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覚え書::ヘイトスピーチ規制と表現の自由に関するひとつの考え方。

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 そもそも、国際自由権規約第二〇条第二項は差別の唱道を禁止するとしている。同第一項は戦争宣伝の禁止である。戦争宣伝の禁止と差別の禁止が同じ条文に規定されていることを無視してはならない。また、人種差別撤廃条約第四条は差別の煽動や人種的優越性の主張を処罰するとしている。ヘイト・スピーチ処罰は世界の常識である。
 それは表現の自由を口実に人種差別や戦争宣伝が行われ、ナチス・ドイツによるユダヤ人迫害や侵略戦争を許してしまった歴史的経験に学んだからである。近年でも旧ユーゴスラヴィアの民族浄化、ルワンダのツチ・ジェノサイドで、表現の濫用によって差別、迫害、虐殺の煽動がなされた。
 それゆえ、ジェノサイド条約第三条は、ジェノサイドの直接かつ公然たる教唆を処罰することにしている。人道に対する罪や戦争犯罪について定めた国際刑事裁判所規程第二五条は、犯罪実行の教唆、幇助、援助、及びジェノサイドの煽動を処罰するとしている。
 ところが日本では非常に歪んだ認識が語られる。憲法教科書は、かつて軍国主義の下で市民の表現の自由が侵害されたことを取り上げて、表現の自由の重要性だけを指摘する。一部の憲法学者は「スピーチだから表現の自由だ」と、「差別表現の自由」を主張する。憲法教科書では「表現の自由の優越的地位」と表記され、他の自由や人権よりも表現の自由が重要であるとされてきた。この解釈には疑問が残る。
 表現の自由の理論的根拠は、第一に人格権であり、第二に民主主義(知る権利、情報の権利)である。これはアメリカ憲法の考え方である。
 しかしアメリカ憲法と日本国憲法には決定的な差異がある。アメリカ憲法の表現の自由は修正第一条に規定されている。そして、アメリカ憲法には人格的の独自の規定が存在しない。このために表現の自由の理論的根拠を提唱する必要があった。人権規定としては冒頭に置かれた表現の自由が優越的地位を有することに不自然さはない。
 他方、日本国憲法第一三条の個人の尊重や幸福追求権の規定は人格権の規定と理解されている。つまり、日本国憲法は人格権を明文で保障している。表現の自由(第二一条)よりも人格権(第一三条)が前に置かれている。表現の自由が人格権よりも優越的地位にあると言うことは、日本国憲法の解釈としては妥当でない。憲法第一三条の人格権は、憲法第二一条の表現の自由よりも優越するからである。
 そもそも「朝鮮人を殺せ」と叫ぶことは、いったい誰のどのような人格権に資すると言うのだろうか。他者の人格権を否定する差別煽動を表現の自由だと言い募るのは矛盾である。
 第二の理論的根拠の民主主義についても、「朝鮮人を殺せ」などと他者の人格権を否定し、民主的手続きを破壊する暴力を取り締まることこそ、まさに民主主義に適うはずだ。
 人種差別撤廃委員会では「表現の自由の保障とヘイト・スピーチの処罰は両立する」、「表現の自由を守るためにヘイト・スピーチを処罰するべきだ」と繰り返し語られてきた。
 また、憲法第一四条の法の下の平等規定も参照する必要がある。日本には差別を禁止する法律がまったくないため、人種差別撤廃委員会から、憲法第一四条の法の下の平等を実施する法律を制定するように勧告されている。性差別禁止法、人種・民族差別禁止法、障害者差別禁止法など、差別禁止法を制定する必要がある。
 そうすればマイノリティの表現の自由の重要性が見えてくる。人格権と民主主義と言うが、それが重要なのはマイノリティにとってである。マジョリティの横暴を表現の自由とは呼ばない。
 民主主義が成熟した社会ではヘイト・スピーチの処罰は常識である。
    --前田朗『増補新版 ヘイト・クライム 憎悪犯罪が日本を壊す』三一書房、2013年、8-10頁。

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