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2013年12月

日記:心の個々の力の一面的な発展はどんなものでも……悲惨な結末に達し、思いがけない大事件が嵐のように殺到して


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 心の個々の力の一面的な発展はどんなものでも、それが合理的な力であろうと非合理的な力であろうと、全体をかき乱すおそれがあり、だんだん高まってゆくと最後には、個人にとっても集団にとっても民族全体にとっても、悲惨な結末に達し、思いがけない大事件が嵐のように殺到して、それらを危険な方向に追い込む可能性がある。
 このような嵐が当時のドイツ人を襲ったのであって、この嵐に完全に抵抗したのは、ほんのわずかな人々だけであった。
    --マイネッケ(矢田俊隆訳)『ドイツの悲劇』中公文庫、1974年、63頁。

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2013年を振り返ると、2月にはじめて、新大久保のデモを見にいった。そのおり、ほんまにこれはヤバいワと実感した。社会情勢的には、ヘイトスピーチや排外主義に冷ややかな眼差しからNOへという方向へ舵が切られ、在特会と京都の朝鮮学校の判例のように、一歩前進したかと思ったのもつかの間……、見通しは甘かった。

合衆国駐日大使へのリプライやら大使館のfbへの書き込みみると、かえって後退しているような感。


[https://twitter.com/CarolineKennedy/status/413212956298461184:title]

[https://www.facebook.com/ConnectUSA:title]


“2.10新大久保デモを拝見して。「『フツー』としか形容する以外にない」「あなたの隣人」が「死ね」とか連呼する日常世界”

[http://d.hatena.ne.jp/ujikenorio/20130211/p1:title]

2月のデモの時はホンマ、殴られそうになってびびったのですが、一国の首相がそれと違わない主張を臆面もなく遂行していく訳で……恣意的な美しいだの、取り戻すのだの、まあ、アホクサと思うし、著書『美しい国へ』(文春新書)なんかは、ブックオフで捨て値だからと高をくくっている間に、まともに考えると、受け入れることのできない考えが容易に広まっていて……。

これもおれの責任なんやろうけれども(ぐはー


ほんと、……そしてその姿勢はまったく僕は選択したくはないのだけど……勢いとか声がでかいというのを侮りすぎたとは思ったりです。

抗いつづけるほかありません。

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ドイツの悲劇 (中公文庫)
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覚え書:「今週の本棚:鼎談書評 カナダからみる英語文学 評者・池澤夏樹、鴻巣友季子、中島京子」、『毎日新聞』2013年12月29日(日)付。


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今週の本棚:鼎談書評 カナダからみる英語文学 評者・池澤夏樹、鴻巣友季子、中島京子
毎日新聞 2013年12月29日 東京朝刊

 ◇評者 池澤夏樹(作家)鴻巣友季子(翻訳家)中島京子(作家)

 ◆小説のように アリス・マンロー著、小竹由美子訳(新潮社・2520円)

 ◇「次元」をかわす短編群--中島氏

 池澤 今年のノーベル文学賞受賞者はカナダの女性作家、アリス・マンローでしたね。マーガレット・アトウッドとマイケル・オンダーチェを加えてカナダの作家の話をしましょう。受賞は予想外でしたか。

 鴻巣 実はカナダはかなり有力だと思っていました。アトウッドは畢生(ひっせい)のディストピア(ユートピアの逆)三部作を完結させたばかりですが、私の勘ではもう一人の引きが強い気がして。すなわちマンロー(笑い)。

 池澤 マンローはパーソナリティーの作り方がうまい。リアリティーがあって平凡でないドラマチックな登場人物を次々に繰り出す。一編読み終えたら「まだ九つある。明日の晩また読もう」というふうに、読書の喜びを小刻みに満たしてくれる。

 ◇元に戻らない「真理」--鴻巣氏

 中島 読むのに一番時間がかかったのがマンローでした。話に入り込むまで冒頭から何度も読み直さなきゃいけない。10編すべて一々入って出る必要があるし、一からやり直すみたいにインターバルがいる。そういう特徴のある作家なんですね。

 池澤 一つ読んでも次が予想できない。次を読む助けにならない。

 鴻巣 半世紀前には「そのへんの主婦が書いた話」とけなす声もあったそうですが、頑として短編にこだわり、定期的に再評価されてきた。その評価がらせん状にせり上がり、ノーベル賞に至った感じですね。

 池澤 広大なカナダのリアリティーも感じられる。案外、英語圏全体のリアリティーかもしれない。『小説のように』の一編「次元」にはオンタリオ州のロンドンが出てくるけど、イギリスだって構わない。

 鴻巣 何か“次元”が違う言葉が次々出て来て、マンローを訳すのは恐ろしい。抽象的な事柄を書いていたはずが、すごい具象で終わったり。

 池澤 滑らかに曲がると思っていたら、いきなり急角度で(笑い)。「次元」は残り3ページまで読んで、どう終わらせるのかと考えてしまった。バンと大きなものを持ってきて見事に終わるんだけど……。

 中島 でも、この人物は今まで登場してなかったぞ、と(笑い)。

 鴻巣 転調を重ねて、もうこれ以上、裏声は出ないところまで行って元に戻らない感じです。そのギャップにこそ彼女の真理があるのかも。

 池澤 意味をこじつけることもできるけど、勝手に収まりのいい読み方をしちゃいけない気もする。

 中島 「次元」は、子どもを殺す元夫が異常ですね。それでも面会に行く主人公は共依存的関係なのかと思うと、フッとかわされる。でも、ちょっとした救いがあって、作者の根源的な優しさも感じられます。

 鴻巣 「深い穴」は、子どもがピクニックで穴に落っこちちゃう。

 池澤 それを機に親と離れ、違う生き方をする。けれど、事件の具体性と後の展開にギャップがある。よくこれほどねじ曲がれるなあ。

 鴻巣 穴に落ちる小説が現代文学に?と訝(いぶか)しむほど露骨に寓話(ぐうわ)的、暗喩的なのに、未知の世界が現れる。

 中島 すべての短編のタイトルを「次元」にしたくなる(笑い)。

 池澤 まったく、関節を外されるような作家なんですね(笑い)。

 ◆オリクスとクレイク マーガレット・アトウッド著、畔柳和代訳(早川書房・3150円)

 ◇“力業”の世界終末小説--池澤氏

 池澤 次は、強烈に大きくて重たいアトウッド。マンローとは作風が全然違う。現実のネガティブな面を外 挿(エクストラポレイト)し、極端に進めてどこまで行くか実験的かつ精緻にやる。極端な遺伝子工学と環境破壊で人類が絶滅する。壊れた現在とそこに至る過去を交互に並べた世界終末小説。

 鴻巣 今、全米のヤングアダルト小説はディストピアが大人気です。

 中島 それは、つらいですね。

 鴻巣 世界の滅亡後の新しい国で、荒廃というより管理が行き過ぎる。いわばユートピアの拡張概念としてのディストピア。登場する生き物はある意味、幸せなんです。

 池澤 ナイーブでイノセントで。

 ◇ディストピアと予言--鴻巣氏

 鴻巣 <クレイカー>という生き物も非常におとなしい。セックスとか感情的なものが取り去られ、植物みたいに繁殖する。ところが、無意志で無抵抗だけど、<スノーマン>にお話をせがむんですね。それが創造性の始まりで、創造主の話から宗教、言語の違いになり、必然的に戦争が起きて世界が変わっていく。

 池澤 それで……あるいは元に戻るのかもしれない。

 鴻巣 すべてを剥ぎ取られても、クレイカーは音楽を愛し、物語性に執着します。それは、遺伝子工学や薬物で操作しても変えられない。

 池澤 ヒューマニズムかな。

 中島 クレイカーは言葉自体を理解できない子どもの状態。ホメロスのようなスノーマンが教え始める瞬間に物語が終わるので、人間の良さも悪さもまた繰り返すような気がしてくる。三部作の1作目ですね。

 鴻巣 確かに次への布石のよう。2作目の『洪水の年』(未邦訳)は必然的にカルト教団の話になります。

 池澤 昔の世界終末小説では、引き金になるのは核戦争でしたね。

 鴻巣 ここではオンラインでウィルスがばらまかれるサイバーテロ。

 中島 ハルマゲドンですね。

 池澤 とにかく、彼女の力業はいかにも北米の作家、という気がする。

 中島 遺伝子組み換えによる、頭のない気味悪い生きた鶏肉みたいなものとか、ありそうなディテールが詰め込まれて恐怖を呼びます。

 池澤 現状からもう3歩ぐらい前に出る。リアリティーを保ったまま。

 鴻巣 予言者的ですね。60年代後半の『食べられる女』で女性の摂食障害を書き、70、80年代には、いじめや多重人格症を小説に取り入れた。

 中島 他にも製薬会社や保険会社に都合のいい病気の開発とか、現代社会への厳しい批判がある。

 池澤 彼女の警告に、現実が近づいていく。そして、センチメンタルでない。そのへんが北米的かな。つい、カズオ・イシグロの『私を離さないで』と比べてしまった。

 鴻巣 あれはクローンですね。

 池澤 イシグロはクローンについてはサッと書いて、一定の年齢での死や看取りの悲しみに力を尽くしている。立ち位置がずいぶんちがう。

 中島 イシグロは、読者自身の記憶に特殊な少女・少年時代を生みつけるような怖さを作り出しますね。

 池澤 だから読者は共感ないし同情を抱く。つまり、身につまされる。アトウッドには一切それがない。

 中島 最後に明かされる人類滅亡の理由は意外でしたが、爆発感染(パンデミック)が簡単に起こり得る怖さは残ります。

 池澤 今の消費社会の肌触りを実にうまく捉えている。ぶっ飛んでいるようだが、全然そうでない。だけど、福島の原発事故のような現実に小説は負けてしまいますね。

 ◆名もなき人たちのテーブル マイケル・オンダーチェ著、田栗美奈子訳(作品社・2730円)

 ◇少年が見た「迷宮」の船--鴻巣氏

 池澤 オンダーチェは旧英領のスリランカ出身で、同じく旧英領のカナダに移住した珍しい作家です。

 中島 11歳で渡英してパブリックスクールで教育を受け、19歳で兄弟のいるカナダに行きました。

 池澤 内戦を描いた作品もあるけれど、これは軽くて楽しい。限られた時間と空間にどれだけ詰め込めるか、ゲームのようにして書いている。

 中島 11歳の少年の21日間の船旅。「ディケンズの少年ものを自分版で書いてみたよ」という感じ。

 池澤 オリバー・スリランカ・ツイストかな(笑い)。物語の作り方を守って嫌みなく仕上げている。原題は『The Cat’s Table』。

 鴻巣 <キャッツ・テーブル>というのは「劣等席」ですね。そこにいる人たちは普段、表舞台から見えない。だからかえって、いろんなものが見える場所に入っていける。色彩の洪水のような植物のある部屋とか、船全体が迷宮のようでした。

 池澤 主人公は隙間(すきま)をくぐって上流階級の甲板まで行ってしまう。船の中の階層・階級社会を縦断的に動ける特権的な子供という存在です。

 鴻巣 子供だから理解できない分、かえって本質を映し出すこともあります。ポンと提示するだけで解釈しない。でも読者には分かる。

 池澤 10年、20年後の自分に振り返らせて理解させることもあるけれど、神の視点は絶対に使わない。条件が厳しいほうが面白い。でも、代表作『イギリス人の患者』のほうがもっと面白かった。あの小説もつくづく作り物だけれど、過去のある4人のエピソードを極めて詩的な文体で描いている。

 鴻巣 断片を重ねて過去と現在を行き来する物語。ぼんやりした文体で始まり、中盤で初めて括弧付きの台詞(せりふ)が出て来ます。耳の栓が抜けたみたいに声がスコーンと響き渡るのが鮮やかで、文学ってこんなことができるのかと驚かされました。

 池澤 映画のほうはメロドラマになってしまって面白くない。

 鴻巣 この『名もなき人たちのテーブル』にも、囚人が夜、甲板を散歩したり、変な植物だらけの部屋で食事したり、文字で読めてよかったと思えるシーンが多かった。

 中島 「この先も、僕を変えるのはいつだって、人生のさまざまな<キャッツ・テーブル>で出会う、彼らのような他人たちなのだ」というフレーズも、とても印象的でした。

 池澤 それこそ、移民として苦労してきた出自にかかわる人間観じゃないかな。イギリスに対するスリランカ人やカナダ人のことですよ。

 中島 キャッツ・テーブルの人たちの持つ周辺性、端っこ性ですね。

 ◇ブッカー賞の功績--中島氏

 池澤 3人の作品を読むと、カナダ文学である以前に英語圏の文学が感じられます。社会性が前に出て哲学性が一歩下がり、作者と登場人物に距離がある。例えば、私小説の扱い。フランスや日本の作家は、自分の子供が死んだことを書く。英語圏の作家はやらない。登場人物を作って動かすけれど自分の手の跡は残さない。そういう突き放した姿勢が歴然とある。つまり、お話を作っている。だからディケンズのよう。

 中島 3人ともブッカー賞に関係がありますね。

 鴻巣 マンローは国際ブッカー賞だけど、確かにブッカー絡みです。

 中島 私、実はブッカー賞好きなんです。ディケンズ的な英語文学の伝統を守りつつ、旧植民地の作家に多く授賞してきましたね。

 ◇旧植民地と女性の力--池澤氏

 池澤 旧植民地の人たちは苦労してきたのに、出版社もなくて苦労を小説にできなかった。埋もれた才能がイギリス出版界という場を与えられ、英文学は一気に広がった。ブッカー賞はそこをすくい上げてきた。

 中島 今や英米の白人男性は何を書いても評価されないとも(笑い)。

 池澤 そういう意味で、探偵小説は実にイギリス的ですね。探偵に都合の良い論理だけでできている。ホームズの推理は、正しくない可能性も十分ある。でも、それを認めると小説が成り立たない。

 鴻巣 他の可能性がさりげなく排除されているんですね。

 池澤 それを裏付けるのが固定的なイギリス社会のエスタブリッシュメントの論理。探偵を特別扱いする。逆にこれを壊すのがフェミニズムやポスト・コロニアリズムなんです。

 鴻巣 探偵小説は帝国主義の論理や家父長制の権威でできている。

 中島 今年のブッカー賞は、エレノア・カットンというニュージーランドの若い女性作家でした。

 鴻巣 28歳、カナダ出身ですね。

 中島 女性作家の地位が低いらしく、向こうの友人は、彼女の受賞をすごく喜んでいて……。

 池澤 文学賞の一番面白い機能ですね。価値の基準がひっくり返る。

 中島 ノーベル賞も、マンロー以前は政治性・社会性に高評価、という印象がありましたが。

 鴻巣 マンローへの授賞理由は「短編の名手」と一言だけ(笑い)。

 池澤 短編は文学の基本形。政治的な主張に影響されずに楽しめる。

 中島 とにかく、マンローはゆっくり読むのをお薦めしたいです。=鼎談(ていだん)書評は随時掲載
    --「今週の本棚:鼎談書評 カナダからみる英語文学 評者・池澤夏樹、鴻巣友季子、中島京子」、『毎日新聞』2013年12月29日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20131229ddm015070033000c.html:title]

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覚え書:「今週の本棚・新刊:『国家と音楽家』=中川右介・著」、『毎日新聞』2013年12月29日(日)付。


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今週の本棚・新刊:『国家と音楽家』=中川右介・著
毎日新聞 2013年12月29日 東京朝刊

 (七つ森書館・2940円)

 二つの世界大戦と東西分裂を経験した二十世紀は、音楽家にとっても艱難(かんなん)の世紀であった。ヒトラーやスターリンら独裁者が先導する全体主義ほど、個人の尊厳や表現の自由といった芸術の根源と激しく相反するものはないだろう。刃向かえば命を落とすかもしれない極限状況で、音楽家はどう行動したのか、本書は描出する。

 フルトヴェングラーは、「ドイツ音楽にとっては優しく気前のいい庇護(ひご)者だった」ヒトラーのナチ式敬礼に応じず、握手のために右手を差し出し、ささやかな抵抗を試みた。スターリン政権下を生きたショスタコーヴィチは、オペラで「耽美(たんび)主義的形式主義者」と批判され強制収容所送りの瀬戸際まで追い詰められた。

 だが後に、前者はナチスドイツで指揮活動を続けたことで、後者はスターリン讃歌(さんか)ともいえる「森の歌」を作曲したことで批判されてしまう。そんな非情な世紀の末、バレンボイムはイスラエルとパレスチナの和解のために宗派や国籍を超えたユースオーケストラを結成した。二十一世紀に本格化するこの活動にこそ、音楽が開く希望の地平線が見えてくる。(広)
    --「今週の本棚・新刊:『国家と音楽家』=中川右介・著」、『毎日新聞』2013年12月29日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20131229ddm015070045000c.html:title]

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覚え書:「みんなの広場 民主主義が滅んだ年」、『毎日新聞』2013年12月29日(日)付。


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みんなの広場
民主主義が滅んだ年
無職 64(東京都葛飾区)

 2013年は、特定秘密保護法成立によって、日本の民主主義が滅んだと歴史に刻まれるのではないかと思います。

 秘密保護法成立の翌日、安倍晋三首相が言った通り、街頭の秘密保護法反対の声は急激に静まってしまいました。しかし、今ここで声を上げるのをやめてしまったら、政府の思うつぼです。次の選挙までには、国民は秘密保護法のことなど忘れるだろうと思っている自民党の暴走を加速させるだけです。

 秘密保護法の先には改憲があり、早晩、日本は戦争のできる国になることは明らかです。将来の若者たち、子供たちを悲惨な戦禍に巻き込む法律が平和国家といわれた日本にあってよいはずがありません。この法律を廃止させるまで、声を上げ続けなければと思います。声を上げない民は、この法律を支持していると言った政治家がいました。それは、まやかしだということをはっきり知らせるためにも、決して黙してはならないと思っています。
    --「みんなの広場 民主主義が滅んだ年」、『毎日新聞』2013年12月29日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20131229ddm005070007000c.html:title]

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覚え書:「みんなの広場 安倍政権の暴走止まらず」、『毎日新聞』2013年12月30日(月)付。


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みんなの広場
安倍政権の暴走止まらず
67(長崎県大村市)

 辺りの景色が一変した。荒涼とした冬景色。

 ことの始まりは昨年の師走総選挙だったが、今夏の参院選がだめ押しをした。衆参のねじれが解消した国会にはもはや安倍政権の暴走を食い止める力はない。日本版NSC設置、特定秘密保護法強行制定に続き、来年には集団的自衛権容認の閣議決定がなされよう。憲法改正などに手間ひまかけるまでもない。

 この3点セットで米軍とともに自衛隊が軍事行動をとることは可能になる。「右翼の軍国主義者」と自称してみせる政治家を総理に選んだのだから、戦争ができる普通の国への道は想定された。麻生太郎氏と石破茂氏の妄言は、偽りのない彼らの本音に違いない。

 社会から遠近法が失われてしまった。眼前の平べったい利害得失がすべての「今だけ、カネだけ、自分だけ」という不気味で不思議な国。オリンピック開催に乱舞する国民は、戦争にもたやすく熱狂するかもしれない。ヒロシマやナガサキ、フクシマを忘れ果てて。
    --「みんなの広場 安倍政権の暴走止まらず」、『毎日新聞』2013年12月30日(月)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20131230ddm005070100000c.html?inb=ra:title]

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覚え書:「特定秘密保護法に言いたい:超党派のチェック機関を--歴史家・色川大吉さん」、『毎日新聞』2013年12月28日(土)付。


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特定秘密保護法に言いたい:超党派のチェック機関を--歴史家・色川大吉さん
毎日新聞 2013年12月28日 東京朝刊


 ◇色川大吉さん(88)

 1941年12月8日、私は仙台市の旧制二高(現東北大)の寮にいた。友人に「大変なことになった。アメリカと戦争だ」と言われた。驚くと同時に「僕らも戦地へ送られるんだな」と思った。

 特定秘密保護法案を読み、真っ先にこの日を思い起こした。総力戦になる以上、開戦に先立ち国民に呼びかけがあると思い込んでいたが、実際は秘密裏で不意打ちだった。戦争は突然始まった。

 私は44年、旧東京帝国大在学中に学徒出陣し、海軍将校として三重県の航空基地に赴任。同世代の部下から特攻隊員として約30人を選ぶ苦渋の決断をした。二度と繰り返したくない。

 特定秘密保護法は、時の政権次第で戦争への道を開きかねない。安全保障に関わる秘密とは何か、どんな行為が処罰されるのか。すべてあいまいだ。憲法が保障する基本的人権を損なう恐れがあり、国が言論や表現の自由を奪った戦前の治安維持法や軍機保護法を思い起こさせる。早急に情報公開の仕組みを整え、拡大解釈や不当な秘密指定がないよう、国会内に超党派のチェック機関を設ける対策が必要だ。

 国民的な論議が高まらないことを危惧する。明治の大日本帝国憲法、戦後の日本国憲法の制定時には多くの市民による自発的議論があった。子や孫の時代を想像し、国家が市民の生命や財産を脅かす情報を隠すことがないよう、根気強く声を上げ続けなければならない。【聞き手・春増翔太】=随時掲載

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 ■人物略歴

 ◇いろかわ・だいきち

 1925年生まれ。東京経済大名誉教授。明治期に農民有志が起草した「五日市憲法草案」を68年に発見。
    --「特定秘密保護法に言いたい:超党派のチェック機関を--歴史家・色川大吉さん」、『毎日新聞』2013年12月28日(土)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20131228ddm012010042000c.html:title]


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覚え書:「特定秘密保護法に言いたい:国家間の本質、描写困難に--ノンフィクション作家・西牟田靖さん」、『毎日新聞』2013年12月27日(金)付。


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特定秘密保護法に言いたい:国家間の本質、描写困難に--ノンフィクション作家・西牟田靖さん
毎日新聞 2013年12月27日 東京朝刊


 ◇西牟田靖さん(43)

 日本の国境地域や、日本がかつて領土としていたアジア、太平洋地域を回り「ニッポンの国境」など、日本の足跡をたどる著作を発表してきた。

 30歳のころ、北海道を原付きバイクで回った時、対岸にサハリン(樺太)が見えた。近くなのに、すぐには行けない土地が気になったのが取材のきっかけだ。

 たとえば、尖閣諸島の一つで、今も個人所有のままの久場島(くばしま)(沖縄県石垣市)を調べたことがある。在日米軍の射爆場とされており、情報公開請求したが、米軍と地主との契約書などの基本情報でさえ、プライバシーや安全保障上の理由で大部分が非開示にされた。部分開示された書類に添付された土地の登記簿も、地番や所有者名が黒塗りだった。

 契約書は本土復帰前の琉球政府時代には明らかにされていた。秘密にすべきだとは思えないし、そうした事実が開示されないと物事を深くえぐって描くことは難しい。

 特定秘密保護法ができた。政府は「一般の人には直接関係がない」と言うが、公務員が萎縮すれば、じわじわと影響が出るだろう。また、ノンフィクションの取材がより困難になるのは間違いない。

 国境地域の取材の際は、悩んだ末に通常なら認められない方法を取らざるを得ない場合もある。社会にそうした行為を許容しない空気が強まるかもしれない。その結果、国同士の問題に潜むからくりや本質が描かれず、埋もれてしまうことを恐れている。【聞き手・青島顕】=随時掲載

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 ■人物略歴

 ◇にしむた・やすし

 1970年生まれ。「僕の見た『大日本帝国』」で注目を集める。「<日本國>から来た日本人」を今月出版した。
    --「特定秘密保護法に言いたい:国家間の本質、描写困難に--ノンフィクション作家・西牟田靖さん」、『毎日新聞』2013年12月27日(金)付。

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覚え書:「絵本で読みとく宮沢賢治 [編]中川素子、大島丈志」、『朝日新聞』2013年12月22日(日)付。

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絵本で読みとく宮沢賢治 [編]中川素子、大島丈志
[掲載]2013年12月22日   [ジャンル]文芸 ノンフィクション・評伝 

 宮沢賢治の童話は盛んに絵本化されてきた。1948-2012年に出た賢治絵本は247点にのぼる。特に「どんぐりと山猫」「注文の多い料理店」が多い。本書では美術と絵本の研究者中川素子ら18人が絵本によって、賢治と賢治童話を多角的に読みとく。
 近代文学研究者の大島丈志は、賢治童話には多くの隙間があり、多様な読み方ができると指摘する。たとえば「注文の多い料理店」の、山猫に脅された紳士の顔が「くしやくしやの紙屑(かみくず)」のようになる場面。絵本で朝倉摂は恐怖でしわだらけの顔を描く。一方、スズキコージはしわは描かず、への字の口で苦しみを表現する。対照的な描写が興味深い。今年の賢治研究の実りの一冊。
     ◇
 水声社・3675円
    --「絵本で読みとく宮沢賢治 [編]中川素子、大島丈志」、『朝日新聞』2013年12月22日(日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013122200007.html:title]

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絵本で読みとく宮沢賢治

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日記:「一つの民族を愛したことはないわ.ユダヤ人を愛せと? 私が愛すのは友人.それが唯一の愛情よ」(ハンナ・アーレント) 映画『ハンナ・アーレント』印象録


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●クルトの家
 アーレントを迎えるリフカ.
アーレント 「リフカ,なぜ黙ってたの?」
リフカ 「クルトが“言うな”と」
 看護師についてクルトの寝室に入るアーレント.
 クルトのアライ息づかいが聞こえている.
 眠っているクルトの傍らに座り、クルトの手に触れるアーレント.
 ベッドに置かれている新聞.
アーレント 「クルト,一体どうしたの?」
 目を開けたクルト.
 微笑むアーレント.
クルト 「今回はやりすぎだ」
アーレント 「今日はやめましょう」
クルト 「今回の君は冷酷で,思いやりに欠けてる」
アーレント 「全部読めば分かるわ」
 新聞を手にするクルト.
クルト 「読もうとした」
アーレント 「私より他人の意見を信じるの?」
クルト 「イスラエルへの愛は? 同胞に愛はないのか? もう君とは笑えない」
 顔を背けるクルト.
 アーレントの顔から微笑みが消える.
アーレント 「一つの民族を愛したことはないわ.ユダヤ人を愛せと? 私が愛すのは友人.それが唯一の愛情よ」
 クルトの肩に手をかけ、顔を寄せるアーレント.
アーレント 「クルト,愛してるわ」
 アーレントに背を向けるクルト.
 黙ってクルトの身体に手を置くアーレント.
    --『マルガレーテ・フォン・トロッタ監督作品「ハンナ・アーレント」パンフレット』岩波ホール、2013年、30頁。

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鑑賞から1カ月近くたっていますが、少しだけ映画『ハンナ・アーレント』の印象録を残しておきます。

「悪の凡庸さ」と善悪・美醜を見分ける「考える力」についてはほとんど言及されまくりですので、それ以外の点でひとつだけ、これまたアーレントらしいなというところがありましたので、その部分をご紹介しておきます。

アーレントが「ニューヨーカー」誌にアイヒマン裁判の傍聴記を発表して以来、アーレントは「反ユダヤ主義」とのレッテルを様々な人々から投げつけられます。

作中でもその様子は脊髄反射の「狂気」の如く描かれておりますが、イスラエルからやってきたジークフリートが、盟友クルト・ブルーメンフェルトの体調が優れないことをアーレントに伝え、アーレントは再びイスラエルへのクルトの家を訪問します。そこでのやりとりが非常にアーレントらしいのです。

アーレントがアイヒマンの「凡庸さ」を指摘することに、クルトは怒りを隠せない訳ですが、そのなかで、

クルトは「イスラエルへの愛は? 同胞に愛はないのか? もう君とは笑えない」といい、アーレントは「一つの民族を愛したことはないわ.ユダヤ人を愛せと? 私が愛すのは友人.それが唯一の愛情よ」と応える。

自ら反ユダヤ主義のヨーロッパで虐殺の恐怖と隣り合わせで生き抜いたアーレントがユダヤ人に対する所行を知らぬわけがない。しかしながら、「私が愛すのは友人」と応える。

属性が先立つわけではないし、アーレントに愛がないわけでもない。しかしアーレントのこの発言はひとつの勇気ある発言なのではないか、そしてひととひとがどう繋がるのかということに関して極めて大切なポイントを吐露している……のではないかと。

誠実に生きるとは一体、何なんだろうか……。アリストテレスを引けば、身近なところに注目するしかないのでしょう。それは枠組みの違う誰かにそれを決めてもらおうとすることではない。それがdenkenの意味である。

後日、アーレントは、講演「暗い時代の人間性について」のなかで、友情について論じておりますので、以下にその抜き書きを紹介しておきます。

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 私がここで友情という話題を取り上げたのは、それがいくつかの理由から人間性の問いに関して極めて重要な意味を持つように思われるからですが、この友情というテーマを経由して、再びレッシングに話しを戻しましょう。周知のように古代の人々は、人間の生活には友人ほど欠かせないものはない、更に言えば、友人のいない生はそもそも生きるに値しないとさえ思っていました。しかしながら、そこには、不幸の中で友人の助けを必要とするような発送の出番はほとんどありませんでした。彼らはむしっろその逆に、人間にとって、他者、つまり友人が共に喜んでくれない幸福はあり得ない、と確信していたのです。無論、真の友人には不幸の中で初めて出会えるという諺の知恵にも一理あります。しかし、私たちが不幸によって教えられるまでもなく、自然に真の友人とみなす相手というのは、私たちが躊躇なく幸福を見せてやりたいと思う人、この人となら喜びを分かち合えると思える人ではないでしょうか。
 私たちは今日、友情をもっぱら、友人たちが世界とその要求に煩わされることなく、互いに魂を開示し合える親密性(intimitat aウムラウト)の現象と見なすことに慣れています。この見解の代表者はレッシングではなく、ルソーです。この見解は、近代的個人の世界からの疎外(Weltentfremdung)に対応しています。実際、近代的個人は、あらゆる公共性を離れた、親密性の中での顔つき合わせた出会いにおいてしか自己を表明できないのです。そのせいで私たちには、友情の政治的重要さを理解するのが難しくなっているのです。アリストテレスが、「フィリア」、つまり市民の間の友情は、健全な共同体の基本的要請の一つであると書いているのを読んだ時、私たちは、彼がもっぱら市の内部の党派闘争とか内戦がない状態について語っていると考えがちです。しかしギリシア人にとって、友情の本質は会話の内にあるのです。そしてまさに持続的な相互の語り合いを通して、市民はポリスへと統合されると考えられていました。そしてそうした会話の中で、友情とそれに固有な人間性が有する政治的意味が顕在化してくるのです。なぜならそのような会話は(個人が自分自身について語る親密性の会話とは違って)、たとえ友人の現前性に対する喜びにかなり影響されているにせよ、共通の世界に関わっているからです。共通の世界は、人間たちによって持続的に語り続けられない限り、文字通り’非人間的’なものに留まることになります。世界が’人間的’であるのは、人間によって作り出されたからではありません。また人間の声が鳴り響くことを通して、人間的なものになるわけでもありません。会話の対象になった時に初めて、世界は人間的になるのです。私たちが世界の亊物にどれだけ強く影響されたとしても、世界がいかに深く私たちを刺激し、興奮させたとしても、私たちが、私たちの同輩と共に世界について語り合わない限り、世界は私たちにとって人間的なものにならないのです。会話の対象になり得ないものであっても崇高なもの、恐ろしいもの、あるいは不気味なものであるかもしれませんし、人間の声を通して世界の中に響きわたるかもしれませんが、”人間的”ではないのです。私たちは、自分自身の内で、そして世界の中で起こっていることについて語ることを通して、それを人間化(vermenschlichen)するのであり、また、そうした語りの中で、私たちは人間であることを学ぶのです。
 友情の会話の中で現実化するこうした人間性を、ギリシア人たちは「フィラントロピア philanthropia」、「人間への愛」と名づけました。フィラントロピアは、世界を他の人間たちと分かち合おうとする姿勢を通して明らかになります。その反対項、人間嫌い(Missanthropie)、あるいは、人間への憎しみの本質は、人間嫌いな人が世界を分かち合う相手を見出だせないこと、いわば共に世界、自然、コスモスを喜ぶに値すると見なし得る相手を見出だせないことにあります。こうしたギリシアのフィラントロピアが、ローマの「フマニタス=人間性 humanitas」に移行するに際して、いくつかの変化がありました。その中で政治的に最も重要なものは、ローマにおいては極めて多様な素性、血統の人々がローマ市民権を獲得し、世界や人生に関する教養あるローマ人たちの会話に参加することができたという事実に対応しています。こうした政治的背景のおかげで、ローマの「フマニタス」は、近代において「フマニテート=Humanitat aウムラウト」と呼ばれているものから区別されるのです。近代における「フマニテート」は、しばしば単なる教養幻想しか意味しません。
 人間的なもの(das Humane)が熱狂的なものではなく、むしろクールであること;人間性が兄弟愛ではなく、友情(Freundschaft)において証明されること;友情とは、親密で個人的なものではなく、政治的要求を掲げ、世界に関わり続けるものであることーーこれら全ては、私たちにはもっぱら古代の特徴に見えるので、『ナタン』という作品の内にこれと極めて似た特徴が見出されることに私たちは混乱してしまうのです。この作品は近代的なものですが、これを友情についての古典的演劇と呼ぶことは不当ではないでしょう。そうした要素の一つとして、作品に奇妙な印象を与えている、ナタンがテンプル騎士に、そして出会う人全員に対して発している「私たちは友人であるはずです、そうですね」という言葉があります。
 明らかにレッシングにとって友情は愛の情熱よりもずっと重要であったのです。
だからこそ彼は恋愛物語を手短に打ち切って、それを、友情へと義務づけ、愛を不可能にする関係へと転換することができたのです。この作品の劇的緊張はもっぱら、友情及び人間性と真理の間で引き起こされる葛藤にあります。これは近代人であれば違和感を覚えるかもしれない点ですが、そこには、古代に属すると思われる意識や葛藤への独自な近さが認められます。とどのつまり、そして最終的に、ナタンの知恵はもっぱら、友情のために真理を犠牲にする覚悟のうちにあるのです。
 レッシングは周知のように、真理について極めて非正統的な見解を抱いていました。彼はいかなる真理もーー神の摂理によって与えられたと思われるものも含めてーー受け入れようとせず、また、他人のものであれ、自分のものであれ一定の論証を通して導き出されてくる”真理”を押しつけられることを拒みました。もし彼を、「ドクサ=意見」か「アレテー=真理」かというプラトン的な二者択一の前に立たせたすれば、彼がどちらを選ぶか疑問の余地はないでしょう。
    --ハンナ・アーレント(仲正昌樹訳)『暗い時代の人間性について』情況出版、2002年、47-51頁。

