 できれば百年前に生まれたかった。私は心からそう思う。そうすればビンガムのような探検ができたのに。
    ◇
 森夏樹訳、青土社・2940円/Mark Adams 米国の作家、ジャーナリスト、編集者。
    --「マチュピチュ探検記―天空都市の謎を解く [著]マーク・アダムス [評者]角幡唯介」、『朝日新聞』2013年09月29日(日)付。

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覚え書:「那覇の市場で古本屋―ひょっこり始めた〈ウララ〉の日々 [著]宇田智子 [評者]内澤旬子」、『朝日新聞』2013年09月29日(日)付。

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那覇の市場で古本屋―ひょっこり始めた〈ウララ〉の日々 [著]宇田智子
[評者]内澤旬子(文筆家・イラストレーター)  [掲載]2013年09月29日   [ジャンル]文芸 

■本を介して地に足をつける

 8年ほど前、沖縄の版元ボーダーインクの方に、東京の版元で人文書を出す場合、初版3千部も珍しくないと話したら、驚愕(きょうがく)された。本土よりずっと小さく人口が少ないのに、沖縄県産本の初版部数も同じくらいだという。沖縄の人は沖縄の本をじつによく読むのだ。今度はこちらが驚嘆し、無知を恥じた。
 そのボーダーインクから、那覇の牧志公設市場の向かいで、ちいさな古本屋を営む女性のエッセイが刊行された。
 著者の宇田智子さんは、神奈川生まれ。東京の大学を出て、ジュンク堂書店に入社、池袋本店に配属される。膨大な点数の書籍が並ぶ巨大書店で、地方出版社のフェアを行ったのをきっかけに、地域に密着した「県産本」と出会う。
 地元の本を地元で売ってみたい。2009年、ジュンク堂書店の那覇出店と同時に異動願いを出す。
 沖縄に対して長年培った縁や思い入れがあったわけではない。けれどもそれに怖気(おじけ)づくことなく、ひたすら本屋の職業精神を発揮して、沖縄本を求めて動き出す。
 ジュンク堂那覇店で沖縄本を置く棚は、55列にもなる。他県ではありえない量だ。
 沖縄では版元だけでなく学校や自治体、個人も本を出す。本土と比べてすべての刊行物を把握するのが難しい。また年中行事に関する新刊本を餅屋に置いたら週に100冊売れた、なんてこともある。作り手も売り手も買い手も、本土の常識では計り知れない自由さがあるようなのだ。
 その後ジュンク堂を辞め、極小の古書店をはじめてからも、彼女が本を求めて一歩一歩進む姿勢は変わらない。沖縄と本の独特な事情に静かに驚きながら、拒絶反応を起こすことなく、土地の人々となじんでゆく様子が、心地よくわかりやすい文章で綴(つづ)られる。夢のようにかわいらしい店の主の足は、本を介して沖縄の地面にしっかりとついているのだった。
    ◇
 ボーダーインク・1680円/うだ・ともこ 80年生まれ。ジュンク堂書店を経て11年、市場の古本屋ウララ開店。
    --「那覇の市場で古本屋―ひょっこり始めた〈ウララ〉の日々 [著]宇田智子 [評者]内澤旬子」、『朝日新聞』2013年09月29日(日)付。

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那覇の市場で古本屋―ひょっこり始めた〈ウララ〉の日々
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書評:スラヴォイ・ジジェク(長原豊訳)『2011 危うく夢みた一年』航思社、2013年。


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スラヴォイ・ジジェク(長原豊訳)『2011 危うく夢みた一年』航思社、読了。この年に何が起きたのか? アラブの春からウォール街占拠運動まで。変革の燎原の火は今や勢いを失ったが、保守の巻き返しと断じてよいのか。本書は運動に携わったジジェク自身が2011年を振り返り、総括する挑発の一書。

現代の特徴とは批判する側もされる側も土俵が同じということ。日雇い労働者も1%の富裕層も賃金に依存する。そう、私たちは資本主義の軛から自由になることは不可能だ。リベラルも社民主義もその隷属下。リベラルの迷走もそこにある。

「プロレタリアート独裁しか未来はない」。ラディカルかつ挑発的な提案だが、それは、20世紀に失敗したそれではないだろう。夢想的と嗤うことは簡単だが、ラディカルでなければ見えないことも存在する。その挑発はドクサへの挑発だ。

[http://www.koshisha.co.jp/pub/archives/423:title] その発想を字義通り受け取ることこそジジェクと対極の発想であろう。「衆愚の街(ゴッサム・シティ)におけるプロレタリア独裁」とは、私たちがこれから創造すべき課題なのだろう。


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覚え書:「忘却のしかた、記憶のしかた―日本、アメリカ、戦争 [著]ジョン・W・ダワー [評者]柄谷行人」『朝日新聞』2013年09月29日(日)付。

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忘却のしかた、記憶のしかた―日本、アメリカ、戦争 [著]ジョン・W・ダワー
[評者]柄谷行人(哲学者)  [掲載]2013年09月29日   [ジャンル]歴史 社会 国際 

