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日記:正しく哲学している人々は死ぬこと練習をしているのだ


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 「ところで、正にこのことが、すなわち、魂の肉体からの解放と分離が、死と名づけられるのではないか」
 「まったく、その通りです」
 「だが、われわれの主張では、魂の解放をつねに望んでいるのは、特に、いや、ただ、正しくてつがくしている人々だけなのである。そして、哲学者の仕事とは、魂を肉体から解放し分離することである。そうではないか」
 「そうだと思います」
 「それでは、始めに僕が言ったように、人生において、できるだけ死んでいることの近くで生きようと自分自身を準備してきた人が、いざその死がやって来ると、憤怒するというのは、笑うべきことではないか」
 「笑うべきことです。どうして、そうでないことがありましょう」
 「それなら、本当に、シミアス、正しく哲学している人々は死ぬこと練習をしているのだ。そして、死んでいることは、かれらにとっては、誰にもまして、少しも恐ろしくないのである。……」
    --プラトン(岩田靖夫訳)『パイドン 魂の不死について』岩波文庫、年、38頁。

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毎年、春と秋のこの時期、すなわち学期開講のこの時期は、哲学史の最初の最初を扱うのが必然になりますので、古代ギリシアを学生さんたちに紹介するので、プラトンやアリストテレスの著作を再読するのが恒例になりますが、彼らの活字と直面するたびに、実感するのは、その言説は決して古くなく、読み直すたびに、新しいリアリティとなって読み手に届いてくるということです。

ホワイトヘッドの有名な言葉「西洋哲学の歴史とはプラトンへの膨大な注釈……」というのを引くまでもありませんが、その「注釈」していくのは、ひとえに職業哲学学者のつとめだけでなく、一人一人の読み手であり、その巌の如き体系にどのように挑戦し、自分自身の思索を深めていけるのかどうか……そのことにつきるなあと思ってしまいます。

ちょうど先週の授業で4回目の講座が修了しましたが、学生さんの一人一人と、哲学の著作を紐解きながら、「いま、生きているこの世界で“哲学する”ことの意義」を存分に楽しんで生きたいなあと思います。

まあ、不遜ですが、できれば、その最初の挑戦者としてなった弟子アリストテレスの如くありたいですね。

 

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