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(以下は小ネタ的な蛇足)
個人的には、学部の第1外国語がドイツ語で佳かったとはひさしぶりに実感した(ドイツ語で単位を落として留年したし、後期博士はフランス語で受験した)。劇中、『ハンナ・アーレント』の話者は巧みにそれを使い分けるのだけど、ヨーロッパ知識人がアメリカという対極で生きる雰囲気はもの凄く伝わった。


アーレントは、アメリカを『パラダイス』というわけなのだけど、ほんと、これは字義通りなんだろう。面倒臭くなければ、印欧語におけるその言語系譜を参照されたしw

[http://www.youtube.com/watch?v=WOZ1JglJL78:movie]

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覚え書:「キノコ切手の博物館 [著]石川博己 [評者]三浦しをん(作家)」、『朝日新聞』2013年12月22日(日)付。


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キノコ切手の博物館 [著]石川博己
[評者]三浦しをん(作家)  [掲載]2013年12月22日   [ジャンル]文芸 科学・生物 

■鮮やかな美術書のような味わい

 40年近くも「世界のキノコ切手」を収集しつづけている著者による、キノコ愛&切手愛あふれる本。キノコをモチーフにした各国の切手が、フルカラーで紹介される。
 著者は、実物のキノコを野山で観察するのも大好きなのだそうだ。実感に基づき、切手に登場するキノコを親切かつ丁寧に解説してくれる。本書の隅々まで神経が配られていて、色鮮やかなキノコ切手を、図鑑のようにも美術書のようにも味わえた。「こんなに奥深く楽しい趣味があるのか」と、キノコ切手収集の道に覚醒してしまいそうだ。
 いや、著者の情熱を、「趣味」の一言で片づけていいのか? 自身のコレクションに抜けがあることに気づいた著者は、「慢心していたわけでもなかったのですが」と内省するのだった。趣味であるはずの切手収集が、ほとんど修行の域に達している!
 だれかの情熱に触れると、なぜかひとは幸せを感じる。眺めるうちに笑顔になった一冊だ。
     ◇
 郵趣サービス社・1680円
    --「キノコ切手の博物館 [著]石川博己 [評者]三浦しをん(作家)」、『朝日新聞』2013年12月22日(日)付。

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覚え書:「自殺 [著]末井昭」、『朝日新聞』2013年12月22日(日)付。


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自殺 [著]末井昭
[掲載]2013年12月22日   [ジャンル]文芸 ノンフィクション・評伝 

 小学生にして母をダイナマイト心中で失った著者のつづる、人の生き死にをめぐるエッセー。といっても、そこは「写真時代」「パチンコ必勝ガイド」を世に送った鬼才編集者、エロや幽霊や神さまが登場し、自身の不倫や前妻との愁嘆場が、これでもかとばかり書いてある。先物取引での失態もやけくその裸歩きも、欲も得も借金も、オールさらけ出しだ。死を考えているあなた、「感性が鋭くて、それゆえに生きづらい人」がいなくなると、世の中が世渡り上手で厚顔な「世間サマ」だらけになっちゃうという、正直な著者の、わがままな嘆きに耳を傾けてほしい、そして、どん底にいるダメな自分の面白さ愛らしさに、この本で気づいて。
     ◇
 朝日出版社・1680円
    --「自殺 [著]末井昭」、『朝日新聞』2013年12月22日(日)付。

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覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 代議制民主主義への不信=湯浅誠」、『毎日新聞』2013年12月25日(水)付。

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くらしの明日
私の社会保障論
代議制民主主義への不信
政治の暴走と国会弱体化
湯浅誠 社会活動家

 「決められない政治」と揶揄されていたのが遠い昔のようだ。今年はずいぶんと「政治の暴走」がやり玉に挙がった。
 国会のねじれが解消し、良くも悪くも「安定した政治」が実現した。国会における法案の成立率は高くなった。しかし、国会の権威が回復したようには見えない。
 背景の一つは「民意とのねじれ」だ。昨年の衆院選(選挙区)で自民党は約4割の得票率で8割の議席を得た。投票率を6割と考えれば、自民党は全有権者の4分の1の「民意」で国会の圧倒的多数を占めたことになる。小選挙区制ではわずかな得票率の差が、大きな議席獲得率の差となって表れる。国会の多数派が国民の多数派とは限らない。
 もう一つは、政府(行政)、司法と国会の関係に変化が出ていることだ。「安倍1強体制」と言われる官邸主導の下、国会や政党の力が低下した。特定秘密保護法案では、国会による政府の監視機能を弱めるような法律を国会が自ら成立させてしまった。
 政府と自民党の関係も「政高党低」に。かつて社会保障や農業政策で絶大な力を持っていた自民党政調が弱体化し、官邸に意見できなくなった。
 司法も、国会に対して強い態度に出た。1票の格差をめぐっては「違憲状態」との指摘にとどまったが、最高裁では婚外子の相続差別を違憲としたり、性同一性障害で性別変更した夫とその妻の間に人工授精で生まれた子の親子関係を認めたりする判決が相次いだ。国会の自浄作用を見限ったような判決だ。
 私は「政治不信の質的深化」を指摘してきた。政治不信の対象が、個々の政治家や政党から、代議制民主主義というシステム自体に向かっているのではないか、と考えたのだ。
 立法・行政・司法による三権分立のパワーバランスが変化し、「国権の最高機関」(憲法41条)であるはずの国会が弱体化した。「決められない政治」は解消したが、代議制民主主義はより深いところで掘り崩されている、とみることもできる。
 戦前のように、軍部が国会のコントロールから果てしなく逸脱していくような事態は起こらないだろう。しかし、国民の代表たる国会が弱体化するということは、つまり、民意が軽視されるということだ。
 私たちは「民意と乖離した国会」を批判するのに忙しい。しかしその結果、国会がさらに弱体化すれば、それは私たちが自分で自分の首を絞める結果をももたらしかねないということを、そろそろ真剣に考えるべきなのではないかと思う。
 「歴史」は常に後ろから振り返るものだが、同時に、そこからの知見を未来に投影するためのものでもある。
ことば 決められる政治
8日に閉会した臨時国会で、政府提出法案の成立率は87%だった。国家安全保障会議(日本版NSC)設置法、特定秘密保護法など、国の将来を左右する重要な法律が次々と成立した。だが、内実は数に任せた強行採決の連発。国会終盤の「駆け込み採決」も相次いだ。
    --「くらしの明日 私の社会保障論 代議制民主主義への不信=湯浅誠」、『毎日新聞』2013年12月25日(水)付。

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覚え書:「HELLO WORLD―「デザイン」が私たちに必要な理由 [著]アリス・ローソーン [評者]隈研吾(建築家・東京大学教授)」、『朝日新聞』2013年12月22日(日)付。


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HELLO WORLD―「デザイン」が私たちに必要な理由 [著]アリス・ローソーン
[評者]隈研吾(建築家・東京大学教授)  [掲載]2013年12月22日   [ジャンル]アート・ファッション・芸能 

■消費して生きるという原罪性

 デザインの現在がわかるだけでなく、時代の核に直接さわる臨場感、スピード感があった。今やデザインが、企業の命運だけでなく、時としてコミュニティーや国の未来を、決定し始めたからである。ジョブズが率いたアップル社のデザイン戦略は、そのようにして、この10年の世界をふりまわした。ジョブズも、秦の始皇帝のデザイン政治とともに、この本の主役である。
 ではデザインの何がどう変わることで、世界を動かすようになったのか。まず「物」をデザインする時代が終わり、人と人とのコミュニケーションという非物質的領域が、デザインの主戦場となった。
 さらに主役がデザイナーから、「みんな」へと変わった。ネット時代においては、誰もが自分自身でデザインしたいし、それが可能となった。デザインが特定の「物」や企業にのみ奉仕して、「みんな」や環境に害を与えると、即座に糾弾され、炎上する。デザイナーは、この決定的に新しいデザインの拡散と民主化の状況の中で、依然として特権的専門家から抜け出せない自己矛盾に苦悶(くもん)し、新しい領域に挑戦して、自己を解体していく。
 結果として浮き彫りにされるのは、デザインという行為の本質的犯罪性である。いいかえれば、私と「みんな」、個と環境に横たわる大きな裂け目であり、矛盾である。
 なかでも象徴的な一節は、著者自身が愛用する、某電動歯ブラシへのクレームである。白い歯を作る性能において非の打ちどころがないが、無駄なパッケージと、分解不能なプラスチックの利用において、環境破壊的な、最低のデザインだと、著者は絶叫する。そこまでわかっていながら、そのブラシを使っているあなたって、いったい何なの?
 著者は、自分の矛盾を告白するだけでなく、デザインというものの矛盾を、さらに、物を消費していくしか生きられないという、人間存在の原罪性までをも、さらけ出す。
     ◇
 石原薫訳、フィルムアート社・2730円/Alice Rawsthorn デザイン評論家。米紙などにコラムを執筆。
    --「HELLO WORLD―「デザイン」が私たちに必要な理由 [著]アリス・ローソーン [評者]隈研吾(建築家・東京大学教授)」、『朝日新聞』2013年12月22日(日)付。

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覚え書:「野生のオーケストラが聴こえる―サウンドスケープ生態学と音楽の起源 [著]バーニー・クラウス [評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)」、『朝日新聞』2013年12月22日(日)付。


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野生のオーケストラが聴こえる―サウンドスケープ生態学と音楽の起源 [著]バーニー・クラウス
[評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)  [掲載]2013年12月22日   [ジャンル]アート・ファッション・芸能 

■耳を澄ませば現れる「音の風景」

 バーニー・クラウスは、スタジオ・ギタリストとしてキャリアをスタートさせた。ポール・ビーヴァーと出会い、二人で『地獄の黙示録』『ローズマリーの赤ちゃん』などの有名映画やテレビの音響を手掛けると共に、ビーヴァー&クラウスとして5枚の不思議なアルバムを発表した。
 だがビーヴァーが急逝し、独りになったクラウスは、40歳で音楽業界を去って大学院で海洋生体音響学を専攻、クリエイティブ・アートの博士号を取得した。本書は「サウンドスケープ(音の風景)」の先駆者であるクラウスの半・自伝であり、彼の考えを開陳した一冊である。
 「自然の音を求めて音楽業界を後にしたと思われるかもしれないが、そうではなく、音楽業界にいたからこそ自然の音を発見できたのである」。彼が取り組んできたのは「音の哲学」ではない。あくまでも「聴くことの実践」である。レコーディング・スタジオで得た技術や知識、マイクとヘッドホンは、サウンドスケープの探究に欠かすことの出来ないものとなる。
 音とは物理的な振動現象だ。人間の耳を機械的に拡張すること。そこには「音の風景」が、聴覚的な「自然」が、つまり「世界」が鮮やかに立ち上がる。クラウスはそれをオーケストラと呼ぶ。本書には、彼が発見した「音の風景」のエピソードが記述されている。豊かで、複雑で、美しい、自然が奏でる音楽。それらの音響は、インターネット経由で読者も聴くことが出来るようになっている。
 だが、ほんとうに重要なのは、実はそのことではない。「レコーダーはレコーダーなしでどう聞くかということを学ぶための道具」だとクラウスは言う。誰もが彼のように集音マイクを抱えて密林に入っていけるわけではない。ただ、その場で、耳を澄ましてみればよいのだ。すると必ず何かが聞こえてくる。サウンドスケープはどこにでもある。
     ◇
 伊達淳訳、みすず書房・3570円/Bernie Krause 38年生まれ。ナチュラリスト。音響生態学者。
    --「野生のオーケストラが聴こえる―サウンドスケープ生態学と音楽の起源 [著]バーニー・クラウス [評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)」、『朝日新聞』2013年12月22日(日)付。

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覚え書:「そこが聞きたい:民主主義国の政治劣化=フランシス・フクヤマ氏」、『毎日新聞』2013年12月25日(水)付。

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そこが聞きたい:民主主義国の政治劣化 フランシス・フクヤマ氏
毎日新聞 2013年12月25日 東京朝刊


 ◇変化には時間かかる--米政治学者、フランシス・フクヤマ氏

 2013年は西洋型の政治秩序に挑戦する中国の動向が耳目を集めた。一方、日本をはじめ民主主義世界では政治劣化が問題になっている。新著「政治の起源」(講談社)で近代的政治制度の出現を探った米国の政治学者、フランシス・フクヤマ氏に聞く。【聞き手・岸俊光、写真・藤原亜希】

--米誌で「歴史の始まり」と紹介された新刊「政治の起源」は、ベストセラー「歴史の終わり」(1992年)=1=とどのような関係にありますか。

 (ベルリンの壁崩壊直前の89年に「歴史の終わり」の基になった論文を発表してから)約25年たち、制度を作る困難さをより理解するようになりました。政治は前進するばかりでなく後退することもある、つまり政治劣化や政治秩序の崩壊が新たなテーマであり、「歴史の終わり」を書き直すことが新著の出発点です。

--東ティモールなどの国造りを実地に見た影響はありますか。イラク戦争に反対し、ネオコンとも決別=2=しました。

 過去20年、国際コミュニティーは「失敗国家」を安定させようと努めてきたし、米国も9・11テロ以降、アフガニスタンやイラクの安定化に苦心してきました。アメリカ人として気が付いたのは、中央の政治主体が崩壊した時、それをどう立て直すかについて考えを持ち合わせていなかったこと、権威の起源を理解していなかったことです。そこで近代的な政治制度がどうやって作られたかに興味を持つようになりました。

--中国国家の形成に強い関心を示されています。秦の始皇帝が作った中央集権化した国家権力に近代性の萌芽(ほうが)を求める点は実にユニークです。ではなぜ中国にはその後、「リベラルな民主主義」に必要な法の支配と説明責任を負う民主的な政府が生まれなかったのでしょうか。

 要素が表れる順序が重要なのですね。中国の場合、国家が先にできたために他の社会的要因を制御した。ヨーロッパには独立した市民社会や商業都市が生まれ、権力に抵抗したけれど、中国では国家がその発達を統制してしまいました。

 私が考えているのは、非常に大きな力が制度をリベラルな民主主義に収束させるということです。例えば民主主義的な説明責任というと、中国は、それは西側の考え方であって中国の伝統や文化にないと反論します。しかし政府に説明責任を持ってもらいたいとか、エリートだけでなく国民全体の利益を大事にしてほしいと願うのは普遍的であって、文化的な問題ではありません。中産階級が出現すると政府に説明責任を求めるようになります。「アラブの春」がそうでしたし、中国にも中産階級は現れています。これはリベラルな民主主義へと向かう要因です。

--あなたの祖父は農業経済学者の河田嗣郎(かわたしろう)氏(大阪商科大=現大阪市立大=初代学長)、母は戦後最初期の女子留学生・河田敏子氏、父は宗教社会学者の福山喜雄氏と、日本と縁が深い。日本政治の劣化はどう見ますか。

 日本では、小泉純一郎政権の例外はあるものの弱い政府が続いてきました。安倍晋三政権が国会の多数を占め、改革を推進できる状態にあることはチャンスだと思います。民主主義に変化をもたらすのは時間のかかるプロセスなのですね。なぜならコンセンサスを形成しなければならないし、政治的な連立を組まなければならないし、利益集団の強い力にも勝たなければならないからです。

 政治を衰退させる要素は二つあります。一つは制度が新しい状況に対応できないこと、もう一つは利益集団が国家を「占有」してしまう問題です。これは民主主義国家ばかりでなく中国の漢時代やオスマン帝国にも見られたし、日本でも今、その兆候が表れています。例えば東京電力福島第1原発事故への政府対応が遅れた原因の一端は、原子力産業全体に生じた緊密な仲間内のつながりのためでした。一方、支配的な与党がある場合に野党が陰に隠れてしまう問題は日本だけでなく、驚くにはあたりません。台湾の民進党などにも見られます。

--「歴史の終わり」で唱えた、民主主義・資本主義が最終的な勝利を収めることで社会制度の発展は終わるという仮説を修正する必要は感じていませんか。

 マルクス論者が共産主義の勝利で歴史は終わると考えたのに対して、そういうことは起きないし、方向性があるとしたら資本主義、市場主義経済であるし、リベラルな民主主義だろうと言いたかったのです。今日それに対抗するものがあるとすれば中国ですが、多くの国にとって中国がモデルになるとは思えない。中国自体も政治的、社会的な問題を抱えています。私が唱えた理論は今でも正確だと考えています。

--注目している民主主義国や政治制度があれば教えてください。

 近年、議院内閣制のドイツやオランダ、スカンディナビアの国々、英語圏のカナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどは、過剰な債務を回避しながら経済をうまく運営しています。これは米国と中国といった大国の対決とは違うものです。連邦議会が対立し、自己中心的なロビー団体が牛耳る米国の制度も本質的な問題を抱えているのです。

 ◇聞いて一言

 11月初旬に東京都内で行われたインタビューは邦訳が刊行されたばかりの「政治の起源」が下敷きになっている。人類以前からフランス革命までを扱った上下巻で、明治期に始まる日本の政治制度発展の「奇跡の物語」は来年米国で出版される続編に描かれる。「歴史の終わり」において、日本がリベラル民主主義に大まかに分類されるのは1960年以後にすぎない。特定秘密保護法を巡り政府は説明不足を問われた。民主主義の熟度が試されている。

==============

 ■ことば

 ◇1 「歴史の終わり」

 人類の政治制度を巡る思想闘争はリベラルな民主主義に収束していくかたちで最終的な決着を見たと結論づけ、冷戦後の世界に大きな論議を巻き起こした。「政治の起源」の訳者、会田弘継氏によれば、今からの歴史は平穏に推移すると予言したのではなく、近代的生活の欲求は普遍的で、人々がそれを求めれば中産階級が生まれ、必然的に政治的自由を求めることを説いたものだという。

 ◇2 ネオコンとの決別

 ネオコンとは新保守主義者。(1)1960-70年代の米政界でリベラル派から転向した保守派。(2)2000年代初頭の米政界で力の外交と民主化推進など米国の使命感を組み合わせ、対外強硬策をとった保守派。源流はニューヨークのユダヤ系移民とされる。フクヤマ氏も彼らと関係を持っていたがブッシュ(息子)政権のイラク政策に反対し、2006年刊の「アメリカの終わり」でたもとを分かった。

==============

 ■人物略歴

 ◇Francis Fukuyama

1952年、米シカゴ生まれ。ハーバード大で政治学博士号。日系米国人。「歴史の終わり」が世界的反響を呼ぶ。現在、スタンフォード大上級フェロー。
    --「覚え書:「そこが聞きたい:民主主義国の政治劣化=フランシス・フクヤマ氏」、『毎日新聞』2013年12月25日(水)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20131225ddm004070008000c.html:title]

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書評:吉見俊哉『アメリカの越え方 和子・俊輔・良行の抵抗と越境』弘文堂、2012年。


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吉見俊哉『アメリカの越え方 和子・俊輔・良行の抵抗と越境』弘文堂、読了。東アジア史とは植民地支配に軸を置く「戦時」の歴史だから、米国の覇権(戦前日本も同じ)とのねじれと真正面から格闘するほかない。本書は、アメリカと関わった鶴見「和子・俊輔・良行の抵抗と越境」(副題)の軌跡を辿り未来を構想する。


成長期をアメリカで過ごし、常に内在的に対話を試みた鶴見家の三人の思考を追うことは、アメリカのヘゲモニーを対置するだけでなく、その前身と継続である日本そのものをも問い直すことになる。「アメリカを超える」ことこそアジアの未来を見通すこと。

アメリカの「力」は解放ではないし、温存する天皇制すら対抗する力たり得ないしゴメンだ。和子の近代日本を超える契機の探究は、学の確立への専念よりも、柳田国男を経て南方熊楠へ至り、良行の目は多様な人々の生きるアジアの海へ向かう。

戦中、戦後の連続性をいち早く自覚した俊輔は、帝国日本とアメリカの「支配」を絶えず相対化させてゆく。三人の鶴見の精神史を腑分けする本書は、私たちのアメリカ認識の薄っぺらさを実感させてくれる。良行は殆ど読んでいない。これを機会に手に取りたい。

[http://www.koubundou.co.jp/books/pages/50122.html:title]


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覚え書:「近代世界システム4―中道自由主義の勝利―1789-1914 [著]I・ウォーラーステイン [評者]水野和夫(日本大学教授・経済学)」、『朝日新聞』2013年12月22日(日)付。


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近代世界システム4―中道自由主義の勝利―1789-1914 [著]I・ウォーラーステイン
[評者]水野和夫(日本大学教授・経済学)  [掲載]2013年12月22日   [ジャンル]歴史 国際 

■真骨頂の「自由貿易は保護主義」

 「長い16世紀」を扱った1巻刊行が1974年、やっと待望の4巻が出た。本書ではフランス革命の衝撃を吸収する過程である「長い19世紀」(1789-1914年)を扱い、「世界帝国」から「資本主義的世界経済」への移行プロセスを解き明かす。
 仏革命以降、保守主義、自由主義、急進主義(社会主義)という三つのイデオロギーが生まれた。1830年の7月王政で自由主義が勝利する。ルイ=フィリップは「国王」ではなく「フランス人の王」を名乗ろうとした。
 当初の「左翼」的スタンスから「中道」へと軸を移した自由主義者は、穀物条例を廃止し、1848年の欧州革命の試練を乗り切ったことで、英国では自由貿易帝国を形成し、仏国がそれを補完した。
 「近代世界システム」論の真骨頂のテーゼの一つに、「自由貿易は、じっさい、もうひとつの保護主義」がある。「それは、その時点で経済効率に勝(まさ)っていた国のための保護主義」だからである。
 そんなことは新古典派の始祖アルフレッド・マーシャルでさえ気がついていたのだが、21世紀の新自由主義者は、「レッセ・フェール=自由放任」という神話と「進歩」を信奉し続けている。
 近代世界システムの根幹をなす資本主義的世界経済は中核・半周辺・周辺から成り立ち、「不等価交換」を前提に「世界的分業」を展開する。国内にも非正規社員という「周辺」を作り出す、21世紀のグローバリゼーションはそれを地でいっているのだ。
 近代はあらゆることを細分化し、専門家が主役となった。しかしもはや市場の研究のための経済学、国家にかかわる政治学、市民社会を対象とした社会学など再結集しないと、「個人主義という羊の皮を被(かぶ)った、強力な国家のイデオロギー」に他ならぬ自由主義の本質はつかめない。
 5巻、そして6巻を一刻も早く読みたい。
     ◇
 川北稔訳、名古屋大学出版会・5040円/Immanuel Wallerstein 30年生まれ。米国の社会学者。
    --「近代世界システム4―中道自由主義の勝利―1789-1914 [著]I・ウォーラーステイン [評者]水野和夫(日本大学教授・経済学)」、『朝日新聞』2013年12月22日(日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013122200005.html:title]

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近代世界システムIV―中道自由主義の勝利 1789-1914―
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覚え書:「脳病院をめぐる人びと 帝都・東京の精神病理を探索する [著]近藤祐 [評者]荒俣宏(作家)」、『朝日新聞新聞』2013年12月22日(日)付。

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脳病院をめぐる人びと 帝都・東京の精神病理を探索する [著]近藤祐
[評者]荒俣宏(作家)  [掲載]2013年12月22日   [ジャンル]科学・生物 医学・福祉 


■別角度の文学史が見えてくる

 日本近代の精神科病院は、公立施設に限定するならば、都市の美観と治安を守るために路上生活者を一掃する政策から誕生した。明治5年にロシア皇太子が訪日するのに合わせ、困窮者や病者を収容すべく設置された「養育院」内の「狂人室」が起源である。
 病者には背に「狂」の字を染めた衣服が着せられ、手枷足枷(てかせあしかせ)を付けられた。明治12年にはこれが独立して東京府癲狂(てんきょう)院となるのだが、やがて有名な相馬事件が発生、発狂と称して癲狂院に押し込められた旧相馬藩主を忠臣が救いだすという大騒動となった。
 監獄まがいの悪いイメージを嫌った病院側も、癲狂という語句を抹消するが、「内分泌の多い患者の睾丸(こうがん)を別の患者の腕に移植する」怪実験が行われた戸山脳病院が業務停止になるなど、おぞましい話に付き纏(まと)われた。
 本書は知られざる脳病院の歴史を東京エリアに絞って詳述した後、後半で精神科病院が林立する大正期前後に精神を病んだ著名文学者の運命を検証する。
 芥川龍之介や宇野浩二の眼(め)に「死ぬまで出られぬ監獄」と映った脳病院の情況を筆頭に、高村光太郎が妻の智恵子を入院させることを最後まで躊躇(ちゅうちょ)し、結局は入院後すぐに彼女を亡くした事情、その脳病院で治療する側にいた歌人斎藤茂吉の心情などを読み進むうちに、精神科病院を介して意外なほど多数の文学者が深く関係を結んでいたことに驚かされる。この文脈で別角度の文学史が語れる。
 ただ、本書では作家たちの病歴や妄想幻覚の深い分析が慎重に控えられている。精神科病院に入院させられた中原中也が自宅の屋根に座って弟を見送る場面で、芥川龍之介最後の映像がやはり高い木に登っているシーンだったとする指摘などが興味深いだけに、もう少し突っ込んでもよかった。蛇足だが、中村古峡や石井柏亭の人名が誤植のままなのは、稀(まれ)な書だけに残念。
     ◇
 彩流社・2625円/こんどう・ゆう 58年生まれ。建築家。文筆家。『物語としてのアパート』『洋画家たちの東京』
    --「脳病院をめぐる人びと 帝都・東京の精神病理を探索する [著]近藤祐 [評者]荒俣宏(作家)」、『朝日新聞新聞』2013年12月22日(日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013122200006.html:title]

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脳病院をめぐる人びと: 帝都・東京の精神病理を探索する
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日記:なんというか、自分の見通しが甘かった。ものすごいスピードが速い。

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NSC設置、秘密保護法制定で、来年8月へのスケジュールについては理解していたつもりだけど、しょうじき、今日は、いきなり頭をなぐられたような感じ。

なんというか、自分の見通しが甘かった。ものすごいスピードが速い。

本気で、戦争を引き起こすのは軍人やないんですよ。

僕は、早ければ10年ぐらいで死ぬかもしれんからまだええけど、子供が不憫ですよ。
夕方のニュースをみながら、「戦争には行きたくない」といってましたわ。

厨二病ごとき幼稚な首相は、『日本よ、世界の真ん中で咲き誇れ』などと題した近著を刊行しましたが、こんなフレーズ、醜悪以外の何者でもないけれども、これは21世紀の「八紘一宇」ととらえれば、その消息が理解できる。


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安倍首相:靖国参拝 失われた国益大きい=政治部長・前田浩智
毎日新聞 2013年12月27日 東京朝刊

 安倍晋三首相にとっては1年越しの靖国参拝であり、私的心情は十分に満たされただろう。しかし、その代わりに失われた国益は大きいと考える。

 今回の参拝は第2次安倍内閣発足から丸1年となる26日に行われたのがポイント。首相にしてみれば、中韓両国に配慮し1年も参拝を我慢したのに、それを評価しない両国にこそ問題があるとアピールしたかったのではないか。

 ただ、「1年も我慢」と思うのか、「1年しか」としか思わないのか、重要なのは相手国の受け止めだ。そこに十分な思いがなかったことは中韓両国の小泉純一郎首相時代以上と思える激しい反発を見ても明らか。「参拝強行」の印象ばかりが残り、両国の不信感を増幅させただけだろう。

 失った国益を改めて考えるべきだ。靖国問題の本質はA級戦犯の合祀(ごうし)にある。日本は、A級戦犯を断罪する東京裁判を受け入れて独立を回復し、国際社会に復帰した。日本のために命を犠牲にした英霊に尊崇の念を表する首相の動機は大事だが、首相は日本国民を代表する立場。公私の区別は難しく、今回の参拝は国際約束を覆す行為と映る。在日米国大使館が出した「失望している」との異例の声明は相当に深刻だ。

 安倍首相は集団的自衛権の解釈変更を射程に置いているが、静かな環境での議論など望むべくもなくなった。周辺国が警戒感を強めるからだ。冷静な議論が求められるのに無用な誤解が妨げになるだろう。

 靖国問題はすぐれて内政問題である。A級戦犯が合祀され、天皇の靖国参拝は中断した。国民世論も割れている。なのに、「戦犯を崇拝する行為とする批判は誤解」と主張しても、割り切れるものではない。小泉政権下で、官房長官の下に有識者懇談会が設置され、「国立の無宗教施設が必要」との報告書をまとめた。日の目をみなかったが、小泉氏の参拝公約を現実対応とどう整合させるかという重い宿題を背負った会議だった。だが、この1年、こうした取り組みはなく、粗っぽさが際立つ参拝となった。

 事前準備の中で見えてきたのは、合祀されていない戦没者を慰霊する鎮霊社への追加参拝であり、英文の首相談話の用意といった程度。首相の釈明の材料となり得ても、靖国問題の根本と向き合うものではないことは言うまでもない。
    --「安倍首相:靖国参拝 失われた国益大きい=政治部長・前田浩智」、『毎日新聞』2013年12月27日(金)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20131227ddm001010194000c.html:title]

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覚え書:「みんなの広場 忌まわしい世が復活するのか」、『毎日新聞』2013年12月23日(月)付。+α

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みんなの広場
忌まわしい世が復活するのか
無職 86(奈良市)

 特定秘密保護法成立の5日前、本紙「今週の本棚」で「ある北大生の受難-国家秘密法の爪痕」(上田誠吉著)が紹介された。「大東亜戦争」勃発直後、軍機保護法違反の容疑で北海道帝国大学生の宮沢弘幸さんと米国人教師夫妻が逮捕された事件である。

 宮沢さんが旅行中の船で聞いた海軍飛行場のことを夫妻に話したことが軍事機密に当たるということだったが、非公開の裁判で逮捕理由も全く不明。飛行場の存在も広く知られていたが、まさに「何が秘密とされているのかが秘密」という体制下で起きた。そして、宮沢さんは敗戦後に釈放されたが、拷問と過酷な獄中生活で27歳で亡くなった。

 当時、身に覚えのないことで憲兵や特高警察に逮捕された。私の先輩の兄も突然逮捕されたが、その理由が分からず、先輩は一夜で髪がすべて抜けた。この北大生の話は決して珍しくなかったのだ。こんな経験や記憶のない世代の世になって、あの忌まわしい時代が復活するのだろうか。
    --「みんなの広場 忌まわしい世が復活するのか」、『毎日新聞』2013年12月23日(月)付。

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特定秘密保護法に言いたい:理由分からず逮捕される 元長崎大学長・土山秀夫さん
毎日新聞 2013年12月21日 東京朝刊

 ◇土山秀夫さん(88)

 1942年ごろだったと思う。長崎医科大付属医学専門部の学生だった兄が運動会の写真を撮影したところ、16枚のうち1枚に軍事施設が写っていたとして、スパイの容疑で憲兵隊に抑留された。学校近くの小高い丘の上に高射砲陣地があり、そのふもとが写っていたらしい。写真屋に抜き打ちで憲兵が踏み込んで、フィルムを片っ端から調べたのだった。

 そこに高射砲陣地があることは公表されていなかったし、兄も全然知らなかった。翌日、母が「偶然写ってしまっただけで、スパイではない」と訴えて釈放された。治安維持法や軍機保護法でがんじがらめにされていた戦時中、「逮捕された人間がなぜ逮捕されたのかが分からない」ということが、しばしばあった。

 特定秘密保護法案を読んだ時、兄のことを思い出した。この法律も秘密の範囲が極めてあいまいだ。極端なスパイ行為ではなく、日常のささいなことでも引っかかりかねず、本人も何が引っかかったのかが分からないということもありうる。

 秘密指定基準のチェック機関も付け焼き刃だ。第三者的な諮問機関でチェックするというが、信用できない。集団的自衛権の行使や国家安全保障会議の設置を巡る諮問機関でも、安倍晋三首相は自分の息のかかった人ばかりを集めている。

 こんな大政翼賛的な諮問機関を乱造する首相を見たことがない。特定秘密保護法は欠陥だらけであり、廃止にするしかない。【聞き手・樋口岳大】=随時掲載

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 ■人物略歴

 ◇つちやま・ひでお

 原爆投下翌日に長崎市に入り入市被爆。被爆者の救護などをした。1988~92年、長崎大学長を務めた。
    --「特定秘密保護法に言いたい:理由分からず逮捕される 元長崎大学長・土山秀夫さん」、『毎日新聞』2013年12月21日(土)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20131221ddm041010033000c.html:title]


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覚え書:「そして最後にヒトが残った [著]クライブ・フィンレイソン [評者]角幡唯介(ノンフィクション作家・探検家)」、『朝日新聞』2013年12月22日(日)付。


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そして最後にヒトが残った [著]クライブ・フィンレイソン
[評者]角幡唯介(ノンフィクション作家・探検家)  [掲載]2013年12月22日   [ジャンル]科学・生物 