■日本学者として日、米、世界見直す

 本書は、著者の主要な仕事のエッセンスを、自身による解題を付して、年代順に配列したものである。「ダワー入門」と呼んでもよい本だ。内容的にいえば、マッカーシズムの時期に自殺に追い込まれたカナダの日本学者E・H・ノーマンについての論考から始まり、イラク戦争に際して米国当局が、かつて“成功”した日本占領の体験をモデルにしようとしたことに対する痛烈な批判にいたる。
 著者の『敗北を抱きしめて』は、占領下の日本社会について包括的に書かれた最良の書である。この本は米国でピュリツァー賞を受けたが、イラク戦争で日本占領経験を引き合いに出した当局がこれを読んだはずがない。著者の考えでは、イラクは日本と似ていない。むしろ、国連に反して単独で中東に攻め入った米国こそ、満州事変から十五年戦争の泥沼に入っていった日本に似ている。一方、この本は日本でよく読まれたと聞いているが、近年の状況を見ると、広範に読まれたとはとうてい思えない。政治家や官僚がこれを読んでいないことは、確実である。
 日本人は戦時の侵略と残虐行為をみとめることができずにいる、という見方が米国でも広がっている。しかし、著者は、米国で原爆投下に関する展示が中止されたとき、それに抗議し、アメリカ人が日本人の「歴史的忘却」を非難する資格はない、という。米国が原爆投下に関して、それを残虐行為としてみとめたことは一度もない。さらに、日本で戦争責任の問題があいまいにされるようになった原因は、そもそも、政治的な理由から、天皇の責任を不問に付した米国の占領政策にある。最も責任のある者が責任を免除されたのだから、責任という語は空疎となるほかない。
 著者は、日本人が戦争に対して強い被害者意識をもつが、加害者としての意識をもたないという心理を分析している。しかし、これも戦後一貫してそうであったかのように考えるなら、自他ともに誤解を与えるだろう。著者の指摘によれば、1994年の調査で、質問された日本人の80%が、政府は「日本が侵略、植民地化した国々の人に、十分な償いをしていない」という意見に同意した。以来、支配層は、このような世論を変えるように操作してきたのである。特に、2012年以後にその策動が強まった。
 本書では、日本を見ることが直ちに米国を、そして世界を見直すことになる。このような日本学者は数少ない。その中の一人、ノーマンについての論考を冒頭においた本書は、著者自身が歴史家としてそのような姿勢を貫徹してきたことを、見事に示している。
    ◇
 外岡秀俊訳、岩波書店・3150円/John W.Dower 38年生まれ。マサチューセッツ工科大学名誉教授。日本近代史・日米関係史。『吉田茂とその時代』『容赦なき戦争--太平洋戦争における人種差別』『昭和--戦争と平和の日本』など。
    --「忘却のしかた、記憶のしかた―日本、アメリカ、戦争 [著]ジョン・W・ダワー [評者]柄谷行人」『朝日新聞』2013年09月29日(日)付。

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忘却のしかた、記憶のしかた――日本・アメリカ・戦争
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覚え書:「シャルル・ドゴール―民主主義の中のリーダーシップへの苦闘 [著]渡邊啓貴 [評者]保阪正康」、『朝日新聞』2013年09月29日(日)付。

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シャルル・ドゴール―民主主義の中のリーダーシップへの苦闘 [著]渡邊啓貴
[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)  [掲載]2013年09月29日   [ジャンル]ノンフィクション・評伝 国際 


■外交や歴史観、底部から分析

 フランス人ジャーナリストとの対話で、彼がドゴールに批判的な言を吐いたのに応じて、私も日本に伝わるその偏狭さを冷たく論じたら、彼はいきなり激怒して、「日本人に彼の批判は許さない」と言われたことがある。日米関係の主従の間柄に慣れきっている日本人に、ドゴールの存在など理解できまいとの意味が含まれていた。
 本書は日本人研究者のドゴールの評伝だが、単にその枠にとどまらず20世紀の二つの大戦とその後の国際社会での「ドゴール外交」や「ドゴール的歴史観」をその底部から分析、解説した書である。ドゴールの出自から死までの歩みが、日本でも初めて紹介されるエピソードを交えて語られる。障害を持つ次女アンヌを慈しむドゴールの家族愛や自らの国葬を拒否するその人生観、さらには第1次大戦下の捕虜時代に脱走を繰り返す勇気などにふれながら、崇高なフランス、力強いフランスを自らの中に具現化しようと格闘し、そして20世紀のフランスを完整することにのみ人生を捧げた軍人政治家の誇り高き姿が活写されていく。
 ナチスに抗してロンドンにあって自由フランスを組織しつつもチャーチルを始めとして連合国指導者に嫌われ続ける。歴代のアメリカ大統領とは決して同調しない。戦後社会で政治家に転じ、その独自の戦略でドゴール外交を進めるのだが、著者は「ドゴール外交は単なるナショナリズムでもなければ、(中略)国益主義外交でもない。それはフランスという国家の威信を高めるための巧みな『演出力』そのものであり、リアリズムに裏づけられていた」と説く。この語が本書のモチーフと捉えるなら、第5共和制のドゴール政治、外交の本質がよく理解できる。
 現在、フランス人は、彼を「最も重要な歴史的人物」と評するが、日本でやっと正確に理解される書が誕生したとの思いがする。それが嬉(うれ)しい。
    ◇
 慶応義塾大学出版会・3360円/わたなべ・ひろたか 54年生まれ。東京外国語大教授。『ミッテラン時代のフランス』
    --「シャルル・ドゴール―民主主義の中のリーダーシップへの苦闘 [著]渡邊啓貴 [評者]保阪正康」、『朝日新聞』2013年09月29日(日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013093000001.html:title]


