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覚え書:「引用句辞典 トレンド編 ソーシャルメディアが生み出す監視社会=鹿島茂」、『毎日新聞』2013年11月23日(土)付。


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引用句辞典 トレンド編
ソーシャルメディアが生み出す相互監視社会
鹿島茂

[ルサンチマン]
 世間は、大部分の人間は自分の内部から私心や利己心の臭気が立昇る事を極度に恐れてゐる。それを他人に嗅ぎ附けられる事を何よりも恐れてゐる。 (中略)彼等は吐け口を何処にも見出す事が出来ない。どの口にも「純粋」といふ栓が詰め込まれてゐる、その硬い栓を緩めるものが世界への平和とか日本人民の幸福とかいふ観念、即ち動機に他ならぬ。
(福田恆存『保守とは何か』浜崎洋介編 文春学藝ライブラリー)

 西欧近代の思想とは、個人がやりたいことをやり、言いたいことを言うのは「良いこと」だと考える個人主義を基本にしている。だが、個人主義は必然的に利己心を伴う。というよりも、利己心のソフトな言い換えが個人主義ということなのだ。しかし、野放しの利己心だけではホッブスの「万人の万人に対する戦い」になってしまうから、法律という制約が必要となる。とはいえ、それでも、西欧では共同体(村、町、会社、国家)と個人をはかりにかけたら、個人の方が重いと見なすことに変わりはない。
 法律という制約しかないアメリカ社会が個人主義(利己心の発揮)に寛容なのはこのためだし、ブログやツイッターというソーシャルメディアがアメリカで誕生したのも同じ理由による。ただし、ソーシャルメディアでも一定ラインを超えたら訴訟が待っているというルールはゲーム参加者の全員に共有されている。
 ひるがえって、日本を見るとどうだろう? 戦後、個人よりも共同体が大事と見なす社会構造が崩壊し、共同体よりも個人が大事というモラルが一般化した。しかし、一方で利己心による駆け抜けは許さないとする伝統は根強く残っているから、だれかが利己心を下手なかたちで露出させると、大変なことになる。かつてはマスコミが大衆に代わって嫉妬心を間接的に充足させていたが、いまはソーシャルメディアによる直接制裁が幅をきかせるようになったから、軽率に利己心を露出させた有名人のブログやツイッターはたちまち「炎上」する。ソーシャルメディアによる利己心のモグラたたきである。
 では、こうした「制裁」に走る人たちが利己心の少ない謙虚な人かといえば、事実はまるで逆で、福田恆存が言うように、ほとんどは「自分の内部から私心や利己心の臭気が立昇る事を極度に恐れてゐる」人たちである。内心の恐怖が、他人のうちに利己心の匂いを嗅ぎ取ろうと必死になるのだ。ニーチェがルサンチマンと呼んだのは、こうして抑圧されて反転した内心の恐怖にほかならない。
 困るのは、福田恆存の時代と違って、利己心の吐け口とすべき「世界の平和とか日本人民の幸福とかいふ観念」はとうに失われ、ガス抜き手段にはならないことだ。そこでナショナリズムというもっともわかりやすい観念が利己心の吐け口として持ち出されることになる。事態は他のアジア諸国も同じで、ソーシャルメディアによる世論を無視することができなくなった政府は「ルサンチマンによる外交」を展開せざるをえなくなる。
 利己心の適切な発散の場であるはずのソーシャルメディアが利己心の相互監視装置になり、ルサンチマンを生み出す社会。これを奇妙な倒錯と言わずしてなんだろう。(かしま・しげる=仏文学者)
    --「引用句辞典 トレンド編 ソーシャルメディアが生み出す監視社会=鹿島茂」、『毎日新聞』2013年11月23日(土)付。

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