« 覚え書:「書評:池田晶子 不滅の哲学 若松英輔著」、『聖教新聞』2014年01月08日(水)付。 | トップページ | 覚え書:「みんなの広場 安倍首相の『英霊』とは」、『毎日新聞』2014年01月09日(木)付。 »

覚え書:「特集ワイド:安倍政権1年 哲学者・高橋哲哉さん」、『毎日新聞』2013年12月12日(木)付(東京夕刊)。

401

-----

特集ワイド:安倍政権1年 哲学者・高橋哲哉さん
毎日新聞 2013年12月12日 東京夕刊


 <この国はどこへ行こうとしているのか>

 ◇犠牲いとわぬ統治者気分--哲学者・高橋哲哉さん(57)

 「今の政権担当者たちは、自分が生まれながらにして日本の統治者だと思っているのではないでしょうか」

 非難の言葉が穏やかな表情の哲学者からこぼれた。安倍晋三首相、麻生太郎副総理兼財務相ら2世、3世が権力の座にいる。「彼らの先祖が帝国の支配層として君臨していた時代を否定されたくないし、何とか肯定したいという欲望があるのでしょう」。優しい口調だが、高橋哲哉さんは怒っている、と確信した。その「統治者」たちは今、何をしようとしているのか。

 <ドイツのヒトラーは、ワイマール憲法という当時ヨーロッパで最も進んだ憲法で出てきた。憲法が良くてもそういったことはありうる。(中略)「静かにやろうや」ということで、ワイマール憲法はいつの間にか変わっていた。誰も気がつかない間に変わった。あの手口、学んだらどうかね>

 東京大学のシンボルにもなっているイチョウの並木道をくぐりぬけると、高橋さんの研究室の入るビルがある。冬にしては温かい日差しが窓から注ぐ中、ゆっくりと語り始めた。「ここへ来て、安倍首相にも麻生氏の『ナチス発言』が乗り移ったかのようです」

 当初、安倍首相は高揚していると高橋さんには見えた。国防軍の設置を掲げ、閣僚の靖国参拝に反発した中国・韓国に対し「国のために命を落とした英霊に尊崇の念を表するのは当たり前だ。わが閣僚はどんな脅かしにも屈しない」と4月の参院予算委員会で述べたのは象徴的だ。「歴史認識については、春ぐらいまで彼の本音に近いところを出そうとしていたと思います」

 しかし、その歴史認識は中国・韓国はもちろん、米国や英国の主要メディアからも批判を浴びた。憲法9条の改正に国民が必ずしも肯定的ではないと感じて96条の先行改正を打ち出したが、これも批判が相次いで引かざるを得なかった。前のめりにやろうとしたことがうまくいかない。その時に浮かんできたのが、あの「ナチスの手口」ではないかと高橋さんは考える。

 「国民が分からないうちに、憲法を骨抜きにする法律や施策を進めていくやり方にかじを切ったように感じます」。淡々と話し続ける。「ひとつは9条の解釈改憲が大きい。内閣法制局長官の首をすげ替えて、9条の下でも集団的自衛権が行使できると歴代政権の解釈を変えてしまえば、改憲しなくても軍を地球の裏側に派遣できる」。ぐい、とお茶を飲み、大きく息を吸って続けた。「そしてなんといっても特定秘密保護法です。7月の参院選の公約にもなかったのに、秋になって突然出してきて、メディアや国民が対応できないうちに成立させようという露骨なやり方です」

 ナチスドイツは全権委任法という法律を作り、そこに「政府の作る法律は憲法に違反できる」という条文を入れ、当時のワイマール憲法を無効化した。全権委任法はたった5条、憲法の改正はしていない。「麻生副総理が言った狙いはそういうことでしょう。国民が気づいたら憲法が変わっていたという状態が一番いいんで、あの手口を学んだらどうかね、と」。ゆっくりと力を込めて話す口調から、危機感が押し寄せてくる。部屋には相変わらず日が差し込んでいるのに、いきなり背筋がぞーっとした。

 高橋さんは福島県出身。高校を卒業するまで、県内のあちこちで暮らした。東京電力福島第1原発の事故後、長く警戒区域となっていた富岡町にも住んだことがある。苦しむ故郷を顧みる時、「統治者」を気取る安倍首相の国民に対する想像力の欠如はよほど目に余るものがあるのだろう。昨年出版した「犠牲のシステム 福島・沖縄」では、第1次安倍内閣で初代防衛相に就任した久間章生氏の2003年の発言「90人の国民を救うために10人の犠牲はやむを得ない」を取り上げ、こう書いた。