■もうひとつの人類、なぜ絶滅したのか

 ネアンデルタール人と聞くだけで心が動かされるのはなぜだろう。たぶん気づかないうちに想像してしまうのだ。我々の他に高い知能をもつ人類が生きていた、その時代の、その風景のことを。
 本書は千万年前に始まる人類の歴史を包括的にたどったもので、特にネアンデルタール人の絶滅と現生人類の拡散に焦点が絞られている。これまではネアンデルタール人が絶滅したのは現生人類の干渉や侵略を受けたためだと考えられがちだったが、しかし著者によると、それは我々が知性や情緒において彼らに勝っていたという固定観念の裏返しにすぎず、さほど根拠のある話ではないらしい。そのかわり著者が用いたのが気候変動と環境変化というより大きなダイナミズムだ。
 森林に暮らしていたネアンデルタール人は筋骨を発達させ、大型動物を狩るのに適した体型になっていった。ところが当時の地球は寒冷乾燥化が進み、平原が広がり始め、彼らの居住域である森林が狭くなっていった。しかしその変化が逆に現生人類にはプラスに作用する。我々の体はしなやかで持久力に富んでいたため、平原での狩猟にも対応できたという。
 著者の主張は明快だ。つまりある生物種が生き残れるかどうかは適正な時に適正な場所にいたかどうかにかかっている。その意味でネアンデルタール人は誕生の時点で絶滅を宣告されていたようなもので不運だった。しかし考えてみると現生人類が身の程もわきまえず現在の地球で支配者然としていられるのも、単に運がよかったからともいえる。状況によっては今頃、筋骨が逞(たくま)しく脳容量の大きな人たちが、もう少し節度ある文明を築いていたかもしれないのだ。
 気になるのは両者の間に接点があったのかどうかだ。現生人類が登場した時点ですでにネアンデルタール人は後退を余儀なくされていたのだから、大きな接触はなかったというのが著者の見方だ。だが巻末の解説によると、両者の間には遺伝的変異が共有されていることが最新のゲノム研究から明らかになっており、交雑していた可能性が高いらしい。
 交雑! つまり我々の体には、ほんの少しネアンデルタール人の血が流れているのだ。思い浮かぶではないか。広い平原のどこかで我々は自分たちとは異なる身体をした人々を遠くで見かけていたのだ。その時、お互いに何を思ったのだろう。危険を感じて森の中に隠れたのか。遠巻きに見つめただけか。それとも何か友好的なやり取りがあったのだろうか。
 地球には我々以外に複数の人類が暮らす多様な世界が広がっていた。そこに想像力の翼がはばたくだけでも一読の価値はある。
     ◇
 上原直子訳、白揚社・2730円/Clive Finlayson 55年生まれ。ジブラルタル博物館館長。長年にわたってジブラルタルにあるゴーラム洞窟の調査を続けているネアンデルタール人研究の第一人者。
    --「そして最後にヒトが残った [著]クライブ・フィンレイソン [評者]角幡唯介(ノンフィクション作家・探検家)」、『朝日新聞』2013年12月22日(日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013122200003.html:title]

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そして最後にヒトが残った―ネアンデルタール人と私たちの50万年史
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覚え書:「紅白歌合戦と日本人 [著]太田省一 [評者]保阪正康(ノンフィクション作家)」、『朝日新聞』2013年12月22日(日)付。

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紅白歌合戦と日本人 [著]太田省一
[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)  [掲載]2013年12月22日   [ジャンル]アート・ファッション・芸能 

■安住の地求める大晦日の儀式

 本書の初めに、「私たち日本人が六〇年以上にわたって『紅白』を見続けてきたのは、そこに〈安住の地(ホーム)〉を見出(みいだ)してきたから」との一節がある。この〈安住の地〉が本書の中でなんども用いられる。末尾にもしめくくりの語として使われている。
 この語には多様な意味が仮託されている。共同体、ナショナリズム、あるいは歴史という語をあてはめてもいい。1951年に始まった紅白はそれ以前に伏線があったこと(占領期のGHQ=連合国軍総司令部=の思惑にどう抗するか)などが語られ、紅白誕生の秘話なども明かされる。この歌番組の戦後史を辿(たど)ることで、著者は三つの試みを行っている。日本社会の故郷喪失と再生、戦後歌謡史の歩み、歌詞を通しての日本人の心情分析。紅組司会が宮田輝という男性アナウンサーになったとき、中村メイコという司会者が「等身大の主婦」であったとき、歌手が紅白出場を断らなくなったとき、過疎化する農村を意識しての紅白の村まつり化、人生応援歌で人びとを励ます紅白への変化など、この番組は時代の中でその役割を変えていく。
 著者の調査は緻密(ちみつ)、分析は具体的で、著者自身の心情も窺(うかが)うことができるので説得力を持っている。巧みに戦後日本の正直な姿が語られていて驚かされる。たとえばしだいに軽くなっていく演歌に対して、77年の紅白で、ちあきなおみが歌った「夜へ急ぐ人」に司会の山川静夫が「何とも気持ちの悪い歌ですねえ」と感想を洩(も)らした。この発言にこだわる著者の目は紅白の本質に迫っている。このような分析は、永六輔、阿久悠の歌詞の紹介、フォークソングの語り口などにもあらわれていて、紅白歌合戦はまさに〈安住の地〉を求める日本人の大晦日(おおみそか)の儀式であり、保守基盤の確認だった。
 2012年の美輪明宏の「ヨイトマケの唄」の記述は感動的である。
     ◇
 筑摩選書・1785円/おおた・しょういち 60年生まれ。社会学者(テレビ文化論)。『アイドル進化論』など。
    --「紅白歌合戦と日本人 [著]太田省一 [評者]保阪正康(ノンフィクション作家)」、『朝日新聞』2013年12月22日(日)付。

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日記:応答することの可能性として生みだされる私


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 語りにおいて私は〈他者〉からの問いかけにさらされ、応答することを迫られ--現在の鋭い切り先によって--私は、応答することの可能性〔責任〕として生みだされる。責任あるもの〔応答しうるもの〕として、私は自分の最終的な実存に連れ戻される。こうした極端な注意は、潜在的に存在したものを現勢化するものではない。そのような注意は〈他者〉なくしては考えられないからである。注意深くあることが意味しているのは意識の剰余であり、その剰余は〈他者〉によって呼びかけられることを前提している。注意深くあるとは、〈他者〉による統御を承認し、その命令を受け入れることである。
    -エマニュエル・レヴィナス(熊野純彦訳)『全体性と無限』上、岩波文庫、2005年、368頁。

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人は誰かの呼びかけに気づいたとき、その応答を拒絶することは難しい。呼びかけへの応答を拒絶することの困難性は存在の原初に定位するのかも知れない。

人を無視するな--これをレヴィナスは、責任(responsabilite)と呼ぶが、他者の問いかけにさらされることによって、私は、応答することの可能性として生みだされる。

今日は帰省していた子供が東京へ戻ってきます。いない間は、静かで、まあ、いいものなんだナーなどと思っておりましたが、またその応答に応じていかなければならないと、などと思ったり。

さて……、1995年の今日はエマニュエル・レヴィナス師のご命日。

その学徳を偲びつつ。

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覚え書:「町村合併から生まれた日本近代 松沢 裕作 著」、『東京新聞』2013年12月22日(日)付。


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町村合併から生まれた日本近代 松沢 裕作 著

2013年12月22日


◆土地を囲って始まる社会
[評者]沼田良=東洋大教授
 およそ半世紀ごとに三度、全国規模の市町村合併を経験した国家がある。世界的にも特異な事例とされるのは、ほかならぬ我が日本である。いわゆる明治の大合併、昭和の大合併、そして平成の大合併だ。しかしこの「三大合併史観」では個々の大合併における固有の意義を誤認させると本書は言う。
 本書は、起点となった明治期を対象に、わが国初の大合併にいたる過程を検証し、その史的な意味を探ろうとした意欲作である。著者は、近代日本はこの明治期の町村合併が作ったと主張する。いわば町村合併を通して日本の「近代」を問い直す試みだろう。
 江戸期の村と町から始まって、大区小区制、三新法、備荒儲蓄法(びこうちょちくほう)、市制町村制など、明治維新から草創期にいたる様々な地方制度が取り上げられる。これらの試行錯誤の果てに、町村合併が位置づけられているわけである。
 本書のキー概念は「境界」と「近代」である。国・府県と同心円に合併町村の境界を設定し、この「行政区画の重層」によって無境界な市場を便宜的に管理する。そのようにして近代日本は立ち上がった。確かに町村合併は、法的にも「配置分合、境界変更」と称され、すぐれて境界に関わるテーマだ。
 こうした本書の構図は、ルソー『人間不平等起源論』の中の有名な一節を連想させる。ルソーは言う。誰のものでもない土地に一定の囲いを作り、これは自分のものだと宣言して周りを信じ込ませた最初の人こそ、市民社会を創設した人なのだ、と。まさに境界設定こそが近代を作り出したのだろう。
 少し違和感を覚えたところもある。明治期における国政や地方政治のディテールと、グローバリゼーションなど現代の解釈の枠組みとが、いまひとつ噛(か)み合っていないように感じられる。恐らくこれは次の研究課題なのかもしれない。ともあれ、明治地方制度史の研究に新たな一ページを加えるとともに、転換期の潮目を読むためのヒントも含む魅力的な一冊である。
(講談社選書メチエ・1680円)
 まつざわ・ゆうさく 1976年生まれ。専修大准教授、日本近代史。
◆もう1冊 
 佐々木信夫『道州制』(ちくま新書)。東京など大都市の将来像を含めて、日本の新しい地方分権のあり方を提示する。
    --「町村合併から生まれた日本近代 松沢 裕作 著」、『東京新聞』2013年12月22日(日)付。

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[http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013122202000172.html:title]


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町村合併から生まれた日本近代 明治の経験 (講談社選書メチエ)
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覚え書:「書評:剣光一閃けんこう いっせん 戦後時代劇映画の輝き 小松 宰 著」、『東京新聞』2013年12月22日(日)付。


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剣光一閃けんこう いっせん 戦後時代劇映画の輝き 小松 宰 著

2013年12月22日

◆現代に通じる美意識
[評者]浦崎浩實=映画評論家
 かつて時代劇が日本映画の(戦前は特に)主流だったのは、いわゆる近代劇を日本は持たず、劇のモデルを旧劇に依存したことに由来しよう。安定した過去に人間の物語を闊達(かったつ)に展開したのである。
 本書の眼目は、時代劇映画を遠い過去の古くさいものとしてではなく、現代人と地続きの美意識や無意識をそこに探って、我々に鑑賞回帰を促すことだ。幕末・維新もの、忠臣蔵の競作、捕物帳、定番主人公のリメイクや競作、残酷・集団時代劇、黒澤時代劇、文芸時代劇などをトピックにして、戦前作もいくつか交えながら、戦後時代劇映画を概観する。とりわけ筆致が熱を帯びるのは、史実との突き合わせ、原作との異同の是非、その改作理由の推測にあろう。
 月形半平太のモデルは坂本龍馬ではとか、『新吾十番勝負』の主人公は天一坊+光源氏の投影ではとか、残酷時代劇とは橋本忍時代劇の謂(い)いで、東映の新選組映画は特攻隊映画にスライドした、など知見が楽しめる。その一方で、著者の生真面目さが時として、理に落ち過ぎと思われる点も散見。『次郎長三国志』は敗戦後の日本人に新たな帰属目標「家庭」を提供して「絶大な支持」を得たというよりは、何よりも面白かったからでは。捕物帳ものの事件が「飾り」では、脚本家が気の毒。使用料の高騰しているスチルを六十点以上もちりばめていて感激。
(森話社・2940円)
こまつ・おさむ 映画評論家。著書『怪談 鳳鳴(ほうめい)の七不思議』など。
◆もう1冊 
 川本三郎著『時代劇ここにあり』(平凡社)。勝新太郎・中村錦之助・市川雷蔵らが演じた時代劇映画百余本を紹介。 
    --「書評:剣光一閃けんこう いっせん 戦後時代劇映画の輝き 小松 宰 著」、『東京新聞』2013年12月22日(日)付。

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[http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013122202000170.html:title]

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剣光一閃―戦後時代劇映画の輝き
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覚え書:「みんなの広場 日本を『国民の手に』取り戻そう」、『毎日新聞』2013年12月19日(木)付。


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みんなの広場
日本を「国民の手に」取り戻そう
農業 63(京都府木津川市)

 夏の参院選から半年近くたっても「日本を、取り戻す。」と大書した自民党のポスターがこちらを見ている。この意味不明だった言葉の“真意”が特定秘密保護法が成立した今、はっきりした。
 「日本を国民の手から取り戻す」という意味だったのだ。日本が国民のものであってはならず、国家のものでなければならない。そのような国家主義の標語であったと読み解けば、この法がいかに国民にとって危険性をはらんだものであろうと、ただひたすら成立に向かって突き進んだ心中がよく理解できる。
 為政者にとって大事なものは国家であって国民ではないと確信していたからこそ、国民各層から大きな反対の声が上がっても、平然と無視できたのだろう。この1年の衆院選と参院選で大勝した自民・公明政権の結末だとすれば、我々国民は次の選挙に向けて「日本を取り戻す」ための闘いを始めなければならない。もちろん、取り戻すのは「国民の手に」だ。
    --「みんなの広場 日本を『国民の手に』取り戻そう」、『毎日新聞』2013年12月19日(木)付。

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覚え書:「今週の本棚:小島ゆかり・評 『富士山の文学』=久保田淳・著」、『毎日新聞』2013年12月22日(日)付。


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今週の本棚:小島ゆかり・評 『富士山の文学』=久保田淳・著
毎日新聞 2013年12月22日 東京朝刊

 (角川ソフィア文庫・860円)

 ◇時代を超え、名山ゆかりの文学を味わう

 二〇〇四年刊行の『富士山の文学』(文春新書)を改訂・文庫化した一冊。古代から現代まで、伝説・小説・紀行・詩歌集など五十作以上の文学作品の鑑賞をとおして、富士山と日本人の心の関わりを考える。

 はじまりは『常陸国風土記』。筑波郡の古老の伝承として、富士山が一年中雪を戴(いただ)く寒い山であることの理由が記されている。

 昔、神祖(みおや)の尊(みこと)(神々の祖神)が神々の所を巡行されて、駿河の国の「福慈(ふじ)の岳」に来られた時に日が暮れたので宿を請われたが、福慈の神は、「今日は新嘗(にいなめ)(新穀を神に供え、人も食べる祭)をして家中物忌(ものいみ)をしているので、お泊めできません」と申しあげた。このような応待をされた神祖の尊は恨み泣き、「私はお前の親であるぞ。どうして泊めようとしないのだ。お前が住んでいる山は、これからずっと冬も夏も雪や霜が降って、寒さが厳しく、人は登らず、食物も献じないであろう」と呪いの言葉を述べられた。

 それに対して筑波の神は、尊を歓待したので、筑波山には人々が登って、歌舞や飲食を楽しむことが絶えないのだという。いくら故郷びいきと言っても、驚きの伝承である。昨今の富士登山ブームを知ったら、神祖の尊も筑波の古老も仰天するであろう。

 続いて『万葉集』『伊勢物語』などを経て、西行へ。鳥羽院の北面の武士であった西行の、あまりにも若い出家(二十三歳)の謎をめぐり『源平盛衰記』は、身分違いの高貴な女性に恋をした悲恋遁世(とんせい)説話を記す。その中の<思ひきや富士の高嶺(たかね)に一夜寝て雲の上なる月を見んとは>の歌について、「到底叶(かな)えられそうもない高望みが一度は叶ったことのたとえとして、誰一人登ろうとしない富士の高嶺に一夜寝て雲の上の月を見ると言っている点、西行らしいと言えば言えるかもしれない」と著者は語る。西行研究では敬遠されがちな伝説をも視野に入れつつ、晩年の奥州下向の旅で詠まれたと思われる<風になびく富士のけぶりの空に消えてゆくへも知らぬわが思ひかな>(『新古今和歌集』)の歌に至る「富士見西行」の姿を、彫り深く読み解いてゆく。

 さらにまた、中世の『海道記』や『東関紀行』などにもふれ、知名度の高い作品でありながら作者を特定できないものが幾つもある文学史のおもしろさに言及する。

 そして江戸の芭蕉、蕪村や、『仮名手本忠臣蔵』などを辿(たど)り、正岡子規にはじまる近代へ。歌人詩人も多くとりあげられ、むろん太宰治の『富嶽百景』の名文「富士には、月見草がよく似合ふ」も登場するが、ここでは夏目漱石の『虞美人草(ぐびじんそう)』についての発言にふれておく。『虞美人草』は、漱石が長篇新聞小説の第一歩を踏み出した作品である。

 「その近代化の具体的な現れが汽車の旅であり、博覧会である。汽車の旅における富士山の描写は、新聞小説として当時まだ富士山の実像に接したことのない多くの読者の存在をも意識しての、一種のサービスの意味も籠められていたかもしれない。が、それにとどまらず、富士山は漱石自身にとって、近代化に狂奔する日本の社会と対比される存在と映っていたのであろう」

 とどめようのない時代の流れに乗りつつ、かつ孤独に筆を進める作家の姿が見える。文学史を俯瞰(ふかん)する大きな視野と、個々の作品の本質を見抜く洞察力、そして富士山への愛情に支えられた、鑑賞の文学と言うべき一冊。
    --「今週の本棚:小島ゆかり・評 『富士山の文学』=久保田淳・著」、『毎日新聞』2013年12月22日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20131222ddm015070016000c.html:title]

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富士山の文学 (角川ソフィア文庫)
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覚え書:「書評:北のはやり歌 赤坂 憲雄 著」、『東京新聞』2013年12月22日(日)付。

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北のはやり歌 赤坂 憲雄 著

2013年12月22日


◆庶民の暮らし、心情を思う
[評者]井口時男=文芸評論家
 昭和戦後の流行歌を素材につづった連作エッセイ。こうしたエッセイはとかくふわふわしがちなものだが、本書はしっかりと読み応えがある。テーマは<北>。柳田国男の民俗学を踏まえながら「東北学」を提唱してきた著者にふさわしいテーマだ。
 なるほど<北>を歌った名曲は多かった。著者が選んだ十曲は、「リンゴの唄」「北上夜曲」「北帰行(ほっきこう)」「ああ上野駅」「港町ブルース」「浜昼顔」「北国の春」「津軽海峡・冬景色」「俺(お)ら東京さ行ぐだ」「みだれ髪」。
 「リンゴの唄」の舞台が東北だという見解には無理があるだろうが、この無理な選択にこそ本書のモチーフがよく現れている。
 著者は、東日本大震災の二カ月後に避難所で開かれた復興支援コンサートで「上を向いて歩こう」が合唱された(させられた)ことへの違和感を記すブログ記事を引用する。この歌は被災者の心情には明るすぎた、というのだ。そしてそれを、旧満州からの引き揚げ船の中で「リンゴの唄」を聞いた少年・なかにし礼の、「明るすぎた」という回想とつなぐのである。
 震災から一年後に書き出された本書は、どうしても、敗戦後の希望を屈託なく歌った「リンゴの唄」への微妙な違和感から始めなければならなかった。ここには、あくまで東北の被災者の心情に寄り添おうとする著者の姿勢がくっきりと刻まれている。
 そして、戦後復興期から高度成長期、さらにバブル期へと、歌の中の<北>の心情や精神史をたどった本書は、早すぎる晩年に美空ひばりの歌った「みだれ髪」で締めくくられる。
 「暗(くら)や涯(は)てなや」「見えぬ心を照らしておくれ/ひとりぼっちにしないでおくれ」と歌うその結びの歌詞。それは津波の死者たちの「海の昏(くら)い底からの声」なのだ、と著者は書く。
 民俗学とは、庶民の暮らしと心情に寄り添い、先祖たち(つまり死者たち)の声に耳傾ける学問なのだった。
(筑摩選書・1575円)
 あかさか・のりお 1953年生まれ。学習院大教授。著書『柳田国男を読む』など。
◆もう1冊 
 なかにし礼著『歌謡曲から「昭和」を読む』(NHK出版新書)。昭和の時代を彩った歌謡曲=流行歌の誕生から終焉(しゅうえん)までを概観する。
    --「書評:北のはやり歌 赤坂 憲雄 著」、『東京新聞』2013年12月22日(日)付。

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[http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013122202000173.html:title]

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書評:宇野重規『民主主義のつくり方』ちくま書房、2013年。

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宇野重規『民主主義のつくり方』ちくま書房、読了。深まる政治への不信と無力感。政治の回路もうまく機能していない現代日本。しかし容易に手放すことは私たち自身の首を絞めることになる。プラグマティズム型民主主義をヒントにその再生を目指す好著。

トクヴィルが驚いたように、核はコミュニティの地生的自治。著者は一般意志よりもプラグマティズムへ目を向け、アメリカン・デモクラシーの「習慣」と「信じようとする権利」に「民主主義の種子」を見出す。国政の議論(大文字の政治)だけが民主主義ではない。

「プラグマティズムの思考はけっして古びてはいない。むしろ、『答えがわからない』現代だからこそ、その思想的意義はさらに大きくなっている。民主主義像の転換を目指して、プラグマティズムの思想を探ってきた本書の結論である」。p.196

本書は『トクヴィル 平等と不平等の理論家』(講談社メチエ)、『〈私〉時代のデモクラシー』(岩波新書)に続くデモクラシー三部作。プラグマティズムを頼りに、民主主義という習慣をローカルな場所から作り直していこうと試みる、具体的な一冊です。

日本でプラグマティズムの評価は低い。しかしその「有用性」とは、単なる実際的に還元できない沃野を含んでいる。宇野重規『民主主義のつくり方』(ちくま書房)は、その消息を丁寧に浮かび上がらせる。あくまで原理的探究の本だが「一人でも多くの読者、とくに若い人」(はじめに)に読んでもらいたい。

ただ、しかし、リチャード・ローティーをはじめ、プラグマティズムに準拠する政治思想の水脈というものは、決して枯渇しておらず、様々な展開があるわけだから、先にも言及したとおり「プラグマティズム=乗りこえられたかつての思想でしょ」みたいな図式は敬遠した方がいい。

この2カ月、ほとんど、政治思想史の本ばかり読んでいる。近刊で言えば、国分功一郎『来るべき民主主義』幻冬舎新書、 想田和弘『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』岩波ブックレットを経て宇野重規『民主主義のつくり方』筑摩書房。民主主義が危機的状況だからこそ、相次ぐのかもです。

『脱構築とプラグマティズム』は博士課程の時に手をとって、「おおー」と唸って、プラグマティズム再発見の契機になった一冊。しかし、思えば、プラグマティストであった鶴見俊輔さんの軌跡の如く、プラグマティズムとは常に「アクチュアル」な訳であって、「おおー」と唸った自分が阿呆ではあったのだ。


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覚え書:「私の暮らしかた [著]大貫妙子」、『朝日新聞』2013年12月15日(日)付。

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私の暮らしかた [著]大貫妙子
[掲載]2013年12月15日   [ジャンル]ノンフィクション・評伝 

 1973年にシュガー・ベイブを結成し、その後ソロ活動に移って40年。今年60歳になった著者の心構えは〈足りないものがあっても、今の暮らしは自分で選んできたものであると納得して生きる〉。2006年から今夏まで雑誌に連載したエッセーが本に。両親との葉山の家での静かな暮らし、庭に遊びに来るノラ猫との時間、エアコンなしで過ごす夏、湯たんぽを愛用する冬、東北に田植えに行ったり、皮むき間伐ツアーに参加したり……。「こうしたい」という思いのある真っすぐな暮らし方が心地よい。結婚しろとも孫の顔が見たいとも一度もいわなかった母親が昨年、突然倒れた。母を見送ったことをつづった一節「お母さん、さようなら」に胸があつくなる。
    ◇
 新潮社・1680円
    --「私の暮らしかた [著]大貫妙子」、『朝日新聞』2013年12月15日(日)付。

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覚え書:「今週の本棚:川本三郎・評 『花森安治伝-日本の暮しをかえた男』=津野海太郎・著」、『毎日新聞』2013年12月22日(日)付。

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今週の本棚:川本三郎・評 『花森安治伝-日本の暮しをかえた男』=津野海太郎・著
毎日新聞 2013年12月22日 東京朝刊

 (新潮社・1995円)

 ◇市井の人々への変わらぬ思い

 昭和三十年代から四十年代にかけて、『暮しの手帖(てちょう)』は輝いていた。女性の暮しの改善、向上を目ざすが、決してヌカミソ臭くない。デザインは垢抜(あかぬ)けている。企画は斬新で、家庭料理を従来の料理研究家ではなく料亭などのプロの料理人に作ってもらい、それを紹介する。

 ドイツ料理店のコックをしていた千葉千代吉のカレーライスは、志賀直哉が「つくり方」通りに作ってすっかり気に入ったほど。

 ソックスから始まった各メーカーごとの商品テストは大きな話題になり、ここで評価が高かったイギリスのアラジン社の石油ストーブは一気に売行きを伸ばしたものだった。

 商業雑誌なのに広告をいっさい入れない編集方針も見事だった。だからこそ企業に気兼ねすることなく商品テストが出来た。

 戦後の出版界、女性文化、日本人の暮しに大きな影響を与えた『暮しの手帖』の編集長、花森安治(一九一一-一九七八)の生涯を語る評伝。著者自身も出版界に身を置いていただけに、先達の独創、多才、持続力への敬意があり、読みごたえがある。

 評伝は、負の部分からも目をそらすことは出来ない。花森安治には、戦時中の悪名高い国策標語「ぜいたくは敵だ!」の書き手だったという伝説がつきまとう。著者はその問題にもきちんと触れている。

 また「欲しがりません勝つまでは」は花森安治が書いたのではなく、戦時中、大政翼賛会の「国民決意の標語」の募集に、ある男性が娘の名で応募したものを花森らが選んだのだという。

 自分が書いたものではない。それでも花森が大政翼賛会の事務所で働いていたことは事実だった。だから戦後、花森は「ボクは、たしかに戦争犯罪をおかした」と言い、自分は過去の罪を執行猶予にしてもらっている身だと自覚していた。

 著者は戦時中の花森を全面的に肯定はしていないが、それでも花森が戦時下、日本を守ろうとしたのは本気だったと認める。花森には兵隊体験がある。日中戦争が始まったあと妻子ある身で召集を受け、北満に送られた。一兵卒として苦労した。だから本気で国を守らねばと思っていた。

 だが「国を守る」とは具体的になんだったのか。花森にとってそれは「日本人の日常生活」だったと著者は気づく。イデオロギーや大言壮語とはまったく違う。市井の人間の日々の暮しこそが守るに足るものだった。この花森論は卓見である。

 花森がのちに医師、松田道雄の「日常を愛する」「戦争への抵抗は日常を大事にすることだ」という考えに共鳴するのもそのため。

 何よりも、戦後、一九四八年に『暮しの手帖』(当初の誌名は『美しい暮しの手帖』)を創刊した時の思いは、天下国家よりも日本人の日々の暮しの充実にあった。ということは、「暮しを大事にする」一点で、花森安治の考えは戦前も戦後も一貫していたことになる。

 「料理」や「商品テスト」ほど大きな話題にはならなかったが、『暮しの手帖』には「ある日本人の暮し」といういい連載があった。人間ドキュメンタリー。そこでは行商人、戦争未亡人、大部屋女優といった市井の人間が取り上げられた。ここにも花森の「暮し」への一貫した思いがある。

 面白い人だったようだ。背広でネクタイというスタイルが嫌いで、スカートをはいていたのはよく知られている。

 戦時中、奥さんへの手紙に「大好きな/チイコちやん/いつぱいキッス」とあるのにはびっくり。
    --「今週の本棚:川本三郎・評 『花森安治伝-日本の暮しをかえた男』=津野海太郎・著」、『毎日新聞』2013年12月22日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20131222ddm015070017000c.html:title]

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花森安治伝: 日本の暮しをかえた男
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覚え書:「みんなの広場 戦争の『狂気』は内側から」、『毎日新聞』2013年12月16日(月)付。

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みんなの広場
戦争の「狂気」は内側から
大分県国東市 46

 戦争へ向かう国の前段階というのは皆似たような様相を呈すのだろう。経済政策が一息ついたかと思いきや、あっという間に戦時体制に衣替えをする早業を見せた安倍政権。一部の人たちは熱狂的に、または「ごく自然に」彼らを支持する。
 他国との戦力差をゲームのように比べて生活基盤は近隣国に勝っているから安心だとでも思うのだろうか。でも外敵に襲われるばかりが戦争ではない。むしろ戦争の狂気は「内側」から先にやって来て庶民の声を奪う。その底知れない不気味さに気づく嗅覚を私たちは磨いておくべきだった。
 70年前の思想統制の怖さを知る多くの人が警鐘を鳴らしているのに、当時を知らない人間がなぜ大丈夫と言えるのか。「国をまもるとか国益とかいいます。そのときの国という言葉には、ぼくらの暮らしやいのちはふくまれていないはずです」--戦時中は大政翼賛会宣伝部に籍を置いた暮らしの手帖初代編集長、花森安治氏の言葉である。私たちはどこに行くのだろう。
    --「みんなの広場 戦争の『狂気』は内側から」、『毎日新聞』2013年12月16日(月)付。

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覚え書:「ガガです、ガカの―ロシア未来派の裔ゲオルギイ・コヴェンチューク [著]片山ふえ [評者]横尾忠則(美術家)」、『朝日新聞』2013年12月15日(日)付。


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ガガです、ガカの―ロシア未来派の裔ゲオルギイ・コヴェンチューク [著]片山ふえ
[評者]横尾忠則(美術家)  [掲載]2013年12月15日   [ジャンル]人文 アート・ファッション・芸能 

■天と通じた芸術家、宿命の試練

 ガガといえば歌手のレディー・ガガが有名だが本書のガガはロシアの現代画家で、子供のころ本名の発音が難しく、自らをガガと呼んだ。僕は本書で初めてガガなる作家の名と作品を知った。ひょんなことで彼を知った著者は彼のことを親しみをこめて「ガガさん」と呼び、サンクトペテルブルクまで訪ね、その波瀾(はらん)万丈の伝記を執筆した。
 「ガガさん」は第2次大戦後、収容所に送られた父のあらぬ汚名で〈人民の敵の子〉の烙印(らくいん)の下、画家活動に入るが、彼の反社会主義リアリズムの絵画はもろ、攻撃の対象になる。だけど生来の強運と楽天性を味方にしてあらゆる苦境を乗り切る。
 大戦下、ドイツ軍の侵入を逃れ、7歳のガガと母はレニングラードを去って遠縁の親戚のいるクイブイシェフに向かうが、最低最悪の条件下、母の直感によって奇跡的に守護される。「ガガさん」も母のDNAを受け継いでいるのか、常に間一髪の苦境を乗り越えて新たなチャンスを引き寄せる資質があるようだ。
 そのようなことは芸術家に与えられた宿命的な試練として常に語られてきた。だけどいつも苦境を背負わされているわけではない。本書で唯一、不思議な逸話が語られる箇所がある。それは2000年、パリにいた時、19世紀の画家ドーミエが夢に現れ、「ガガさん」に「『洗濯女』の記念碑を建ててくれ」と頼む。感動した「ガガさん」は、それを達成すべく奔走する。そのプロセスには思わず感嘆させられる。内面の声に忠実に従う彼の正義感のようなものを感じざるを得ない。芸術家が天と通じた瞬間である。
 ガガの絵はどのジャンルにも分類し難い。新表現主義、グラフィティ、アールブリュット、ロシア構成主義、ロシア未来派、そのどれでもあり、どれでもない。実に無邪気、無頓着、大雑把、即興、開けっぴろげ、正直、自由、そして全てに詩情が漂っている。
     ◇
 未知谷・2625円/かたやま・ふえ 大阪外国語大ロシア語科卒業。著書に『オリガと巨匠たち』など。
    --「ガガです、ガカの―ロシア未来派の裔ゲオルギイ・コヴェンチューク [著]片山ふえ [評者]横尾忠則(美術家)」、『朝日新聞』2013年12月15日(日)付。

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覚え書:「臨時軍事費特別会計―帝国日本を破滅させた魔性の制度 [著]鈴木晟 [評者]保阪正康(ノンフィクション作家)」、『朝日新聞』2013年12月15日(日)付。

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臨時軍事費特別会計―帝国日本を破滅させた魔性の制度 [著]鈴木晟
[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)  [掲載]2013年12月15日   [ジャンル]歴史 政治 

■内訳や実態解明への先導役

 日中戦争開始後に近衛内閣のもとで、「臨時軍事費特別会計法」が公布された。わずか2条のこの法律は、その第1条で「支那事変ニ関スル臨時軍事費ノ会計ハ一般ノ歳入歳出ト区分シ事件ノ終局迄(まで)ヲ一会計年度トシテ(略)」と謳(うた)っていた。ところが昭和史の中でも、この臨時軍事費(臨軍費)の内訳や実態についてはほとんど解明されていない。
 本書は果敢にその部分に挑んでいる。臨軍費についての説明(たとえば決算報告は不要、財源は国民の預金と公債、支出の大半は物件費だったなど)はわかりやすいし、昭和10年代の史実を通して日米の戦費調達の姿が描かれている。とくに昭和の軍部が長期的な戦略を持っていなかったことも窺(うかが)える。
 著者の筆調とは逆になるが、臨軍費から見た史実や軍官僚、大蔵官僚の証言も知りたい。その点で本書は臨軍費研究のどの部分が欠落しているかを明かしたことになり、次の研究書が生まれる先導役を果たしている。
     ◇
 講談社・2100円
    --「臨時軍事費特別会計―帝国日本を破滅させた魔性の制度 [著]鈴木晟 [評者]保阪正康(ノンフィクション作家)」、『朝日新聞』2013年12月15日(日)付。

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J・スコット(佐藤仁監修、ほか翻訳)『ゾミア 脱国家の世界史』みすず書房、2013年。

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J・スコット『ゾミア 脱国家の世界史』みすず書房、読了。ゾミア(大陸部東南アジア山岳地帯)の歩みとは文明から切り離された未開社会なのか。国家主義的ナラティブは山地民を野蛮と断ずるが、著者はNo。ゾミアこそ「脱国家」の共同体である。 

山地民の歴史とは確かに「国家形成」から取り残された歴史だが、それは二千年にわたり、奴隷・兵役・徴税・戦争という国家形成のプロジェクトの抑圧から積極的に脱出した試みであるという。国家管理の無益さを追及する著者ならでは焦点に瞠目する。

水田に拠点を置く権力が届きにくい山岳地。分散居住は水田国家の収奪を回避し、平等と自治が生命線となる共同体は首領権力を絶えず相対化する。ゾミアとは未開社会ではなく積極的な脱国家社会といえよう。著者は逃亡奴隷やロマにもその系譜を見る。

ランケまで戻る必要はないが、主権国家を自明とする歴史「物語」が野蛮と文明を規定し、権力の正当性を担保するから、徴税できない人々は野蛮人。本書で示される世界の自由民たちの息吹は、認識の更新、そして共同体再生へ有意義な示唆となろう。

