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覚え書:「今週の本棚:加藤陽子・評 『濱口雄幸伝 上・下』=今井清一・著」、『毎日新聞』2014年02月02日(日)付。

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今週の本棚:加藤陽子・評 『濱口雄幸伝 上・下』=今井清一・著
毎日新聞 2014年02月02日 東京朝刊

 (朔北社・上巻=2310円、下巻=2100円)

 ◇「広義の国防」に殉じた宰相“幻の伝記”

 この本を手にした時、本が背負う運命というべきものは、やはりあるのだと思った。五十余年も前に完成原稿ができていたにもかかわらず、さまざまな理由で刊行されずにきた濱口雄幸(はまぐちおさち)の伝記が、今という時代を選んで堂々、世に出てきたのである。

 濱口といっても、ライオン宰相の異名をとったその風貌をすぐに思い浮かべられる方は今やそう多くはないだろう。戦前期の日本で最も力のあった政党内閣といえば、政友会を与党として1918年に成立した原敬内閣と、民政党を与党として1929年に成立した濱口内閣の二つだった。その一方の雄であった濱口は、首相時代、戦前期の日本を大きく右旋回させる転機となったロンドン海軍軍縮条約締結をめぐる政治対立の中で、東京駅で撃たれた傷により1931年に死去する。その10年前、同じ東京駅頭では原首相が暗殺されていた。五・一五事件(32年)に倒れた政友会の犬養毅首相も入れれば、現職の首相の地位にあって暗殺された者すべてが政党政治家であったという事実は重い。

 本書は、大正昭和期の新聞人として知られた丸山幹治(丸山眞男の父といった方が伝わりやすいか)が濱口家から伝記執筆を依頼されたことに端を発する。老齢の丸山幹治を助け、丸山の取材メモ、濱口家から提供された史料、大蔵省文書、枢密院議事要録、海軍関係史料等を用い、原稿用紙千枚を超える原稿としたのが著者の今井清一氏に他ならない。今井氏は丸山眞男のもとで日本政治史研究を学んだ学者であるから、濱口伝の執筆は、濱口、丸山両家から氏に託された大切な仕事だったといえるだろう。

 惜しいことには、完成後、清書1部が濱口家に提出されたほか、最終稿のコピー1部が高知市自由民権記念館に寄贈されたのみで、世には出なかった。今回、この幻の一書が刊行されたのは、現在の日本の政治状況を考える時、まことに意義深いことだと思う。確実な史料を典拠とし、多角的な観点で書かれていたためだろう、現在の研究水準に照らして本書の記述が全く古びていないのにも驚かされた。

 では、この本をひもとくことで、今、何が見えてくるのだろうか。一つには、東アジアで今確かに起こっている軍拡競争を考える際のヒントが得られよう。1930年に内閣が締結したロンドン海軍軍縮条約の兵力量では、日本の国防が危ういとして条約の批准に抵抗した枢密院に対し濱口首相は、次のように反駁(はんばく)する。いわく、国防には広義と狭義の二つがある、狭義の国防は兵力量の大小にもよろうが、広義の国防は、軍備だけでなく、国交の親善、民力の充実を包含したもので、広義の国防こそが大事なのだ、と。外交と財政あっての軍備という濱口の明察は、今の時代にこそ思い出されるべき知見だろう。

 二つには、軍縮条約の締結が日本の国益になると決めたが最後、断乎(だんこ)とした態度で反対派に立ち向かった濱口の格闘をたどる醍醐味(だいごみ)が味わえる。海軍軍令部の反対を押し切って内閣が条約調印をおこなったのは統帥権干犯だと批判した枢密院顧問官に対して濱口は、統帥権も兵力量決定権も条約締結権も、すべて天皇の大権である、ならば、一つの大権が他の大権をいかにして侵犯できようか、として正面から反論を加えた。枢密院が最後まで抵抗した場合、その正副議長を罷免する覚悟までを固めて対峙(たいじ)した濱口は、最終的に条約の批准を枢密院から勝ち取ることができた。

 本を閉じた時、厳寒の夜明けに曙光(しょこう)を見たような感慨にとらわれた。
    --「今週の本棚:加藤陽子・評 『濱口雄幸伝 上・下』=今井清一・著」、『毎日新聞』2014年02月02日(日)付。

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