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シャルル・ドゴール:民主主義の中のリーダーシップへの苦闘
渡邊 啓貴
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覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 『中断』か『転換』か リーマン・ショック5年=湯浅誠」、『毎日新聞』2013年10月02日(水)付。


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くらしの明日
私の社会保障論
社会活動家 湯浅誠

「中断」か「転換」か
リーマンショック5年

 2008年9月のリーマン・ショックから5年がたった。現段階で振り返れば、あれは「転換」ではなく「中断」だった、ということになるだろう。
 リーマン・ショックの直後、米国ではオバマ大統領が登場した。キーワードは「チェンジ」。就任演説でオバマ氏は「ハゲタカ資本主義」との決別を宣言し、中間層の生活保障である医療保険制度改革(通称オバマケア)の導入実現に力を入れた。
 しかし、オバマケアは苦戦した。改革法は当初案より後退した形で成立したが、下院で多数を占める共和党は現在、政府の資金繰りに不可欠な連邦債務上限引き上げと引き換えに、法の実施延期を要求している。「オバマケアは社会主義的」というのが、批判の論法だ。
 一方、日本でも09年に民主党政権が誕生。鳩山由紀夫首相は「家計への直接支援」をうたい、子ども手当や高校授業料無償化の実現を約束した。分配の方法そのものに手をつけようとしたのだが、こちらも厳しい批判を浴びることになった。
 日本の場合、批判の論法は「バラマキ」だった。子ども手当は所得制限のある児童手当に戻り、高校授業料無償化も同様の経過をたどろうとしている。
 世界には、高校どころか、大学授業料でさえ無償の国はいくつもある。そこから見れば「バラマキ」批判は奇妙に見えるだろうが、その声が大勢を占めることはない。それが「国柄」ということだろう。
 今や全世界がこぞって金融緩和を行っている。市場に大量のお金が流れ込み、投資先を探して世界中を駆け巡る。民需を刺激し、企業活動を活性化させることでしか、景気回復は果たせない。そして、成熟国家・日本は所得収支で稼ぎ、個人は資産形成によって生活防衛を果たすしかない。貯蓄から投資へ。かつての個人国債は今、小額投資非課税制度(NISA)となった。
 「政治が企業の活動を応援すれば、企業の業績が上がって家計を潤し消費が拡大して税収も増える。だから派遣労働の常態化も解雇規制特区も、企業活動に資する限り甘受すべきだ。企業が潤うことが、家計が潤うためのただ一つの方法だ」
 「普遍的給付は悪平等とモラルハザードを生むだけのバラマキ。公費を使う対象は、自力で生活が成り立たない高齢者や障害者ら『真の弱者』に厳密に絞り込まれるべきだ」
 日米両国でのこんな思考の岩盤が、一瞬揺らいだに見えたのは幻だったのか。そうかもしれないが、歴史適評が定まるのに、5年は短過ぎる。
 5年後に同じ問いを発してみたい。あれは「転換」だったのか「中断」だったのか--と。
ことば:リーマン・ショックの影響 輸出業を中心に日本経済に打撃を与え、製造現場で働く派遣社員の大量解雇が行われた。職住一体の働き方があだとなり、その日の糧を求める人が「派遣村」や役所に押し寄せた。企業に余力がなくなった時、労使関係において圧倒的弱者である派遣社員がどのように扱われるか学んだはずだった。
    --「くらしの明日 私の社会保障論 『中断』か『転換』か リーマン・ショック5年=湯浅誠」、『毎日新聞』2013年10月02日(水)付。

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覚え書:「書評:夢、ゆきかひて フィリップ・フォレスト 著」、『東京新聞』2013年09月29日(日)付。


