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覚え書:「今週の本棚:村上陽一郎・評 『「福音書」解読-「復活」物語の言語学』=溝田悟士・著」、『毎日新聞』2013年12月29日(日)付。


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今週の本棚:村上陽一郎・評 『「福音書」解読-「復活」物語の言語学』=溝田悟士・著
毎日新聞 2013年12月29日 東京朝刊

 (講談社選書メチエ・1680円)

 ◇テクスト分析から「復活」の成り立ちに迫る

 時はクリスマスが過ぎたところだが、キリスト教としては、実はイエスの誕生よりもはるかに大切にしているのが復活祭である。磔刑(たっけい)に処せられたイエスが三日目に蘇(よみがえ)った、と福音書は挙(こぞ)って伝えている。俄(にわ)かには信じ難いこの「事実」こそ、しかし、キリスト教信仰の根幹であることは間違いない。新約の諸文献のなかで、最古のものとされるパウロの書簡にも、イエスの死後、この点こそが、イエス周辺の人々が実体験として伝え合っていることで、自分も伝道においてそれを継承すると書かれている。本書は、信仰の立場を脇に置き、純粋に福音書のテクスト分析の手法を通じて、福音書同士の相互関係、記事の成り立ちなどを洗いだし、「復活」が、どのような文脈のなかで成立したのかを明らかにしようとする意欲作である。

 イエスの生涯を伝える福音書と呼ばれるものは、現在の新約聖書ではマタイ、マルコ、ルカ、そして少し性格の異なるヨハネの四つ、そのほかに外典として、20世紀にエジプトで発見されたパピルスのなかのトマスのものが挙げられる。その成立年代の考証は、これまでに長い積み重ねがあるにも関わらず、完全な結論は出ていない。ただ、マルコが最も古い文書であろう、という通説は、ほぼ等しく認められている。著者も、この前提から出発する。そして、記事の内容に共通するところが多いがゆえに「共観福音書」と呼ばれるマタイ、マルコ、ルカにおいても、復活の物語に少しずつズレがある、そこに、解明の手がかりを求めようとする。それはあたかも一篇の推理小説を読むが如(ごと)き知的な興奮を呼び覚ます。

 著者は比較する。マルコでは、遺体に油を塗ろうと、婦人たちが墓へ行くが、そこには白い長衣を着た「若者」が座っていて、彼女らに「復活」を告げる。マタイでは、天使が天から下って石に座り、同じように彼女らに「復活」を告げる。天使は白い衣を纏(まと)っていたと書かれている。ルカでは「輝く衣を着た二人の人」が現れ、婦人たちに「復活」を告げた、とある。

 著者は、もう一つ聖書を読む誰にとっても気になる個所、イエスが裁判を受ける直前、マルコの福音書に唐突に現れる「若者」に着目する。弟子たちが、イエスの許(もと)を逃げ去ったとある記事の直後、一人の若者が着衣を残して、捕らえようとする人々から逃げた、と書かれているのだ。著者は、この若者が誰か、という点に、二つの解釈のあることを記す。一つは当の福音書の著者自身、つまりマルコが控えめな自署の意味で書いた、という説、もう一つは、弟子が皆逃げた、という記事の後に付け加えられているのだから、その若者は「弟子」ではない、という非常に論理的な説である。著者は、簡単には納得せず、写本の数々を洗い出して、ユダ説、ヨハネ説、さらにはイエスの兄弟であるヤコブ説まで、多くの仮説が生まれたことを跡付ける。

 その後20世紀になって、外典としてのもう一つのマルコ福音書が発見されたことが示され、そこには、復活を告げる若者と、逃げ去った若者とを結びつける可能性が示唆されていることが明かされる。紙数の関係で本書の前半部の紹介で終えなければならないが、後半部こそ著者の手法の本質が、力を発揮するところと言えるのかもしれない。それは記号論的なテクスト解釈の活用にある。例えば若者の着衣が「亜麻布(あまぬの)」と書かれていることの分析一つにも、そのことはよく表れている。並々ならぬ力量とみた。
    --「今週の本棚:村上陽一郎・評 『「福音書」解読-「復活」物語の言語学』=溝田悟士・著」、『毎日新聞』2013年12月29日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20131229ddm015070042000c.html:title]

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