« 覚え書:「今週の本棚・新刊:『オバマの医療改革 国民皆保険制度への苦闘』=天野拓・著」、『毎日新聞』2013年12月01日(日)付。 | トップページ | 覚え書:「陰鬱な気分にさせた強行採決」、「国民の権利奪う悪法廃案に」、「国会の自己否定では」、「知る権利を奪うな」、「みんなの広場」、、『毎日新聞』2013年11月28日(木)付。 »

覚え書:「今週の本棚:沼野充義・評 『<戦争と文学>案内 コレクション 戦争と文学 別巻』=戦争と文学編集室・編」、『毎日新聞』2013年12月01日(日)付。

301_2


-----

今週の本棚:沼野充義・評 『<戦争と文学>案内 コレクション 戦争と文学 別巻』=戦争と文学編集室・編
毎日新聞 2013年12月01日 東京朝刊

 (集英社・3990円)

 ◇近代日本を形成した「巨大な装置」の記録

 本書は、今年一月に全二〇巻で完結した「コレクション 戦争と文学」という、日本の戦争文学アンソロジーの別巻として編まれたものである。全体は三部から成り、まず第一部は、紅野謙介を初めとする八人の専門家の分担執筆による「<戦争と文学>の一五〇年」。それぞれ鋭いアプローチによって、時代と切り結ぶ「戦争文学」の流れを見事に浮きぼりにしているだけでなく、取り上げられる作家と作品が多彩で、それぞれの章は比較的簡潔ながらも、情報量が多く、全体としてみると近代日本戦争文学の優れた通史になっている。

 「日清・日露戦争の時代」(宗像和重)から「朝鮮戦争・ベトナム戦争の時代」(坪井秀人)に至る五つの章は、近代史の流れを追いながら戦争文学の展開をたどるというオーソドックスな文学史的構えによって構成されているが、「冷戦の終結と新たな戦争の時代」(陣野俊史)はまだ「歴史」になっていない最新の現代文学をかなり網羅的に紹介している。さらに注目すべきは、こういった時代順の論考とは別に、エンターテインメント小説とSFという二つのジャンルが別途取り上げられ、それぞれのジャンルにおいて戦争がどのように扱われてきたか、杉江松恋と大森望という二人の専門家によって展望されている。

 第二部の「<戦争と文学>長編作品紹介」は、明治からの近・現代日本において書かれた、戦争をめぐる長編作品一五六編を取りあげて簡潔に紹介したもので、類例のない近代日本戦争小説事典として貴重である。じつは全二〇巻のコレクションには三二八人もの作家が収録されているが、アンソロジーという性格上、作品は中短編小説と詩歌に限定されており、<戦争と文学>について語る際に避けて通ることのできない長編というジャンルがまったくカバーされていない。これはアンソロジーというものの限界だが、「長編作品紹介」はそれを少しでも補うためのたいへんよい工夫になった。

 ここに収められたのは、国木田独歩が従軍記者として弟にあてて送った書簡を集めた『愛弟通信』から、大江健三郎のSF長編『治療塔』、焼身自殺をしたベトナム人僧侶の謎を追った宮内勝典の『焼身』、そして古川日出男の『ベルカ、吠(ほ)えないのか?』、赤坂真理の『東京プリズン』といった最近の作品まで、じつに多彩だが、中でも意表をつくのは、夏目漱石の『鶉籠(うずらかご)』(『坊っちゃん』『草枕』『二百十日』の三編を収めた作品集)や、谷崎潤一郎の『細雪(ささめゆき)』までがここに収録されていることだ。『鶉籠』については、日露戦争中および戦後の社会の「諸相と現代文明の病根を観察しようとした一冊」であり、夏目漱石の「戦争小説集」として位置付けることができるのだという。他方、『細雪』は、もともと陸軍報道部に「不謹慎」と決めつけられたくらいの作品だが、それをここでは「戦争を否認しようとした戦争小説」と認定している。立派な見識であろう。

 そして第三部は、詳細な「<戦争と文学>年表」である。

 本書はその通史・事典・資料といった価値からいっても、これ自体独立した一冊として非常に貴重なものだが、その母体となった全二〇巻のコレクションについても、改めて触れておきたい。「コレクション」は歴史を追った「現代編」「近代編」各五巻のほか、テーマ編(「女性たちの戦争」「戦時下の青春」など)、地域編(満洲、朝鮮・樺太(からふと)、台湾・南方、ヒロシマ・ナガサキ、オキナワ)もそれぞれ五巻という構成になっており、そこから戦争という「大きな物語」に包まれて展開してきた近代日本の輪郭が浮かび上がってくる。痛感させられるのは、戦争は平時の生活から切り離された特別なテーマではなく、近代日本の国民と言語を形成するための巨大な装置であったということだ。日清戦争以来、ほとんど十年ごとに大きな戦争を繰り返してきた近代日本にとって、戦争とはベネディクト・アンダーソンのいう「想像力の共同体」を作り出すエンジンのようなものだった。

 それを記録した前代未聞の規模のこの「コレクション」は、「戦争文学」といったジャンルを超えて、日本の国民文学の財産と言えるだろう。戦争体験については、「あれはこういうことだったのだ」という実感は伝えられないかもしれない。現に戦後生まれの人々が人口の圧倒的多数を占める現代日本では、『誰も戦争を教えてくれなかった』(講談社)の著者、古市憲寿のように、「あの戦争はもはや古すぎる」と感じ、「平和ぼけ」した状態から出発するしかないと主張する論客が登場している。

 しかし、私たちは記録することはできる。そしてそれを読むこともできる。私たちは、ポーランドの詩人シンボルスカが言うとおり、いつだって終わったところからまた新たに始めなければならないのだ。愚かで残酷な行為を繰り返さないという決意を新たにしながら。「古すぎる」ものが、にわかに恐ろしい現実として再来しないように。
    --「今週の本棚:沼野充義・評 『<戦争と文学>案内 コレクション 戦争と文学 別巻』=戦争と文学編集室・編」、『毎日新聞』2013年12月01日(日)付。

-----


[http://mainichi.jp/shimen/news/20131201ddm015070011000c.html:title]

Resize1829


コレクション 戦争と文学 別巻 〈戦争×文学〉案内 (コレクション戦争×文学)
戦争×文学 編集室
集英社
売り上げランキング: 12,793


|

« 覚え書:「今週の本棚・新刊:『オバマの医療改革 国民皆保険制度への苦闘』=天野拓・著」、『毎日新聞』2013年12月01日(日)付。 | トップページ | 覚え書:「陰鬱な気分にさせた強行採決」、「国民の権利奪う悪法廃案に」、「国会の自己否定では」、「知る権利を奪うな」、「みんなの広場」、、『毎日新聞』2013年11月28日(木)付。 »

覚え書」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/451663/54119185

この記事へのトラックバック一覧です: 覚え書:「今週の本棚:沼野充義・評 『<戦争と文学>案内 コレクション 戦争と文学 別巻』=戦争と文学編集室・編」、『毎日新聞』2013年12月01日(日)付。:

« 覚え書:「今週の本棚・新刊:『オバマの医療改革 国民皆保険制度への苦闘』=天野拓・著」、『毎日新聞』2013年12月01日(日)付。 | トップページ | 覚え書:「陰鬱な気分にさせた強行採決」、「国民の権利奪う悪法廃案に」、「国会の自己否定では」、「知る権利を奪うな」、「みんなの広場」、、『毎日新聞』2013年11月28日(木)付。 »