 <はたして私たちは、国家・国民共同体を維持するために、自分を犠牲になるべき1割の側に組み込んでもいいということを、国家為政者に認めたことがあるだろうか>

 私たちは今、ほとんどが国家のために犠牲になることは考えていない。でも、現政権は違うようだ。「集団的自衛権を行使すべきだという彼らは、米国との関係の中で『日本国も軍事的なリスクを負わなくてはいけない』という。しかしその場合、彼らの意識の中でリスクを負って犠牲になるのは彼ら自身ではなく、『末端にいる』我々国民なのでしょう」

 ぜひとも伝えたいことだ、と高橋さんは身を乗り出した。「特にこの間、安倍政権は沖縄を国家権力むき出しで黙らせようとしています。米軍普天間飛行場の辺野古移設では、自民党本部が沖縄選出の国会議員団に『離党勧告するぞ』『県外移設なんて言っているといつまでも基地は動かない』と圧力をかけて公約を撤回させました」

 さらに、と語気を強める。「沖縄県の全41の市町村長らが一緒に東京へきて安倍首相に建白書を手渡し、『県内移設を断念してください』『オスプレイの配備を撤回してください』と言っても一顧だにしなかった。これは驚くべきことです」。「統治者」が「末端の」国民に対する姿勢があらわになっている、と指摘する。国民どころか地方議員の声にすら耳を傾けず、憲法を選挙も通さずに無効化し、戦争に行ける状況をつくりだす--そんなことがありえるのだろうか。思わず「私たちが戦争に行って死ぬことぐらい何も感じないのでしょうね」と口にしていた。

 「そう思います」。高橋さんは間髪いれず静かに答えた。

 「今の政権には即刻退陣してもらいたい。こんな政権は過去の自民党にもなかった」。この人にしては激しい言葉の後、ちょっと苦笑いした。「本来主権者である我々国民は、日本の為政者に対し、現憲法の掲げる人権が守られていない状況を正すように求めるべきです。たとえば福島や沖縄、格差社会化の底辺であえいでいる人たちなど。しかし、今の政権はその肝心な憲法を変えたいと思っているわけですから、そもそもそんな話に耳を傾けるわけがない。最悪の政権です」

 「何か希望はないか」と聞いてみた。「うーん」と首をひねる。状況は悪い。「でも日本は市民運動がとても盛んです。憲法についても多くの人が勉強している。この中から、しっかりした人権感覚や歴史認識をもつ政治家を育てるしかありません。カリスマはいらない。人類普遍の原理に立った、民主的なセンスのある政治家が必要なのです」

 この国を「統治者」のほしいままにさせない覚悟が今、問われている。【田村彰子】=「安倍政権1年」は今回で終了します

 ■人物略歴

 ◇たかはし・てつや

 1956年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科教授。著書に「記憶のエチカ」(岩波書店)、「靖国問題」(ちくま新書)、「国家と犠牲」(NHKブックス)など。
    --「特集ワイド:安倍政権1年 哲学者・高橋哲哉さん」、『毎日新聞』2013年12月12日(木)付(東京夕刊)。

-----


[http://mainichi.jp/shimen/news/20131212dde012010003000c.html:title]

Resize2031


記憶のエチカ―戦争・哲学・アウシュヴィッツ
高橋 哲哉
岩波書店
売り上げランキング: 617,996


国家と犠牲 (NHKブックス)
高橋 哲哉
日本放送出版協会
売り上げランキング: 164,700


|

« 覚え書:「書評:池田晶子 不滅の哲学 若松英輔著」、『聖教新聞』2014年01月08日(水)付。 | トップページ | 覚え書:「みんなの広場 安倍首相の『英霊』とは」、『毎日新聞』2014年01月09日(木)付。 »

覚え書」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/451663/54580819

この記事へのトラックバック一覧です: 覚え書:「特集ワイド:安倍政権1年 哲学者・高橋哲哉さん」、『毎日新聞』2013年12月12日(木)付(東京夕刊)。:

« 覚え書:「書評:池田晶子 不滅の哲学 若松英輔著」、『聖教新聞』2014年01月08日(水)付。 | トップページ | 覚え書:「みんなの広場 安倍首相の『英霊』とは」、『毎日新聞』2014年01月09日(木)付。 »