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覚え書:「今週の本棚:海部宣男・評 『人類はどこから来て、どこへ行くのか』=エドワード・O・ウィルソン著」、『毎日新聞』2014年02月09日(日)付。

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今週の本棚:海部宣男・評 『人類はどこから来て、どこへ行くのか』=エドワード・O・ウィルソン著
毎日新聞 2014年02月09日 東京朝刊

 (化学同人・2940円)

 ◇「科学」に根差し「人間」に踏み込む思考

 人間とは何か。それをまともに問うのは、もちろん並大抵の仕事ではない。ゴーギャンがタヒチで描いた畢生(ひっせい)の大作の隅に「我々はどこから来たのか、我々は何者なのか、我々はどこへ行くのか」と書き残し、この種のテーマが繰り返される度に引用されて来た(ウンザリするくらい)。ではあるが本書の著者ウィルソンは、冒頭と終章でゴーギャンについて論じ、芸術家として真に独創的な形であの問いを表現したと称賛している。自分はゴーギャンに呼応し、科学者としてその問いに答えるのだという、真っ向からの自負の表明と受け取るべきだろう。この大きな問いに答えられるのは宗教でもなく哲学でもなく、事実を積み上げる科学だと、彼は言明する。科学はその面でかなりの成功を収め、少なくとも理路整然と取り組んで「ある程度」答えることも可能になったと。

 ウィルソンは、1929年アメリカ生まれ。アリの研究の世界的権威で、社会生物学の創出に関わり、人間の文化・社会への進化論の適用を大胆に提起して激しい論戦を巻き起こした。早くから自然科学と人文学の融合を唱え、著書では二度のピュリッツァー賞。今も環境保護で活躍中だ。この本は、彼の多岐にわたる仕事の中で「人間とは」という問いにどこまで答えられるか試みた、その集大成というところ。力瘤(ちからこぶ)が入るのも当然か。

 さて、人間とは何か。著者が提示する第一のキーワードは、「真社会性」である。アリやハチなどの昆虫でおなじみだ。多数の個体が世代を超えて巣を守りながら住み、個体間の分業や専門化で、「超個体」的生物集団の形成に至った。いっぽう人間は、大型動物では極めて珍しい真社会性動物だ。複雑で緊密な社会を形成しつつ、アリとは違って全個体が等しく生殖の可能性を持つ。著者の意見では、昆虫のように千万年単位の時間をかけ本能レベルで獲得した真社会性とは違い、高い知性を持つ人間の真社会性は、自然選択と文化社会性が相互作用しつつ急速に獲得された。それが良くも悪くも「人間らしさ」を形成した、というのである。

 では、人間はいかにして真社会性を獲得したか。そして真社会性は、人間に何をもたらしたか。この太く通った軸を中心に展開される議論はさすがの迫力だ。真社会性の獲得には「前適応」と「マルチレベルの自然選択」が重要な要素だったという。

 ここで、ちょっと説明。進化は、目的に向けてまっしぐらに進みはしない。偶然の重なりの中で環境に適応したものが選択的に生き残る自然淘汰(とうた)、つまりダーウィン進化である(著者がこれを迷路に例えたのはうまい比較だ)。そして、ある選択で形成された適応性が状況の変化で必要になった全く別の選択に利用されるのが、「前適応」。用意された性質が偶然別の思いがけない適応に役立つことで、その種が発展する。偶然役立った性質を重ねて、ジグザグの道の末に現れたのが真社会性動物たる人間、というわけだ。

 人間の進化における前適応の例として著者が挙げるのが、野営地の形成だ。つまり、定常的なコロニーである。ここを舞台に協力や分業が進み、文化的知能の発達をもたらし、その中での個体選択とグループ選択、著者が言う「マルチレベルの自然選択」でおきる衝突から、利他行動や倫理観も含む「人間らしさ」が生まれてきた。こういう著者の主張、なかなか魅力的である。

 ところで前にも触れたが、進化が遅く、生態系となじみ合って進化してきたアリなどと違い、大型で脳を発達させた人間では、社会性による支配が知能に助けられて早く進み、そのため周囲の生態系と共進化する時間がなかった。人間の発展は生態系を急速に圧迫し大きな危機を招いて、自らの将来を危うくしている。著者は早くから、この視点で生態系保全運動に取り組んでいる。

 本書では、人間社会がもたらした戦争や宗教問題にも鋭く切り込む。人間は同族意識が極めて強い動物で、戦いは旧石器時代から盛んだったとは、洞窟壁画を援用して著者が送る強いメッセージである。また、神話や組織宗教における強烈な同族意識、民族意識を指摘する。これらには、社会性の進化の中で人間が育ててきたグループ本能が大きく作用しているのだと。こうした著者の主張は人間性の否定などの批判も浴びたが、読んでみればわかるように、説得力に富むものである。

 大部の考察を一冊に詰め込んだから、ややわかりにくい部分も残る。しかし印象深い議論が随所に見出(みいだ)せるし、なにより科学に根差しつつ「人間」にぐいと踏み込む著者の浩瀚(こうかん)な思考には、刮目(かつもく)すべきものがある。

 なお著者は現在広く受け入れられている「血縁選択説」は破綻したとして「グループ選択説」による社会性の進化を説いているが、これには異論も多い(本書「解説」)。だが学説論争は常のこと。いずれ決着してゆくだろうし、我々読者にそう気になるところではあるまい。

 もちろん、十分な答えには遠い。しかし確かに「理路整然と取り組んである程度答える」という手応えを伝える本である。(斉藤隆央訳)
    --「今週の本棚:海部宣男・評 『人類はどこから来て、どこへ行くのか』=エドワード・O・ウィルソン著」、『毎日新聞』2014年02月09日(日)付。

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