[http://www.msz.co.jp/book/detail/07783.html:title]


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ゾミア―― 脱国家の世界史
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覚え書:「売女の人殺し ボラーニョ・コレクション [著]ロベルト・ボラーニョ [評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)」、『朝日新聞』2013年12月15日(日)付。


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売女の人殺し ボラーニョ・コレクション [著]ロベルト・ボラーニョ
[評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)  [掲載]2013年12月15日   [ジャンル]文芸 ノンフィクション・評伝 

■この世の夕暮れ、描き出す言葉

 ロベルト・ボラーニョの小説を読んでいると、いつも強く感じさせられるのは、世界が終わっていっている、という印象である。終わりに向かっている、のではなくて、今まさに終わりつつある、という、進行形の感覚。しかし、それは終末論的などと呼ばれるような大仰なものとは違う。もっと仄(ほの)かで、切なくて、甘やかでさえあるような、延々と続く夕暮れのような、それをずっと眺めているような、不思議な感覚。
 チリ出身の作家ボラーニョは、2003年、50歳で没した。その早過ぎる死の少し前から、著作が相次いで外国語に翻訳され、彼は世界から「発見」されつつあった。遺作として出版された『2666』は、長編小説5冊分という分厚さにもかかわらず、各国で読まれ、高い評価を受けている。日本でも、ささやかなベストセラーになったことは記憶に新しい。
 「ボラーニョ・コレクション」の第1弾は、生前最後に出された短編集。冒頭の「目玉のシルバ」で、作家自身と同じくチリからメキシコにわたり、その後ヨーロッパへと向かった語り手の「僕」は、旅先のベルリンで、仲間内で「目玉」と呼ばれていた同性愛者のカメラマンと偶然再会し、彼の半生の話を聞く。それはインドから始まる、悲哀と絶望に彩られた物語だ。続く「ゴメス・パラシオ」、これはメキシコ北部のさびれた町の名前で、「僕」はそこの創作教室で教えることになり、「ぎょろ目で小太りで中年の女所長」と微(かす)かな触れ合いを演じる。そして「この世で最後の夕暮れ」と題された短編は、1975年、「BとBの父」がアカプルコに旅行した時の回想である。
 どの作品にも、他の誰にも似ていない魅力が滲(にじ)み出ている。世界の終わりを、いつまでも終わりゆく風景を、平明で簡潔な、だがひどく感情を揺さぶる言葉が、鮮やかに描き出してゆく。
     ◇
 松本健二訳、白水社・2520円/Roberto Bola●(●はnに~〈チルダ〉付き)o 53年生まれ。作家。著書に『通話』『野生の探偵たち』など。
    --「売女の人殺し ボラーニョ・コレクション [著]ロベルト・ボラーニョ [評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)」、『朝日新聞』2013年12月15日(日)付。

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覚え書:「福島第一原発収束作業日記―3・11からの700日間 [著] ハッピー [評者]原真人(本社編集委員)」、『朝日新聞』2013年12月15日(日)付。

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福島第一原発収束作業日記―3・11からの700日間 [著] ハッピー
[評者]原真人(本社編集委員)  [掲載]2013年12月15日   [ジャンル]政治 社会 


■混乱する現場の実態、赤裸々に

 東電福島第一原発で働くベテランの下請け作業員である著者は、事故直後からツイッターでつぶやき続ける。いつしか原発について“本当のこと”を知りたい人々に支持され、フォロワーは9万人近くまでふくらんだ。本書はその700日間のつぶやき集だ。
 “歴史”は往々にして権力によって作られる。政府や国会の事故調査委員会の分厚い報告書はあるが、それらが政権の解釈に影響されるのは避けられない。自由で私的な立場の本書には、だから別の意味の歴史的資料価値がある。
 もちろん一作業員の報告にすぎないから、説明や解説に事実誤認がまじっている可能性もある。それでも最前線の状況をここまで赤裸々に生々しく語れるのは、危険と背中合わせの作業現場に生身で携わっているからこそなのだ。
 迷走する首相官邸や東電本社に翻弄(ほんろう)され、混乱する現場の様子がよくわかる。震災直後の菅直人首相の原発訪問は明らかに現場の作業をじゃましていたし、政府が工程表や収束宣言を発表するたびに、現場の人々は実態とのズレに驚き、不安に思っていた。
 下請けの立場は弱い。予算削減で給料が減らされ、被曝(ひばく)線量が規定に達すると簡単に切られる。その後の補償もない。そこで著者は心配する。もし他の原発が再稼働すればもはや福島第一に作業員は集まらないのではないか、と。
 事故収束は本当に民間企業に担っていけるのかと疑問に思う著者は、福島第一を東電から切り離し、官民あげての新組織でコストを度外視して対応すべきだと考える。そして、そもそも原発事故が「人間がコントロール出来る代物じゃない」と思い至るのだ。
 小泉純一郎元首相は権力者の視点から「原発ゼロ」が可能だと唱え、それが机上の空論だと考えていた人々に衝撃を与えた。本書の現場目線のアプローチも、原発ゼロ社会の必然性を、説得力をもって読者に届けることだろう。
     ◇
 河出書房新社・1680円/ハッピー 福島第一原発で大震災に遭い、収束作業にあたるキャリア約20年の原発作業員。
    --「福島第一原発収束作業日記―3・11からの700日間 [著] ハッピー [評者]原真人(本社編集委員)」、『朝日新聞』2013年12月15日(日)付。

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福島第一原発収束作業日記: 3.11からの700日間
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河出書房新社
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覚え書:「ミツバチの会議―なぜ常に最良の意思決定ができるのか [著] トーマス・D・シーリー [評者]田中優子(法政大学教授・近世比較文化)」、『朝日新聞』2013年12月15日(日)付。


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ミツバチの会議―なぜ常に最良の意思決定ができるのか [著] トーマス・D・シーリー
[評者]田中優子(法政大学教授・近世比較文化)  [掲載]2013年12月15日   [ジャンル]科学・生物 


■多様な解答を探り、優れた結論へ

 コーネル大学で学科長をしている著者は教授会を極めて民主的に運営している。それはミツバチから学んだことなのだ。ではいったいどんな風にミツバチは社会を運営しているのだろう。
 本書は、働きバチのうち約三%を占める探索バチの行動分析の本だ。探索バチとは次の巣作りの場所を探す役目のハチのことで、複数が飛び回り、ふさわしい広さと天敵や風雨から集団を守る最適な場所を探す。それぞれは、ここぞと思った場所を発見すると、巣に帰って尻振りダンスによるマニフェスト戦を展開し、各提案に支援者を取り込む。場所が決まると他のハチは動かなくなり、そこへ全員で移動する。
 かなり専門的な研究書だが、民主主義のプロセスとは何であるかを考える知恵がつまっている。たとえば、討議の初めにリーダーが行うべきことは「集団の繁栄にみんなが関係している」と気付かせ、「問題の範囲、解決のために使える資源、手順の規則」など中立的な情報を与えることだ。その後「リーダーが集団の考えに及ぼす影響をできるだけ小さくする」ことで「自由に質問ができる雰囲気を作り出し」「疑問や異議の表明を奨励」することこそ重要なのだ、と。なぜなら「集団が選択肢を探す能力は、一個人の力に勝る」からである。
 ここで集団とは同じ方向を向く人々のことではなく、選択肢を可能な限り拡(ひろ)げることのできる、アイデア集団のことを意味する。その選択肢を必ず表現することで情報を共有し、もっとも優れた結論を出すことができる。著者が挙げている正反対の例は、ブッシュ大統領による二〇〇三年のイラク侵攻決定である。リーダーを喜ばせようと、周囲が早すぎる合意をした事例だという。
 ミツバチから学ばねばならないほど、今や人間は、多様な解答を探ることをしなくなっている。
     ◇
 片岡夏実訳、築地書館・2940円/Thomas D. Seeley 52年生まれ。米国コーネル大学教授(生物学)。
    --「ミツバチの会議―なぜ常に最良の意思決定ができるのか [著] トーマス・D・シーリー [評者]田中優子(法政大学教授・近世比較文化)」、『朝日新聞』2013年12月15日(日)付。

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ミツバチの会議: なぜ常に最良の意思決定ができるのか
トーマス・D. シーリー
築地書館
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覚え書:「みんなの広場 言葉の足りない国会を憂う」、『毎日新聞』2013年12月15日(日)付。


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みんなの広場
言葉の足りない国会を憂う
事務員 51(埼玉県川口市)

 国会中継を見るたび、居眠りや、やじもさることながら、挙げ句の果てには委員長席になだれ込んでのつかみ合いは何なのだろうかと思う。
 国民が選挙で一票を投じた人たち集まりなのだ。国民から託された代表である。しかし、国会議員というバッジをつけた途端に人格が変わるというより、違う生き物になってしまう。みんなの意見、気持ちをくみ上げ代弁するのが代表たるものではないだろうか。
 国会とは、「国権の最高機関」であって、「国の唯一の立法機関」で「国民の代表機関」と憲法にある。国会のあんなありさまは、国民の存在さえない。
 政党政治の悪は党に縛られることである。一票を投じてくれた人の意見を聞き、自分の言葉を使って、議論を交わし、答えを表明すべきではないか。あの強行採決を見る限り、言葉のないこの国に未来はないと思った。
    --「みんなの広場 言葉の足りない国会を憂う」、『毎日新聞』2013年12月15日(日)付。

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覚え書:「ハンナ・アレント〈世界への愛〉 その思想と生涯 [著]中山元 [評者]水無田気流(詩人・社会学者)」、『朝日新聞』2013年12月15日(日)付。

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ハンナ・アレント〈世界への愛〉 その思想と生涯 [著]中山元
[評者]水無田気流(詩人・社会学者)  [掲載]2013年12月15日   [ジャンル]人文 

■世界は他者とともに作るもの

 先ごろマルガレーテ・フォン・トロッタ監督による映画も公開され、再評価の進むハンナ・アレント。政治哲学者として、またユダヤ人として、全体主義との数奇な格闘を余儀なくされたアレントの思想が、丹念に詳解されていく。
 アレントの主著『人間の条件』のタイトルは、当初『世界への愛(アモールムンディ)』とする予定だったという。この逸話を軸に、「世界」と「愛」についての思想が展開する。アレントの世界概念は、歴史性、持続性、他者性の三つの特徴をもつが、それらは「天としての世界の歴史」「地としての大地の持続」「装う者としての他者」にそれぞれ対応させられないか、と筆者は論じる。それらはちょうど、因縁の師・ハイデガーが世界の四元と呼んだもの--天、地、死すべきもの、永遠なるもの--と鮮やかに対照する。ハイデガーにおける他者との関係性を象徴する概念は「頽落(たいらく)」であり、大衆社会に埋没するひとの様態である。
 一方、アレントは他者へと向かう能動的なかかわりを基点として世界を立ち上げる。愛の内包する矛盾とは、世界や他者とのかかわりにおいて宿命的に表れる問題でもある。西欧思想史におけるこの問題を指摘しつつ、それでもなお、「世界は他者とともに作るもの」だという姿勢。それは、ハイデガーがアレントと袂(たもと)を分かって後、何度か言及しつつも確証し得なかった、単独性の難問を解く鍵のようにも見える。
 アレントは言う。単独性は孤独、孤立、孤絶の三様を持つ。孤独とは孤立ではなく、自分自身とともにあるということ。思考のために孤独は必要だ。一方、孤立とは大衆の中にあって孤独の契機さえ奪われていること。さらに仕事をしているとき、人間は孤絶の状態にあり、自分自身と向かい合うことすらできない、と。透徹した孤独と、世界への愛。両者が引き合う場を開く、大著である。
     ◇
 新曜社・5985円/なかやま・げん 49年生まれ。哲学者・翻訳家。著書『思考のトポス』『』など。
    --「ハンナ・アレント〈世界への愛〉 その思想と生涯 [著]中山元 [評者]水無田気流(詩人・社会学者)」、『朝日新聞』2013年12月15日(日)付。

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ハンナ・アレント<世界への愛>: その思想と生涯
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覚え書:「ミッキーはなぜ口笛を吹くのか―アニメーションの表現史 [著]細馬宏通 [評者]いとうせいこう(作家・クリエーター)」、『朝日新聞』2013年12月15日(日)付。


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ミッキーはなぜ口笛を吹くのか―アニメーションの表現史 [著]細馬宏通
[評者]いとうせいこう(作家・クリエーター)  [掲載]2013年12月15日   [ジャンル]歴史 アート・ファッション・芸能 


■黒板の絵が動く、驚く創造の歴史

 「世界で最初のアニメーション映画は」と始まる本書は「愉快な百面相」という3分の作品を紹介する。黒板にチョークで描かれる数々の顔が変化してゆく、と。
 著者によれば、それは米国で当時流行していたヴォードヴィル芸から来ているのだという。つまり芸人たちは寄席で黒板を使って素早く似顔絵などを描き、ひとつの線をまたたく間に別の意味に変化させて観客を楽しませていた。
 そのネタは「チョーク・トーク」、のちに「稲妻スケッチ」と呼ばれたのだそうだ。今でも我々は日本で似たネタを見る。スケッチブックを使って笑いを作っていく手法だが、元は19世紀末から存在していたのである。いや、ケーシー高峰の芸を思い出せば「チョーク・トーク」は古くから我が国にも広がっていたと推測される。
 また、著者はウィンザー・マッケイという精緻(せいち)な線の漫画家の作品を教えてくれる。再録された絵は今でも新しさに満ちており、漫画の可能性の奥行きを感じる。
 さらに驚くべきことに、新聞漫画で一世を風靡(ふうび)し、のちにアニメーション「リトル・ニモ」を製作するマッケイは、なんと芸人でもあるという。例の「稲妻スケッチ」から始まり、やがて自身のアニメを舞台上での芸に組み込むのだ。動く画面の脇に立って、彼は口上を述べたというのである。
 くわしいことは是非本書で読んで欲しい。ともかくここでは“口上と画面の絵がシンクロして観客を驚かせた”とだけ書いておこう。つまり、アニメはその時、見世物小屋の仕掛けそのものだった。事実、著者はウィンザー・マッケイが19世紀末、サーカスが移動式になった時代に全米で「博物館」と呼ばれる見世物小屋のポスターを描き続けていたことを明かす。
 こうして遡(さかのぼ)られるアニメーション映画の淵源(えんげん)はメディア史上の刺激的な事実として、人間の娯楽がいかにいかがわしさと奥底で強く結びついているかを証明するし、これから再びメディアミックスが起きる可能性をも示唆している。
 さて、ここまででまだ本書は始まったばかり。著者はこのあと、アニメの技法において実験につぐ実験が実現すること、音とのシンクロを果たすためにどれほどの発明が重なるかなど、今では考えもつかない創造の歴史をたどる。
 その中には劇場で“歌詞をスライドで写し、横でピアノが伴奏”する「イラストレイテッド・ソング」などもある。20世紀初頭の観客は映画を単独で観(み)ず、他の芸と共に楽しんだし、流行歌は聴くものでなく歌うものだったのだ!
 目からこれほど多くのウロコが落ちるのかと思う名著である。題名の謎についても、読者ご自身が読み、ウロコを落として欲しい。
     ◇
 新潮選書・1680円/ほそま・ひろみち 60年生まれ。滋賀県立大学人間文化学部教授。ことばと身体動作の時間構造、視聴覚メディア史を研究する。著書に『浅草十二階』『絵はがきの時代』など。今月下旬に『今日の「あまちゃん」から』が発売予定。
    --「ミッキーはなぜ口笛を吹くのか―アニメーションの表現史 [著]細馬宏通 [評者]いとうせいこう(作家・クリエーター)」、『朝日新聞』2013年12月15日(日)付。

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覚え書:「知的障害と裁き―ドキュメント千葉東金事件 [著]佐藤幹夫」、『朝日新聞』2013年12月15日(日)付。

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知的障害と裁き―ドキュメント千葉東金事件 [著]佐藤幹夫
[掲載]2013年12月15日   [ジャンル]医学・福祉 ノンフィクション・評伝 


 2008年に千葉県東金市で起きた女児殺害事件で、軽度の知的障害のある男性が逮捕された。弁護団は当初、無罪主張を掲げるが、主任弁護人が辞任して一転、起訴内容を認める。「知的障害と刑事司法」というテーマを追いかけ、雑誌に同時進行ルポを連載していた著者も振り回される。著者は、当初の主任弁護人の保護的な弁護活動が、被告のプライドを傷つけたことが辞任の遠因とみる。知的障害のある犯罪加害者をどう支えるのか。被告人を「責任を帰することのできる主体」とみるか、「福祉的保護の必要な人」とみるか。当事者と支援者の判断が違ったらどうするのか。福祉と司法の乗り入れが進む中で、顕在化する矛盾に焦点を当てる。
    ◇
 岩波書店・2835円
    --「知的障害と裁き―ドキュメント千葉東金事件 [著]佐藤幹夫」、『朝日新聞』2013年12月15日(日)付。

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知的障害と裁き――ドキュメント 千葉東金事件
佐藤 幹夫
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書評:ロナルド・H・フリッツェ(尾澤和幸訳)『捏造される歴史』原書房、2012年。

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ロナルド・H・フリッツェ『捏造される歴史』原書房、読了。「アトランティス大陸」から「天地創造説のなかの人種差別」まで--。本書はアメリカにおける疑似歴史、疑似科学隆盛の歴史と現在、そしてその受容心象を明らかにする一冊。
 
疑似科学的なるものを荒唐無稽と退け、信者を相対化させることは極めて簡単だが、恐ろしいのはそれが政治的に利用され人種差別や狂信の道具となったりすることだ。そしてその煽動を「本当」と信じる人々はあとをたたないことが問題であろう。加えて極端な相対主義の蔓延は、真摯な学問的探究根絶やしにしてしまう。本書の報告は日本にも当てはまる。易きへの阿りを排したい。

しかし疑似科学及び疑似歴史のトンデモさは理解しているつもりだけれども、一定の数の信者が存在して、それを主導する人というのがいる。ラエリアンなんていうのもそうだけど、ホント、制度宗教はその堕落を反省し、いかにその魂を回復することができるのかだなあ。ティリッヒの最後の敵は疑似宗教でもある。

その意味で、宗教=弱い者がすがるもの、という認識を一新せねばならないから、制度宗教が絶えず刷新していくほかねえので、頑張って欲しいと思う(既存の構造にあぐらをかくなつう話。加えて言えば、「弱い者がすがる」こと自体が「悪」という認識もちゃんちゃらオカシイ。そんなに強くないよ人間は。

以下は、若干の蛇足……

僕自身は、所謂「御用学者」について、そのレッテル貼りに関しては極めて慎重に抑制的に取り扱わなければならないと考えているけれども、実際のところ、その
御用」とされる人々は、銭金もらってヒャッハーというパターンというのはそんなに多くないのではないかと推察している。

研究資金で「つられた」というよりも、それが「真実である」と「信じて」主張しているというパターンも多いのではないかとは思っている。蓑田胸喜なんかを引くまでもなく。信仰の如きだからこれを崩すのは難しい。


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捏造される歴史
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ロナルド・H. フリッツェ
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覚え書:「書評:日本人の心のかたち 玄侑 宗久 著」、『東京新聞』2013年12月15日(日)付。


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日本人の心のかたち 玄侑 宗久 著

2013年12月15日

◆対立を併せのむ知恵
[評者]岡野守也=仏教心理学者
 本書は日本人の心がいわば型崩れを起こしつつある今、そもそも何が本来のかたちだったのかを確認する試みであり、作家と禅僧という二足のわらじをきっちりと履き、福島の寺の住職として原発事故の被災地にしっかりと留(とど)まっている著者ならではの興味深い日本人論である。
 著者は、日本人は、何か大きな存在があっても決して絶対化せず、対になるものを生み出し、両方を認める傾向があるとして「両行(りょうこう)」(『荘子』の言葉)と呼び、認めるだけでなく両者を矛盾なくまとめあげていくことを「不二(ふに)」(『維摩経(ゆいまきょう)』など大乗仏教の言葉)と呼ぶ。
 例えば仏教が入って来た時、それまでの古代信仰が「神道」というかたちを整えるが、しかしどちらかが否定されることなく習合されることで刺激しあいながら豊かになったこと、例えば天災の多い国であり、すべてを「無常」として忘れようとする方向と、「あはれ」と感じて忘れまいとする方向が対立しながらどちらもあり続けることで心の生産性がきわめて高まったこと等々、豊富な例をあげながら展開していく論は、賛否は別にともかく面白く読ませられた。
 グローバリズムとナショナリズム、グローバリズムとローカリズムという現代の問題にも両行と不二の知恵が新しいものを産み出すのではないか、という著者の期待も、そうあってほしいと思った。
(角川SSC新書・819円)
 げんゆう・そうきゅう 1956年生まれ。作家・僧侶。著書『光の山』など。
◆もう1冊 
 船曳建夫著『「日本人論」再考』(講談社学術文庫)。『武士道』『旅愁』『菊と刀』など多数の日本人論を読み直す。
    --「書評:日本人の心のかたち 玄侑 宗久 著」、『東京新聞』2013年12月15日(日)付。

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覚え書:「書評:フランス文学と愛 野崎 歓 著」、『東京新聞』2013年12月15日(日)付。

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フランス文学と愛 野崎 歓 著

2013年12月15日


◆性愛と純愛を両極に
[評者]芳川泰久=早稲田大教授
 「恋愛を主題としてフランスの文学について」という執筆依頼から、「あっという間に…歳月が流れた」と後記にある。それでも、出されたテーマに当意即妙に応ずる軽快感が、本書にはある。
 十六世紀のラブレーから二十世紀末までに書かれた<愛>にかかわるフランス文学の作品を、脈絡をつけながら論じることなど、一人でできるものではない。著者はそれを難なく成し遂げた。
 新書だから、平明な文言に徹し、恋愛がたどる軌跡をなぞるようにフランス文学を語ってゆく。恋愛が結婚を経て、家庭を持ち、出産を経験してゆくように。すると、十九世紀の写実主義や自然主義あたりで、生まれた子供が父や母に虐待される悲惨な小説群に遭遇することになる。筆力のせいか、こちらまで紹介される小説の内容に意気阻喪ぎみになる。
 なかでも目を惹(ひ)くのは、快楽を奔放に語る十八世紀の作家たちだ。クレビヨン・フィス、ディドロ、サドの性愛を描く諸作と、ルソーの『新エロイーズ』やベルナルダン・ド・サン = ピエールの『ポールとヴィルジニー』の純愛を両極に据えて、まさに慧眼(けいがん)である。そこからモーパッサンの短篇ひとつで、祖母と孫娘の違いを際立たせ、時代の差異を描き分ける展開の妙。二十世紀ではデュラスへの言及が愛の物語の本質を突いていて、著者ならでは。嬉(うれ)しい一冊がまた増えた。
(講談社現代新書・819円)
 のざき・かん 1959年生まれ。東京大教授。著書『異邦の香り』など。
◆もう1冊 
 工藤庸子著『フランス恋愛小説論』(岩波新書)。『感情教育』など恋愛小説五作について、愛の舞台や心理を解説。
    --「書評:フランス文学と愛 野崎 歓 著」、『東京新聞』2013年12月15日(日)付。

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覚え書:「みんなの広場 保護法案賛成議員の一覧表を」、『毎日新聞』2013年12月11日(水)付。


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みんなの広場
保護法案賛成議員の一覧表を
無職 52(大阪府茨木市)

 特定秘密保護法案が衆参両院で強行採決され、とうとう法律として成立してしまいました。しかし、そもそも両院の議員はどのようにして選ばれたのでしょう。
 昨年の衆院選について、最高裁は投票価値の平等に反する状態として「違憲状態」と判断。今年の参院選についても、広島高裁岡山支部は「違憲で無効」という判決を出しました。このような状態の選挙で獲得した「数」を頼んでの今回の強行採決なのです。この法案に賛成した各議員は本当に正しいと信じて押し進めたのでしょうか。子々孫々に「良い政治をした」と胸を張ることができるのでしょうか。それ以上に与党議員でいられることの「うまみ」があるということなのでしょうか。
 この上はぜひ新聞社にお願いしたい。賛成した議員全員を一覧表にして報じてほしいのです。次の選挙で、真に自由で民主的な政治をしてくれる人の選び間違いをしないためです。そして野党はこの法律の廃止を公約とするよう求めます。
    --「みんなの広場 保護法案賛成議員の一覧表を」、『毎日新聞』2013年12月11日(水)付。
 
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覚え書:「書評:国家と音楽家 中川 右介 著」、『東京新聞』2013年12月15日(日)付。


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国家と音楽家 中川 右介 著

2013年12月15日

◆政治との軋轢が生む名演
[評者]堀内修=音楽評論家
 遠くで轟(とどろ)く砲声に目前の陥落を感じつつ、フルトヴェングラーがベルリン・フィルを指揮してのブルックナーを聴く。悪夢に決まっている。だが少しだけ、ほんの少しだけ、その場にいた聴衆を羨(うらや)む気もある。
 フルトヴェングラーだってカラヤンだって、できれば芸術至上主義者でいたかったろう。だが、ナチスが受け入れるはずはない。痛い目に遭ったトスカニーニも、積極的に発言したバーンスタインも、音楽家たちは否応(いやおう)なく政治と関わった。
 語られているのはカザルスやコルトーなど主に二十世紀の演奏家だが、作曲家もいる。ショパンの亡命とポーランドの運命が明らかになるあたりで、始まりは近代国家ができるころからなのがわかってくる。以来音楽家は、絶えず国家と軋轢(あつれき)を起こしていた。
 さらに、ショスタコーヴィチとスターリンの話が淡々と進んでゆくうち、軋轢が受動的な運命などではなかったのではないか、と思えてくる。
 気づいて愉快になりはしないが、私たちがいま味わっている音楽は、深いところで危機と結びついているのではないか。
 ショスタコーヴィチの交響曲は、スターリンの圧政下にもかかわらず書かれた、のではなくて、圧政下だからこそ書かれた。ワルターはナチスの妨害を受けてもすばらしい演奏をした、のではなく、妨害を受けたから素晴らしい演奏をした。抑制された文章はそこまで踏み込まないが、芸術と人間の暗い秘密が、向こうに透けて見える。
 いつか音楽家が政治との軋轢から解放される日がきたら、音楽はさぞや退屈なものになるだろう。だが、恐れるには及ばない。あとがきで著者が指摘するように、原子力発電所の問題は、過去の話ではない。危機は続き、音楽はきっと生き続ける。
 描かれているのは政治と音楽の、悪夢の世界だ。味は苦いが、甘い香りもする。
(七つ森書館・2940円)
 なかがわ・ゆうすけ 1960年生まれ。「クラシックジャーナル」編集長。
◆もう1冊 
 『片山杜秀の本6 現代政治と現代音楽』(アルテスパブリッシング)。音楽の選曲とともに現代を批評するシリーズの第6弾。
    --「書評:国家と音楽家 中川 右介 著」、『東京新聞』2013年12月15日(日)付。

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国家と音楽家
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覚え書:「書評:努力する人間になってはいけない 芦田 宏直 著」、『東京新聞』2013年12月15日(日)付。

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努力する人間になってはいけない 芦田 宏直 著 

2013年12月15日

◆<呟き>革命 哲学で読み解く
[評者]鷲田小彌太=思想家
 すごい作品が出現したな…。第一章「努力する人間になってはいけない」を読み始めたときの感嘆の印象だ。第九章12「<新人>の発掘としての学校教育」を読み終わる頃は驚愕(きょうがく)に変わっていた。著者と同じように、哲学を専攻し、高等教育の「周辺」で仕事をしてきた評者が、共振しつつ、置き去りにされたと実感した瞬間である。
 たとえば、「受験勉強の効用」である。著者は(評者も)ほとんど受験勉強さえしたことのない学生を長年教えてきた。著者は受験で明示される全国的偏差値を、「遠い」ものへの意識を経験する不可欠の契機とみなす。まさにしかりである。
 変化の激しい社会の中での<新人>たる若者に向けて、学校や仕事や他者とどう向き合うかを考察し提言した本書の核心は、ツイッター革命論だ。データベース(ストック情報)に基づくグーグル的検索主義と異なり、ツイッターでは情報の先にいつも書き手と読者が同じラインに同時に存在する。不特定の短い<呟(つぶや)き>が知識や情報の蓄積を無化し多くの人間と現在を共有することを可能にする。書き続けていると波長の合う人とも出会う、不思議で恐ろしい装置だと言う。この専門性や実績を問わない世界を、著者は蓄積の集約ともいうべき哲学で読み解く。
 哲学研究と教育現場での仕事とが見事にリンクしている点が秀逸だ。前述の九章12でハイデガーの諸概念を駆使しながら、「教育とは<新人>の産出・発見」であり「目撃」である。新人とはそれ自体ですべて「である」可能性なのだと言う。
 著者こそ「大型新人」だろう。本書は著者がはじめて出した大衆的作品で、十年格闘してきたエキスであるという理由からだけではない。作品はつねに「第一作」でなければならないというのが著者の矜持(きょうじ)なのだ。だが理念を怖(おそ)れずに、いまが「旬」と思い決め、新旧のテーマを求めて、今後なおどんどん書いてほしいものだ。
(ロゼッタストーン・2940円)
 あしだ・ひろなお 1954年生まれ。人間環境大副学長。著書『書物の時間』。
◆もう1冊 
 梅棹忠夫『知的生産の技術』(岩波新書)。知識の披歴ではなく、ノートやカードを使い知識を獲得する実践的な技術を提案する。
    --「書評:努力する人間になってはいけない 芦田 宏直 著」、『東京新聞』2013年12月15日(日)付。

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努力する人間になってはいけない―学校と仕事と社会の新人論
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書評:川久保剛『福田恆存 人間は弱い』ミネルヴァ書房、2012年。


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川久保剛『福田恆存 人間は弱い』ミネルヴァ書房、読了。常に人間の本質を見つめ続けた批評家・福田恆存。

「人間は弱い」(副題)との自覚こそ福田の出発点であり徹底的な懐疑の源泉である。本書は保守派論客の軌跡と探究を甦らせる初の本格的評伝。

福田には保守反動という票が絶えずつきまとうが、チャタレイ裁判のように、一所に還元できない柔軟な生き生きとした思考が核にある。その源泉となるのが、徹底的な懐疑であろう。神田の職人の子として生まれた「生」の感覚がそれを担保する。

俗流インテリの風見鶏的態度に対する福田の批判的態度は、生命への信頼と同時に理性の無謬主義への嫌悪である。「見下し」を廃した福田の生き方は、あらゆるイズムを超え、近代主義の「仮象」を撃つ。若手研究者が生誕百(2012)年を言祝ぐ。

福田恆存は、「あてこすり」の名手だと思うけれども、その根柢の徹底した懐疑とは、実は人間に対する無限の信頼とワンセットになっているものなのではないのかな、フト思ったり。そういう至芸の如き「あてこすり」を現下、見出すことは殆ど不可能なのだけれども。

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福田恆存: 人間は弱い (ミネルヴァ日本評伝選)
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覚え書:「今週の本棚:中村達也・評 『成長から成熟へ-さよなら経済大国』=天野祐吉・著」、『毎日新聞』2013年12月15日(日)付。


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今週の本棚:中村達也・評 『成長から成熟へ-さよなら経済大国』=天野祐吉・著
毎日新聞 2013年12月15日 東京朝刊

 (集英社新書・777円)

 ◇「別品の国」へ思いを託すメッセージ

 広告という覗(のぞ)き窓から、世の中の移り変わりを見つめ続けてきた天野祐吉さんの、図らずも遺著となった作品である。その末尾にこんな一文がある。「経済力にせよ軍事力にせよ、日本は一位とか二位とかを争う野暮(やぼ)な国じゃなくていい。『別品』の国でありたい」と。その昔、中国の皇帝は、画家や陶芸家などの作品を品定めして、一位の作品を「一品」、二位のそれを「二品」……等々と表したという。と同時に、通常のモノサシでは測れない、個性的で魅力にあふれた作品を「絶品」とか「別品」とか呼んだという。そうした意味での「別品の国でありたい」というわけである。

 戦後復興を経て、ひたすら経済大国行きの特急列車で走り続けてきた日本の社会が、バブルの崩壊で脱線し、さらに東日本大震災で大打撃を受けることとなった。でも、見ようによっては、これは大きなチャンスかもしれない。大震災後にJ・ダワーが朝日新聞で語った言葉に、天野さんは注目する。「大きな災害や事故が起きると、すべてを新しく創造的な方法で考え直すことのできるスペースが生まれる。いま日本はまさにその時だが、もたもたしていると、そのスペースはまた閉じてしまう」。成長から成熟への転換のチャンスとして活(い)かさなければならないのだが、現実はといえば、三・一一以後の日本の再生ではなく、三・一一以前の日本を再生する方向へと流れているのではないのか。天野さんは、こう見立てる。

 実は、経済成長のレールの上をひた走っていた頃にも、折りに触れそれを見直す兆しと気運が生まれたことが何度かあったし、そうした動きとつながる粋な広告がいくつも登場した。例えば、一九七〇年の「モーレツからビューティフルへ」(富士ゼロックス)。高度成長がそろそろ終わりにさしかかっていた頃に、脇目もふらずモーレツに働く日本人の振る舞いを、ちょっと距離を置いて眺めてみる。二度の石油危機を経て安定成長期に入り、しかしまだバブル経済には至っていない一九八二年の「おいしい生活。」(西武百貨店)。豊かな生活とは異なる「おいしい生活」、お仕着せのライフスタイルではない自分流のライフスタイルの勧め。そしてバブル崩壊後の一九九二年の「ハングリー?」(日清カップヌードル)。空腹は満たされているけれど、果たして心はどうなのかと、外国人の男のドスのきいた声が問いかける。続いて一九九三年の「そうだ 京都、行こう」(JR東海)。あたかも、経済大国行きの特急列車に乗り急いだあまり、何か大切な忘れ物をしてしまったのでは、とでも言っているようだ。