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夢、ゆきかひて フィリップ・フォレスト 著 

2013年9月29日


◆日本文学の普遍性を語る
[評者]小倉孝誠=慶応義塾大教授
 日本の文化や歴史について語る外国人は、少なくない。フランスの作家に関して言えば、クローデル、バルト、ユルスナールらが興味深い日本論を著(あら)わした。著者はそうした先人たちの仕事を評価し、時にはそれに反駁(はんばく)しながら、日本文学について語る。
 四歳の娘をガンで失うという衝撃的な経験が、作家としての出発点になった著者が最初に発見した日本作家は、大江健三郎である。極限的で、ほとんど理解不可能な経験をひとはいかにして作品化できるのか。語りえない体験は一種の虚構化と寓話(ぐうわ)をつうじてしか、物語ることができない。フォレストはそれをオートフィクション(自伝的虚構)と名づける。そのヒントをあたえてくれた大江にたいする、著者の称賛と敬意はとりわけ大きい。
 本書にはさらに、漱石や中原中也や津島佑子を論じた文章が収められている。日本語を解さず、仏訳や英訳で読んでいるフォレストは、日本文学の専門家ではない。無知ゆえの誤解もあるだろう、と認める。しかし同時に、「取り違え」をはらんだ個人的な解釈こそが、作品の真実と美に至る道でもあると著者は言う。
 第四部に収められている畠山直哉の写真集『気仙川』をめぐる文章は、深い感動を誘う。この写真集には、二〇一一年の大震災で被災した陸前高田の、「あの時」の前と後の光景が映し出されている。あの瞬間を捉えられる映像はない。表象された現実が、その中心に絶えず闇のようなものを含んでいるからだ。だからこそ、前と後の強烈な落差が読者をうちのめす。
 著者は日本文学の特殊性に注目するのではなく、それをつねに世界文学の地平に向けて解放する。価値があるのは「日本的な魂」ではなく、普遍性を志向する作家たちの言葉なのだ。こうして著者は愛する日本の作家について謙虚に、しかし断固たる口調で語る。読者の知性と感性に快くうったえかけてくる書物である。
(澤田直ほか訳、白水社 ・ 2520円)
 Philippe Forest 1962年生まれ。フランスの作家・批評家。
◆もう1冊 
 ロラン・バルト著『表徴の帝国』(宗左近訳、ちくま学芸文庫)。意味の希薄な記号が文物を生み出す日本文化の特色を明快に論じる。
    --「書評:夢、ゆきかひて フィリップ・フォレスト 著」、『東京新聞』2013年09月29日(日)付。

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[http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013092902000167.html:title]


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覚え書:「書評:レッド・パージ 戦後史の汚点 明神 勲 著」、『東京新聞』2013年09月29日(日)付。

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レッド・パージ 戦後史の汚点 明神 勲 著

2013年9月29日


◆GHQ指令 待望した人々
[評者]福間良明=立命館大教授
 今井正監督の映画『どっこい生きてる』の公開は一九五一年。日雇い労働者一家が困窮に喘(あえ)ぎ、一家心中をも図ろうとするさまを描いた作品である。この作品には監督自身と重なるところも少なくない。今井は五〇年のレッド・パージで大手映画会社での活動の場を奪われた。生活の糧を失った彼は、しばらく屑鉄(くずてつ)売買で生計を立てた。
 一九四九年から五〇年にかけて行われたレッド・パージでは、時に企業整理の名を借りつつ、共産党員・シンパとみなされた労働者が多く解雇された。その範囲は一般企業のみならず、官庁、報道機関、教育機関にも及んだ。
 従来、レッド・パージは、GHQの指示のもとに行われたとされてきた。だが、本書は「ネピア・メモ」など第一級の一次資料を掘り起こしながら、この見方を根本的に覆す。
 大規模な労働争議が頻発していた当時、財界や政界・司法界上層部は共産党系の労働者たちの排除をつよく望んでいた。彼らの熱意に比べれば、GHQのほうが及び腰でさえあった。冷戦が激化するなか、共産党員を疎ましく思っていたとはいえ、憲法その他の関係法規との整合性を考えると、指令の頻発は躊躇(ためら)われた。にもかかわらず、政府・司法・財界さらには労働組合(の非共産党系)こそが、レッド・パージのGHQ指令を率先して望んだことを、本書は説得的に実証している。
 では、「レッド・パージはGHQの指示である」という「神話」はいったい、何だったのか。それはまさに、「日本人」自身の言論弾圧への加担を隠蔽(いんぺい)するものにほかならなかった。
 『どっこい生きてる』のラストは、一家心中を試みるほどの絶望から起(た)ち上がり、主人公が未来の希望を信じようとする場面で締め括(くく)られる。秘密保護法も取り沙汰されている昨今、現代のわれわれは、いかなる「未来」を手にすることができるのか。それは、過去の過誤に真摯(しんし)に向き合うか否かにかかっているのではないだろうか。
(大月書店 ・ 3360円)
 みょうじん・いさお 1941年生まれ。北海道教育大名誉教授、占領期教育史。
◆もう1冊 
 福間良明著『焦土の記憶』(新曜社)。沖縄・広島・長崎を中心に、戦争体験の「記憶」とその変容を地方紙や文芸誌などを基に検証。
    --「書評:レッド・パージ 戦後史の汚点 明神 勲 著」、『東京新聞』2013年09月29日(日)付。

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[http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013092902000168.html:title]


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書評:坪内祐三『探訪記者 松崎天民』筑摩書房、2011年。


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坪内祐三『探訪記者 松崎天民』筑摩書房、読了。明治から昭和にかけ、木賃宿や娼窟、女学生ルポなどを、地を這う取材を基に読ませる名文で綴り、足尾銅山、大逆事件、精神病院を取材した探訪記者の本格的評伝。「探訪記者」とは現代でいえばルポルタージュの走りか。天民への畏敬の満ちた一冊。

小学校を出て様々な職業を遍歴し文筆の世界へ。天民は足尾銅山へも坑夫となって山へ入り、取材したというから驚くばかり。しかし彼自身差別や貧困に強い関心を持っていたにも拘わらず「イデオロギーとしてではなく実感としてだった」という。

「著者は天民の人間性に惚れ込み、その生きた時代を描きたかった」。「地下の天民、もって瞑すべし/大村彦次郎」。明治後半~時期の「新聞記者」事情も詳しく分かるオススメの一冊です。

