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覚え書:「今週の本棚:富山太佳夫・評 『サリンジャー-生涯91年の真実』=ケネス・スラウェンスキー著」、『毎日新聞』2013年12月01日(日)付。

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今週の本棚:富山太佳夫・評 『サリンジャー-生涯91年の真実』=ケネス・スラウェンスキー著
毎日新聞 2013年12月01日 東京朝刊

 (晶文社・4830円)

 ◇著名作家をめぐる「公平で感傷的でない伝記」

 「まず彼の人生をその複雑さにおいて考えなければならない。彼のなかには勇敢な兵士がいて、失格した夫がいて、自己防衛的な隠遁(いんとん)者に屈した創造者がいた。」--このように要約できるのは一体誰の人生だろうか。

 「1963年11月の最後の週……目に見えるほどに震えながら、ケネディ大統領の葬儀の悲しい式典がくり広げられているテレビのまえで、ただ言葉もなくすわりこんでいた。……古い悲しみと新たな悲しみが一体となって、彼は人目もはばからずに泣いた。」 ホワイトハウスから電話ももらっていたこの人物とは誰だろうか。

 その同じ年の一月、聖者( スワーミ )ヴィヴェーカーナンダの生誕百年祭の祝宴で基調演説をする国連事務総長ウ・タントのまん前のメインテーブルに坐(すわ)って、満面の笑顔を浮かべていたのは、誰だろうか。

 ノルマンディーの上陸作戦にアメリカ軍の第12連隊のひとりとして参加し、地獄を見た彼。「ともに上陸した連隊の兵士は3080名、そのうち生存者はわずか1130名だった。」 第二次世界大戦に参加したアメリカの部隊の中で最も死亡率が高かったのが、彼の部隊であった。

 ここに引き出した四つの事実はいずれもひとりの人物に関係するものなのだが、その名前をあてることのできるひとが果しているだろうか。多分、いや、勿論(もちろん)、いないはずである。そこで、ひとつのヒント--この人物がドイツ戦線での戦いのさなかに書き続けた原稿が、のちに、一九五一年にアメリカで出版されることになる。その表題は『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(『ライ麦畑でつかまえて』)。そう、この本は誰でもが名前を知っているはずの小説家J・D・サリンジャーの評伝なのである。

 作者はまず初めに、「いつの日か公平で感傷的でない真実の伝記を、それも作品の正しい評価を織り込んだものにして世に問いたいと思っていた。その仕事も7年かけてようやく完成しようとしていた」と書いている。その願いを見事に達成したのがこの本である。

 とは言っても、これは並大抵の仕事ではなかったはずである。その人気、知名度とは対照的に、サリンジャーの名前をつけて出版された本が数冊しかないのはいいとして、やっかいきわまりないのは、彼の短編を掲載した多数の雑誌編集者とのやりとりである。著者は残されている手紙の類を可能なかぎり調べあげて、サリンジャーの作家人生を記述していくことになる。ニューヨークの各種の雑誌や、ときには新聞の編集者のこと、サリンジャーの出版代理人のこと(イギリスその他の国々のそうした人たちの話もでてくる)。或(あ)る意味では、この本は二〇世紀の、とりわけ世界大戦以降の出版文化史としての一面もそなえていると言っていいかもしれない。

 有名になりすぎた彼の作品の盗作、偽作の事件、それをめぐる裁判の話も紹介されている。あるときには、「裁判は最高裁に持ち込まれたが却下され、サリンジャー有利の判決が決定した。こんにちまで、『サリンジャー対ランダムハウス社裁判』は合衆国の著作権法の基本とみなされ、全国の法学生に必須の学習対象となっている」とのこと。

 勿論、彼の作品の話はふんだんに出てくるし、ニューハンプシャー州コーニッシュでの隠遁生活のこと、繰り返された結婚の話のこと、少女愛らしき趣味のことも出てくる。う-ん、と言って感心するしかない。(田中啓史訳)
    --「今週の本棚:富山太佳夫・評 『サリンジャー-生涯91年の真実』=ケネス・スラウェンスキー著」、『毎日新聞』2013年12月01日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20131201ddm015070007000c.html:title]

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