 しかし、そんな気分が漂いながらも、結局は経済成長路線から離れることができずに推移してきたというのが現実。一九五〇年代の半ばから現在に至るまで、実質GDPは、実に一一倍にまで膨らんだし、一人当たりGDPで見てもおよそ八倍にまで膨らんだ。あらためて、その成長ぶりに驚くのだが、一九八八年の「ほしいものが、ほしいわ。」(西武百貨店)は、実に象徴的であった。あれもこれも手に入れて、もはやほしいものが見当たらなくなったのであろうか。そして天野さんが注目するのが、この数年、正月のデパートの初売りで福袋を求めて数千人もの行列ができるという光景。特定のあるものがほしいのではなく、何かがほしい人々が殺到する。天野さんは、あらためて「成長から成熟へ」の思いを深くしたようであるし、「別品の国でありたい」と最後のメッセージを記すことになったのではなかろうか。
    --「今週の本棚:中村達也・評 『成長から成熟へ-さよなら経済大国』=天野祐吉・著」、『毎日新聞』2013年12月15日(日)付。

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成長から成熟へ さよなら経済大国 (集英社新書)
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覚え書:「今週の本棚:湯川豊・評 『別れの挨拶』=丸谷才一・著」、『毎日新聞』2013年12月15日(日)付。

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今週の本棚:湯川豊・評 『別れの挨拶』=丸谷才一・著
毎日新聞 2013年12月15日 東京朝刊

 (集英社・1680円)

 ◇多彩な文章に仕掛けられた最後の花火

 まぎれもなく丸谷才一さんの「最後の新刊」にあたる一冊だろう。そう思うと、格別に感慨が深い。

 じつにさまざまな種類の文章がある。文学論、日本語論、クリムト論、最晩年の書評の数々、そして「最後の挨拶(あいさつ)」まで、多彩な仕事が行き届いた編集で見渡せるようになっている。なにか丸谷さんが仕掛けた最後の花火を見る思いだ。

 文章に一貫しているのは、柔らかく語られながら、つねに論理的であることだ。それでいて、エピソードを多用するなどしてけっして晦渋(かいじゅう)な空論にならない。文章の背後に、文明のあり方への洞察が働いている。そう見ると、丸谷批評の縮刷版一冊がここにあるかのようだ。

 そういえば、自分の批評についてこんなふうに語っている。死去するほぼ一年前の、毎日新聞「今週の本棚」書評総会での挨拶(よく知られているように、丸谷才一はこの書評欄の創始者で顧問だった)。

 自分は50パーセント小説家で50パーセントが批評家だと思う、という。「わたしの小説のおもしろさは内部にゐる批評家のおかげだし、批評の取柄も内部にゐる小説家性、作家性に大きくよりかかつてゐる」

 そして、その批評家性は、イギリスの書評に学んだのが特色。それは、具体的な本の魅力を言い立てて、本と読者と批評家の楽しい共同体を形づくることだ、と言葉を継いでいる。

 批評家とは何か。その思考をさらに進めているのは、「われわれは彼によつて創られた」という、吉田秀和を追悼する文章である。

 批評家は二つのことをしなければならない。第一にすぐれた批評文を書くこと。第二に(実践などによって)文化的風土を準備すること。この二つをおこなってはじめて完全な批評家といえるが、吉田秀和はまさにそれだった。

 第二の面でいうと、桐朋学園音楽科をつくって世界的な音楽家を産み出したし、さらにいえば放送などの活動で、クラシック愛好家を創った。「戦後日本の音楽は吉田秀和の作品である」とまでいいきっている。

 では、丸谷才一自身の批評家としての二つの面が、現代日本文学をどう変えたのか、という思いに自然に私たちを導いてゆくのだが、回答は本書のいたる所に見いだせる。

 関連したものとして、私が一読して溜息(ためいき)をついたのは、「十九世紀と文学と遊び心」という講演原稿。日本近代文学の特殊なゆがみをテーマにしている。明治の中頃から後半にかけて、江戸期以来の日本文学が大きく変化して、「大まじめで厳粛な、おもしろみのないものになつた」のだが、それはなぜか。

 十九世紀末からのヨーロッパ文学の主流となった自然主義文学を「誤解して」輸入した結果であり、その誤解のもとは、同時期にヨーロッパ文化が遊び心を衰退させていたことにあるとする。驚いたことにその衰退のありさまを男の服装の変化を例にとって語るのである。日本の私小説が生まれた経緯が、着想の新しさによって改めて実感できる。

 そして、いうまでもなく、丸谷才一の作家としての一生は私小説反対の立場を貫いたことだった。最晩年の文化勲章受章を祝う会での挨拶で、それをはっきり宣言していると同時に、その立場を切り拓(ひら)いた後、少なからぬ後継文学者が出現したことを喜んでいる。自分の活動も「成功した、と言へないことはない」と語るこの挨拶は、遺言のようでもあり、後に続く者たちへの力強い励ましでもある。
    --「今週の本棚:湯川豊・評 『別れの挨拶』=丸谷才一・著」、『毎日新聞』2013年12月15日(日)付。

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覚え書:「私の社会保障論 キューバからもらう勇気=木田宏」、『毎日新聞』2013年12月11日(水)付。

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くらしの明日 私の社会保障論
キューバからもらう勇気
医療と教育を無償化する国
木田宏 埼玉県済生会栗橋病院院長補佐

 10年有余、人口当たりの医師数が最低の埼玉から、日本の低医療費と医師養成抑制の問題を訴えてきた。しかし税と社会保障の一体改革と称した増税は決まったが、肝心の医療や社会福祉予算の削減が計画される。
 地方の一勤務医がどうあがいても、医療再生は困難とあきらめかけた矢先、心動かすツアーに誘われた。1950年代、貧富の差にあえぐラテンアメリカに心を痛めたチェ・ゲバラが、命がけで当時の軍事政権を倒した国、キューバの医療視察だ。
 革命後のキューバは。経済封鎖に加え、91年の旧ソ連崩壊で後ろ盾を失い、深刻な経済危機に陥っている。成田から約20時間かけ、11月2日午後10時にキューバに到着。ホテルに向かう道路は停電かと見間違うほど暗く、50年代の米国車が修理を重ねられながら普通に走っている。長年の経済制裁が市民生活に与える影響を肌で感じた。
 マイケル・ムーア監督の映画「シッコ」でも紹介され、注目されたキューバの医療は3層構造になっている。第一に地域密着の家庭医と看護師、第二に専門医や検査機器を備え入院を要しない救急患者を受け入れる診療所(ポリクリニック)、最後に入院治療を要する患者に対応する病院。乳児期のワクチン接種に始まり、健康教育、必要に応じた定期検診などのケアを家庭医が施す。検査や治療が必要な場合にポリクリニックや病院に紹介されるという役割分担がなされている。家族・地域ぐるみ、といえる医療体制だ。
 キューバの医療の大きな特徴は無償提供されていることだ。キューバは、憲法で「何人も看護を受け、健康を保障される権利を有する。国はこの権利を無料で保障する」とうたう。その結果、ワクチンや新薬開発に力を入れて輸出産業に成長させた。乳児死亡率は米国を抜いて世界でトップクラスの低さで、移植医療も実施する。さらに世界の自然災害や医師不足地域に医師や看護師を派遣し、ラテンアメリカ医学校ではアフリカ、さらには米国の貧困層の若者にまで医学教育を提供し、積極的に医療平和外交を果たしてきた。現在は日本と同様の高齢社会を見据えて、老年医学専門家育成や高齢者施設増設まで、数値目標を掲げて取り組んでいる。
 キューバが医療や教育を無償化し、最低限の食糧配給体制を守っているのは、土地が狭く資源も乏しい国だからこそ、国民を大切にすることが国が生き残るために最重要課題だと考えているからだ。未曾有の超高齢社会を目前に、社会保障体制の整備より五輪誘致が優先される日本に絶望感を抱いていた私だったが、ゲバラの夢「世界を変える」という精神を体現するキューバ人に勇気をもらい、ハバナ空港を後にした。
ことば・チェ・ゲバラ 1928年にアルゼンチンで生まれた革命家。ブエノスアイレス大で医学を学び、医師となる。キューバ革命に当初は軍医として参加、カストロ政権下で要職を歴任した。67年にボリビアでゲリラ活動中に捕らえられ、銃殺された。チェは愛称。
    --「私の社会保障論 キューバからもらう勇気」、『毎日新聞』2013年12月11日(水)付。

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覚え書:「劣化国家 [著]ニーアル・ファーガソン [評者]原真人(本社編集委員)」、『朝日新聞』2013年12月08日(日)付。

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劣化国家 [著]ニーアル・ファーガソン
[評者]原真人(本社編集委員)  [掲載]2013年12月08日   [ジャンル]政治 経済 
■西洋の「大いなる衰退」の原因

 昨今、政治も企業経営も短期的な利益や思惑だけで動くことが増え、それが思わぬ機能不全を引き起こしている。経済危機の頻発といった症状がまさにそうだ。しかも困ったことに、根本原因も処方箋(せん)も見つからないありさまだ。
 歴史学者である著者は数百年単位の視点をとることで、問題の本質が西洋世界の「大いなる衰退」にあるととらえる。そして西洋文明の発展を支える四つの基幹装置が壊れつつあると指摘する。
 たとえば「民主主義」は政府債務の膨張を通じ将来世代への負担の先送りを許している。「資本主義」の下の複雑な金融規制は弱肉強食の経済をうまく制御できていない。「法の支配」は法律家の支配に成り下がり、自由な「市民社会」には衰えが目立つ。
 世界的な発信力をもつ著者の英BBC放送での講義が元になった本だ。そのためか解説ぶりはいたって大胆かつ簡潔。緻密(ちみつ)さが少々欠けても、歴史的な潮流変化をざっくりつかむにはむしろありがたい。
    ◇
 櫻井祐子訳、東洋経済新報社・1680円
    --「劣化国家 [著]ニーアル・ファーガソン [評者]原真人(本社編集委員)」、『朝日新聞』2013年12月08日(日)付。

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覚え書:「謎と暗号で読み解く ダンテ『神曲』 [著]村松真理子」、『朝日新聞』2013年12月08日(日)付。


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謎と暗号で読み解く ダンテ『神曲』 [著]村松真理子
[掲載]2013年12月08日   [ジャンル]人文 

 「西洋史上、最高の文学」とも評されるダンテ『神曲』。さながら言葉で築き上げられた大聖堂だ。一見取っつきにくい古典だが、本書は挑戦する手がかりを与えてくれる一冊。
 14世紀初頭に書かれたこの叙事詩には、幾重にも寓意(ぐうい)が埋め込まれている。探求心に突き動かされた航海の末に、神の意志で海底へとのみ込まれる古代の英雄ウリッセ(オデュッセウス)のエピソードが印象的だ。読者は、人間が知を追求することは罪なのか?という問いを突きつけられる。キリスト教世界に生きたダンテに限らず、原発を生み出した科学技術を思えば、現代を生きる私たちにも切実な問いとなる。
    ◇
 角川oneテーマ21・820円
    --「謎と暗号で読み解く ダンテ『神曲』 [著]村松真理子」、『朝日新聞』2013年12月08日(日)付。

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覚え書:「死小説 [著]荒木経惟 [評者]横尾忠則(美術家)」、『朝日新聞』2013年12月08日(日)付。

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死小説 [著]荒木経惟
[評者]横尾忠則(美術家)  [掲載]2013年12月08日   [ジャンル]アート・ファッション・芸能 


■文字使わず遍歴つづる能の物語

 荒木経惟が「死小説」と題する小説を書いたというが文字は一字もない。だからといって小説ではないとは言えまい。著者の言いたいのは「視小説」ではないのか。写真も立派な視覚言語(ビジュアルランゲージ)である。
 撮った写真を順番に並べたら物語ができて「小説が生まれた」と本の帯で吐露する。
 荒木は「センチメンタルな旅」と題した自らの新婚旅行を暴露的に撮った写真集で話題になって以来、現在もまだ「センチメンタルな旅は終わっていない」と言う。
 ぼくはこの「死小説」を眺めながらあることにフト気づいた。つまり著者は能のワキであるということだ。ワキは旅をすることで異界に出合うのである。彼が旅先で出会った人の数は数え切れないほど多い。彼は同じ場所に留(とど)まることもあるが移動しながら見え隠れする人々を盗み見する。実はこの人々こそがシテ(霊)である。
 シテは一種の地縛霊で、常にその場所に留まる。その霊は荒木の中ではカダフィであったり淡島千景であったり、寛仁さまであったりサッチャーであったり、時には荒木夫人であるように、全て死者である。そんな死者にワキである荒木が接する時、ワキは自らを語ろうとしない。「荒木経惟」の名さえ無為の存在にしなければ異界と接触することはできないからだ。
 ワキである著者の写真の中の卑猥(ひわい)な裸婦たちは常に1カ所に留まり、あらわな舞を舞いながらシテとしての存在を、今なお如何(いか)に憂世(うきよ)に恋いこがれているかをアピールする。しかしすでにワキは自らを無化した存在である。
 「編集だとか、構成だとか、デザインだとか、そんなことはいっさいなし」でなければこの「死小説」の著者、即(すなわ)ちワキは無の旅人として遍歴を続けることはできない。
 著者のいう「センチメンタルな旅」はぼくには旅の僧が書いた(撮った)「死小説」という能の物語として映る。
    ◇
 新潮社・1995円/あらき・のぶよし 40年生まれ。写真集に『わが愛、陽子』『愛しのチロ』『さっちん』など。
    --「死小説 [著]荒木経惟 [評者]横尾忠則(美術家)」、『朝日新聞』2013年12月08日(日)付。

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日記:無人による支配

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 官僚制とはすなわち、一者でもなければ最優秀者でもなく、また少数者でもなければ多数者でもなく、だれもがそこでは責任を負うことのできない官庁の匿名のシステムであり、無人による支配とでも呼ぶのが適切であるようなものである。
    --ハンナ・アーレント(山田正行訳)『暴力について 共和国の危機』みすず書房、2000年、127頁。

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久しぶりにアーレントの時事評論を引っ張り出して読んでいたら、権力(暴力)に対峙するにあたっての市民的不服従の挑戦にひとつの範を見出していたことに驚いたのですが、権力(暴力)についての描写を読んでいると、カフカの長編小説『城』を想起した。

いつまでたっても城の中に入ることのできない測量技師Kをとりまく環境の諸力とは、人間には理解できない権力であり、それはハデイガーのいう「技術の支配」のことであり、圧倒的な力なのに、誰もが責任を取らないそれは、アーレントのいう「無人による支配」のことなのだろう。

その「無人の支配」とは、高度に発達した官僚制抜きには語れない。


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覚え書:「少国民戦争文化史 [著]山中恒 [評者]出久根達郎(作家)」、『朝日新聞』2013年12月08日(日)付。


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少国民戦争文化史 [著]山中恒
[評者]出久根達郎(作家)  [掲載]2013年12月08日   [ジャンル]歴史 

■消された愚行の実体に迫る

 「少国民」とは、第二次大戦中の呼称で、年少の国民のことである。もったいぶった言い方が戦時用語の特色だけど簡単に言えば、少年少女のこと。昭和十二年十一月、大毎小学生新聞・東日小学生新聞が、「少国民愛国歌」の歌詞を募集した。これが少国民という語の使われた最初である。ただし一般化するのは四年後の太平洋戦争になってから。
 本のタイトルに、『少国民の日本史』『少国民の国体読本』『少国民文化大日本史』と少国民がつく。内務省が指導し文部省や陸軍省他が加わって、児童雑誌の規制が始まる。
 たとえばルビの廃止。ルビは児童の目によくないという論法である。実は漢字や漢語優位の偏向ではなかろうか。少国民などという固い造語から、そう思える。
 かくして昭和十六年に「社団法人・日本少国民文化協会」が、翌年には「財団法人・少国民文化協会(少文協)」が結成される。官民一体の少国民文化運動が発足した。運動の実態は謎の部分が多かった。協会員の作家たちが、戦後、口を閉ざしたからである。語られた事柄も真実か否か、容易に判断できない。
 著者は「ボクラ少国民」シリーズで、これまで少文協の果たした役割を追究してきた。本書はその延長線上にある。昭和十九年以降の少文協の内部事情は、未(いま)だに手がかりがないそうだ。そして恐らく今後この問題は論じられることはあるまい、と言う。どのように「少国民」が作られたか。究明することは重要だ。きなくさくなってきた昨今、同じ愚行が繰り返されない為(ため)にも。
 著者のライフワークに対して、心ない悪口を放つ者もいる。戦時中の本を集め、鋏(はさみ)と糊(のり)でまとめただけだ、と。
 少国民図書の内容を紹介してくれただけで偉業である。戦時中の本は集めようとしても集まらない。愚行の「証拠」は消されたから。私たちは氏の著によって、少国民文化の実体を知ることができる。
    ◇
 勁草書房・3570円/やまなか・ひさし 31年生まれ。児童読み物・ノンフィクション作家。『戦時児童文学論』など。
    --「少国民戦争文化史 [著]山中恒 [評者]出久根達郎(作家)」、『朝日新聞』2013年12月08日(日)付。

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覚え書:「スズメ つかず・はなれず・二千年 [著]三上修 [評者]三浦しをん(作家)」、『朝日新聞』2013年12月08日(日)付。

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スズメ つかず・はなれず・二千年 [著]三上修
[評者]三浦しをん(作家)  [掲載]2013年12月08日   [ジャンル]科学・生物 

■身近な鳥には驚きがいっぱい

 部屋の窓から、スズメが遊ぶ姿を眺めるのが好きだ。ある日、スズメのヒナが地面をよちよち歩いているのを発見した。おおいに気を揉(も)むも、親スズメがちゃんと餌を運んでおり、翌朝にはヒナも見事に飛ぶことができたようだった。ほっ。
 それにしてもなぜ、うまく飛べないくせにヒナは巣から出たんだ? 身近な鳥なのに、スズメのことをよく知らないなと思い、本書を読んでみた。スズメの生態はもちろんのこと、スズメと人がどうかかわってきたのか、農業や文化の面からも多角的に説明されていて、とても楽しく、驚きがいっぱいだ。「うまく飛べないくせに巣から出るヒナ」の謎も解けた。けっこうスパルタ。詳しくはぜひ本書をご覧ください。
 スズメは、人の生活圏のそばでしか繁殖しないのだそうだ。だったら、この愛らしい小鳥とぜひとも共存共栄したいところだが、スズメは実った稲を食べる農害鳥でもある。人間側は当然、案山子(かかし)を立てたりザルを使った罠(わな)で捕らえたりと、さまざまな手段で反撃してきた(スズメの焼き鳥は、特に冬が美味とか)。
 それでも旺盛な繁殖力を見せていたスズメだが、近年、個体数が半減している。著者は観察と調査を重ねたすえ、最近の高気密をうたう住宅には、軒下などにスズメが巣を作れるような隙間がないためではないか、と推測する。餌場である草ぼうぼうの空き地が減って、スズメの子育てが困難になったことも一因のようだ。
 スズメが暮らしやすい町とはなにかを考えることは、私たちにとって息をしやすい町とはなにかを考えることにもつながるだろう。本文のみならず著者プロフィールまでもユーモアにあふれていて、子どもも大人も楽しめる。俳句に詠まれ、昔話にも登場する親しみ深い隣人(隣鳥?)が、ますます身近に感じられること請け合いだ。
    ◇
 岩波科学ライブラリー・1575円/みかみ・おさむ 74年生まれ。岩手医科大講師。著書に『スズメの謎』。
    --「スズメ つかず・はなれず・二千年 [著]三上修 [評者]三浦しをん(作家)」、『朝日新聞』2013年12月08日(日)付。

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覚え書::「Listening:<特定秘密保護法に言いたい>「待ち」ではなく積極関与を 想田和弘さん」、『毎日新聞』2013年12月11日(水)付。


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Listening:<特定秘密保護法に言いたい>「待ち」ではなく積極関与を 想田和弘さん
2013年12月11日

 ◇想田和弘さん(43)

 民主主義は国民一人一人に権力があるが、選挙で選んだ政権に間接的に預けることで機能する。預けた権力は絶大で刃物を持たせるのと同じだ。

 自民党は昨年、人権の制約や言論の自由の制限を盛り込んだ憲法改正草案を発表したが、社会はさほど驚くこともなく、衆院選、参院選で大勝させた。参院選では有権者の半数近くが棄権して政権を育てた。

 選挙で秘密保護法制定を公約に掲げなかったが、自民党は国民から無言の承認を得たとみた。今の事態は私たちが招いたことを忘れてはならない。

 反対する人たちもマスコミも危機感が乏しく、出足が遅かった。野球で言えば、九回裏に10点差を付けられていることに気づいて慌てた。一方、自民党は試合前から態勢を整えていた。

 秘密保護法は「知る権利」や表現の自由を奪い、憲法21条に反していると私は思っている。今や民主主義は首の皮一枚という状態だが、幸運なことにまだ日本国憲法は残っている。

 選挙だけが民主主義の参加の機会ではない。憲法12条は自由や権利を保持するために国民に「不断の努力」を求めている。違憲訴訟を起こすことも、デモに行くことも、秘密保護法の下にできる「政令」のパブリックコメント(意見募集)でもの申すこともできる。

 民主主義の主人公である国民はヒーローを待っていてはだめだ。一人一人が街に落ちているゴミを拾ううちに、拾う人がいっぱいになれば街はきれいになる。【聞き手・青島顕、写真も】=随時掲載

 ■人物略歴

 ◇そうだ・かずひろ

 1970年生まれ。作品に「選挙」「精神」「Peace」など。「日本人は民主主義を捨てたがっているのか?」を11月に出版。
    --「Listening:<特定秘密保護法に言いたい>「待ち」ではなく積極関与を 想田和弘さん」、『毎日新聞』2013年12月11日(水)付。

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覚え書:「動きすぎてはいけない ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学 [著]千葉雅也 [評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)」、『朝日新聞』2013年12月08日(日)付。


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動きすぎてはいけない ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学 [著]千葉雅也
[評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)  [掲載]2013年12月08日   [ジャンル]社会 

■繋がり過ぎる時代、あえて留まること

 思想家を論じるには大きく二通りの方向がある。「○○は何を考えていたか」と「○○から何が考えられるか」。もちろんどちらかを選ぶということではなく、両者は分かち難く絡み合っているのだが。前者を「解説と分析」と呼ぶなら、後者は「応用と展開」ということになるだろう。たとえばフランスの哲学者ジル・ドゥルーズであれば、その著作をつぶさに読み込み、別の言葉に丁寧に置き換えてゆくのが前者であり、そこから思い切って離脱し跳躍し、しかしドゥルーズを越えようとするのではなく、いわばドゥルーズと共に新たな思考を始めることによって、ドゥルーズの哲学から何が考えられるのか、いや、もっと踏み込んで言えば、実際にはそうしていなくても、ドゥルーズならば更に何が考えられた筈(はず)なのか、を問うことが、後者の試みの核心だと言える。
 刊行前から各所で話題となっていた気鋭の哲学者・批評家による初の単著は、明らかに後者に属する書物である。ジル・ドゥルーズという可能性を徹底的に押し開くこと。そこで鍵となるのは、書名にもなっている「動きすぎてはいけない」という文言である。今は亡きドゥルーズが、単独で、そして盟友フェリックス・ガタリと共に著した、輝くばかりの書物群に記された思考を簡略に述べることは出来ないが、日本への紹介にかんする限り、それは1980年代前半に浅田彰や中沢新一が主導した「ニューアカ(デミズム)」と密接にかかわっていた。バブル景気へと邁進(まいしん)する時代であり、資本主義と情報化が凄(すさ)まじい勢いで加速していた当時の日本で、「ニューアカ」が魅力的に導入したドゥルーズ(とガタリ)の哲学は、ひたすら動くこと、どんどん変化することへの奨励として機能した。それがドゥルーズ解釈として正しいのかどうかは必ずしも問題ではなかった。ただ、そのように受け取られたのだった。
 しかし、それから30年の月日が過ぎ去り、ドゥルーズもガタリも亡くなり、日本も世界も、その姿を大きく変えた。そこで本書の著者は言うのだ。もちろん動くのはいい。だが、動きすぎてもいけない。そして繋(つな)がり過ぎてもいけない。グローバリゼーションとインターネットに覆い尽くされた社会で、いま新たにドゥルーズを読むこと。その思想を現在形に変換すること。こうして、かつて浅田彰の『構造と力』がそうであったように、本書は鋭利なドゥルーズ論であると同時に、私たちが生きる「いま、ここ」を明視するものになっている。そこでは「中途半端」であることが力強く肯定される。それは過剰と限界の一歩手前にあえて留(とど)まることだ。スリリング、かつジョイフルな哲学書である。
    ◇
 河出書房新社・2625円/ちば・まさや 78年生まれ。立命館大学准教授。フランス現代哲学の研究や、美術・文学・ファッションなどの批評も手がける。本書は博士論文を改稿したもの。
    --「動きすぎてはいけない ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学 [著]千葉雅也 [評者]佐々木敦(批評家・早稲田大学教授)」、『朝日新聞』2013年12月08日(日)付。

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動きすぎてはいけない: ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学
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覚え書:「民主主義のつくり方 [著]宇野重規 [評者]鷲田清一(大谷大学教授・哲学)」、『朝日新聞』2013年12月08日(日)付。


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民主主義のつくり方 [著]宇野重規
[評者]鷲田清一(大谷大学教授・哲学)  [掲載]2013年12月08日   [ジャンル]政治 


■<習慣>から未来への展望探る

 こんな柔らかい言葉で現代政治について論じる人は、日本の政治学者のなかではめずらしいのではないか。
 以前、この人が〈身体〉という概念を用いて政治史を論じている文章にふれて、とても新鮮に感じたことがある。近代という時代に、社会を人体のように一つにまとめる「超越的な秩序」が不在となって、統合ではなく対立や分断を内に抱えていることがむしろ社会の構成要件になってゆくそのプロセスが、〈脱身体化〉としてとらえられていた。本書ではその視点が、民主主義の未来を展望するなかで、〈習慣〉という視点へと深められている。
 現代は、社会を基礎づける「確実性の指標」が消滅した時代だという認識が出発点にある。だからこそ熟議が必要なのに、市民はいま、かつてないほど世間の動きに流されやすくなっている。そして他方には、政治への深い不信と無力感。そのなかで「あまりに狭くなった政治の回路」を再びどう切り拓(ひら)いてゆくかという問題意識である。
 ここでプラグマティズムに着目するのは、「十分な判断材料がないにもかかわらず、何らかの選択をしなければならない」という状況下で、「実験による社会の漸進的改良」を説いたのがデューイらのその思想だからである。そしてアメリカン・デモクラシーの最良の部分は、この思想を習慣として内面化してきた地域コミュニティーでの自治の経験にあると著者は見る。
 そしてそのあと、隠岐諸島や釜石など中央から遠く離れた地域でいま取り組まれつつある、先住者と新たな移住者との協働による起業やソーシャル・ビジネスなどに、一気に眼(め)を転じる。そこに新たな「民主主義の習慣」を見ようというのだ。
 富の再配分ではなく、負担の再配分(痛みの分かち合い)をこそ語らねばならない「収縮時代」に送り届けられた、一冊の希望の書である。
    ◇
 筑摩選書・1575円/うの・しげき 67年生まれ。東京大学教授(政治思想史、政治哲学)。『西洋政治思想史』
    --「民主主義のつくり方 [著]宇野重規 [評者]鷲田清一(大谷大学教授・哲学)」、『朝日新聞』2013年12月08日(日)付。

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覚え書:「「3・11」と歴史学 [編]研究会「戦後派第一世代の歴史研究者は21世紀に何をなすべきか」 [評者]保阪正康(ノンフィクション作家)」、『朝日新聞』2013年12月08日(日)付。


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「3・11」と歴史学 [編]研究会「戦後派第一世代の歴史研究者は21世紀に何をなすべきか」
[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)  [掲載]2013年12月08日   [ジャンル]歴史 


■命の視点で歴史学総体を見直す

 本書の「はしがき」に〈歴史学は、地球、宇宙という意味での「自然」と、「類」としての「人類」の歩みとの関係の問題に、正面から立ち向かう必要がある〉と書かれている。つまり自然と人類との共生の紐帯(ちゅうたい)をいかに見つめていくか、これまではそれが欠けていたとの自省である。
 戦後派第一世代ともいうべき歴史学者16人が集まってシリーズ「21世紀歴史学の創造」(7巻)の刊行を始めたのが2012年5月、そして本巻のほかに別巻2冊が編まれた。本書はこの別巻2にあたるのだが、一般にも注目されるのは「3・11」を機に歴史学総体の見直しを試みた点にある。冒頭の論文で、小谷汪之(ひろゆき)は、戦後歴史学は科学的歴史学と近代主義的歴史学の「矛盾を含んだ混合物」で、そこに盲点があったと分析する。皇国史観克服のためのマルクス主義への過剰な傾斜を認めたということだろう。
 小谷は原子核物理学者・武谷三男を例に論じるが、宮地正人はそれに反論している。2人の論点をどう読みこなすかが、実はこの書を理解する鍵だともわかってくる。
 一方で3・11が私たちにつきつけたのは「命」に関わる視点だとの指摘(伊藤定良、南塚信吾、清水透など)があり、南塚は地球と人類を念頭に置いた「大きなパラダイムの議論」の必要性や自然諸科学との連携、ヨーロッパ的史観などの再検討を訴えている。生殖医療、代理母出産、先端医療に歴史学はどう関わるかの論点も目新しい。
 本書は、3・11時の原発事故を全体図として見つめ、同時に各国の原子力政策がどのような推移を辿(たど)ったかに膨大な頁(ページ)が割かれている。それぞれの国の原子力政策の時代区分などに歴史学の目が感じられもする。政官産学の原子力関係諸集団が説く安全神話に歴史学がどうメスを入れるのか、興味の持たれる視点も提示される。巻末の核と原発の年譜が貴重である。
    ◇
 有志舎・2520円/略称=戦後派研究会。メンバーは本文に登場したほかに木畑洋一、古田元夫、油井大三郎氏ら。
    --「「3・11」と歴史学 [編]研究会「戦後派第一世代の歴史研究者は21世紀に何をなすべきか」 [評者]保阪正康(ノンフィクション作家)」、『朝日新聞』2013年12月08日(日)付。

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書評:想田和弘『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』岩波ブックレット、2013年。

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想田和弘『日本人は民主主義を捨てたがっているのか?』岩波ブックレット、読了。橋下現象から安倍政権の誕生まで--。進行する「熱狂なきファシズム」を鋭く抽出する恐ろしい本だ。消費者と化した有権者の意識、みんながハードルを下げ、賢くなることを拒否する態度はオルテガの描く未来予想図の如し。

「主権者が自らを政治サービスの消費者としてイメージすると、政治の主体であることをやめ、受け身になります」。消費モデルで政治を捉えることこそまさに『大衆の反逆』の「慢心しきったお坊ちゃん」(オルテガ)の錯誤。

民主主義の原点は「みんなのことは、みんなで議論し主張や利害をすりあわせ、みんなで決めて責任を持とう」だが、消費者民主主義は「お客様を煩わさないで。面倒だから誰かが決めてよ、気に入ったら買ってやるから」になる。

人々との語らないの中から著者が見出した日本の現状とは、海の外(著者はNYが拠点)では考えられないことだ。熱狂なきファシズムに抵抗していく究極の手段は、主権者一人ひとりが「不断の努力」をしていくことにほかならない。

「首相は庶民と同じでよい」というイデオロギー(芦部知らない事件)の蔓延にも驚くが、映画監督の著者はたびたび「門外漢は口を出すな」「お前は映画だけを作ってろ」というおびただしいリプライ(風潮)により驚く。

“「門外漢は政治を論じるな」という風潮に風穴をあける最良の方法は、「門外漢が実際に政治について語ること」” 民主主義が終了することで深刻な影響を受けるのは無数の「門外漢」。だからこそ不断の努力としての責任が重要か。


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日本人は民主主義を捨てたがっているのか? (岩波ブックレット)
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覚え書:「書評:ミケランジェロ 木下 長宏 著」、『東京新聞』2013年12月08日(日)付。


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ミケランジェロ 木下 長宏 著  

2013年12月8日


◆混沌を生き抜く人間描く
[評者]榑沼(くれぬま)範久=横浜国立大准教授
 著者はルネサンス美術の専門家を名乗らない。専門家の見解も重要だが、専門家は解釈を提示することに懸命なあまり、芸術の発する問い自体を見えなくすることがある。もちろん本書も著者の経験と知識にもとづく観察と考察を紡いでいくが、作品にひとつの謎解きを施すことよりも-解ける謎があるなら、そもそも芸術家は制作を続けない-、芸術と人間をめぐるミケランジェロの弛(たゆ)まぬ自問の在りか、そして彼の作品の複雑な在りかたそのものを見つめることに注意を払っている。
 ミケランジェロのことは生半可に書けないという長年の自戒は二○一一年の大きな出来事によって揺り動かされたという。著者は改めてイタリアを巡り、ミケランジェロのフレスコ画に向き合い、彫刻を色々な方向から見つめ、建築や広場に佇(たたず)み、詩や手紙を自らの手で訳出し、ミケランジェロに直に向き合おうとする。
 本書の白眉は、終末の「大洪水」を描いたレオナルド・ダ・ヴィンチにではなく、ミケランジェロにこそ混沌(カオス)の芸術家を見出したこと。そしてシスティーナ礼拝堂「最後の審判」や「ノアの洪水」(国立西洋美術館「ミケランジェロ展」では高解像度映像が上映されていた)と、八十九歳まで制作を続けて生涯を閉じたミケランジェロ最後の彫刻「ロンダニーニのピエタ」に、彼が見つめてきた人間の姿の凝縮を見出したことだろう。自然や歴史のなかに生きていながら、突如として、そこから無力なまでに追放されてしまう人間。自然や歴史の破局に曝(さら)され、受難を生きる人間。
 ミケランジェロは破局を観察するのでも、受難する人間を遺棄するのでもなく、破局の混沌(カオス)と受難のなかでも生き抜く人間の姿を描き、彫り出している。だからこそ彼の生み出した作品は、現代のわれわれにも強く訴えかけてくるのであり、本書は読者ひとりひとりを、こうしたミケランジェロの作品の壮絶な渦へと向かわせてくれる。
(中公新書・924円)
 きのした・ながひろ 1939年生まれ。芸術思想史家。著書『岡倉天心』など。
◆もう1冊 
 池上英洋著『ルネサンス・天才の素顔』(美術出版社)。ルネサンス社会とミケランジェロ、ラファエロ、ダ・ヴィンチの生涯を描く。
    --「書評:ミケランジェロ 木下 長宏 著」、『東京新聞』2013年12月08日(日)付。