[http://www.chikumashobo.co.jp/blog/pr_chikuma/entry/723/:title]


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覚え書:「今週の本棚・新刊:『「動かない」と人は病む』=大川弥生・著」、『毎日新聞』2013年09月29日(日)付。


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今週の本棚・新刊:『「動かない」と人は病む』=大川弥生・著
毎日新聞 2013年09月29日 東京朝刊

 (講談社現代新書・798円)

 「生活不活発病」--。まだ、聞き慣れない人も多いだろう。かつて「廃用症候群」と言われた。体を長く動かさずにいて、手足や脳の機能が低下して動けなくなる症状だ。

 著者は、リハビリテーション医学を専門とする国立長寿医療研究センターの医師。大きな災害が起きるたびに、避難所に何度も足を運んだ。東日本大震災の被災地、宮城県南三陸町や岩手県大槌町で調査したところ、高齢者の約3割が、震災前に比べて歩行困難になっていたという。

 被災者だけの問題ではない。病気でずっとベッドで横になって過ごしていると、治った後でも体を動かせず、寝たきりになってしまうことが報告されている。

 「病気の時は安静が第一なのか」「体が不自由な場合、本人の代わりに誰かがやることが親切なのか」「年を取ると体が弱まるのは、仕方ないことなのか」。私たちが日常生活で直面するこうした疑問に答えるとともに、予防や症状の改善には、どうしたらいいのかについて、分かりやすく解説した。

 支える家族らの意識も変える必要があり、介護の仕方など「なるほど」と考えさせられる。(奥)
    --「今週の本棚・新刊:『「動かない」と人は病む』=大川弥生・著」、『毎日新聞』2013年09月29日(日)付。

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[http://mainichi.jp/feature/news/20130929ddm015070027000c.html:title]


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覚え書:「今週の本棚・新刊:『浄土思想論』=末木文美士・著」、『毎日新聞』2013年09月29日(日)付。


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今週の本棚・新刊:『浄土思想論』=末木文美士・著
毎日新聞 2013年09月29日 東京朝刊

 (春秋社・2310円)

 一定の年齢以上の人ならば、既に死んだ親類や友人が、自分の人生に影響を及ぼしていると感じる例は珍しくないだろう。近年、歌の「千の風になって」や映画「おくりびと」がヒットし、東日本大震災は、戦後最多の犠牲者を出した。「死者との関係」は、もはや市民一般のテーマになっているかのようだ。本書は、死後の極楽往生を説く浄土教の系譜を、思想史上に位置付けし直した。

 インドを源流に中国で発達し、平安から鎌倉時代の日本で独自の進化を遂げた浄土教。明治以降、特に親鸞の思想はどこかキリスト教に近い線で再解釈され、知識人層に評価されてきた。他方、庶民レベルでは、素朴な往生観に加え、ときに「葬式仏教」と批判されるあり方が続き、前者との溝は埋まらないままだ。

 最新の研究成果も絡め、浄土教の基本経典の成立過程や中世仏教における位置をまとめる。親鸞や浄土教の「近代化」に貢献した明治期の思想家、清沢満之(まんし)を読み直す視点も刺激的。さらに、生きた人間同士から一神教の神まで含めた「他者」とどう関係できるかに話を進める。本書の段階ではまだ途上にある議論だが、その射程は広く、深い。(生)
    --「今週の本棚・新刊:『浄土思想論』=末木文美士・著」、『毎日新聞』2013年09月29日(日)付。

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[http://mainichi.jp/feature/news/20130929ddm015070007000c.html:title]



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不安で一杯の人間は、問うことも抵抗することもせず、自分の生活の基盤(自由や権利)に対する侵害を受け入れてしまいます


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 自然と伝統というあらかじめ所与として存在していた安全が失われたリスク社会においては、不安というものが、共同体の新しくて壊れ易い紐帯となります。わたしたちはそこで不安共同体の感情性と非合理性が生まれているのを見ますし、そのような感情性と非合理性は、ラディカルな決着と境界画定運動にとって極めて有益な土壌でありうるようになります。テロの脅威を政治的、軍事的に規定することは、これらの不安にはけ口を与え、焦点を与えます。そして、このようにして、自分の境界の内部や外部に何物かに対する戦争のための支援の波は、絶えず新しく生み出され続けていきます。不安で一杯の人間は、問うことも抵抗することもせず、自分の生活の基盤(自由や権利)に対する侵害を受け入れてしまいます。
    --ウルリッヒ・ベック(島村賢一訳)『世界リスク社会論 テロ、戦争、自然破壊』 ちくま学芸文庫、2010年。

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「全てはあなたの責任です」。

新自由主義のワンフレーズ政治は、「自己責任」を根拠に、すべてを“勝ち組”“負け組”の二元論で理解する国家主導の歪んだ経済市場主義こそ、財政をはじめとする内政・外政の諸問題解決の切り札かのように錯覚させましたが、ほんとうに「全てはあなたの責任」なのだろうか。

一人の人間の努力は美しいし、大事なことは否定しない。しかしながら、そのひとに関わるすべてのコトガラが「いま・そこ」に生きている一人の人間に還元できるのだろうか。おそらくそれは無理だろう。

