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覚え書:「今週の本棚:張競・評 『坪井正五郎-日本で最初の人類学者』=川村伸秀・著」、『毎日新聞』2013年11月10日(日)付。


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今週の本棚:張競・評 『坪井正五郎-日本で最初の人類学者』=川村伸秀・著
毎日新聞 2013年11月10日 東京朝刊

 (弘文堂・5250円)

 ◇奇天烈な「知の自由人」を輝かせた明治の包容力

 ヨーロッパのルネサンス時代には百科全書的な文化人が多く現れたが、明治時代の日本にも才能豊かな人材が輩出した。坪井正五郎はそのうちの一人である。しかし、その名は専門家を除いて、ほとんど知られていない。本書のおかげで一世紀前に活躍していた奇天烈(きてれつ)な才人の一生が明らかになった。

 辞書的な記述をするならば、文久三(一八六三)年生まれの坪井正五郎は近代日本の人類学の創始者で、帝国大学理科大学(現・東大理学部)教授として日本初の人類学講座を担当した人物である。大正二(一九一三)年五月、ロシアのペテルブルクで開かれた万国学士院連合大会に出席中に同地で客死した。同じ人類学者でも坪井の弟子の鳥居龍蔵に比べて、坪井はほとんど語られたことはない。しかし、彼の活躍はその専門領域にとどまらず、時代の知的な営みと、明治文化の雰囲気をよく映し出している。

 明治人によくあるように、坪井も型にはまらない自由な発想の持ち主である。知的好奇心が強く、若いころには狂歌戯文に心を傾けていたり、江戸時代の看板を論じる本を書いたりした。東京大学理学部で動物学専修を志願しながら、専門の勉強には身が入らず、人類に関する書物を読み漁(あさ)り、休日には遺跡探りをしていた。自分の好きな事柄に向かってまっしぐらに進み、留年などはまったく意に介さない。奔放不羈(ふき)な精神を生涯にわたって貫き通した。

 歴史の陰に追いやられた人の例にもれず、坪井の事績を調査するには困難が多い。著者は第一次資料を丹念に掘り起こし、じっくり吟味したうえで、その人間像と未知の世界に対する探究心を再現した。知識史の角度から坪井を捉え直すことで明治という時代の面白さを浮かび上がらせることができた。

 坪井が大学を卒業した際、既存の学科に進むのではなく、当時まだなかった人類学科の設立を申請して設けてもらった。非常に驚愕(きょうがく)すべきことに、一介の学生の無謀な要望は何と通ってしまい、坪井はその第一号学生として進学した。

 明治二十二(一八八九)年、坪井は官費留学生として渡欧したものの、大学には籍を置かず、師につくこともしない。いまなら資格取消になりかねないが、当時の文部省は本人に問い合わせをするだけで、とくにお咎(とが)めはなかった。帰国して帝国大学理科大学の人類学教授に任ぜられながら、三越の流行会に加わったり、児童需要品研究会に参加したりして、専門外のことにも熱を入れていた。美人コンテストの審査委員になるのはいいとしても、玩具の意匠を提案し、三越がそれを商品化するとなると、いまなら大騒ぎになるであろう。坪井の発想や行動も大胆だが、それを受け入れる明治という時代の懐もまた驚くほど大きい。坪井はよく「知の自由人」と称されているが、それを可能にしたのは明治という時代の途轍(とてつ)もない包容力であろう。

 本書のもう一つの注目すべき点は、坪井をめぐる人間のネットワークを明らかにしたことだ。専門の学会にしろ、趣味の集まりにしろ、著者はじつによく調べ、たとえ一つの細部でもあやふやにしない。坪井に焦点を当てながらも、同時代の知の交流の多様性を解明することができた。

 優れた伝記は個人の一生だけを記述するものではない。個人の活躍に着目しながら、世の中の動きと同時代人の活動をも視野に入れ、時代の流れと個人の役割の相関性を解明する。本書はその点においても一つの手本を示し、坪井正五郎没後一〇〇年にふさわしい力作である。
    --「今週の本棚:張競・評 『坪井正五郎-日本で最初の人類学者』=川村伸秀・著」、『毎日新聞』2013年11月10日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20131110ddm015070033000c.html:title]


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