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覚え書:「書評:叛乱の時代 ペンが挑んだ現場 土屋 達彦 著」、『東京新聞」』2014年1月12日(日)付。

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叛乱の時代 ペンが挑んだ現場 土屋 達彦 著

2014年1月12日


◆血と汗が匂う闘争の記録
[評者]三橋俊明=ライター
 血と汗の匂いが沸き立ってくる筆勢に誘われて、「叛乱(はんらん)の時代」へと一気に記憶が回帰していくようだ。
 「叛乱の時代とは『一九六八年』前後の十数年」という著者は、「学生運動から過激派まで『叛乱番記者』として私が現場に立ったあの時代は、いったい何だったのだろうか。…それをまとめてみたくなった」と記している。
 本書は、六七年に大森実氏が創刊した『東京オブザーバー』紙を皮切りに『産経新聞』『夕刊フジ』で、六八年の米国原子力空母佐世保寄港阻止闘争から学生運動、日大・東大などの全共闘運動、成田闘争、過激な武装闘争へと走った連合赤軍事件や日本赤軍のテロ事件など、一貫して反体制運動や現場を取材してきた著者の、ジャーナリストとしての軌跡を綴(つづ)った血風録だ。
 書くきっかけとなったのは、二〇一二年夏の金曜日夕刻、首相官邸前で原発再稼働反対に立ち上がった個人の自由な行動だった。その現場に接し「四十余年前の全共闘運動のういういしさを見出し、あの叛乱の時代を自分なりに整理しておこうと思った」という。
 首相官邸前で抗議の声をあげた若者たちの姿は、叛乱の時代に大学や社会に対して異議申し立てへと立ち上がった全共闘の学生たちと重なって見えていた。一九六八年と二○一二年の二つの場面から同質な息吹を読み取った洞察力は、著者が常に現場に寄り添いながら取材してきた賜(たまもの)だろう。
 そのようなジャーナリストであり続けた著者は「あの叛乱の時代、新聞は『権力対新聞』の姿勢を貫き、国民の支持を得た」と、いま私たちが失いつつあるメディアの社会的役割と責任について、最後に鋭く指摘している。
 ジャーナリストの著者と全共闘運動の渦中にいた評者とは、立場や考え方などに相違はある。だが「叛乱の時代」の豊かさと喪失とを鮮明に峻別(しゅんべつ)していくには、本書をはじめ複数の眼や声に耳を傾け、過去を想起し、記憶や記録を集積していくしかないだろう。
(トランスビュー・2310円)
 つちや・たつひこ 1941年生まれ。元ジャーナリスト。
◆もう1冊
長崎浩著『叛乱(はんらん)の六○年代』(論創社)。安保闘争から全共闘運動に続く「叛乱」の時代を生きた著者がその闘争の背景と意味を問う。
    --「書評:叛乱の時代 ペンが挑んだ現場 土屋 達彦 著」、『東京新聞」』2014年1月12日(日)付。

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[http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2014011202000180.html:title]

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