名目としての「大きな政府」が万能というわけではないけれども、緊縮化が成功したのかといえば、それもおそらく錯覚で、アメリカ主導への再編というグローバリズムの外圧が社会の液状化を招き、国家のリストラともいうべき自体を必然とした。

そうしたとき、内向きな右旋回によって、紐帯を強化し、復古的再編を図ろうという論調が強化されているが、これも最終的にはご破産となる公算が高い。もはやひとびとは、不可能なほどにくたびれているし、その目指すところは、強い者だけが都合良く生き残っていく歪なピラミッド型の紐帯システムへの再編というところがその実なのだろうと思う。

しかしながら、そうしたとき、そっと落とし込まれるのが、一見すると、「安全」を保障するかのように見せかけ、人間の自由を奪おうとする暴挙。

治安が悪いからといえば、監視カメラが何の抵抗もなくどんどん増設されていく。現実に外交衝突は相互に不利益であることなんて分かり切ったことなのに、特定の、喫緊には不要な部門に財政投入されることが肯定されていく。

「不安で一杯の人間は、問うことも抵抗することもせず、自分の生活の基盤(自由や権利)に対する侵害を受け入れてしまいます」。

消費税が8%への引き上げが決定とのこと。法人税は減少の由。経済政策をインフレを目指すとか。

果てさてどこへ行くのやら。

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覚え書:「今週の本棚:荒川洋治・評 『戦後詩』=寺山修司・著」、『毎日新聞』2013年09月29日(日)付。

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今週の本棚:荒川洋治・評 『戦後詩』=寺山修司・著
毎日新聞 2013年09月29日 東京朝刊


 (講談社文芸文庫・1365円)

 ◇人生全体の思考の場にかかわる詩論

 詩人寺山修司(一九三五-一九八三)が一九六五年、二九歳のときに書いた批評だ。ほぼ半世紀後のいまも、これほど魅力的な詩論は日本に現れていない。「東京ブルース」(歌・西田佐知子)「ああ上野駅」(歌・井沢八郎)を語るだけではない。戦後詩人の「ベストセブン」に作詞家星野哲郎を挙げるなど、自在。ことばと社会をつないで、独自の批評を展開する。

 たとえば「キャッチボール」の話。「ボールが互いのグローブの中でバシッと音を立てる」、あの瞬間。

 「どんな素晴らしい会話でも、これほど凝縮したかたい手ごたえを味わうことはできなかったであろう」「手をはなれたボールが夕焼の空に弧をえがき、二人の不安な視線のなかをとんでゆくのを見るのは、実に人間的な伝達の比喩である」。この「実感」の復権が、戦後二〇年の日本人を支えたと。

 歴史は「帰る」ことだが、地理は「行く」ことを教える。ひとりからひとりへとひびく。その手ごたえが大切だと。「実感」論は本題の戦後詩論となると、さらに冴(さ)えわたる。

 たとえば、茨木のり子。「わたしが一番きれいだったとき」などの詩は、天声人語、教科書でひろまった。倫理的で、きりっとした詩は、人びとによろこばれるが、寺山修司はいう。「あまりにも社会的に有効すぎて、かえって自らのアリバイを失(な)くしてしまっているのではないか」。吉野弘の詩「たそがれ」は、「他人の時間を耕す者」が、夜になり、自分に帰るひとときをうたうもの。これにも疑問をもつ。

 <「公生活」から解放されるという意味なのであろう。だが、「公生活」がなぜ他人の時間を耕すことなのか? それが私にはわかりにくい問題である。>

 人は「全体的なパーソナリティ」で生きるべき。<帰ろうとすれば「いつでも自分に帰れる」から詩人なのであって、それができないような「他人の時間を耕す生活」なら放棄してしまえばいいではないか。>

 会社では、仮の姿。夜のわたしはすごいぞお、という人はいまも多い。人生全体の思考の場にかかわる、重要な指摘だ。また「おやすみ」ばかりの詩の世界に、はじめて「おはよう」の詩をもたらした谷川俊太郎。でもその後の詩はどうか。「ことばが面白ければ面白いほど、私はなぜだか楽しめなくなってくる」。戦後詩の起点「荒地」の詩人田村隆一、黒田三郎らにも手きびしい。「自身の破滅を通してしか世界を語れなくなってしまった」。いっぽう「私は、最初から難解さを目的とした詩は好きである」と、読者を二人(澁澤龍〓、窪田般弥)に限定した(?)加藤郁乎の詩にもふれる。

 こうしてみると、戦後の詩は実にシンプルに、すなおに、鮮やかに人々の意識を表現したのだ。社会を知りたいときは、詩なのだ。ぼくも詩を読んでみようかな、と思った。

 でもそれは、寺山修司の批評に魅せられたためである。田村隆一、茨木のり子、吉野弘らの詩の魅力も含め、寺山修司はなにもかも知ったうえで書いているのだ。批判された人たちも、キャッチボールをするときのように、そのことばを受けとめたはずだ。寺山修司の批評には天才の鋭さと、すがすがしさがある。きらりとした愛情がある。

 本書は「詩集」としても堪能できる。現代詩の黄金期を告げた吉岡実の長編詩「僧侶」をはじめ、合わせて六四編の詩や詞(全編または一部)が引用されているからだ。「必らず読んで欲しい詩」と「その他」に分けている。「その他」のほうも読みたくなる。
    --「今週の本棚:荒川洋治・評 『戦後詩』=寺山修司・著」、『毎日新聞』2013年09月29日(日)付。

