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覚え書:「今週の本棚:松原隆一郎・評 『グローバル経済の誕生』=K・ポメランツ、S・トピック著」、『毎日新聞』2013年11月24日(日)付。

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今週の本棚:松原隆一郎・評 『グローバル経済の誕生』=K・ポメランツ、S・トピック著
毎日新聞 2013年11月24日 東京朝刊

 (筑摩書房・3990円)

 ◇自由貿易の名の下に何が行われてきたか

 資本主義の起源は、M・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』によれば、個人主義的な合理主義者の禁欲的なものづくりに求められる。また自由貿易は、D・リカードの資本蓄積論によれば国内で資本投下が進み利潤率が下がったからこそ行われる。賃金への配分を下げるため、安い穀物を輸入するというのである。

 こうした説を聞けば、グローバリズムはごく最近になって進展したと思うだろう。またそれは、同じくリカードの「比較優位説」によれば平和裏に行われる。生産性においてどの産業分野でも高い国と低い国があるとして、両国は特定産業の生産に特化しつつ自由貿易をすればともに暮らし向き(消費)が豊かになるとされるからだ。弱者は自由貿易に応じれば強者に滅ぼされるという常識は、この「定説」によって否定される。

 これらは机の上の思考実験による推論だが、では現実はどうだったか。本書は歴史学の泰斗(ポメランツは米歴史学会会長)2人による世界貿易史の第2版である。カカオやゴムといった個別商品にかんする交易のローカルな歴史と、それらが網の目となって構成するグローバルな貿易史とを組み合わせ、貿易という営みで人類が何を行ってきたかを膨大な考証から跡づける。プロローグ、エピローグと7つの章からなり、各章には小項目が全部で85設けられている。それぞれの項目は貿易についての逸話として、個別に楽しめる。

 比較優位説が正しいとすれば、自由貿易は暴力を回避させる人類の知恵ということになる。生産力に劣る側の国も、暮らし向きが向上するというのだから。ところが本書が無数の逸話で語るのは、それとは真逆の事態である。世界の自由貿易の歴史は暴力とドラッグに染め上げられてきたというのだ。

 たとえば、紅茶。私たちはウェッジウッドの白磁に紅茶を淹(い)れ、砂糖を添えて飲む。英国流として日本でも人気のアフタヌーン・ティーだが、それはどのようにして定着したか。白磁は中国、砂糖はカリブ海から到来したものだが、中国原産の茶に絞ると経緯はこうだ。

 イギリスは茶に魅せられたが、輸入したくても中国が交換に応じる物産を持たなかった。仕方なく銀貨で支払ったが、それも元をただせばスペインが虐殺を経て支配したアンデスの銀山で、奴隷に採掘させたもの。それを海賊が強奪し、イギリスのものとなっていた。こうして地球上の銀は、約半分が中国に流れ込む。

 しかしいつまでも海賊頼みではやっていられない。そこでイギリスが中国に持ちこんだ物産が、植民地のインドで栽培したアヘンだった。3度の戦争を経て自由貿易に渋々承諾すると、中国はあっという間にアヘン漬け。さらにイギリスは門外不出だった茶の苗木を1880年代には虐殺を経て占領した北インドのアッサムに植え、紅茶をついに我が物としたのだった。リカードが生前、切望した穀物条例(保護関税)の撤廃が成ったのは1846年。アヘン戦争がその直前の1842年に終結したことは、偶然の一致ではなかろう。

 こうして近世初期には、西欧の垂涎(すいぜん)の的となる物産を多種擁した中国は、19世紀には貿易赤字国へと転落する。それを穴埋めしたのが海外に移住した中国人からの送金だった。「貿易ディアスポラ」はもともと耕作地に乏しい福建人に多かったが、同郷人で情報と資金を融通し合い貿易の仲介を得意とするグローバル化は、彼らに先導されていた。

 こうした史実をひも解けば、「東インド会社は、暴力を効率よく利用するために創設された」「一九世紀に世界経済の成長エンジンとしての役割を果たしたのはアヘン」「『見えざる手』と『血まみれの手』が手を携えてきた」という表現が言い過ぎでないと納得できる。所与であるかに見える生産性の比較優位は、暴力やドラッグで操作することができたのだ。それは今日では、巨大資本の広告や国家間の秘密交渉で行われている。

 逸話として興奮させられるのが、西欧の合理主義と個人主義を兼ね備えた経済人の理想的モデルとされるロビンソン・クルーソーが何者だったかの種明かしである。ロビンソンは中流たれという父の忠告を無視し、ブラジルでの砂糖・タバコの生産に乗り出す。船が難破したのは、奴隷貿易のためのアフリカ渡航においてだった。

 日本についても興味深い指摘がある。一次産品の輸出国で工業化に成功した戦前の「日本の奇跡」は、歴史的な例外だったという。国策による重工業化は失敗だったが、機械工や技術者が軽工業に転じたのが経済発展への転機となったという見立てである。

 ブラジルの金鉱山に群がる無数の労働者を撮ったサルガドのカバー写真は原著にはないようだが、鮮烈であり内容にふさわしい。綺麗(きれい)事でない歴史に蒙(もう)を啓(ひら)かされる一冊である。(福田邦夫・吉田敦訳)
    --「今週の本棚:松原隆一郎・評 『グローバル経済の誕生』=K・ポメランツ、S・トピック著」、『毎日新聞』2013年11月24日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20131124ddm015070068000c.html:title]

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