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覚え書:「書評:日本の歳時伝承 小川 直之 著」、『東京新聞』2013年12月08日(日)付。


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日本の歳時伝承 小川 直之 著

2013年12月8日

◆餅を食べない正月も
[評者]金田久璋(ひさあき)=民俗学研究者
 「まえがき」で折口信夫の説を引用しているように、日本の伝承文化としての歳事、すなわち「年中行事」を対象とする民俗誌である。ちなみに歳時記とか歳時習俗という言葉は知られているが、「歳時伝承」という四字熟語があるわけではない。いわば歳時文化への深い造詣に基づく造語である。
 日本古来の文化や歴史をより深く理解するために、「正月餅と餅搗(つ)き」「目一つ小僧」「磯遊び」「花見とサクラ」「二百十日と風祭り」など、全国の歳時伝承を三十六項にわたり取り上げる。学会誌でなく俳句の雑誌に連載された本書は多角的で具体的かつ平易な解説がなされている。加えて博覧強記で独創的な知見が至る所にちりばめられる。
 例えば「年取りと雑煮」には彦根藩領の代官だった世田谷大場家の『家例年中行事』から、正月三が日の餅を入れない雑煮と四日以後の餅入り雑煮の使い分けを事例に、史料を分析してサウニ(雑煮)、ホウサウ(烹雑)、オカン(お羹)の三種類の雑煮が比較され、全国の多様な雑煮や「餅なし正月」にも目配りを欠かさない。「生活の古典」とも呼ばれる民俗文化の起源に迫るべく、的確に古典が引用されている。大きく様変わりした日本人の生活様式に向き合いながら、あらためて豊穣(ほうじょう)な日本の伝承文化の奥深さを再認識されられる一冊だ。
(アーツアンドクラフツ・2520円)
 おがわ・なおゆき 1953年生まれ。国学院大教授。著書『歴史民俗論ノート』。
◆もう1冊 
 柳田國男著『年中行事覚書』(講談社学術文庫)。日本人の生活を彩り、信仰や連帯感を生み出す季節の行事を紹介。
    --「書評:日本の歳時伝承 小川 直之 著」、『東京新聞』2013年12月08日(日)付。

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覚え書:「ひと:辛淑玉さん=ヘイトスピーチを乗り越えるネット設立」、『毎日新聞』2013年12月11日(水)付。


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ひと:辛淑玉さん=ヘイトスピーチを乗り越えるネット設立
毎日新聞 2013年12月11日 東京朝刊

 ◇辛淑玉(シン・スゴ)さん(54)

 「憎悪の扇動に沈黙は許されない」。この秋、「ヘイトスピーチ(憎悪表現)とレイシズム(差別主義)を乗り越える国際ネットワーク」(略称・のりこえねっと)を始動させた。共同代表は作家の中沢けいさんや松本サリン事件の被害者、河野義行さんら21人。「バブル崩壊後、格差や能力主義の拡大が進んだ。不満のはけ口がマイノリティー・バッシング(少数派への攻撃)に向かった」と分析する。

 東京生まれの在日3世(韓国籍)。父は苦学をして私大の法学部に進んだが、国籍条項(当時)の壁にはばまれ弁護士の道を断念。以後、どの商売もつまずいた。姉と兄、自分、弟を食べさせるため雀荘(じゃんそう)で働きづめの母を助けようとアルバイトに明け暮れた。20歳で大手広告代理店の契約社員に採用され、ビジネスの基礎をたたき込まれた。

 家では「新山節子」、仕事は「辛節子」。フリーになった24歳のとき「民族名で生きる」と決めた。

 東京・大久保で開いたのりこえねっとの設立記者会見から2カ月余。約500人から賛同が集まった。市民出資のテレビ局を開局し、人権関連のセミナーや討論番組をインターネットで配信する。来年初めには「ホワイトリボンキャンペーン」もスタート。白いリボンを互いに結び合うことで差別を乗り越え、和解の心を広げていく。

 「他者と交わり、知識を得れば人は確実に変わっていく。加害者も被害者もつくらない社会にしたい」と未来を見つめる。<文と写真・明珍美紀>

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 ■人物略歴

 人材育成コンサルタント。1985年、「香科舎」設立。近著に「その一言が言えない、このニッポン」など。
    --「ひと:辛淑玉さん=ヘイトスピーチを乗り越えるネット設立」、『毎日新聞』2013年12月11日(水)付。

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ヘイトスピーチとたたかう!――日本版排外主義批判
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覚え書:「今週の本棚・新刊:『ヒトに問う』=倉本聰・著」、『毎日新聞』2013年12月08日(日)付。


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今週の本棚・新刊:『ヒトに問う』=倉本聰・著
毎日新聞 2013年12月08日 東京朝刊

 (双葉社・1050円)

 テレビドラマ「北の国から」などで知られる脚本家で、北海道・富良野で環境教育にも取り組む著者が、東日本大震災以後2年半にわたって書きつづった警世の書だ。

 「人類は自然から離れ、都会という人間だけの快適空間に避難した。これを進歩と呼ぶのか」。津波や原発事故に見舞われた現地を歩き、自然や文明のあるべき姿を考える。

 根底にあるのは「海抜零地点の根本に戻って考える」ことだ。著者は、足尾銅山鉱毒事件と闘った政治家・田中正造を思わずにはいられない。「真の文明は 山を荒さず 川を荒さず 村を破らず 人を殺さざるべし」という正造の言葉が、福島の原発事故に重なる。

 著者は問う。今回のような事故を覚悟しながらも、現在の豊かさを望むのか。多少の不便と経済の後退を覚悟し、昔へ戻る勇気を持つのか。

 「人」でなく「ヒト」に問うとしたのは「あらゆる束縛を排除した地球上の何億という命の中の微小な存在としての人類というヒト。その一人としての『あなた』に、いま真剣に考えて欲しい」からだという。

 「ヒト」としての覚悟を持って、向き合いたい一冊である。(鴨)
    --「今週の本棚・新刊:『ヒトに問う』=倉本聰・著」、『毎日新聞』2013年12月08日(日)付。

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覚え書:「書評:日米同盟と原発 中日新聞社会部 編」、『東京新聞』2013年12月8日(日)付。


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日米同盟と原発 中日新聞社会部 編 

2013年12月8日


◆核への欲望 隠される事実
[評者]山岡淳一郎=ノンフィクション作家
 権力者は電力供給と核抑止という二枚のカードを求めて原発を欲しがる。しかし、その本心を明かせば平和を望む国民の支持を失う。そこで彼らは原子力と軍事の一体性に関わる「情報」を隠し、操作してきた。
 遡(さかのぼ)れば、戦争中、軍部から物理学者の仁科芳雄らへの原爆製造の要請にいきつく。日本は原爆を開発できず、逆に投下される。内閣や軍部は「国民がおびえ、戦意を失う」と事実を隠した。敗戦後、日本を支配した連合国軍総司令部(GHQ)もまた「原爆の効果」がソ連側に知られるのを警戒し、被害の調査データを秘匿した。
 本書は、そうした事実を丁寧に掘り起こし、貴重な証言を集めている。唯一の被爆国である日本が「原子力の平和利用」の名のもとに原発大国へと変貌する過程を記した好著といえよう。
 私が注目したのは、国際政治学者の若泉敬が一九六四年一二月、首相直轄の内閣調査室(現・内閣情報調査室)に出した「中共の核実験と日本の安全保障」という報告書だ。冷戦下、中国の核実験に驚いた内調は極秘裏に核保有の可能性について研究を始める。意見を求められた若泉は、「自ら核武装はしない国是を貫くべきである」としつつ、「十分その能力はあるが、自らの信念に従ってやらないだけ」との意思を国内外に示せ、と述べた。
 つまり米国の核の傘の下、非核三原則を守りながら、原子力の平和利用=原発開発で「能力」を保つ。「潜在的核抑止論」を明示したのである。 
 政府は、福島第一原発事故を経験した現在も、この考え方を墨守する。冷戦構造は崩れ、大量のプルトニウムを保有しながら、原発を手放さない。さらには海外に原発を売り込む。原発と安全保障の関係はますます重要になってきたのだが、肝心の「情報」が秘密保護法で遮られかねない時代に入った。これから私たちは歴史の重さを嫌というほど噛(か)みしめねばなるまい。
(東京新聞・1680円)
 取材・執筆は寺本政司記者をキャップに8人が担当。
◆もう1冊 
 武田徹著『私たちはこうして「原発大国」を選んだ 増補版「核」論』(中公新書ラクレ)。被爆国が原発大国になった歴史を検証。
    --「書評:日米同盟と原発 中日新聞社会部 編」、『東京新聞』2013年12月8日(日)付。

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[http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013120802000183.html:title]

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日米同盟と原発 (隠された核の戦後史)

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覚え書:「書評:辞書の仕事 増井 元 著」、『東京新聞』2013年12月8日(日)付。

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辞書の仕事 増井 元 著

2013年12月8日


◆鬱屈、憤懣にじむ実像
[評者]武藤康史=評論家
 国語辞典の編集部にはずいぶんいろんな電話がかかって来るものらしい。AとB、どちらの言い方が正しいのか? テレビで言っているこのことば遣いは正しいか? なぜこんな語を載せたのだ? うちの子がテストで辞典通りに書いたらバツをもらったぞ! …というような。さぞかし仕事の邪魔だったろう。
 著者は岩波書店で『広辞苑』『岩波国語辞典』などに三十年以上かかわり、五年前に退任した人である。退職した編集者が在社時の思い出話を同じ出版社から出すというのはちょっと珍しい。元の職場に遠慮して筆がちぢこまる、なんてことがないのも立派だ。
 正しい日本語なるものを求める読者のことを《そのような深い信仰心を持つ方》と皮肉たっぷりに表現したり、厳密な定義を欲しがる人を《厳密屋さん》と呼んでみたり…。在職中は言いたくても言えなかったことを、ぞんぶんに吐き出しているのかもしれない。
 辞書編纂(へんさん)のさまざまな局面をていねいに説いた辞書学の教科書と言いたくなるような本でもあるが、おりおりにじみ出る鬱屈(うっくつ)や憤懣(ふんまん)もまた味わうに足る。
 「辞典編集者になりますか」という章があり、その適性や実像が書いてある。ここはもしかしたら小説(および映画)『舟を編む』における辞典編集者像に苦笑しつつ書いたところか…と想像した。
 (岩波新書・798円)
 ますい・はじめ 1945年生まれ。岩波書店の元編集者。
◆もう1冊 
 永江朗著『広辞苑の中の掘り出し日本語』(バジリコ)。誤解していた言葉など、辞書を読む楽しさを語るエッセー。
    --「書評:辞書の仕事 増井 元 著」、『東京新聞』2013年12月8日(日)付。

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[http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013120802000182.html:title]

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書評:野村真理『隣人が敵国人になる日 第一次世界大戦と東中欧の諸民族』人文書院、2013年。


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野村真理『隣人が敵国人になる日 第一次世界大戦と東中欧の諸民族』人文書院、読了。一次大戦とは、独仏の直接対決と戦後の民族自決の印象から、帝国から国民国家へ歴史に見えるが、そう単純ではない。帰属意識も疎らな多民族混淆地域の東部戦線では「隣人が敵国人になる」日であった。

言語や宗教の異なる諸民族が複雑に入り組む東中欧。いまだに国民国家を想像できないでいる民衆が存在する。ゆるやかな連合としての帝国の崩壊は、民族自決と国家形成の理念を掲げつつも、多様な人々を置き去りにすることになった。

EUの成立、グローバル化の進展は、国民国家の意義を逓減しつつある。国家=民族である必要はなかろうが、民族であることと、国民であることから置き去りにされる歴史を振り返る本書は、近代とは何かを教えてくれる。知られざる歴史に分け入る一冊。

本書収録の図版で興味深いのがありましたのでご紹介。WWI下のドイツで作成された「2対7!」というポスター。日本の大正天皇嘉仁のご真影も掲載されています。

もちろん、これはドイツで作成された(同盟国vs連合国の枠組みで、当時の日本は連合国側)ものですが、天皇に対する神懸かり的な神格化は、日本でも当時は退潮傾向であったわけでね……(内村事件あたりの時期とくらべてみても)……などと思ったり。

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覚え書:「今週の本棚・本と人:『ザ・タイガース 世界はボクらを待っていた』 著者・磯前順一さん」、『毎日新聞』2013年12月08日(日)付。


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今週の本棚・本と人:『ザ・タイガース 世界はボクらを待っていた』 著者・磯前順一さん
毎日新聞 2013年12月08日 東京朝刊


 (集英社新書・819円)

 ◇人々は何に救われてきたのか--磯前順一(いそまえ・じゅんいち)さん

 3日に日本武道館で再結成コンサートをしたGS(グループ・サウンズ)バンド、ザ・タイガース。1960年代後半の結成から解散まで約5年間を当時の資料から描いた。「ファンが楽しく読めて、元メンバーも納得する本を目指しました」

 京都の若者がバンドを組み、大阪市西成区に住んで難波のジャズ喫茶で演奏。瞬く間にデビューすると、東京・麻布の文化人サロン、キャンティの常連に。全国の「普通の女の子」のアイドルとなるも、ポップスや芸能界が激変する時代に模索し、苦悩し、解散する。

 自身は宗教学者だ。本書は、所属する国際日本文化研究センターでの共同研究の成果でもある。「宗教学や民衆史的な問題意識に基づき書いています。それに私は、ずっとタイガースが好きでしたから」

 強固な一神教が広くは根付かない日本で、人々は何に救われ、自分を支えてきたか。特に農村社会と通俗道徳が崩れた60年代半ば以降、ポップスターこそが、キリストのように超越的なものを民衆に感じさせてきたのではなかったか。

 「現代思想的に言うと、人は、どうしても自分を魅了する『他者』の『声』に振り返って『主体』になる。『声』に特定の名前を付けて絶対化すると宗教の暴力が始まる。タイガースを通して、名付け切らない主体形成を考えたかったのです」

 あの頃、メンバーもファンも皆違うタイガース像を見ていた。「彼らの動きは、思想家レヴィナスの言葉を借りれば、全体性ではなく無限を開く過程でもあった。当時の思想的課題を全く違う日本の話と誰もが読める文章で論じました」

 自身は、解散数年後の中学時代にファンとなり、洋楽好きの周囲にばかにされた。「私は洋楽も聴きつつ、下手で『お嬢ちゃん向き』のタイガースも好きだった。この面を否定したかった時期もある。そうではなく、知的なあり方を手放さずに自他の民衆意識と向き合おう、と。戦前左翼の転向問題にも関連できる話だと思います」。他に、再結成ツアーのパンフレットに協力。共同研究のメンバーは、DVDボックスセットの作成にも関わっている。<文と写真・鈴木英生>
    --「今週の本棚・本と人:『ザ・タイガース 世界はボクらを待っていた』 著者・磯前順一さん」、『毎日新聞』2013年12月08日(日)付。

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覚え書:「今週の本棚:白石隆・評 『支配への競争-米中対立の構図とアジアの将来』/『自滅する中国-なぜ世界帝国になれないのか』」、『毎日新聞』2013年12月08日(日)付。

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今週の本棚:白石隆・評 『支配への競争-米中対立の構図とアジアの将来』/『自滅する中国-なぜ世界帝国になれないのか』
毎日新聞 2013年12月08日 東京朝刊

 ◆『支配への競争-米中対立の構図とアジアの将来』=A・フリードバーグ著、佐橋亮・監訳
 (日本評論社・3150円)

 ◆『自滅する中国-なぜ世界帝国になれないのか』=E・ルトワック著、奥山真司・監訳
 (芙蓉書房出版・2415円)

 ◇中国台頭に対する二つのリアリズム分析

 中国の経済的台頭、軍事大国化、政治的影響力の拡大によって、アジアはどう変わるか。中国はなにをめざしているのか。アメリカはどう対応すればよいか。フリードバーグ『支配への競争』はこういう問題を考える。


 アメリカは、冷戦終焉(しゅうえん)以来、協力と競争、つまり、貿易と外交によって中国に関与するとともに、アジアにおける力のバランスをアメリカとその同盟国に有利なよう、さまざまの措置をとってきた。

 一方、中国の指導者は、世界の趨勢(すうせい)は多極化にある、アメリカは相対的衰退期にあると考えてきた。その判断が世界金融危機で増幅され、中国が他国より早く台頭すれば、世界は多極化ではなく二極化する、と考えるようになった。では、世界第二の大国になって、なにをめざすのか。

 中国の「権威主義体制にとって安全な世界を作ること」、そのために東アジア、さらにはアジア全体で支配的・優越的地位に立つことである。中国はこれを経済協力により近隣諸国への影響力を不断に高めることで達成しようとしている。しかし、地政学的条件は「海」と「陸」で違う。「海」にはアメリカの同盟国、事実上の同盟国、パートナー国があり、インドネシア、ベトナムもいずれ加わる。一方、「陸」には、中国の経済成長の恩恵に与(あずか)りたい貧しい権威主義の国々がある。中国は「戦略的後方地域」の安定にはすでに成功した。したがって、「陸は穏やかで安定」している。しかし、「海は変化が大きく厳しい」。

 では、「海」でなにをめざすのか。中国が東アジアで優越的地位に立つには、台湾を統一し、アメリカを追い出し、日本をおとなしくさせなければならない。しかし、当分は、台湾問題はあいまいなまま、日本がしだいに相対的な力を低下させ、米中で地域を指導するか、勢力圏を互いに認め合うことが望ましい。一方、アメリカにとっては、中国に対峙(たいじ)する上で、オーストラリアと韓国が南北の「錨(いかり)」となり、日本が正面の位置を占める。韓国はぐらぐらしている。しかし、日米同盟が強靱(きょうじん)であれば、力のバランスが中国に有利になることはない。

 つまり、まとめると、こう言える。アメリカは対中関与で中国を「手なずけ」、同時に力のバランスをアメリカに有利に維持しようとしている。中国は、アジアにおける力と影響力を拡大し、地域の指導権を握ろうとしている。アメリカが中国の軍拡に対抗できなければ、力のバランスはいずれアメリカに不利になる。アメリカとしては同盟国、友好国と連携し、「より効果的なバランシング」によって、アメリカの地位を維持すべきである。これが著者の提言である。特に違和感はない。

 ルトワック『自滅する中国』の原題は「中国の台頭VS戦略の論理」、その要点は、かりに中国の指導者が中国はこれからも経済的台頭と軍事力増強と政治的影響力の拡大を同時に追求できると考えているのであれば、それは幻想である、という点にある。どういうことか。それには「歴史の比較」を考えればよい。

 〇〇は△△の平和の下、世界貿易で経済的に大いに発展した。しかし、この成功によって〇〇人は傲慢になり、自制心が利かなくなった。〇〇政府は、その経済的台頭とともに、〇〇は一大国に止(とど)まるだけでは不十分だ、世界大国にならなければならないと考えた。そこで〇〇は軍事力の強化に乗り出し、「国力に応じた」大洋艦隊を建設した。しかし、作用があれば、反作用がある。△△は、〇〇の海洋大国化に対抗して、諸国と連携し、同盟を強化して、○○を包囲した。○○は「貧しい国」と同盟するほかなかった。○○は大戦略で誤った。それが大戦で○○の崩壊をもたらした。

 ここでいう○○は中国ではない。しかし、この「戦略の論理」は中国にもあてはまる。ただ、中国の指導者はそう考えない。たとえば、2010年の「国防報告」は、中国の国防費は、中国経済と社会の発展に対応した「合理的かつ適正な水準」にあるという。つまり、かれらは、中国の軍事力増強が対外的にどれほど脅威か、わかっていない。そのため反作用ももうおこっている。それは日本、オーストラリア、ベトナムなどの動きを見れば明らかである。また、アメリカも「地経学的」手段、特に戦略的技術の移転阻止で、中国の経済成長を抑制する方向に動きつつある。唯一の例外は韓国で、この国は自国の安全保障のコストとリスクを負担せず、全面戦争の抑止は米国に、北朝鮮の一時的攻撃への抑止は中国に依存する。著者は中国が「自滅」するとは言わない。しかし、「戦略の論理」を踏まえ、中国台頭の将来をきわめて厳しく見る。

 いずれもリアリズムの国際政治学から見た中国台頭の分析である。一つは政策分析、もう一つは戦略分析で、問題設定も、切り口も違う。しかし、共通点も多く、それぞれにおもしろい洞察がある。
    --「今週の本棚:白石隆・評 『支配への競争-米中対立の構図とアジアの将来』/『自滅する中国-なぜ世界帝国になれないのか』」、『毎日新聞』2013年12月08日(日)付。

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覚え書:「メディア時評 異常、異例の秘密保護法案強行採決=野里洋」、『毎日新聞』2013年12月07日(土)付。

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メディア時評
異常、異例の秘密保護法案強行採決
野里洋 元琉球新報論説委員長、北陸大学客員教授

 前回(11月9日)も書いたが、今回も同じことを書かねばならない。知る権利、報道の自由、民主主義の今回に関わる大問題だからだ。「特定秘密保護法」である。多くの国民が反対している中、安倍内閣は数の力を頼りに強行した。
 法案が衆院を通過した直後(27日)に各紙が社説で「民主主義の土台壊すな」(毎日)、「民意おそれぬ力の採決」(朝日)、「国民軽視の強行突破だ」(東京)、「採決強硬は許されない」(日経)、「数の暴挙は許されない」(沖縄タイムズ)、「世紀の悪法を許すな」(琉球新報)などと取り上げた。「指定絞り『原則公開』確実に」(読売)、「成立に向けた大きな前進だ」(産経)などもあったが、これは少数だった。
 衆院通過直後の社説を調査したところ、地方紙三十数紙のうち、1紙を除いて全部が反対、慎重審議要求だった。民放連、日本雑誌協会、日本ペンクラブ、日弁連など数多くの団体、市民が反対、慎重審議、徹底討論要求を表明した。
 こうした中で、特定秘密保護法案の成立強行に向かったことは異常、異例だ。特定秘密保護法案に関連して官僚が明言している。「外務省は何でもかんでも『秘密』指定する傾向があり、自分も回ってくる書類の9割に『秘密』とはんこを押してしまう」(共同配信、16日)。毎日にも似た記事が載る。「法案に『知る権利や報道に配慮する』との条文がありますね。これで喜んでいるメディアがあるなら、相当おめでたいなあ」「『配慮』『尊重』『勘案』は独特の官僚語」「『配慮するつもりはない』と言っているのとほとんど同義ですね」(19日夕刊)。政府(官僚)には国民に情報を知らせようと言う姿勢はない。参院審議の中で、森雅子同法案担当相は「公務員と報道関係者の接触に規範新設」と答えたが、法律によって国民の知る権利が侵害され、官僚も監視され、報道取材も自由にできなくなるということだ。森氏の発言はその後、二転三転する。
 自民党の石破幹事長がブログで秘密保護法案反対でもに「絶叫戦術はテロ行為と本質においてあまり変わらない」と批判した。「衣の下のよろい」だ。毎日は12月2日、この問題を取り上げ、「石破氏『絶叫デモ』再び批判、ブログの『テロ』は撤回」と書く。
 国家安全保障会議設置法とともに日本は重大な地点を曲がったのだろう。メディアの正念場はこれからも続く。踏ん張らねばならぬ。(西部本社発行紙面を基に論評)
    --「メディア時評 異常、異例の秘密保護法案強行採決=野里洋」、『毎日新聞』2013年12月07日(土)付。

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覚え書:「今週の本棚・新刊:『白山信仰の謎と被差別部落』=前田速夫・著」、『毎日新聞』2013年12月08日(日)付。

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今週の本棚・新刊:『白山信仰の謎と被差別部落』=前田速夫・著
毎日新聞 2013年12月08日 東京朝刊

 (河出書房新社・2100円)

 白山神社は全国にある。奈良時代の僧、泰澄が加賀白山に登り、開眼したのが始まりとされる。

 白山信仰は謎が多いという。一地方神が全国に広がっているのはなぜか。主神が女神なのはなぜか。被差別の民に信じられたのはなぜか。

 『余多歩(よたある)き 菊池山哉(きくちさんさい)の人と学問』『白の民俗学へ』などで知られる民俗学者の著者は、白山信仰の謎を追い続けている。

 先達である在野の民俗学者、菊池山哉に倣って日本各地の白山神社を訪ね歩く。旅先の民家の祠(ほこら)に白山姫神が祀(まつ)られているのを見て背中がぞくぞくしたというほどの熱意。

 白山信仰は被差別民と縁が深い。柳田國男がつとにそれを指摘したが、その後、黙した。山哉が柳田の考えを受継いだ。

 いま著者は山哉の考えをさらに受継ぎ、各地の白山神社を調べ歩く。小さな神社まで訪ねるその意欲に感嘆する。健脚の研究者。

 白山信仰は、死、病い、ケガレを忌避しない。死からの再生を願う。だから権力に見捨てられ、既成の宗教からも落ちこぼれた人々が、白い神にすがったのではないか。筆は熱く、読者を白山神社へと誘う。(川)
    --「今週の本棚・新刊:『白山信仰の謎と被差別部落』=前田速夫・著」、『毎日新聞』2013年12月08日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20131208ddm015070128000c.html:title]

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覚え書:「今週の本棚・新刊:『モダニズムの惑星 英米文学思想史の修辞学』=巽孝之・著」、『毎日新聞』2013年12月08日(日)付。

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今週の本棚・新刊:『モダニズムの惑星 英米文学思想史の修辞学』=巽孝之・著
毎日新聞 2013年12月08日 東京朝刊

 (岩波書店・3150円)

 著者のアメリカ文学思想史三部作に続く一冊である。ただし新しい基本構図として、文芸評論家ガヤトリ・スピヴァクが提唱し修正を重ねた「惑星思考(プラネタリティ)」の概念を導入している。そこには「アメリカニズム」という名のグローバリズム時代への批判があり、インターネットなどの電脳空間で均質に制御される「地球」ではなく、人類文明以前から引き続く「他者性」が前提におかれている。事実上、西半球の独立宣言である「モンロー・ドクトリン」が次第にねじれを経て、南米支配--環太平洋における帝国主義--も正当化し、東半球の支配を目指すようになり、二十一世紀には「ブッシュ・ドクトリン」転じてアメリカの単独行動主義にまで至ると著者は論じ、このねじれの開始時期とモダニズム文学の興隆期に関連を見いだす。トウェイン、ワイルド、エリオット、ロレンス、フィッツジェラルド、フォークナー。ロマンティシズムとモダニズムの連続線が鮮やかに提示されているのも大きな読みどころであり、アメリカ文学とイギリス文学が、生者と死者が時空間を越えて結ばれる。超米国的なアメリカ文学思想史。(鴻)
    --「今週の本棚・新刊:『モダニズムの惑星 英米文学思想史の修辞学』=巽孝之・著」、『毎日新聞』2013年12月08日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20131208ddm015070118000c.html:title]

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覚え書:「今週の本棚・CoverDesign:『鑛毒 田中正造と谷中農民』」、『毎日新聞』2013年12月08日(日)付。

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今週の本棚・CoverDesign:『鑛毒 田中正造と谷中農民』
毎日新聞 2013年12月08日 東京朝刊

 私財をなげうって栃木・足尾銅山鉱毒事件の被害者救済に半生をささげた人の、まっすぐな瞳が印象的な写真集『鑛毒(こうどく) 田中正造と谷中農民』(三留理男著・具象舎・1995円)。草木が育たない山肌、流出した鉄分を含んだ赤い泥などの衝撃的な写真が数多く収められ、公害の罪深さが伝わってくる。
    --「今週の本棚・CoverDesign:『鑛毒 田中正造と谷中農民』」、『毎日新聞』2013年12月08日(日)付。

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書評:内山勝利『対話という思想 プラトンの方法序説』岩波書店、2004年。


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 こんなふうに、自分の分かっていることが言い表せないとは、ほんとうにいらいらします。男気について、それが何であるかということを、わたしはたしかに分かってはいるように、自分には思えるのですが、ところが先ほどは、どうしたわけか逃げられてしまい、それで、言葉でそれを抱えて、それが何であるかを言うことができなかったのです。(『ラケス』194A-B)

 誰しもが持ち合わせている、このいまだ言葉にならぬ実感をどこまでも見つめつづけなければならない。そこから目をそらさないかぎり、既成のまことしやかな知に満足することはありえないだろう。知は外から情報として告げ知らされはしない。むしろ内部に向けて、無限の否定を反復することによって、しだいに近接していくべきものだ。
    --内山勝利『対話という思想 プラトンの方法序説』岩波書店、2004年、8-9頁。

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内山勝利『対話という思想 プラトンの方法序説』岩波書店、読了。既成の権威と理論を徹底的に疑いつつも安易な相対主義や不可知論に陥らなかったのがプラトンの対話である。だとすれば、イデア論や想起説も固定的なイデオロギーと理解するのは早計かも知れない。

本書は初期対話編から晩年までのプラトンの対話的思考の系譜を丁寧に辿り、その誤読を解く。生きた言葉による対話の運動は、単なる方法にも形式にも還元されざる「生の選択の決断」である。本書「プラトンの方法序説」(副題)は優れたプラトン入門である。

「対話とは、自己自身の見解を明確化する場である。話し合えば分かるという前提のもとで、合意を目指すものでは必ずしもない」。
[http://www.hmn.bun.kyoto-u.ac.jp/dialog/act15_uchiyama.html:title]


[http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/X/0265890.html:title]


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覚え書:「秘密法で戦争準備・原発推進 [著]海渡雄一」、『朝日新聞』2013年12月01日(日)付。


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秘密法で戦争準備・原発推進 [著]海渡雄一
[掲載]2013年12月01日   [ジャンル]政治 


 友だちとの何げない会話が「特定秘密」にふれた、と密告され、逮捕される日が来るかもしれない--。参議院で審議が続く特定秘密保護法案。福島や浜岡など、多くの原発訴訟に30年携わってきた弁護士の著者は、この法案の危険性を訴える。
 3・11後、SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)やメルトダウン(炉心溶融)などの重要な情報が隠され、多くの人々が無用の被曝(ひばく)を強いられた。秘密保護法がなくてもそうだったのに、法律ができれば、原発の情報はテロ対策などを理由に秘密とされ、人々の生命や安全が脅かされる。この法案は「市民が主権者である社会を否定する」ものだと著者はいう。
    ◇
 創史社・1470円
    ーー「秘密法で戦争準備・原発推進 [著]海渡雄一」、『朝日新聞』2013年12月01日(日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013120100004.html:title]

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覚え書:「フラクタリスト―マンデルブロ自伝 [著]ベノワ・B・マンデルブロ」、『朝日新聞』2013年12月01日(日)付。


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フラクタリスト―マンデルブロ自伝 [著]ベノワ・B・マンデルブロ
[掲載]2013年12月01日   [ジャンル]科学・生物 

 一見、無秩序に見える自然をとらえる幾何学。逆に、簡単な数式が複雑で不思議な図形を描く--フラクタル理論を「発見」したのがマンデルブロだ。1924年、ポーランド生まれのユダヤ人。ナチの手を逃れる青年期までの足跡もスリリングだが、才能を開花させる歩みも独自。パリ最難関の高等師範学校を1日でやめて理工科学校へ転校するのだから。その後も決して純粋エリートではない道をたどる。しかし、数学や物理学のみならず言語学や芸術、経済学にも広く及んだ影響は、我々の生活にも思いがけず密接に関係している。数多くのスター科学者も登場。2010年に亡くなった。人生も研究も、めくるめく一代記だ。
    ◇
 田沢恭子訳、早川書房・2940円
    ーー「フラクタリスト―マンデルブロ自伝 [著]ベノワ・B・マンデルブロ」、『朝日新聞』2013年12月01日(日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013120100005.html:title]

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覚え書:「みんなの広場 国民はもっと声をあげよう」、『毎日新聞』2013年12月07日(土)付。

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みんなの広場
国民はもっと声を上げよう
主婦 45(横浜市戸塚区)

 多くの国民が慎重審議か、廃案を訴えるさなか、参院の特別委員会でも特定秘密保護法案が強硬採決された。この与党の暴挙に、戦前に通じる危うさと不気味さを感じているのは大人だけではないようだ。
 高校生の息子は、この先、憲法9条が変わり、自衛隊が国防軍になり、徴兵のひと言でも出てこようものなら、自分は日本から出て行くと憤っている。日本を捨てるという考え方にショックを受けた私は、若い世代がこれからの日本を変えていけばいいと忠言した。すると、自分たちが大人になった時に、問題をたくさん抱え、「戦争ができる日本」を託されても困る、少しはまともな状態で引き継がせてよと言い返されてしまった。
 私たち大人が先行き不安な日本を若い世代に渡してしまっては申し訳ない。まだ間に合う。もっと国政に関心を持ち、声を上げよう。何をしても無駄だと投げやりな大人の姿を子供たちに見せてはいけないと思う。
    --「みんなの広場 国民はもっと声をあげよう」、『毎日新聞』2013年12月07日(土)付。

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覚え書:「スモールマート革命―持続可能な地域経済活性化への挑戦 [著]マイケル・シューマン [評者]水無田気流(詩人・社会学者)」、『朝日新聞』2013年12月01日(日)付。


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スモールマート革命―持続可能な地域経済活性化への挑戦 [著]マイケル・シューマン
[評者]水無田気流(詩人・社会学者)  [掲載]2013年12月01日   [ジャンル]経済 