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覚え書:「今週の本棚:渡辺保・評 『修業論』=内田樹・著」、『毎日新聞』2013年09月29日(日)付。

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今週の本棚:渡辺保・評 『修業論』=内田樹・著
毎日新聞 2013年09月29日 東京朝刊

 (光文社新書・798円)

 ◇日本古来の、敵を持たない「身体観」を問う

 2020年、東京でオリンピックが開催される。世界のアスリートたちがその身体能力を競い、記録に挑戦し、勝敗を争うだろう。その前提は西欧の身体観である。しかし日本古来の身体観はそうではなかった。

 その事実を多くの日本人は忘れている。日本の伝統的な文化にかかわる人たちでさえよく知らない。その理由の一つはその身体観が言語化されにくいものだからである。

 内田樹はフランス思想を研究し、その一方で合気道を学び、能を稽古(けいこ)した。そして言語化しにくい日本人の身体観の一端を言語化することに成功した。その意味でこの本は画期的である。

 西欧と日本の身体観の違いはどこにあるのか。

 たとえば修業の仕方。アスリートたちは目標を立て、その達成のために練習を繰り返す。その結果はすべて数値化される。しかし合気道の稽古には目標がなく、結果の数値もない。工夫を重ねて稽古するうちに、ある日突然思いがけない技が出来るようになる。そうなるのは、それまでの既成概念から解放されて新しい自分を発見した時である。すでに決められた目標を達成するのではなく、自分のなかに新しい自分を発見することに意味がある。

 あるいは、相手と対峙(たいじ)した時に、アスリートたちは「敵」を想定し、これを倒すことを目的とする。しかし合気道ではそもそも「敵」というものがない。

 相手の気配に共鳴し、そこに一つの合体した磁場をつくる。内田樹によれば「キマイラ的構造体」。そしてその構造体に身をゆだねることによって、その時、その場で、どう動くのが一番合理的かを察知していく。そこには「自我」も「主体」も存在しない。むろん勝敗も競争もない。

 内田樹は中島敦の短編小説「名人伝」の中国の弓の名人の話を引く。名人がある境地に立った時、相貌が変わったばかりでなく、弓を指して「これはなにか」と聞いたという。その時名人にとって弓という具体的な武器さえ問題ではなかった。

 私は合気道について全く知らない。しかしここに描かれた日本古来の身体観が、記録、競争、勝敗をこえ、あるいは自我や主体をもこえる、宇宙的な存在論であることはわかる。

 私の体験でいえば京舞の名人であった四代目井上八千代は、つねに舞の秘訣(ひけつ)は「無心」であることを語った。しかし「無心」が具体的にどういうものであるかは彼女の舞台を見なければわからないだろう。彼女が無心である時、そこには一個の「キマイラ的構造体」があり、だから宇宙的なものが存在したのである。すなわち日本人の身体観は、現に私たちの眼前にある身体そのものでなく、その身体と宇宙、その関係を生きる動きのなかに作られるものであった。内田樹はその構造を言語化している。むろんそれはまだごく一部かも知れない。しかしその構造解明の第一歩、その基礎的なものの一部であることは疑いがない。

 もっとも、目に見えないものを語るにはそれなりの危険が伴う。内田樹はその危険も十分承知している。それは巻末の卓抜した司馬遼太郎論にあきらか。

 司馬遼太郎は多くの剣豪を描いた。しかし彼らの能力が剣術の修業時代に剣道によってつくられたものであることには全く触れなかった。これは司馬遼太郎が戦争中に軍隊生活で辛酸をなめた結果、合理的なものしか認めようとしなかった結果だろうというのである。しかもその上に内田樹は、だからこそ自分たち次の世代は、その合理的なものを超えるものを明らかにすべきだという。日本人の身体観の全体があきらかになる日もそう遠くないかもしれない。
    --「今週の本棚:渡辺保・評 『修業論』=内田樹・著」、『毎日新聞』2013年09月29日(日)付。

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[http://mainichi.jp/feature/news/20130929ddm015070020000c.html:title]


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書評:東大社研・玄田有史編『希望学 あしたの向こうに―希望の福井、福井の希望』東京大学出版会、2013年。


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往復の新幹線のなかで、何冊か読んだのだけど、東大社研・玄田有史編『希望学 あしたの向こうに―希望の福井、福井の希望』東京大学出版会、がものすごく面白かった。今年の1番かもしれない。 

東大社研・玄田有史編『希望学 あしたの向こうに―希望の福井、福井の希望』東京大学出版会。そのうちレビュりますが、とりたてて不満はないけれども、実際は満足していないのが日本社会の特色とすれば、そこに挑戦するのが希望学。

読了して実感したのは……福井県に対する批判ではありませんよ……本書で表象されるメンタリティが、実はこれが否定的な日本的エートスを表しているのだろうと思いますが、この国のマジョリティというのは「不満はないけど、満足していない社会」なのじゃないかなと思いました。

