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覚え書:「晩年様式集 イン・レイト・スタイル [著]大江健三郎 [評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)」、『朝日新聞』2013年11月24日(日)付。

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晩年様式集 イン・レイト・スタイル [著]大江健三郎
[評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)  [掲載]2013年11月24日   [ジャンル]文芸 

■絶望でなく希望、深く透明な感動

 「三・一一後」と端的に表現される日々、作中で自らを「後期高齢者」と幾度となく記すことになる老作家は、およそ半世紀前に障害を持ってこの世界に誕生し、これまで彼が書いてきた数多くの小説で常に中心的な存在であり続けてきた息子を始め、十数年前に自ら命を絶った幼なじみの映画監督の妹でもある妻、気丈さと不安定を併せ持った長女、小説家が繰り返し物語の舞台としてきた、彼らが生まれ育った「四国の森のへりの谷間」に今もひとり住む妹、すなわち彼の「登場人物」たちによって「逆襲」されることになる。
 具体的には、妹アサが妻千樫、娘真木と結成した「三人の女たち」が、長年にわたって彼の小説に一方的に描かれてきたことに対する「反論」を次々と書き送ってくる。そこで老作家は、彼自身が書き進める連載小説『晩年様式集』の各回に「三人の女たち」による文章を添えていくことを思い立つ。こうして開始された連載は、彼と家族たちの「三・一一後」の日々を綴(つづ)りながら、過去の小説で語られてきた幾つかの出来事の(何度目かの)再検討の様相を帯びてゆく。
 やはり以前の作品の重要な「登場人物」だった「ギー兄さん」の息子で、テレビ番組プロデューサーの「ギー・ジュニア」がアメリカからやってきて、彼らへのインタビューを記録し出すと、そこで語られた証言や告白も自在に取り込まれ、小説は刻々とポリフォニック(多声的)になってゆく……。
 「逆襲」などという、いささか強い言葉を使ったが、実際この小説は、大江健三郎の多くの著作に書かれてきたことを幾つも覆す。なにしろ息子のアカリでさえ、これまで描かれてきたものとは、まったく違った顔を覗(のぞ)かせるのだ。もちろん、これはこれまでのすべての作品と同じく「小説」なのだから、そもそもが事実そのままであるわけがないし、老作家自身が作中で明確に断っているように、これはいわゆる「私小説」ではない。
 けれどもしかし、それでもやはり、大江小説の長年の読者であれば尚更(なおさら)、この明らかに切羽詰まった、時として混乱してさえいるかに映る、畳み掛けるような「再検討」には、ひどく動揺させられるに違いない。これはどうしたことか? いったいこの偉大な老作家に何があったのか?
 大江健三郎が最初に「最後の小説」というフレーズを用いてから、長い年月が過ぎている。その間に彼は何作もの「最後の小説」を著してきた。だが、彼は今や正真正銘の「後期高齢者」であり、世界は「三・一一後」である。晩年の様式とは、そういう意味だ。だがしかし、それでも老作家は、絶望ではなく希望を、最後の最後に記す。深く透明な感動が遺(のこ)される。
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 講談社・1890円/おおえ・けんざぶろう 1935年生まれ。作家。58年、「飼育」で芥川賞。67年、『万延元年のフットボール』で谷崎潤一郎賞。94年、ノーベル文学賞。著書に『取り替え子(チェンジリング)』『水死』『定義集』など。
    --「晩年様式集 イン・レイト・スタイル [著]大江健三郎 [評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)」、『朝日新聞』2013年11月24日(日)付。

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