■小さいことは、いいことだ

 経済成長と規模の拡大。一般にこの二つは不可分の関係にあると信じられている。たとえば巨大小売企業による大規模な流通支配や、ショッピングモールなど巨大施設の数々は、この「巨大信奉」の結果だろう。筆者はこれを真っ向から批判する。「大きければ大きいほど、激しく倒れる」のだ、と。たしかに、日本の過去20年を振り返れば、不動産バブル景気とその崩壊による長期デフレ、原子力ムラと呼ばれる巨大利権団体の体質を露(あら)わにした原発事故など、巨大ゆえの脆弱(ぜいじゃく)性が露呈し続けている。一方、規模の小ささは、今日大いに利点となる。それはコミュニティーとの密接な結びつきをもち、地域経済の自立性を高める。それゆえ、一般に評価されるより実際の競争力は高いのだ。
 筆者は提唱する。最も経済的貢献度の高い企業は、地域に根差した小規模ビジネスを展開する会社だ、と。この原理を「地元オーナーシップ・輸(移)入代替主義(LOIS:Local Ownership and Import Substitution)」と呼ぶ。同業種の場合、地元企業は非地元企業に比べ、地域経済に2~4倍の収入、富、雇用を生み出すという。また、1人あたりの収入の成長率に寄与するのは小規模企業で、非地元の大企業では、むしろネガティブに作用してしまう。
 地域での自立型経済は単に経済発展のみならず、グローバル経済が引き起こし得る問題ーーたとえば資本の逃避や通貨危機ーーによる被害を、最小限に食い止めることにも役立つ。この点は日本がTPP交渉参加で直面する問題への対処にも役立つだろう。高度な自立は決して孤立主義を意味しない。購買力が上昇した地域では、地元で作れない産品を積極的に輸入するため、むしろグローバル経済の価値を向上させる。地域の価値を見直し、消費者、起業家、政策担当者などさまざまな立場の人に向けて提言を行う、新機軸のビジネスモデル書。
    ◇
 毛受敏浩監訳、明石書店・2940円/Michael H. Schuman 米国の弁護士、経済学者。地元所有企業の専門家。
    ーー「スモールマート革命―持続可能な地域経済活性化への挑戦 [著]マイケル・シューマン [評者]水無田気流(詩人・社会学者)」、『朝日新聞』2013年12月01日(日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013120100012.html:title]

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覚え書:「日本人はなぜ存在するか [著]與那覇潤 [評者]原真人(本社編集委員)」、『朝日新聞』2013年12月01日(日)付。

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日本人はなぜ存在するか [著]與那覇潤
[評者]原真人(本社編集委員)  [掲載]2013年12月01日   [ジャンル]社会 

■歴史の見方の「殻」を破る

 通説にとらわれない新鮮な日本史観を提示してきた気鋭の歴史学者が、こんども多くの読者が興味をそそられるであろう「日本人とは何か」というテーマに迫った。ありがちな日本人論を想定して読むと、その先入観はことごとくひっくり返されるだろう。
 まずは「集団主義的な日本人」というイメージ、「日本の伝統文化の起源は奈良や京都」といった常識を次々と覆す。それも心理学や社会学、文化人類学などの研究手法をあの手この手で駆使してだ。
 過去に「本当の日本人」を見つけに行っても見つかるわけがない、最初から実在していないのだから、と著者は言う。では“日本人”とは何か。著者が探ろうと試みるのはそれが存在するかのごとく人々を信じさせた「物語」がどうやって生まれたか、だ。
 まるで哲学入門を読んでいる気分にさせられる本だ。そうか、歴史をたどるとは哲学的な作業だったのだ。歴史の見方の殻をまた一つ破ってくれた。與那覇潤、恐るべし。
    ◇
 集英社インターナショナル・1050円
    ーー「日本人はなぜ存在するか [著]與那覇潤 [評者]原真人(本社編集委員)」、『朝日新聞』2013年12月01日(日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013120100013.html:title]

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日本人はなぜ存在するか 知のトレッキング叢書
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日記:夜のなかを歩みとおすときに助けになるものは橋でも翼でもなく、友の足音だ

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特定秘密保護法が参議院で可決されたようですね。
ベンヤミンの言葉を書簡から紹介させていただきます。

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ヘルベルト・ペルモーレあて
[一九一六年末]

 ヘルベルト君、
 きみが手紙をくれたことはとても嬉しかった。
 でもきみの手紙は事物を即物的に伝えているだけで、ぼくらの間柄を考えれば必要になる根本的な前提条件を、無視しかかっている。ぼくの返信はその条件を踏まえていればこそ、見られるとおりのものに、つまりきみが要求すると同時に実行してもいるような種類の即物性にしんそこから異を唱えるものに、なっているわけだ。
 夜のなかを歩みとおすときに助けになるものは橋でも翼でもなく、友の足音だ、ということを、ぼくは身にしみて経験している。ぼくらは夜のさなかにいる。ぼくは、ことばでもって闘争しようとつとめてみて(トーマス・マンが、あの下劣な「戦時下の思想」を公表していたしね)、そのときにわかったのだが、夜に抗して闘争する者は、夜のもっとも深い暗黒をも動かし、夜をも発光させなくてはならぬ。漸進的なこの巨大な努力のなかでは、ことばはひとつの段階にすぎず、そしてそれが最初の段階であるようでは、けっして最終の段階にはなりえない。
 ジュネーヴでのぼくが眼にうかぶ。室内に、トランクの上に腰かけて。ドーラときみがいる。ぼくが主張している、生産的なものは(しかし批評も同様に)あらゆる意味において支持されなければならない、そして精神の生活はもっぱらすべての名とことばと記号でもって探究されなければならない、と。数年来、この夜のさなかから、ヘルダーリンの光がぼくの光明となっている。
 何もかも、批評するには大きすぎる。すべては光をはらむ夜であり、血を流す精神の肉体だ。同時にまた、何もかも、批評するには小さすぎる。何ひとつありはしない。闇、暗黒そのもの、尊厳、だがそれらを考察しようとすれば、眼のまえはぼやけてくる。ぼくらの途上でことばが出現するかぎりで、ぼくらはそれに至純にして至聖の場を用意し、それをぼくらのもとに憩わせようとするだろう。ぼくらはそれを、ぼくらがあたえうるかぎりでもっとも貴重な、究極的な形式におさめて、保存しようとする。芸術、真理、法。たぶんすべてはぼくらの手から奪われるが、そうとしても、形ならぬ批評は奪われまい。これをなしとげるのは言語のわざではなく、各人の頭部をめぐる光輪の、はるかな円環のわざだ。ぼくらの仕事のほうは、言語と出逢うところで問題になる。言語のありかは、生命と密接に一体化しようとする事物、実証的なものだけに限られており、そしてこのものは、批評の光、善悪を判別する光を保持することなく、あらゆる批評的(クリテーイッシュ)なものを、危機(クリージス)を、内部へ、言語の核心のなかへ写し入れている。
 真の批評はその対象に逆らわない。それはある種の化学的物質のように、他の物質を分解しながら破壊せずに、これの内的な性質を解明する、という意味でだけ作用する。こういうしかたで(特異体質者ふうに)精神的な事物に反応する化学的物質が、光だ。この光は言語のなかには現われない。
 精神的事物の批評とは、真と偽との判別である。しかしこれは言語のわざではない。せめて遠まわしに隠れて、ユーモアとなるときのみ、言語は批評的でありうる。そのばあいには、模写されたものが光と接触し、分解する、という特殊な批評の魔術が、そこに現出するのだ。真が残る、灰として。それをぼくらは笑う。あふれるまでに光り輝く者こそが、その光芒でもって、ぼくらが批評と呼ぶあの天上からの曝露をも、やってのけるだろう。まさしく偉大な批評家は、驚異的なまでに真を見ていた。たとえばセルバンテス。
 もはやほとんど批評をほどこす余地がないほどに真を見た大作家のひとりに、スターンがいる。ことばへの畏敬だけでは、まだ批評家は生まれない。対象への畏敬、目だたない真への。たとえばリヒテンベルク。そうなのだ、批評を表出しよう、言語化しようとするならば。これは大人物にだけできることだ。ひとびとは概念を濫用している。レッシングは批評家ではなかった。
 きみに心をこめて挨拶する。
                    ヴァルター
 ぼくの仕事をどれか読む気があるかい? ぼくはつぎの諸論文を書いた。
 古代人の幸福
 ソクラテス
 哀悼劇(トラウアーシュピール)と悲劇(トラゲーデイエ)
 哀悼劇と悲劇における言語の意味
 言語一般および人間の言語について
    ーー『ヴァルター・ベンヤミン著作集14 書簡I 1910ー1928』晶文社、1975年、76-78頁。

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覚え書:「今週の本棚:中島岳志・評 『ある北大生の受難――国家秘密法の爪痕』=上田誠吉・著」、『毎日新聞』2013年12月01日(日)付。


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中島岳志・評

上田誠吉著『ある北大生の受難――国家秘密法の爪痕』(花伝社・1785円)

軍機保護法“再来”を認める前に知るべきこと

秘密保護法案が可決されようとする中、振り返らなければならない歴史がある。

宮沢・レーン事件――。

「大東亜戦争」勃発直後に北海道帝国大学学生の宮沢弘幸とアメリカ人教師・レーン夫妻が逮捕された事件である。容疑は軍機保護法違反。当人たちにとって全く身に覚えのないスパイ容疑がかけられ、懲役12~15年の有罪判決が出た。レーン夫妻は戦中に交換船で帰国。宮沢は網走刑務所に収監され、戦後に釈放されてから間もなく死亡した。

宮沢は闊達な学生だった。東京で生まれ育ったものの、雪と山にあこがれて北大に入学。語学が得意だったため、外国人教師と積極的に交流した。なかでも敬愛したのが英語教師ハロルド・レーンだった。

レーン一家は、キャンパス内の外国人官舎で生活していた。夫妻は毎週金曜日の夜、自宅を学生に開放し、英語で雑談を交わした。会話は登山、スキーから日常生活に至るまで他愛のないものだった。学生たちはレーン夫妻との交流を楽しみにし、異国への憧れを高めた。

そんな輪の中に、宮沢もいた。彼は、大の旅行好きだった。休み期間には、樺太や満州に旅立った。そして、そこでの見聞をレーン夫妻に話した。

しかし、これが問題とされ、宮沢の命を奪うことになる。真珠湾攻撃当日の1941年12月8日、宮沢とレーン夫妻は、いきなり学内で官憲に逮捕された。両者の会話の中に、軍事機密が含まれていたというのだ。

裁判は非公開で進められた。世の中は、彼らがいかなる理由で逮捕されたのかがわからない。何が軍機保護法に抵触したのかもわからない。とにかく何が秘密とされているのかが秘密なのだ。さらに容疑内容も秘密。恐怖心と自己規制ばかりが広がった。

本書の著者は、1980年代になってこの事件を追跡する。しかし、訴訟記録が札幌地検に保存されていない。公開を要求しても、「保管していない」との答えが返ってくるばかりだった。

その後大審院の判例資料から、ようやく容疑が明らかになった。宮沢が千鳥列島に旅行中、船の中で聞いた根室の海軍飛行場のことをレーン夫妻に話したことなどが軍事機密に当たるというのだ。しかし、当時、この飛行場の存在は広く知られていた。秘密の存在という訳では全くなかった。もちろん宮沢にもレーンにも、機密を探ろうという意図はない。旅行の思い出を、何気なく話しただけだ。

戦中、観光旅行先で取った写真に、たまたま軍事施設が写っていたというだけで、次々に一般市民が逮捕された。軍機保護法が恣意的に適用され、人々から自由が奪われた。宮沢は拷問と過酷な刑務所生活の中で体調を悪化させ、釈放後27歳の若さでこの世を去った。

現在進行している秘密保護法案は、歴史の教訓の上に立っていない。宮沢・レーン事件が示すように、処罰の対象は必ず一般市民にまで及ぶ。本人が全く意図しない事柄でも、唐突に罪が着せられ、見せしめ的に逮捕・収監されるのだ。

安倍首相は「罪に問われる場合、(情報を)取得した人自らが特定秘密だと認識していなければならない」と述べているが、「当人が秘密だと認識していたかどうか」を認定するのは捜査機関であるため、いくらでも恣意的運用が可能になる。秘密保護法案は、軍機保護法の再来に他ならない。

我々は宮沢・レーン事件を知らなければならない。本書は、今こそ読まれるべき一冊だ。
    --「今週の本棚:中島岳志・評 『ある北大生の受難――国家秘密法の爪痕』=上田誠吉・著」、『毎日新聞』2013年12月01日(日)付。

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覚え書:「罪人を召し出せ [著]ヒラリー・マンテル [評者]水野和夫(日本大学教授・経済学)」、『朝日新聞』2013年12月01日(日)付。


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罪人を召し出せ [著]ヒラリー・マンテル
[評者]水野和夫(日本大学教授・経済学)  [掲載]2013年12月01日   [ジャンル]文芸 

■危機的状況に断を下す者描く

 時はF・ブローデルのいう「長い16世紀」(1450-1640年)の真っ只(ただ)中、1535年9月の不気味な鷹(たか)狩りに始まってイングランド王妃アン・ブーリンが斬首刑に処せられる翌年の夏まで。主人公はヘンリー8世の秘書官トマス・クロムウェル。ローマ・カトリック体制・欧州文明の辺境にあったこの島国は「ささやかな自由、そして、動物のように扱われてきた過去を葬り去って、イングランド人らしく扱われること」を長く切望してきた。
 ヘンリー8世は、アンの前に王妃として迎え入れたスペイン王の叔母キャサリンを離縁、離宮に幽閉している。当時の世界帝国スペインの大使から王妃を粗末に扱えば貿易を止めるぞと脅されたり、ウェールズでは追いはぎや海賊が跋扈(ばっこ)したりして、一歩間違えば王家がこの地上から消えてなくなるかもしれないという危機的状況にあった。
 ごろつきの家に生まれヘンリー8世に抜擢(ばってき)されたクロムウェルは、そうした状況下で諸大臣を抑え、事実上の宰相として、「単一国家、単一貨幣、……そしてなによりもすべての民がただひとつの言語をしゃべ」り「君主とその国家は調和している」国をつくるという理想を追求した。その過程で、彼は、アン王妃と対決して不義による国家反逆罪にしたてあげていった。王の子でないと噂(うわさ)されるアンの子エリザベスを王位継承者から外さないと、正統性を巡って内戦が起きるからだ。
 本書を読むと、まさにカール・シュミットのいう「主権者」(例外状況にかんして決定をくだす者)がクロムウェルなのだと思う。彼はアン王妃や彼女との仲を疑われる廷臣たちを「妄想が意思のなせるわざなら、その意思がよからぬものなら?」と、有罪に追い込む。正常な状況からみれば無茶苦茶(むちゃくちゃ)だが、例外状況では、常軌を逸した者しか国家、国民を救うことはできないのだと思い知らされた。
    ◇
 宇佐川晶子訳、早川書房・3150円/Hilary Mantel 52年英国生まれ。作家。『ウルフ・ホール』。
    --「罪人を召し出せ [著]ヒラリー・マンテル [評者]水野和夫(日本大学教授・経済学)」、『朝日新聞』2013年12月01日(日)付。

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覚え書:「どっこい大田の工匠たち―町工場の最前線 [著]小関智弘 [評者]鷲田清一(大谷大学教授・哲学)」、『朝日新聞』2013年12月01日(日)付。

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どっこい大田の工匠たち―町工場の最前線 [著]小関智弘
[評者]鷲田清一(大谷大学教授・哲学)  [掲載]2013年12月01日   [ジャンル]経済 

■技能が磨いた底知れぬ謙虚さ

 五十年の職人生活を送った旋盤工であり、作家でもある小関智弘さんは、職工の世界を内と外から同時に見られる人だ。だから従業員数名といった小さな町工場が集積する町、東京・大田区での職工さんたちの仕事と人生を聴き語るにあたっても、そのまなざしはとても厚い。
 人工心臓、新幹線や原子炉の制御装置に使う部品、はては切り子細工やスティールパン(ドラム缶の楽器)の製造まで、先端の技術、継承された技術がどんなレベルのものなのか、わかりやすく説明してくれるし、下請けの下請けということで受ける理不尽な仕打ちや、裸一貫でここへと流れついたがゆえの苦労、そしてそれゆえに編むほかなかった(下請け、孫請けのような上下関係ではない)“横請け”という相互扶助のネットワークなども、技の話から透かし見えて、何もかも呑(の)み込んだような文章には、深い慈愛のようなものさえ感じた。
 「空洞化ってのは真ん中のヤワなところがすっぽり抜けて空洞になることだろう。それなら俺たちは、まわりの枠になって残ろうよって」……
 確かなものをつくる、他所(よそ)ではできない仕事をやる、頼まれたら赤字でもやるという気概が、踏み倒し、ピンハネ、不渡り、やっかみ口といった理不尽を抑え込む。景気に踊らされ吹けば飛ぶような存在だからこそ、どんなことがあっても納期を守り、加工賃の安さにも工夫で耐える。陰で黙って手を差しのべてくれたひとたちへの恩義も忘れない。それが石頭がつくほど頑固なのに、底知れず謙虚な人柄を生んできた。
 中学校に「技術・家庭」という科目がある。受験とは関係のない脇道の授業と思われがちだが、これからは、倫理というのはこういうところでこそ学ぶものだとおもう。
 日本人は普通のひとが偉い、と言ったひとがいる。そのことを確認させてもらい、ほっと一息つけた一冊である。
    ◇
 現代書館・2100円/こせき・ともひろ 33年生まれ。『大森界隈職人往来』で日本ノンフィクション賞。
    --「どっこい大田の工匠たち―町工場の最前線 [著]小関智弘 [評者]鷲田清一(大谷大学教授・哲学)」、『朝日新聞』2013年12月01日(日)付。

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日記:言葉を探している


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特定秘密保護法案をはじめ、現在の政府のやろうとしていることには、納得がいかないし、反対の立場を表明していますが、ただいろいろと考えることがある。現実に信念として安倍晋三首相を支持する勢力というのは、ネトウヨを加えてもそんなに多いとは思われない。

支持でも不支持でもない人が一番多いと思うし、たぶん、投票にも行かないのだろう。現実に結果としてその沈黙が、暴走を加速させていることは否定はしない。しかし、一生懸命仕事をして、疲れてビールを飲んで野球中継で憂さ晴らしをして……というフツーの人に対して、バカとかアホとかは言えない。

たしかに、フツーの人にとっては、秘密保護法も原発の是非も「よく分からない」。関心の有無ではなく、まったく関係がないからそうなる。考える暇なんてないのよね。僕もわかる。だから、その問題の指摘や、沈黙を決め込むことの恐ろしさを解くことも大切だとは思うけれども、それ以外のオプションを探し続けている。

法案に反対する僕がツライのは、荷担という構造に連座するフツーの人たちに対する反対者のアプローチの貧困さ。例えば、「白紙委任してもうたお前らのせいだ」とか「隷属に気付かぬ悲しい人だ」「アホ」だといってもそれこそ無責任な気がする。

理解している私、理解していない貴方。ないしは善と悪。いつまでもたっても交差せぬ対象化の構造をとり続ける限り、ものごとは変わらないのではあるまいか。だから、僕は言葉を探している。ここ数年、ずうっと言葉を探している。

( こういう消極的な忸怩たる態度というものも、おそらく、変革というプロセスにおいては、まさに変革に抵抗しようとする勢力を補完させる構造につながっていくとは思うのだけど、ここはじっくり考えなければならないとは思う )

華麗なる空中戦を全否定はしませんよ。ただ、地上戦を大切にしない限り何事もはじまらない。

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覚え書:「都会で聖者になるのはたいへんだ―ブルース・スプリングスティーンインタビュー集1973-2012 [編]ジェフ・バーガー [評者]赤坂真理(作家)」、『朝日新聞』2013年12月01日(日)付。


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都会で聖者になるのはたいへんだ―ブルース・スプリングスティーンインタビュー集1973-2012 [編]ジェフ・バーガー
[評者]赤坂真理(作家)  [掲載]2013年12月01日   [ジャンル]アート・ファッション・芸能 

■はぐれ者のスター、肉声が映す米国

 16歳の冬、学校へ行く道で車のラジオから流れるブルース・スプリングスティーンの曲「ハングリー・ハート」が支えだった。車で出かけ、違うふうに曲がり、妻子を置き去りにした男の歌だ。それが奇妙にあっけらかんと明るい。
 私は一人でアメリカの北東部の小さな町にいて、学校でもホストファミリー宅でも、最高によるべなかった。その頃の私には、アメリカ白人にも労働者階級がいて働くだけの日々を送っているなんてことへの想像力はない。でも私が反応したのはそんな世界の、さらに「はぐれ者」の音だった。
 本書は、アメリカン・ドリームの体現者とも言えるスター、ブルース・スプリングスティーンの40年間の肉声を集めたものである。こういう本は初めてだという。
 極貧のデビュー前後、創作の内幕、アメリカの夢と現実、父との葛藤、仲間や家族、ゲイ・レズビアン誌のインタビュー(出色である!)から大統領選応援演説まで、幅広い。好きな一言を挙げるなら断然「自分の子供が同性愛者だと告白してきたらなんと言うか?」の質問に対する「そうすることで幸せになれるなら、必ず幸せになれる道を探せ」だ。
 読んで気づくのは、彼はアメリカと音楽のすべての混成物(アマルガム)であるということだ。それをたった一言で表現するなら「ロックンロール」。ロックンロールの誕生は、アメリカ史においてアメリカ独立と同じくらいの事件であったと私は思う。それが、建国者たちが奴隷にした黒人の音楽を母胎としたところが、歴史の皮肉であり、希望だ。
 だから彼のバンド「Eストリートバンド」は、黒人サックスプレーヤー、ビッグマンことクラレンス・クレモンズを自然と象徴としたのだろう。工場と矛盾の吹き溜(だ)まりのようなニュージャージー。川の対岸、摩天楼のニューヨークとの格差。そこで奴隷の末裔(まつえい)と白人労働者階級の落ちこぼれたちが出会い、運命は本格的に動いた。
 エンターテインメントを政治の道具とすべきじゃないと語り、かつてそうされかかった傷も持つ彼だが、2004年に打倒ブッシュを胸にケリー候補、08年にはオバマ候補の大統領選の応援に立っている。
 オバマへの応援には、全人格的な感応が感じられる。異文化を存在として併せ呑(の)むオバマに、彼は、未来であると同時に本来のアメリカを見たのではないか。もっと言えば、大統領史上のロックンロール誕生を。
 とともに、アメリカ政治というものの本質が、世界へと発信される大掛かりな「ショー」であることも、この類いまれなショーマンは教えてくれる。
    ◇
 安達眞弓訳、スペースシャワーブックス・2625円/Jeff Burger ライター・編集者(米国)。ポピュラー・ミュージック界を見つめるジャーナリストとして40年以上のキャリア。ロサンゼルス・タイムズ紙など多くの新聞・雑誌に寄稿。
    --「都会で聖者になるのはたいへんだ―ブルース・スプリングスティーンインタビュー集1973-2012 [編]ジェフ・バーガー [評者]赤坂真理(作家)」、『朝日新聞』2013年12月01日(日)付。

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覚え書:「トップシークレット・アメリカ―最高機密に覆われる国家 [著]デイナ・プリースト&ウィリアム・アーキン [評者]渡辺靖(慶応大学教授・文化人類学)」、『朝日新聞』2013年12月01日(日)付。

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トップシークレット・アメリカ―最高機密に覆われる国家 [著]デイナ・プリースト&ウィリアム・アーキン
[評者]渡辺靖(慶応大学教授・文化人類学)  [掲載]2013年12月01日   [ジャンル]政治 

■多すぎる機密がむしばむ民主制

 9・11以降、米国では国家安全保障の最高機密(トップシークレット)を扱う政府機関や企業が倍々ゲームのように増殖している。ピュリツァー賞を2度受賞した辣腕(らつわん)記者と、ベテラン軍事アナリストがタッグを組み、その実態に切り込んだのが本書だ。
 数百人の関係者への取材、百カ所以上の施設への視察、数十万件の文書や記録の収集など、2年半に及ぶ徹底した取材に舌を巻く。巷(ちまた)に溢(あふ)れる即席の扇情ルポとは明らかに次元を異にする。
 カーナビを遮断する「地図に出ていないアメリカ」の急増。軍産インテリジェンス複合体が集積する富裕地域の誕生。米国上空を飛行する無人機の増加。強まる全米各地の礼拝所への監視。CIAによる指名殺害の内幕……。「秘密への強迫観念的な依存」を深める現実が次々と活写され「ワシントン・ポスト」紙での連載時に掲載を見送られた情報も数多く開示されている。
 機密の緩和・解除は容易ではない。政治家にとって大きなリスクになるからだ。むしろ「念のため」という判断がさらなる機密を生み出す。自らの不正行為を隠すために機密指定されるケースも珍しくないという。
 テロリズムの最大の目的が恐怖心や不安感によって相手を萎縮させることにあるならば、実は、米社会は「テロとの戦い」に着実に敗北しつつあるのではないか。
 「あまりにたくさんの情報が機密にされたために、そうすることで守ろうとしたシステムをかえって動けなくしてしまっている」と著者は米民主制の行く末を案じる。
 それはもはや大統領個人の人格や力量を超えた、制度的な宿痾(しゅくあ)にすら思えてくる。ネットワーク化が進む今日、日本の未来予想図ではないとは言い切れない。
 ジャーナリズムの本道が、姑息(こそく)な世論誘導ではなく、調査報道に基づく権力監視にあることを再認識させてくれる出色の現代米国論だ。
    ◇
 玉置悟訳、草思社・2730円/Dana Priest ジャーナリスト。William M. Arkin 元アメリカ陸軍情報局分析官。
    --「トップシークレット・アメリカ―最高機密に覆われる国家 [著]デイナ・プリースト&ウィリアム・アーキン [評者]渡辺靖(慶応大学教授・文化人類学)」、『朝日新聞』2013年12月01日(日)付。

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覚え書:「沈むフランシス [著]松家仁之 [評者]小野正嗣(作家・明治学院大学准教授)」、『朝日新聞』2013年12月01日(日)付。

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沈むフランシス [著]松家仁之
[評者]小野正嗣(作家・明治学院大学准教授)  [掲載]2013年12月01日   [ジャンル]

■美しい文体から届く不穏な雑音

 タイトルが謎めいている。沈むフランシス?
 だが冒頭、視界に飛びこんでくるのは、水の流れに運ばれていく人間の体だ。死体? 水に浮かぶこの体の持ち主がフランシスなのだろうか?
 謎を宙づりにしたまま、東京の世田谷を離れ、北海道の安地内(アンチナイ)村という小さな村に暮らす撫養(むよう)桂子の物語が始まる。三十代半ばの桂子は離婚後、ここで非正規の郵便局員として働いている。
 美しい川の流れや木々の葉ずれの音に寄り添われるように配達をするなか、桂子は川岸の木造平屋の一軒家にひとり暮らす寺富野(てらとみの)和彦という同世代の男性と出会う。寺富野は謎めいた男だ。こだわりのある洗練された調度品に囲まれ、趣味はヨーロッパ、アメリカ、日本各地の粋な場所で録音したさまざまな音を高性能スピーカーで臨場感たっぷりに聞くことなのだ。そして少し坂を上がったところのあの木造の小屋。あそこには何が隠されているのか?
 桂子は二度目の訪問ですでに彼に体を許す。二人は恋に落ちる。恋に落ちる? だが物語は桂子の視点から語られるため男が本当には何を考えているのかはわからない。
 低収入で非正規の独身女性と、外国各地に旅行できるほど自分の時間がたっぷり持てる仕事をし、富裕層とでも形容しうる生活を送る男。一見共通点などない二人が共有するのは趣味のよさ、自らの人生にスタイルを与えようとする意志と、様式化された生に対するささやかな満足感だ。
 いま各自がその収入なりに自分の生を〈作品化〉し、幸福を見出(みいだ)そうとするような空気がある。この小説はそうした風土を肯定しているようだ。だが、それ自体スタイリッシュな音楽のような美しい文体の狭間(はざま)からは、プア層である桂子が有閑富裕層である寺富野に都合よく利用されているだけではないかという、我々の時代の底にくぐもる不穏な雑音が確実に届いてくる。
    ◇
 新潮社・1470円/まついえ・まさし 58年生まれ。作家。『火山のふもとで』で12年度の読売文学賞。
    --「沈むフランシス [著]松家仁之 [評者]小野正嗣(作家・明治学院大学准教授)」、『朝日新聞』2013年12月01日(日)付。

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覚え書:「みんなの広場 国民が何も言えなくなる日」、『毎日新聞』2013年12月02日(月)付。


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みんなの広場
国民が何も言えなくなる日
無職 64(東京都新宿区)

 特定秘密保護法案は、数日後には成立しそうな状況です。多くの市民や有識者の反対の声など、まるで無視されています。
 先日、ある反対集会に出席した折、その前日の別の反対集会にも参加したという小さい子供さんを連れた若い母親の話を聞きました。その母親はこの子が大きくなった時、「お母さんたちはなぜ反対しなかったの?」と言われたら、「お母さんは、こういう集会にも行ったし、できる限りの反対表明はしたのよ」と言いたいから、この集会に来ましたとおっしゃった。
 私は子供も孫もありませんが、未来の若者を戦場に送り出すことにつながりかねないこの法案の成立に反対しているという意思表示をするために、反対集会に出席しました。
 安倍晋三首相は強行採決してでも、法案成立を目指すだろうと思われます。国民が何も知らされず、何も言えなくなる日が、目前に迫っているような気がしてなりません。
    --「みんなの広場 国民が何も言えなくなる日」、『毎日新聞』2013年12月02日(月)付。

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覚え書:「書評:池田晶子 不滅の哲学 若松 英輔 著」、『東京新聞』2013年12月01日(日)付。


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池田晶子 不滅の哲学 若松 英輔 著 

2013年12月1日


◆潤いに満ちたコトバ
[評者]横尾和博=文芸評論家
 思索する人は美しい。内面の輝きが溢(あふ)れてまぶしいようだ。本書で語られる池田晶子は、四十六歳の若さで没した哲学者。みずから「哲学の巫女(みこ)」をなのり、難しい哲学をわかりやすく解読したことで知られる。しかしやはり哲学書は難しい。ただ池田の著作には、難解さの背後に彼女特有のリリシズムがみえてくる。そこが並みの哲学者とちがうところ。
 著者も引用しているが「読むことは絶句の息遣いに耳を澄ますことである」と池田は書く。作品を読んで感動を覚えたり、魅せられたりする根拠である。しなやかな感性や細やかな感情こそが、涸(か)れた文学や哲学にいま必要なのだ。
 著者の若松英輔は3・11を契機に死者に寄り添い、石牟礼道子や石原吉郎などに仮託しながら、死の本質を考え続けている稀有(けう)な批評家だ。若松は本書で「巫女は何も自身では語らない。何ものかが、語りかけるのを待つ」「コトバは、その姿を変えて人間に寄り添う」と述べ、自身の哲学と文学観を開陳している。
 なるほど、私たちが池田のコトバを感じるとき彼女は死んではいないのだ。題名の意味が理解できた。
 考えることを失い、感性が鈍磨した時代に、池田の哲学や若松の潤いに満ちた仕事の意義は大きい。著者はそのことを私たちに改めて教えてくれた。私たちは言葉によって生かされている。
 (トランスビュー・1890円)
 わかまつ・えいすけ 1968年生まれ。批評家。著書『死者との対話』など。
◆もう1冊 
 池田晶子著『14歳からの哲学』(トランスビュー)。言葉、死、社会、存在など三十のテーマについて考えた代表作。
    --「書評:池田晶子 不滅の哲学 若松 英輔 著」、『東京新聞』2013年12月01日(日)付。

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[http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013120102000170.html:title]

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池田晶子 不滅の哲学
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覚え書:「書評:大戦前夜のベーブ・ルース ロバート・K・フィッツ 著」、『東京新聞』2013年12月01日(日)付。

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大戦前夜のベーブ・ルース ロバート・K・フィッツ 著

2013年12月1日

◆野球に託された日米外交
[評者]澤宮優=ノンフィクション作家
 日本にプロ野球が創設されて七十七年になるが、発端は一九三四年の全米選抜チームと日本選抜チームとの親善試合である。
 このときベーブ・ルースが初来日し、大きな話題になった。日本選抜チームが後の大日本東京野球倶楽部(くらぶ)、現在の読売ジャイアンツとなった。この大会での沢村栄治の好投は伝説となったが、大会の真の目的は日米外交の修復にあった。本書は日米野球を軸に、開戦前夜の姿を政治・経済・文化の側面から活写したノンフィクションだ。
 当時、日本と米国の関係はこじれていた。日本は軍縮会議を決裂させ、軍国主義に向かう。そこで外務省の上層部などは、日米を和解させる方法を考えていた。それが日米野球だった。「政治家や官僚が和平会議を重ねるよりも、日米のチームが同じグラウンドで一シーズン野球をするほうが、よほど両国の相互理解に役立つのでは」とアメリカの新聞記事も同様の論調だった。
 全米チームの銀座でのパレードには数十万の群衆が集まり、日米の国旗を振って「万歳!」と声を上げた。ルースも双方の国旗を持って、「バンザイ」と応える。彼はファンから頼まれたサインにすべて応じたという。
 全米チームは全国の都市を回り、どこでも大歓迎を受けた。大会は全米チームが十六試合すべてに勝利したが、日米に親善という風が吹いたのは事実である。ルースは涙をこらえ「サヨナラ、バンザイ」と叫んで帰国した。
 日米野球は大成功を収めたが、時代の趨勢(すうせい)は覆らず、後に真珠湾攻撃という最悪の事態を迎えた。その報を聞いた日米の選手の変貌ぶりが悲しい。「地獄に落ちろ、ベーブ・ルース!」と叫んだ日本兵もいたし、スパイになった米国選手もいた。そして敗戦、戦後の日本野球はアメリカ流民主化の象徴となる…。戦争に翻弄(ほんろう)された選手らの人生も明らかにすることで、本書はより深い日米野球の本質に迫っている。
 (山田美明訳、原書房・2940円)
 Robert K. Fitts 1965年生まれ。アメリカの野球史・奴隷史の研究者。
◆もう1冊
 R・ホワイティング著『菊とバット 完全版』(松井みどり訳・早川書房)。日本プロ野球の黄金時代とその後から見た日米比較文化論。
    --「書評:大戦前夜のベーブ・ルース ロバート・K・フィッツ 著」、『東京新聞』2013年12月01日(日)付。

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[http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2013120102000172.html:title]

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大戦前夜のベーブ・ルース: 野球と戦争と暗殺者
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覚え書::ヘイトスピーチ規制と表現の自由に関するひとつの考え方。