幸福という指数は現在への評価だから現状維持へ傾く。希望という指数は未来への評価なので漠然としている。だけど、wish for something to come ture by action というものだとすれば、それを明確にしていかなければならない。そこを面倒がり、じり貧をごまかしていくのが私たちに刷り込まれた馴致なのだろうなあと実感しました。

本書は、そうしたドクサをうち破る挑戦の示唆に富むと同時に、痛感したのは、香川県ともにているなあとおもいました。幸福度(法政大学/2011)でいくと12位、学力でいくと福井県が2位ですが香川県は、5位。

同じように、(福井は豪雪で香川は水不足という天災はありますが)風土にめぐまれた穏やかな性格は、ややもすると、「不満はない社会」だから現状肯定のずるずるべったりへ傾く。しかし一人一人には可視化されていない「満足していない」ことがそれぞれあるのだから、それをどう未来に切り結んでいくのか。

非常に参考になりました。

[http://www.pref.fukui.lg.jp/doc/seiki/kibougakuforum.html:title]

[http://project.iss.u-tokyo.ac.jp/hope/index.html:title]

[http://www.utp.or.jp/bd/978-4-13-033070-1.html:title]


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希望学 あしたの向こうに: 希望の福井、福井の希望

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覚え書:「『平家物語』の再誕 創られた国民叙事詩 [著]大津雄一 [評者] 田中優子」『朝日新聞』2013年09月22日(日)付。


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『平家物語』の再誕 創られた国民叙事詩 [著]大津雄一
[評者] 田中優子(法政大学教授)  [掲載]2013年09月22日   [ジャンル]歴史 

■平清盛は「英雄」ではなかった

 『平家物語』が叙事詩であり平清盛は英雄として描かれているという評価は大学生のころに読んだ。しかし日本には「叙事詩」はなく、英雄という概念もない。『平家物語』には日本の武士道が描かれているという評価もあったが、武士道という概念は中世には無い。いずれも明治以降の欧米化にともなって、西欧文学・文化の基準を日本文学に当てはめた評価だったのである。
 日本の文学や文化を研究する者は常に時代の言葉に巻き込まれる。注意深く言葉を使わねばならない。もっとも気をつけるべきなのは、伝統が政治に利用される場面だ。武士道は国体と合体して、あたかも伝統であるかのように振る舞った。『平家物語』も国民道徳、国民精神を研究する資料とされたことがあって、皇国文学とか国民文学と呼ばれた。それが蘇(よみがえ)らないとも限らない。著者が言うように、日本の特殊性を語るためにではなく、人類の普遍的な課題を語るための方法こそ、模索されねばならないのだ。
    ◇
 NHKブックス・1050円
    --「『平家物語』の再誕 創られた国民叙事詩 [著]大津雄一 [評者] 田中優子」『朝日新聞』2013年09月22日(日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013092200013.html:title]


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覚え書:「政令指定都市 百万都市から都構想へ [著]北村亘 [評者]渡辺靖」、『朝日新聞』2013年09月22日(日)付。

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政令指定都市 百万都市から都構想へ [著]北村亘
[評者]渡辺靖(慶応大学教授・文化人類学)  [掲載]2013年09月22日   [ジャンル]社会 

■大都市戦略の欠如と課題説く

 かつては日本を代表する「100万都市」の象徴だった政令市。日本経済全体の牽引(けんいん)役であり、かつその果実を周辺地域に再分配すべく、広域自治体(道府県)に属しつつも、かなりの自律性を認められた特別な存在だった。
 ところが制度が導入された1956年から2012年までに、その数は当初の4倍の20都市へと膨張し、今では日本人の5人に1人が暮らす身近な存在になった。なかには東京都の区より人口が少ない政令市さえある。海外でなかなか理解してもらえない不思議な制度である。
 著者によれば、その一因は「人口50万以上の市」としか要件規定のない地方自治法にあるという。具体的な都市名も移行手続きも明記されぬまま、いつのまにか市町村合併促進などの手段となり、近年の膨張を誘発した。
 しかし、政令市の多くは昼間に流入してくる人口への行政サービスの提供、税収の激減、都市インフラの老朽化、生活保護者への対応などで支出圧力のみが高まるばかり。著しい機能低下に直面しているのが皮肉な実情で、その最たる例が大阪市だという。
 目指すべきは道府県主導の一元化(都構想)か、あるいは政令市の独立(特別市構想)か、それとも……。
 海外の事例にも目を配りつつ、20の政令市を丁寧に類型化し、それらを一括(くく)りに論じる愚を戒める。地方自治論の俊英による鋭い分析に何度も唸(うな)らされた。
 首長のリーダーシップばかりが問われがちな昨今、一個人の力量を超えた、よりマクロの制度的な観点から、日本の根幹を成す大都市戦略の欠如や課題を説き、今後の改革の方向性を論じる姿勢には好感が持てる。
 経済や文化をめぐる大都市間のグローバルな競争が熾烈(しれつ)さを増すなか、本書は政令市のみならず、日本の都市の未来をデザインするうえで必読の一冊となろう。
    ◇
 中公新書・882円/きたむら・わたる 70年生まれ。大阪大教授。『地方財政の行政学的分析』など。
    --「政令指定都市 百万都市から都構想へ [著]北村亘 [評者]渡辺靖」、『朝日新聞』2013年09月22日(日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013092200011.html:title]


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