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日記:一国の命運を天皇に賭けることは民主主義の文化に反する


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 午後六時三十分三宮駅着、陛下みずから先導に立たれて皇太子を弁天浜御用邸に御案内になり、小憩の後、御用邸裏の桟橋に待たせたランチにお送りしたのである。
 すでに夕霧があたりに立籠めた桟橋に、ロシア皇太子の頭部の白い繃帯が、物々しく眼に映ったが、これに寄り添うように、ついて行かれる陛下の黒いお姿が、心もちうつむいて痛々しい限りであった。
 その時のことである。
 桟橋の上に立ちどまったロシア皇太子が、ポケットから煙草ケースを取り出されると、傍の陛下は、直ぐマッチを御自分のポケットから出されて、火を点じて皇太子の煙草に近づけ、お二人の顔が夕霧の中に赤く照らし出された。この影絵のようなお姿を排して、陛下のお心遣いのほどを察し、侍立していたお伴の人々の瞼は熱くなった。桟橋の彼方の沖合には七隻の露艦が夕闇の中に重々しく浮かんでいた。
 ロシア王室では遭難の原因が理解出来なかったので、とりあえず皇太子の安全を計るために、日本側の医者を辞退して軍艦に戻り、十九日には予定を切りあげてウラジオストックに帰るよう指示したのであった。先方の王室の意向は日本側には通知されなかったから、日本側は陛下を初めとして、皇太子一行の行動に肝を冷やして協議を重ねるばかりであった。軍艦は十九日出港との報があったので、日本側では御用邸に皇太子一行を招待して送別の宴を開きたいむねを軍艦へ申入れると、治療上の理由で謝絶され、そのかわりに、先方から十九日には陛下に来艦されたい旨の申出を受けた。招待の指名は天皇、北白川宮、有栖川宮のほか侍従長以下数名で、政府閣員としては青木外相一人であった。この招待を受けるべきかどうかについて閣議は沸騰した。十九日は露艦出港の日である、黒煙を上げている軍艦はそのまま天皇と皇族を人質として露西亜に連れ去るかも知れない。人質としないまでも、艦内でどんな辱しめを受け、どんな難題を持ちかけられて、脅迫をうけるか知れない……と各大臣の憂いは皆同じであった。如何なる国難が来ようとも、われわれ国民は断じて天皇を露艦に送ってはならぬと、意見の一致を見て、御辞退なさるよう奏上した。すると陛下は即座に強く退けられた。
 「お断りする理由はない。喜んで御招待に応ずる。私の一身を以て日本国の危急を救い得るなら満足である」
 一同は声を呑んで沈痛の顔を伏せた。すると、陛下は却って一同を慰め顔に言われた。
 「お前たちが心配するように、ロシアへ伴れてゆかれたら、その時は、お前たちが迎えに参ればよろしい、お断りするのは無礼である」
 こうして十九日が来た。午前九時御所を御発進、国の運命を賭けた行幸であった。沿道は不安顔の群衆で埋まっていた。
 石光真清『石光真清の手記1  城下の人』中公文庫、1978年、237-238頁。

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話題が山本太郎議員の天皇へのお手紙渡しの件で、罵声と怒号で喧々囂々なので、少しだけ書いておきます(twのまとめですが・汗

色々な考え方もあるし、もう相手にする必要のない議論(例えば「不敬」と評したり)が殆どなのだけど、誓願法まで持ち出されてしまうと、ホントやれやれというか、叩く人間がどこまで無恥なのか……ということにはあきれかえってしまう。

31日にも言及したけれども、山本太郎議員の問題とは、……意図はともかく(また意図還元主義ほどナンセンスなものはないけど)、天皇を「使用」することで民主主義の「文化」を自ら破壊してしまったという一点につきると思う。

辞職する必要は全くないと思うけど、民主主義の主体者が自らその枠組みを否定したことは残念な話だというだけだ。

山本太郎議員より、「天皇の政治利用」(山本議員は該当しないと思うけど)に関しては安倍晋三首相をはじめとする自民党のお歴々がより「利用主義者」だということは百も承知だけど、だからこそ、天皇が好き/嫌い・天皇制を支持する/しないに左右されないで物事を決めていくことが大事だと思う。

あらゆる信条に囚われず……といっても百%は無理なのですが、それでもヴェーバーのいう価値自由的な意味での認識の自覚を持った上で、物事をきめていく矜持が民主主義の文化なのではあるまいか。理想主義的に聞こえるかも知れないけれども、形式を尊重することは何より大切だ。

私は吉野作造研究が主になるけれども、吉野作造は、天皇制をスルーした“甘っちょろい”民本主義云々という批判が昔からあるけれども、吉野は天皇制に「依存」しないで正義と安寧を実現しようと試みた先駆者と評価している。ひとつひとつ積み上げることで「気にしない」で済む公共世界になると思う。

私自身は、山本太郎さんに先の選挙で一票を投じた人間ではないし、その危うさに危惧も覚える。しかし、それ以上に危うい論調が強くなる中では、形式論の立場から、問題を指摘した上で、当てこすりに対しては、擁護に回りたい。脱原発が分散するなかでは、彼自身がパフォーマティブに専念するのではなく、多様な流れの受け皿になってほしいと望むものである。

天皇に「国運」を賭ける時代ではないし、そういうメンタリティこそが民主主義を根柢から覆してしまう。ただそんだけよ、ってことなのにねえ。

いずれにしても湯浅さんの言葉に耳を傾けたい。


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ヒーロを待っていても、世界は変わらない。誰かを悪者に仕立て上げるだけでは、世界はよくならない。 ヒーローは私たち。なぜなら私たちが主権者だから。 私たちにできることはたくさんあります。それをやりましょう。
    --湯浅誠『ヒーローを待っていても世界は変わらない』朝日新聞出版、2012年、156頁。

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[http://www.asahi.com/articles/TKY201311010580.html:title]

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