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覚え書:「今週の本棚:荒川洋治・評 『別れのワルツ』=ミラン・クンデラ著」、『毎日新聞』2014年01月12日(日)付。

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今週の本棚:荒川洋治・評 『別れのワルツ』=ミラン・クンデラ著
毎日新聞 2014年01月12日 東京朝刊

 (集英社文庫・903円)

 ◇やわらかな“心理の光景”との出会い

 世界文学の旗手、ミラン・クンデラの傑作長編。文庫は初。 サルトルが「二〇世紀最大の小説」と評した『冗談』(一九六七)、『生は彼方(かなた)に』(一九七二)につづく長編第三作だ。クンデラは一九二九年、チェコスロヴァキア生まれ。<プラハの春>挫折後の一九七五年フランスに亡命。この『別れのワルツ』は亡命前の一九七三年に書かれた。クンデラの作品はその名を世界に知らしめた『存在の耐えられない軽さ』(一九八四)がそうであるように、詩、哲学、思想、政治、あるいは国家と個人といったことがらが複雑にからみあうものが多いが、『別れのワルツ』は題名通り、やわらかみのある作品だ。

 舞台は首都から離れた、山あいの温泉保養地。「秋になり、木々の葉が黄色や赤や褐色に染まって、美しい谷間にあるその小さな温泉町は、まるで火災の炎に囲まれたように見える」という一行から始まる。

 当地に生まれ、治療センターで働く女性ルージェナ、トランペット奏者クリーマとその妻カミラ、医師スクレタ(不妊治療にあたるが、女性に自分の精液を注入するなど奇妙なことをしている)、アメリカ人湯治客バートレフ、亡命をもくろむヤクブ(人は自分の生と死の主人になるために成人式には毒薬をもらうべきだと考える人)、その友人の娘オルガなどの「五日間」の行状と心理、出会いと別れを時間の経過通りに記す。よどみなく流れるように書かれているので読みやすい。各場面は感動的な心の動きにみたされるが、作品の構造も新しい。登場人物全員に重点があり、主人公を特定できない。それでいてひとりひとりに存在感がある。亡命直前のヤクブが、クリーマの妻カミラと出会うとき。

 「ヤクブは二時間後に出発することになっていたので、やがてこの美しい女性の何も彼には残らなくなってしまうだろう。この女性は拒否のしるしとして彼の前に現れたのだ。彼が出会ったのはただ、彼女が彼のものにはなりえないことを確信するためだった。彼はその出発によって失ってしまうすべてのもののイメージとして、彼女に出会ったのだ」。また、ヤクブはこれを「人生の外で」の出会いだといい、「彼の伝記の裏側で生じた」とみる。どのような偶然の接触もこのように書かれると、照らされると、読む人のものになる。ヤクブだけではない。カミラも、またヤクブとカミラによって「生じる」新しい状況も読む人の視界をおしひろげる。そういう書き方だ。「なぜ彼女はオルガと連帯しなかったのか?」「なぜ彼は別の女のほうを振り向かないのか?」というように「なぜ」ということばが随所に配置される。道筋の確認のようにも思えるが、重い主題をも軽やかにとらえる方法なのだと思う。これが独得のリズムをつくる。そこにある美しいもの、深いものと、読者は心地よく接することができるのだ。他に例のない、新しい散文の発動である。クンデラを読むことのしあわせをかみしめる一瞬だが、その一瞬がどこまでもつづくのである。

 クンデラの短編集『微笑を誘う愛の物語』(一九七〇)の一編に、人は未来のため、まずは「登録」し、それから近づき、「接触」するという理論が記される。女性に向かうときの心得だが、ひろく応用できる見方だ。この一節を読んでから二十年が経過するけれど、ものをみるときぼくはこれを思い出す。『別れのワルツ』にはやわらかい空気があるので近づきやすい。ミラン・クンデラとの「出会い」の一編になるだろう。(西永良成訳)
    --「今週の本棚:荒川洋治・評 『別れのワルツ』=ミラン・クンデラ著」、『毎日新聞』2014年01月12日(日)付。

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