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 そもそも、国際自由権規約第二〇条第二項は差別の唱道を禁止するとしている。同第一項は戦争宣伝の禁止である。戦争宣伝の禁止と差別の禁止が同じ条文に規定されていることを無視してはならない。また、人種差別撤廃条約第四条は差別の煽動や人種的優越性の主張を処罰するとしている。ヘイト・スピーチ処罰は世界の常識である。
 それは表現の自由を口実に人種差別や戦争宣伝が行われ、ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害や侵略戦争を許してしまった歴史的経験に学んだからである。近年でも旧ユーゴスラヴィアの民族浄化、ルワンダのツチ・ジェノサイドで、表現の濫用によって差別、迫害、虐殺の煽動がなされた。
 それゆえ、ジェノサイド条約第三条は、ジェノサイドの直接かつ公然たる教唆を処罰することにしている。人道に対する罪や戦争犯罪について定めた国際刑事裁判所規程第二五条は、犯罪実行の教唆、幇助、援助、及びジェノサイドの煽動を処罰するとしている。
 ところが日本では非常に歪んだ認識が語られる。憲法教科書は、かつて軍国主義の下で市民の表現の自由が侵害されたことを取り上げて、表現の自由の重要性だけを指摘する。一部の憲法学者は「スピーチだから表現の自由だ」と、「差別表現の自由」を主張する。憲法教科書では「表現の自由の優越的地位」と表記され、他の自由や人権よりも表現の自由が重要であるとされてきた。この解釈には疑問が残る。
 表現の自由の理論的根拠は、第一に人格権であり、第二に民主主義(知る権利、情報の権利)である。これはアメリカ憲法の考え方である。
 しかしアメリカ憲法と日本国憲法には決定的な差異がある。アメリカ憲法の表現の自由は修正第一条に規定されている。そして、アメリカ憲法には人格的の独自の規定が存在しない。このために表現の自由の理論的根拠を提唱する必要があった。人権規定としては冒頭に置かれた表現の自由が優越的地位を有することに不自然さはない。
 他方、日本国憲法第一三条の個人の尊重や幸福追求権の規定は人格権の規定と理解されている。つまり、日本国憲法は人格権を明文で保障している。表現の自由(第二一条)よりも人格権(第一三条)が前に置かれている。表現の自由が人格権よりも優越的地位にあると言うことは、日本国憲法の解釈としては妥当でない。憲法第一三条の人格権は、憲法第二一条の表現の自由よりも優越するからである。
 そもそも「朝鮮人を殺せ」と叫ぶことは、いったい誰のどのような人格権に資すると言うのだろうか。他者の人格権を否定する差別煽動を表現の自由だと言い募るのは矛盾である。
 第二の理論的根拠の民主主義についても、「朝鮮人を殺せ」などと他者の人格権を否定し、民主的手続きを破壊する暴力を取り締まることこそ、まさに民主主義に適うはずだ。
 人種差別撤廃委員会では「表現の自由の保障とヘイト・スピーチの処罰は両立する」、「表現の自由を守るためにヘイト・スピーチを処罰するべきだ」と繰り返し語られてきた。
 また、憲法第一四条の法の下の平等規定も参照する必要がある。日本には差別を禁止する法律がまったくないため、人種差別撤廃委員会から、憲法第一四条の法の下の平等を実施する法律を制定するように勧告されている。性差別禁止法、人種・民族差別禁止法、障害者差別禁止法など、差別禁止法を制定する必要がある。
 そうすればマイノリティの表現の自由の重要性が見えてくる。人格権と民主主義と言うが、それが重要なのはマイノリティにとってである。マジョリティの横暴を表現の自由とは呼ばない。
 民主主義が成熟した社会ではヘイト・スピーチの処罰は常識である。
    --前田朗『増補新版 ヘイト・クライム 憎悪犯罪が日本を壊す』三一書房、2013年、8-10頁。

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増補新版 ヘイト・クライム 憎悪犯罪が日本を壊す
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覚え書:「今週の本棚:富山太佳夫・評 『サリンジャー-生涯91年の真実』=ケネス・スラウェンスキー著」、『毎日新聞』2013年12月01日(日)付。

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今週の本棚:富山太佳夫・評 『サリンジャー-生涯91年の真実』=ケネス・スラウェンスキー著
毎日新聞 2013年12月01日 東京朝刊

 (晶文社・4830円)

 ◇著名作家をめぐる「公平で感傷的でない伝記」

 「まず彼の人生をその複雑さにおいて考えなければならない。彼のなかには勇敢な兵士がいて、失格した夫がいて、自己防衛的な隠遁(いんとん)者に屈した創造者がいた。」--このように要約できるのは一体誰の人生だろうか。

 「1963年11月の最後の週……目に見えるほどに震えながら、ケネディ大統領の葬儀の悲しい式典がくり広げられているテレビのまえで、ただ言葉もなくすわりこんでいた。……古い悲しみと新たな悲しみが一体となって、彼は人目もはばからずに泣いた。」 ホワイトハウスから電話ももらっていたこの人物とは誰だろうか。

 その同じ年の一月、聖者( スワーミ )ヴィヴェーカーナンダの生誕百年祭の祝宴で基調演説をする国連事務総長ウ・タントのまん前のメインテーブルに坐(すわ)って、満面の笑顔を浮かべていたのは、誰だろうか。

 ノルマンディーの上陸作戦にアメリカ軍の第12連隊のひとりとして参加し、地獄を見た彼。「ともに上陸した連隊の兵士は3080名、そのうち生存者はわずか1130名だった。」 第二次世界大戦に参加したアメリカの部隊の中で最も死亡率が高かったのが、彼の部隊であった。

 ここに引き出した四つの事実はいずれもひとりの人物に関係するものなのだが、その名前をあてることのできるひとが果しているだろうか。多分、いや、勿論(もちろん)、いないはずである。そこで、ひとつのヒント--この人物がドイツ戦線での戦いのさなかに書き続けた原稿が、のちに、一九五一年にアメリカで出版されることになる。その表題は『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(『ライ麦畑でつかまえて』)。そう、この本は誰でもが名前を知っているはずの小説家J・D・サリンジャーの評伝なのである。

 作者はまず初めに、「いつの日か公平で感傷的でない真実の伝記を、それも作品の正しい評価を織り込んだものにして世に問いたいと思っていた。その仕事も7年かけてようやく完成しようとしていた」と書いている。その願いを見事に達成したのがこの本である。

 とは言っても、これは並大抵の仕事ではなかったはずである。その人気、知名度とは対照的に、サリンジャーの名前をつけて出版された本が数冊しかないのはいいとして、やっかいきわまりないのは、彼の短編を掲載した多数の雑誌編集者とのやりとりである。著者は残されている手紙の類を可能なかぎり調べあげて、サリンジャーの作家人生を記述していくことになる。ニューヨークの各種の雑誌や、ときには新聞の編集者のこと、サリンジャーの出版代理人のこと(イギリスその他の国々のそうした人たちの話もでてくる)。或(あ)る意味では、この本は二〇世紀の、とりわけ世界大戦以降の出版文化史としての一面もそなえていると言っていいかもしれない。

 有名になりすぎた彼の作品の盗作、偽作の事件、それをめぐる裁判の話も紹介されている。あるときには、「裁判は最高裁に持ち込まれたが却下され、サリンジャー有利の判決が決定した。こんにちまで、『サリンジャー対ランダムハウス社裁判』は合衆国の著作権法の基本とみなされ、全国の法学生に必須の学習対象となっている」とのこと。

 勿論、彼の作品の話はふんだんに出てくるし、ニューハンプシャー州コーニッシュでの隠遁生活のこと、繰り返された結婚の話のこと、少女愛らしき趣味のことも出てくる。う-ん、と言って感心するしかない。(田中啓史訳)
    --「今週の本棚:富山太佳夫・評 『サリンジャー-生涯91年の真実』=ケネス・スラウェンスキー著」、『毎日新聞』2013年12月01日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20131201ddm015070007000c.html:title]

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サリンジャー ――生涯91年の真実
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覚え書:「今週の本棚・新刊:『首里城への坂道 鎌倉芳太郎と近代沖縄の群像』=与那原恵・著」、『毎日新聞』2013年12月01日(日)付。

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今週の本棚・新刊:『首里城への坂道 鎌倉芳太郎と近代沖縄の群像』=与那原恵・著
毎日新聞 2013年12月01日 東京朝刊

 (筑摩書房・3045円)

 琉球王国崩壊の後、荒れ放題だった首里城は、大正時代、神社建設のため取り壊されようとしていた。それを救った染織家で沖縄文化研究者、鎌倉芳太郎(1898-1983年)の評伝である。首里城は沖縄戦で焼失したが、平成の再建でも鎌倉による建物の装飾や塗色についての資料が大いに役立ったという。

 鎌倉は、東京で絵画を学び図画教師として沖縄の女学校へ赴任。現地の文化の豊かさに魅了されて、新聞人の末吉麦門冬(ばくもんとう)らの知遇を得た。こうして幾多の文化財や民俗を調査し、特に収集した紅型(びんがた)(染織品)の型紙は、戦後、沖縄の人々が復興させる際の参考となった。鎌倉が残した写真や研究ノートなどの資料群は、国の重要文化財に指定されている。

 本人の活動分野の広さゆえ、本書は壮大な群像劇でもある。鎌倉の説得で首里城取り壊しを差し止めさせた建築家の伊東忠太、沖縄学の父、伊波普猷(いはふゆう)ら、沖縄と本土のさまざまに魅力的な人々が登場する。本土の誰よりも沖縄文化に向き合った鎌倉は、晩年、自らを「本土からの旅人」と言い切った。今の軽薄な「絆」と対照的な「連帯」のあり方をも考えさせられる本だ。(生)
    --「今週の本棚・新刊:『首里城への坂道 鎌倉芳太郎と近代沖縄の群像』=与那原恵・著」、『毎日新聞』2013年12月01日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20131201ddm015070031000c.html:title]

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首里城への坂道:鎌倉芳太郎と近代沖縄の群像 (単行本)
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覚え書:「陰鬱な気分にさせた強行採決」、「国民の権利奪う悪法廃案に」、「国会の自己否定では」、「知る権利を奪うな」、「みんなの広場」、、『毎日新聞』2013年11月28日(木)付。


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みんなの広場
陰鬱な気分にさせた強行採決
会社員 45(大阪市東住吉区)

 安全保障を目的に国家機密を漏らした公務員らに厳罰を科す特定秘密保護法案が26日、衆院を通過した。与党の数の力にものをいわせた強行採決はこれまで幾度となく見てきたが、今回ほど陰鬱な気分に包まれたのは初めてだ。
 法案の中身について多くの問題が指摘されているにもかかわらず、国会で有効な議論がなされていないのは明らかである。与党に擦り寄る一部野党と“密談”が繰り返され、法案成立後の行く末を暗示するかのような審議過程だった。
 法律によって国民の「知る権利」を制限しようとするからには、秘密指定の過程の透明化と指定期間経過後の徹底した情報開示のセットが不可欠だ。そうでないと、国民は底なしの「秘密」にのみ込まれてしまうであろう。そして、これほど重大事に対するテレビメディアの扱いにも苦言を呈しておきたい。
 会期末までわずかしかないが、今後は良識の府、参議院での審議に期待したい。
    --「みんなの広場 陰鬱な気分にさせた強行採決」、『毎日新聞』2013年11月28日(木)付。

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みんなの広場
国民の権利奪う悪法廃案に
無職 79(札幌市厚別区)

 原案が出て2カ月ほどで、拙速な法案の衆院通過に驚く。
 国家機密を漏らした公務員らに最高懲役10年の厳罰を科し、国民を危険にさらす中身のうえ、当の国民は何が特定秘密なのかさえ知らない。これは国民の「知る権利」を脅かす悪法であり、主権国家として基本的人権を含め、憲法の原則を踏みにじる悪質きわまりない法案である。
 特定秘密の指定期間が原則30年としていた当初案より、最長60年に後退したことも問題で、これでは国民は国が隠し通す秘密を知らずに死ぬことになる。
 強行採決という暴走までして、一体秘密保護法案は本当に必要なのか。情報漏えい防止は現行法で十分対処が可能という識者の意見も多く、秘密の範囲が不明のため恣意的運用に懸念が広がる。法案に反対する集会も全国各地で開かれた。
 今後は参院に審議が移るが、「知る権利」が葬り去られることのない「良識の府」の判断に注目し、廃案へ集会の輪を広げたい。
    --「みんなの広場 国民の権利奪う悪法廃案に」、『毎日新聞』2013年11月28日(木)付。

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みんなの広場
国会の自己否定では
主婦 62(福岡県飯塚市)

 確か中学時代だったか、三権分立について習いました。国が持っている強大な権力を間違った方向に使わせないため互いにチェックし合う仕組みです。権力を司法、立法、行政という3分野に分散させるために作られたものだと。
 そこで、国会議員の皆様にお尋ねしたいのです。皆様の所属される国会(立法)は行政をチェックするのが仕事ではないのですか? そのチェック機能をみすみす手放すようなことになってもいいのですか?
 衆院を通過し、今国会での成立が目指されている特定秘密保護法案は、何が秘密かも明らかにされていない。国会議員の皆様ですらその一部を除いて知ることができない。また、その秘密について国会での十分な論議もできず、すべては行政の長に委ねられているといってもいいような内容です。
 チェック機能を自ら手放し、国会の自己否定につながる法案成立に手を貸すようなことはしないでいただきたい、と議員の皆様にはお願いしたいです。
    --「みんなの広場 国会の自己否定では」、『毎日新聞』2013年11月28日(木)付。

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みんなの広場
知る権利を奪うな
アルバイト 65(相模原市緑区)

 本来、国が保有する情報は非常に限られたもの以外は主権者たる国民のものだ。特定秘密保護法案には、その根本的なことが否定されて、まるで国家権力がすべての情報を握り、不都合な真実をその妥当性もチェックせずに特定秘密とし、永久的に秘密のベールに包み覆い隠そうとしているように見える。
 国民の重要な知る権利の一つを奪うような悪法には強く反対する。
 これまでに十分な国会審議が尽くされたと、どれだけの人が思うだろうか。たった1回の公聴会を開催しただけで、しかも法案への反対が噴出した公聴会の翌日の採決である。
 強行採決までやって成立させるのは、一体誰のためなのか。そして、なぜ今必要なのか。
 国民の声に真摯に耳を傾けず、民主主義のルールを踏みにじるような安倍晋三政権のやり方には空恐ろしささえ感じる。
    --「みんなの広場 知る権利を奪うな」、『毎日新聞』2013年11月28日(木)付。

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覚え書:「今週の本棚:沼野充義・評 『<戦争と文学>案内 コレクション 戦争と文学 別巻』=戦争と文学編集室・編」、『毎日新聞』2013年12月01日(日)付。

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今週の本棚:沼野充義・評 『<戦争と文学>案内 コレクション 戦争と文学 別巻』=戦争と文学編集室・編
毎日新聞 2013年12月01日 東京朝刊

 (集英社・3990円)

 ◇近代日本を形成した「巨大な装置」の記録

 本書は、今年一月に全二〇巻で完結した「コレクション 戦争と文学」という、日本の戦争文学アンソロジーの別巻として編まれたものである。全体は三部から成り、まず第一部は、紅野謙介を初めとする八人の専門家の分担執筆による「<戦争と文学>の一五〇年」。それぞれ鋭いアプローチによって、時代と切り結ぶ「戦争文学」の流れを見事に浮きぼりにしているだけでなく、取り上げられる作家と作品が多彩で、それぞれの章は比較的簡潔ながらも、情報量が多く、全体としてみると近代日本戦争文学の優れた通史になっている。

 「日清・日露戦争の時代」(宗像和重)から「朝鮮戦争・ベトナム戦争の時代」(坪井秀人)に至る五つの章は、近代史の流れを追いながら戦争文学の展開をたどるというオーソドックスな文学史的構えによって構成されているが、「冷戦の終結と新たな戦争の時代」(陣野俊史)はまだ「歴史」になっていない最新の現代文学をかなり網羅的に紹介している。さらに注目すべきは、こういった時代順の論考とは別に、エンターテインメント小説とSFという二つのジャンルが別途取り上げられ、それぞれのジャンルにおいて戦争がどのように扱われてきたか、杉江松恋と大森望という二人の専門家によって展望されている。

 第二部の「<戦争と文学>長編作品紹介」は、明治からの近・現代日本において書かれた、戦争をめぐる長編作品一五六編を取りあげて簡潔に紹介したもので、類例のない近代日本戦争小説事典として貴重である。じつは全二〇巻のコレクションには三二八人もの作家が収録されているが、アンソロジーという性格上、作品は中短編小説と詩歌に限定されており、<戦争と文学>について語る際に避けて通ることのできない長編というジャンルがまったくカバーされていない。これはアンソロジーというものの限界だが、「長編作品紹介」はそれを少しでも補うためのたいへんよい工夫になった。

 ここに収められたのは、国木田独歩が従軍記者として弟にあてて送った書簡を集めた『愛弟通信』から、大江健三郎のSF長編『治療塔』、焼身自殺をしたベトナム人僧侶の謎を追った宮内勝典の『焼身』、そして古川日出男の『ベルカ、吠(ほ)えないのか?』、赤坂真理の『東京プリズン』といった最近の作品まで、じつに多彩だが、中でも意表をつくのは、夏目漱石の『鶉籠(うずらかご)』(『坊っちゃん』『草枕』『二百十日』の三編を収めた作品集)や、谷崎潤一郎の『細雪(ささめゆき)』までがここに収録されていることだ。『鶉籠』については、日露戦争中および戦後の社会の「諸相と現代文明の病根を観察しようとした一冊」であり、夏目漱石の「戦争小説集」として位置付けることができるのだという。他方、『細雪』は、もともと陸軍報道部に「不謹慎」と決めつけられたくらいの作品だが、それをここでは「戦争を否認しようとした戦争小説」と認定している。立派な見識であろう。

 そして第三部は、詳細な「<戦争と文学>年表」である。

 本書はその通史・事典・資料といった価値からいっても、これ自体独立した一冊として非常に貴重なものだが、その母体となった全二〇巻のコレクションについても、改めて触れておきたい。「コレクション」は歴史を追った「現代編」「近代編」各五巻のほか、テーマ編(「女性たちの戦争」「戦時下の青春」など)、地域編(満洲、朝鮮・樺太(からふと)、台湾・南方、ヒロシマ・ナガサキ、オキナワ)もそれぞれ五巻という構成になっており、そこから戦争という「大きな物語」に包まれて展開してきた近代日本の輪郭が浮かび上がってくる。痛感させられるのは、戦争は平時の生活から切り離された特別なテーマではなく、近代日本の国民と言語を形成するための巨大な装置であったということだ。日清戦争以来、ほとんど十年ごとに大きな戦争を繰り返してきた近代日本にとって、戦争とはベネディクト・アンダーソンのいう「想像力の共同体」を作り出すエンジンのようなものだった。

 それを記録した前代未聞の規模のこの「コレクション」は、「戦争文学」といったジャンルを超えて、日本の国民文学の財産と言えるだろう。戦争体験については、「あれはこういうことだったのだ」という実感は伝えられないかもしれない。現に戦後生まれの人々が人口の圧倒的多数を占める現代日本では、『誰も戦争を教えてくれなかった』(講談社)の著者、古市憲寿のように、「あの戦争はもはや古すぎる」と感じ、「平和ぼけ」した状態から出発するしかないと主張する論客が登場している。

 しかし、私たちは記録することはできる。そしてそれを読むこともできる。私たちは、ポーランドの詩人シンボルスカが言うとおり、いつだって終わったところからまた新たに始めなければならないのだ。愚かで残酷な行為を繰り返さないという決意を新たにしながら。「古すぎる」ものが、にわかに恐ろしい現実として再来しないように。
    --「今週の本棚:沼野充義・評 『<戦争と文学>案内 コレクション 戦争と文学 別巻』=戦争と文学編集室・編」、『毎日新聞』2013年12月01日(日)付。

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コレクション 戦争と文学 別巻 〈戦争×文学〉案内 (コレクション戦争×文学)
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覚え書:「今週の本棚・新刊:『オバマの医療改革 国民皆保険制度への苦闘』=天野拓・著」、『毎日新聞』2013年12月01日(日)付。


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今週の本棚・新刊:『オバマの医療改革 国民皆保険制度への苦闘』=天野拓・著
毎日新聞 2013年12月01日 東京朝刊

 (勁草書房・3990円)

 アメリカの現在の政争の焦点である医療改革についての、本格的な本である。まず過去の改革失敗の歴史が述べられ、ついでオバマ大統領の改革が、共和党のロムニー知事がマサチューセッツ州で実現した制度を、全米に拡大しようとしたものであることが示される。共和党の強い反対にオバマが妥協しない理由がここにある。

 アメリカは先進国の中で唯一国民皆保険制度のない国であり、65歳以上の人を主な対象にする連邦政府が主管するメディケアと、低所得層を対象に各州が管理するメディケイド、それに企業(雇用者)が従業員に提供する民間保険があり、これに加入できない中小企業の人や個人は自分で保険会社と契約するか、無保険者になるかしかない。アメリカの医療費は驚くほど高い。保険料も高い。

 改革は従来の医療保険に入ることをアメとムチで義務づけ、無保険者が保険各社を比較できる組織を州ごとにつくる等である。

 これは国民皆保険とはちがう。著者は画期的というが、このパッチワーク(つぎはぎ)の改革は、この本の出版後、ボロを出しているように思える。(鷺)
    --「今週の本棚・新刊:『オバマの医療改革 国民皆保険制度への苦闘』=天野拓・著」、『毎日新聞』2013年12月01日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20131201ddm015070029000c.html:title]

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オバマの医療改革: 国民皆保険制度への苦闘
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書評:子安宣邦『思想史家が読む論語 「学び」の復権』岩波書店、2010年。


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子安宣邦『思想史家が読む論語 「学び」の復権』岩波書店、読了。「論語」ほど注解の多い書物はあるまい。しかし、オリジナルとコピーの豊穣さが読み手を幻惑してしまう。本書は、思想史を踏まえた上で、「読む」意義を一新する一冊。本書を読むうちに「論語」と対話する自身を再発見する。

著者が重視するのは、「論語」が弟子たちとのやりとりということ。「論語」自体対話形式だが、副題「学び」の復権こそ、孔子の眼目ではなかったのか。本書は著者の市民講座が素材だが、その講義は、自発的に学ぶ意義を問い直す。

「われわれが見出すのは、なお可能性をもって開いているテキストである。われわれがなお意味を問いうる可能性をもったテキストとして『論語』を見出すことである」。

[http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/0234760/top.html:title]


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思想史家が読む論語――「学び」の復権
子安 宣邦
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覚え書:「『アルプ』の時代 [著]山口耀久 [評者]角幡唯介(ノンフィクション作家・探検家)」、『朝日新聞』2013年11月24日(日)付。


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「アルプ」の時代 [著]山口耀久
[評者]角幡唯介(ノンフィクション作家・探検家)  [掲載]2013年11月24日   [ジャンル]ノンフィクション・評伝 

■心の対話表現した山岳文芸誌

 串田孫一、尾崎喜八、深田久弥、畦地梅太郎、辻まこと……。かつて名だたる文人、詩人、岳人が寄稿した「アルプ」という山岳文芸誌があった。1983年の廃刊時には一般紙が大きく扱うほどファンが多かったという。本書は創刊時からその編集に携わった著者による回顧録である。
 登山のスタイルには流行(はや)り廃りがあり、評価の基準も時代の変化を受ける。しかしどんな登山にも一貫しているのが人間と山との心の対話だ。そこをうまく表現できた時に登山は文学になりうるわけで、「アルプ」の寄稿者たちが謳(うた)いあげてきたのは、その山との心の対話だったという。
 回顧録と書いたが、そう呼ぶには憚(はばか)られるほど読ませる本だ。著者の味わい深い文章からは「アルプ」ののどかな誌面作りと、60~70年代の余裕のあった時代の雰囲気が横溢(おういつ)している。まさにこの本自体に「アルプ」の特別復刊号!といった趣があり、箱入りの趣味のいい装丁も含めて風格を感じさせる一冊である。
    ◇
 山と渓谷社・3465円
    --「『アルプ』の時代 [著]山口耀久 [評者]角幡唯介(ノンフィクション作家・探検家)」、『朝日新聞』2013年11月24日(日)付。

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[http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013112400012.html:title]

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「アルプ」の時代
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覚え書:「薬と文学 病める感受性のゆくえ [著]千葉正昭 [評者]出久根達郎(作家)」、『朝日新聞』2013年11月24日(日)付。

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薬と文学 病める感受性のゆくえ [著]千葉正昭
[評者]出久根達郎(作家)  [掲載]2013年11月24日   [ジャンル]文芸 

■麻酔剤はねむりぐすりなのか

 たいていの小説に種々の薬が登場する。何気なく読みすごしているが、果たして薬の成分は何なのか。実際の薬効は文章の通りなのか。
 明治二十八年に発表された泉鏡花の「外科室」に、手術を受ける伯爵夫人が麻酔剤を拒否する場面がある。麻酔剤はうわごとを言うから怖い、自分には心に一つの秘密がある、それを知られたくない、という理由である。鏡花は麻酔剤に、ねむりぐすりとルビを振っている。眠り薬の認識だったのだろう。麻酔剤はクロロホルムかエーテルと考えられるが、うわごとを言うだろうか。著者は追究する。
 松本清張の「点と線」は昭和三十二年に発表された。前年に中野好夫が「もはや戦後ではない」と論文を書き、流行語になった。小説では殺人の手段に青酸カリが使われる。著者の調べによれば、この頃は工業界の生産高が飛躍的に発展し、青酸ソーダが大量に製造されている。青酸カリも同様と推測し、入手が容易と見る。薬で見る文学の裏側。
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 社会評論社・2310円
    --「薬と文学 病める感受性のゆくえ [著]千葉正昭 [評者]出久根達郎(作家)」、『朝日新聞』2013年11月24日(日)付。

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千葉 正昭
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覚え書:「私の社会保障論 『くらしの安心』近づくか 『経済活性化』への違和感」、『毎日新聞』2013年11月27日(水)付。

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くらしの明日
私の社会保障論
「暮らしの安心」近づくか
「経済活性化」への違和感
湯浅誠 社会活動家

 寒くなってきた。ストーブを出して、灯油を買った。18リットル1950円だった。高い。聞けば、昨年より80円上がったとのこと。10年前の2倍になった。
 値上がりしても、寒ければストーブを使う。電気代も上がっている。光熱費は増える。これで「消費が増えた」「経済が活性化した」と胸を張る人もいるんだろうか、と重たいポリタンクを運びながら思った。少なくとも灯油を買った私に「この先、さらに値段が上がるから今のうちに買っておこう」という「インフレ期待」はない。寒くなったから買った。それだけだ。
 日米欧の政府や中央銀行が大量のお金を市場に供給する。そのお金でさらなるお金を生み出そうとする人たちが、株や土地などの資産に投資する。資産価値は上がり、より積極的にお金を使う。それが商売を繁盛させ、雇用を増やし、働く人の賃金を上げる。株や土地を持っていない人にも恩恵が広がる。結果的にみんなが豊かになる--。そんな理屈が「説得力がある」とされてきた。
 しかし、総務省の家計調査(7~9月期速報値)を見ると、勤労者世帯の可処分所得は前年同期比1・5%実質減少と、2期連続で減っている。株価もかなり上がり、資産価値も増えたはずなのに、家計の余裕は減っている。基本給などの所定内給与は16カ月連続で減少し続けている。
 これから冬がきて、さらに寒くなる。灯油もたくさん買わないといけない。消費が増えれば国内総生産(GDP)は増える。GDPが増えれば、喜ぶ人はたくさんいる。可処分所得が減って家計が苦しくなった人でさえ、GDPが増えたと喜ぶかもしれない。いずれ自分たちにも恩恵が巡ってくると思うからだろう。GDPは、豊かさを目に見える形で示すものとされてきた。その豊かさは、私たちの幸せをつくると思われてきた。これまで手に入れられなかったものを手に入れられる幸せ。いま、私たちが手に入れたいものとは何だろう。「安心できる暮らし」だろう。では、安心できる暮らしは、消費が増えたら手に入るのだろうか。どうも違うような気がする。
 世界各地に、こんな逸話がある。金持ちが貧乏人に「もっと働け」と叱咤する。貧乏人は「何のために」と聞く。金持ちは「金持ちになるためだ」と答える。貧乏人は「金持ちになったらどうなるのか」と聞く。金持ちは「のんびり暮らせる」と答える。すると貧乏人は「今はもう十分のんびり暮らしています」と答える。
 私たちは、近づこうとして遠ざかっていないか。
ことば*豊かさ
 「アベノミクス」で景気は上向きつつあるが、好循環の持続には賃上げが不可欠。政権の要請を受けて企業は賃上げを検討しているが、ボーナスなどの増額にとどまり、ベースアップ(ベア)がどこまで広がるかは不透明だ。一方、経済的な尺度だけでは測れない豊かさを求める「脱成長論」も広がっている。
    --「私の社会保障論 『くらしの安心』近づくか 『経済活性化』への違和感」、『毎日新聞』2013年11月27日(水)付。

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覚え書:「カミキリ学のすすめ [編著]新里達也 [評者]荒俣宏(作家)」、『朝日新聞』2013年11月24日(日)付。

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カミキリ学のすすめ [編著]新里達也
[評者]荒俣宏(作家)  [掲載]2013年11月24日   [ジャンル]科学・生物 

■野性味たっぷりの「虫屋」讃歌

 筋金入りのカミキリムシ好きが集まって書き上げた「カミキリ屋」讃歌(さんか)である。
 昆虫採集といえば生物趣味界でも専業化がたいへんに進んだ濃密な分野であり、ある古書店主によれば古い博物学書も昆虫関係だけは確実に売れるという。実際、本書を読んで執筆者個々が語るカミキリ人生の破天荒ぶりに恐れをなした。じつは評者も魚類の観察と採集に半世紀を費やしており、先日も台風30号が直撃するパラオでワニの出没するマングローブ帯を潜ってきたばかりだが、とてもそんなものではない。
 保育園児にもかかわらず独りで裏山に登り虫捕りに熱を上げたため3か月もたずに園を中退させられたとか、謎めいた珍品の正体を突き止めるためロンドン自然史博物館にまで調査に出かけたなどの「伝説」は当たり前で、カミキリ好きの特性を買われてJICA(国際協力機構)の熱帯研究事業に参加した一著者の実体験などは、正直、血の気が引いてしまう。カリマンタンのある演習林でカミキリの採集調査を行うはずが、乾燥した演習林が火災に見舞われ焼け野原に一変してしまう。これで逃げ出てきたのがとんでもない数の熱帯ヘビだった。しかし根が生物好きの著者はこれ幸いとヘビの標本作りに励み、飼育すら始めるのだが、あまりに多くなり過ぎついに食用にする。電流が流れるニクロム線の上で感電しながらヘビを焼き、コブラ酒を造った瓶の口に蛇の頭を取り付け、コブラの舌先から酒を注いで飲む。その後にジャカルタで暴動が起き邦人に帰国勧告が出て、一時退避。それでも、立派な目録を製作できるほどのカミキリ採集をやり遂げるあたり、じつにワイルドというほかない。
 むろん本書の本筋はカミキリの詳細な分類や生態の知見にあるが、カラー図版などがないため、評者には十分に魅力を伝達できないことが口惜しい。
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 海游舎・3570円/にいさと・たつや 57年生まれ。日本甲虫学会会長。共著に『日本産カミキリムシ検索図説』。
    --「カミキリ学のすすめ [編著]新里達也 [評者]荒俣宏(作家)」、『朝日新聞』2013年11月24日(日)付。

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覚え書:「兎とかたちの日本文化 [著]今橋理子 [評者]三浦しをん(作家)」『朝日新聞』2013年11月24日(日)付。

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兎とかたちの日本文化 [著]今橋理子
[評者]三浦しをん(作家)  [掲載]2013年11月24日   [ジャンル]歴史 

■かわいい!の奥に深い事実

 お皿、文房具、お菓子など、うさぎ柄やうさぎをかたどった品物はたくさんある。うさぎは、かわいい雑貨のデザインとしてのみならず、飾りとして兜(かぶと)に乗っかっていたり、日本画に描かれたりと、ほうぼうに登場する。
 なぜ日本では、これほどうさぎが愛されているのか。人々は「うさぎ」をどう認識し、「うさぎ」はなにを象徴してきたのか。「うさぎ=かわいい!」と、つい条件反射で思ってしまいがちだが、実は日本人とうさぎのつきあいは、もっと深く豊かなものだった。その事実を、うさぎという「かたち」を通し、多くの図版を使って多面的に掘り下げた本だ。
 特におもしろいのが、江戸時代中期の画家、葛蛇玉(かつじゃぎょく)の「雪夜松兎梅鴉図屏風(せつやしょうとばいあずびょうぶ)」を解釈しなおす項だ。この屏風には、うさぎとカラスが描かれているのだが、従来はうさぎが右に、カラスが左になる形で屏風を置き、展示してきた。しかし著者は、屏風の置きかたが逆なのではないかと指摘する。
 指摘の根拠は、非常に明快で理にかなったものだと私には思われる。詳しくはぜひ本書をお読みいただきたいが、ヒントは「古来、中国をはじめとする東アジア世界では、うさぎは月を、カラスは太陽を象徴している」事実だ。うさぎという「かたち」に着目するだけで、絵画への理解がぐんと広がり、深まる。
 本書のおかげで、うさぎが登場する日本画や工芸品を、これからは新たな目で眺めることができそうだ。うさぎ好きとしては感に堪えない。
 ちなみに本書の著者は、「兎好き(ウサギマニア)」ではないそうだ。こんなにうさぎグッズを集め、これほど真剣にうさぎの「かたち」と向きあっているのに!? ほんとはうさぎ好きのくせに(勝手に断定)、あくまでクールさを装いつつ、情熱的にうさぎの秘密に迫る著者の研究者としての姿勢に、好感と信頼を覚えた。
    ◇
 東京大学出版会・2940円/いまはし・りこ 64年生まれ。学習院女子大学教授。『江戸の動物画』など。
    --「兎とかたちの日本文化 [著]今橋理子 [評者]三浦しをん(作家)」『朝日新聞』2013年11月24日(日)付。

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