« 覚え書:「今週の本棚・新刊:『東京の片隅』=常盤新平・著」、『毎日新聞』2014年01月12日(日)付。 | トップページ | 覚え書:「発言 縮小社会にかじを切る=森まゆみ・作家」、『毎日新聞』2014年01月09日(木)付。 »

覚え書:「今週の本棚:本村凌二・評 『皇帝フリードリッヒ二世の生涯 上・下』=塩野七生・著」、『毎日新聞』2014年01月12日(日)付。

201_2

-----
 
今週の本棚:本村凌二・評 『皇帝フリードリッヒ二世の生涯 上・下』=塩野七生・著
毎日新聞 2014年01月12日 東京朝刊

 (新潮社・各2520円)

 ◇渾身の筆で描く“驚異の男”とその時代

 わが国では、「猿」というあだ名のある秀吉がおり、「狸(たぬき)」とよばれた家康がいる。庶民感覚からすれば、実にわかりやすい。

 中世ヨーロッパでは、ローマ法王と神聖ローマ帝国皇帝との確執がたびたびくりかえされた。13世紀前半には、法王から3回も破門された皇帝すらいる。破門した法王グレゴリウス9世は「梟(ふくろう)」とあだ名され、破門された皇帝フリードリッヒ2世は「鷹(たか)」とよばれていたという。梟には人の欠点だけに目がむき悪口をいう陰険な印象があり、鷹には頭が切れて活発だが野心家でもあるという含みがあったらしい。

 1回目の破門は、33歳のフリードリッヒが遠征延期をくりかえした末に十字軍を率いてイタリア半島南端の港町を発(た)ちながら疫病の発生のため避難したことによる。2回目は翌年、破門の解除もないまま、反論の書簡を送っただけで恭順の意を示さなかったという理由で破門。やがて、無血の十字軍遠征でイェルサレムの10年期限付き奪還がなった翌年、35歳のフリードリッヒは法王の生家で「平和の接吻(せっぷん)」を交わして和解し、破門が解かれた。

 3回目の破門は、北イタリアの法王派の拠点となるロンバルディア同盟を撃破し、同盟解体に追いこんだ翌々年のこと。44歳のフリードリッヒは、10年以上も過去の言動にまでさかのぼって何かと難癖をつけられ、「反キリスト」の烙印(らくいん)を押されて破門された。70歳の法王は「怨念(おんねん)の人」になったと指摘する学者もいるという。

 中世世界にあって絶大な権威をもつローマ法王との不和と反目を恐れず、自分の信念を貫いて生き切った驚異の男がいた。著者は、作家になりたてのころから、いずれフリードリッヒ2世を書きたかったという。「執念の人」となった作家が、中世人の真打ちとなる男の生涯を描きながら、古代ともルネサンスとも異なる中世という時代を浮かび上がらせる試みでもある。

 1194年、フリードリッヒは、皇帝ハインリッヒ6世を父とし、シチリア女王コスタンツァを母としてこの世に生を受けた。だが、物心つくころには、父も母も亡くして、孤児になってしまう。母が成人となるまでの後見人として頼んだのは、法王インノケンティウス3世であった。「法王は太陽、皇帝は月」と公言してはばからない、法王権力絶頂期をもたらした実力者である。彼と会見し、清貧の修道会を黙認してもらったのが、かのアッシジのフランチェスコである。だが、この法王もフリードリッヒが21歳のときに世を去った。

 ところで、地中海のほぼ中央に位置するシチリア島は、古代にはギリシア人もローマ人も住み、中世初期にはイスラム教徒に征服され、11世紀末からは北方から侵入したノルマン人の支配下にあった。これら多言語が重なる世界では、とくにパレルモの宮廷では、ギリシア語、ラテン語、アラビア語、イタリア語、ドイツ語が飛び交っていた。このような環境で育ったフリードリッヒは、アラビア語を解し、イスラム教徒の役人や軍人とも常日頃から接していたという。

 こうした異文化集団の共存する社会で生きれば、異教徒としてのイスラム教徒を敵視することはなかったのである。できるかぎり血を流さず、外交交渉で解決する。その意志が、敵陣営のスルタンであるアル・カミールとの妥結をもたらし、第6次(第5次にふくめる場合もある)十字軍によるイェルサレム無血入場として結実する。

 だが、現代からすれば、世界史の奇跡とも言えるフリードリッヒとアル・カミールの和解は、同時代には双方の側から評判が悪かった。キリスト教徒にしてみれば武力で無期限に聖地を奪還するのが望ましかったし、イスラム教徒側では40年前に英雄サラディンが取り返した聖地の大半を敵に譲り渡すなど、もってのほかだった。

 ともあれ、イェルサレムの無血奪還を一つの作品(オペラ)とすれば、フリードリッヒのもう一つの作品は「ローマ法の精神」を再興する法治国家の設立をめざしたことだ。彼にとっては、あくまでも「皇帝(カエサル)のものは皇帝(カエサル)に、神のものは神に」であった。イェルサレム無血入場の2年後、フリードリッヒは「メルフィ憲章」を発布し、その後も条項を磨き上げることに熱意を注ぐ。まさしく近代精神の息吹がほとばしりだしたのである。

 それにしても、フリードリッヒは終生にわたって側近に恵まれていた。とりわけ献身的であったのが、パレルモ大司教ベラルドとチュートン騎士団団長ヘルマンである。さらにまた、正妻・愛人をふくむ11人の女から15人の子をもうけたフリードリッヒだが、ローマの武将カエサルに似て、女の存在がほとんど影響しなかった男だという指摘には脱帽したくなる。

 さすがに若いころから狙いを定めた著者渾身(こんしん)の力作であり、失礼ながら、筆力の衰えなどいささかも感じさせない。いい男に出会ったという気がする。
    --「今週の本棚:本村凌二・評 『皇帝フリードリッヒ二世の生涯 上・下』=塩野七生・著」、『毎日新聞』2014年01月12日(日)付。

-----


[http://mainichi.jp/shimen/news/20140112ddm015070023000c.html:title]

Resize0019
皇帝フリードリッヒ二世の生涯 上
塩野 七生
新潮社
売り上げランキング: 158
皇帝フリードリッヒ二世の生涯 下
塩野 七生
新潮社
売り上げランキング: 195

|

« 覚え書:「今週の本棚・新刊:『東京の片隅』=常盤新平・著」、『毎日新聞』2014年01月12日(日)付。 | トップページ | 覚え書:「発言 縮小社会にかじを切る=森まゆみ・作家」、『毎日新聞』2014年01月09日(木)付。 »

覚え書」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/451663/54593215

この記事へのトラックバック一覧です: 覚え書:「今週の本棚:本村凌二・評 『皇帝フリードリッヒ二世の生涯 上・下』=塩野七生・著」、『毎日新聞』2014年01月12日(日)付。:

« 覚え書:「今週の本棚・新刊:『東京の片隅』=常盤新平・著」、『毎日新聞』2014年01月12日(日)付。 | トップページ | 覚え書:「発言 縮小社会にかじを切る=森まゆみ・作家」、『毎日新聞』2014年01月09日(木)付。 »