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覚え書:「今週の本棚:持田叙子・評 『燃える家』=田中慎弥・著」、『毎日新聞』2013年12月29日(日)付。

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今週の本棚:持田叙子・評 『燃える家』=田中慎弥・著
毎日新聞 2013年12月29日 東京朝刊

 ◇持田叙子(のぶこ)評

 (講談社・2415円)

 ◇既成世界の礎に投げつけられた毒夢の絢爛

 家は燃えている。毎日あたたかいご飯がつくられ、子どもたちが育って学校へ通い、暗くなると灯がなつかしく点(とも)る。それでも家のどこかはチリチリ燃えつづけている。それに全く気づかない人、気づいているけれどそ知らぬふりをする人、ああ、ああ燃えていると指さす人。たぶん三種類いる。著者は稀有(けう)な三番めの人。燃えている!と指さす。燃えないはずなどない!と叫ぶ。

 男と女がまぐわい子が生まれ、そんな生ぐさい獣としての営みを始まりとするのに、オヤはどうどうと教育と道徳の王座につく。そのオヤコ関係が社会の礎となり、神と人間、王と国民の支配被支配構造を絶対化するなんて、そんな奇怪なこっけいなことがあるものか、と家族と家の起源に反旗をひるがえす人--それが作家としての田中慎弥の、一つの大きな本質である。

 その意味で田中慎弥とは、生殖と血のきずなの外側にとどまることを選ぶ、永遠の童子といえる。無垢(むく)な童子の視線で、まぐわう男女、増殖する家々、そのカタマリとしての社会を青く冷たく見すえ、残酷に相対化する。

 著者がその作品で一貫してこだわる故郷の聖地、山口県下関の海峡の街、赤間関(あかまがせき)が舞台。潮風に錆(さ)びたコンクリートの壁、細長い海をゆききする船、新しい宅地に古い市場、海運会社の倉庫、コンテナ置場でできた、「本州の端の端」の小さな「皺(しわ)くちゃな街」。

 今回は特にそこが平氏滅亡、幼い安徳天皇が水死した海であり、とともに現首相の政治地盤の地であることが寓意(ぐうい)的に意識される。首相とはもちろん父の象徴。その背後にはさらに大きな国家の父、天皇の影が透視される。

 主人公は高校生の徹。幼なじみの相沢の黒い意志に巻きこまれ、サビエル記念聖堂で洗礼をうけた若い女性教師を辱(はず)かしめる儀式に、教師を熱愛する女子高生とともに加担することとなる。恐るべき子どもたち。この主題は、三島由紀夫の『金閣寺』や『午後の曳航(えいこう)』をほうふつさせる。

 街の権力者を父にもつ相沢の巧妙な処置で、事件は秘密のうちに終わったかに見えた。が、関係者に次々と闇の手が迫る。転落死した男。脅迫状と封筒の中の女の指。徹の母の失踪。相沢はリンチで廃人となる。不能で血を継げない彼を憎む、実父の命令らしい。徹は--徹のほんとうの父は、首相を補佐する国会議員。この機に息子を完全に支配しようとする。子殺しなど何とも思わぬ強大な父たちが世界を管理することに気づき、徹は幼帝の加護をたのみ、赤間神宮で父親と対決する。

 何しろ大長篇。時に著者の息切も感じる。後半、登場人物の独白による図式的な思想の開陳や、世界の狂的爆発には、はてなはてなとも思う。

 けれどジェットコースターごと悪夢の中に突っ込んでゆくような圧倒的な力があり、何より鋭い志がある。多様で絢爛(けんらん)な毒夢の光景は、既成の世界にゆたかな問題提起を投げつける。

 不能の相沢の、世界に入れない無力感。人間の不幸をただ見ている神。子を殺す父。一種の欺瞞(ぎまん)の制度でもある、愛や家族。辺境に水死する天皇がいる一方で、中央に不死の天皇が生きつづける日本国家の奇妙な生理。

 三島由紀夫へのオマージュ作と思ったけれど、小泉八雲なのかもしれない。異人として日本の外側から来た八雲は無垢の目で、敗死したカミの国の童子の王を発見した。異類の童子、安徳帝に「耳なし芳一のはなし」をささげた。本書はその後につづく作品ともいえる。
    --「今週の本棚:持田叙子・評 『燃える家』=田中慎弥・著」、『毎日新聞』2013年12月29日(日)付。

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