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覚え書:「今週の本棚:鹿島茂・評 『絶倫の人-小説H・G・ウェルズ』=デイヴィッド・ロッジ著」、『毎日新聞』2013年11月03日(日)付。


*p3*[覚え書]覚え書:「今週の本棚:鹿島茂・評 『絶倫の人-小説H・G・ウェルズ』=デイヴィッド・ロッジ著」、『毎日新聞』2013年11月03日(日)付。

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今週の本棚:鹿島茂・評 『絶倫の人-小説H・G・ウェルズ』=デイヴィッド・ロッジ著
毎日新聞 2013年11月03日 東京朝刊

 (白水社・3360円)

 ◇性のユートピアを求めた「SFの巨人」の軌跡

 小説家というのは奇妙な存在で、自分の生きた物語を語るのではなく、自分の語った(あるいは語ろうとして果たさなかった)物語の「続き」を生きたくなるという奇妙な衝動があるらしい。『交換教授』で知られる小説家デイヴィッド・ロッジがH・G・ウェルズの死後発表の赤裸々な女性遍歴告白の書『「自伝の試み」の後記(ポストスクリプト)』(なんと関係した女性は一〇〇人以上!)を読み、いたく創作欲を刺激されて本書を書きあげたのも、同じ小説家としてこの衝動への理解があったのではないかと思われる。

 一八六六年、ロンドン近郊で貧しい陶器商の息子として生まれたウェルズは苦学して学問を身につけ、教員生活の後、『タイム・マシン』で華々しくデビューし、以後、順調な作家生活を歩んでいくが、性生活の方はそうは行かなかった。最初の結婚相手のイザベルはヴィクトリア朝の性道徳に縛りつけられ、「性行為においては受身のパートナーのまま」であり、ウェルズの夢見たような性生活は実現しなかったからである。やがて彼の前に自由恋愛の信奉者と名乗る女子学生キャサリンが現れ、二人は不倫の関係となるが、興味深いのは、イザベルが夫の望む激しいセックスに従うより、離婚を選んだこと。かくて、ウェルズは喜びいさんでキャサリンと再婚するが、また同じ轍(てつ)を踏む。ロッジはウェルズに架空のインタビューを試みるという形式で二度目の結婚をこう語らせている。「そもそも彼女には肉欲が欠けていた。ところが、わたしにとってはセックスは肉欲の歓(よろこ)びに満ちた解放だった」。しかし、セックスという点を除くとキャサリンは完璧な女性だったため、ウェルズは自分は「純粋に肉体的解放感を味わうため、時折ほかの女が必要なのだ」と告白し、結婚生活の続行を希望する。キャサリンは愛人が出来た場合は正直に話すという条件でこの提案に同意する。かくて、サルトルとボーヴォワールのカップルの先駆となる男女関係が始まり、キャサリンは良き秘書としてウェルズを公私両面で支えながら子供を育て、ときに夫の恋愛の相談相手ともなる。

 では、ウェルズが主にどんな女性と関係をもったかというと、キャサリンと同じパターン。すなわち請われて参加した改良的社会主義者の団体フェビアン協会で自由恋愛擁護の講演を行ったり、エッセイを執筆したりすると、共鳴した「進んだ女」たちが次々にウェルズのもとに現れ、愛人となってゆくのだ。堅苦しい性道徳が支配する時代ゆえに各方面から激しい非難を浴びるが、ロッジが「絶倫の人」と呼ぶウェルズはひるまない。後に有名な作家・ジャーナリストとなるレベッカ・ウェストもそうした一人で、ウェルズは自著を酷評する書評を書いたウェストを自宅に招き、愛人関係を結んだのである。

 ロッジは膨大な資料を渉猟して十分に裏づけを取りながら、小説というタイム・マシンに乗ってウェルズの「性のユートピア」を自由に探訪してゆく。おかげで、ウェルズをSFへと駆り立てていた真の動機がわかってくるし、「性のユートピア」を性急に手繰り寄せようと焦った巨人の喜びと悲しみが惻々(そくそく)と伝わってくる。第二次大戦後まで生き延び、暗い方の未来予測の実現で悲観的になって死んだウェルズだが、もし、今日の日本のようなセックスレスゆえの人口減少社会の到来を見たら、どう言っただろうか? 聞いてみたいところである。イギリスが得意とする伝記文学の白眉(はくび)。(高儀進訳)
    --「今週の本棚:鹿島茂・評 『絶倫の人-小説H・G・ウェルズ』=デイヴィッド・ロッジ著」、『毎日新聞』2013年11月03日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20131103ddm015070016000c.html:title]


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