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覚え書:「今週の本棚:川本三郎・評 『さらばスペインの日日』=逢坂剛・著」、『毎日新聞』2014年02月09日(日)付。


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今週の本棚:川本三郎・評 『さらばスペインの日日』=逢坂剛・著
毎日新聞 2014年02月09日 東京朝刊

 (講談社・2415円)

 ◇「戦争の世紀」描く壮大なシリーズ完結篇

 壮大な交響曲のような物語がついに完結した。著者のライフワークと言うべきイベリア・シリーズ。一九九七年から書き始められて十六年。単行本は『イベリアの雷鳴』『遠ざかる祖国』『燃える蜃気楼(しんきろう)』『暗い国境線』『鎖(とざ)された海峡』『暗殺者の森』、そして本書と全七冊。スケールの大きさにただ圧倒される。

 波乱に富んだ冒険小説であり、入念な歴史小説でもあり、戦争と革命の時代と言われた二十世紀を深く考えさせてくれる。

 第二次世界大戦を諜報(ちょうほう)戦という、見えない戦いからとらえているのが新鮮。ドイツの諜報機関の長、カナリス提督をはじめ実在の人物が多数、登場し、事実とフィクションが豊かに溶け合う。

 外国人が日本語で話していてもまったく違和感がない。小説はそこまで来ている。現代史に肉迫(にくはく)出来るようになっている。

 主人公の北都(ほくと)昭平は陸軍中野学校出身の有能な諜報員。大戦さなか、その身分を隠して、日系ペルー人の宝石商としてスペインに潜入する。当時、フランコ政権のスペインは、ドイツ寄りとはいえ中立。そのため各国の諜報員が暗躍する。

 直木賞受賞作『カディスの赤い星』以来、逢坂剛にとってスペインはもうひとつの故郷。そこが物語の主たる舞台になる。

 シリーズ全体が第二次世界大戦史になっている。スペイン市民戦争、開戦、連合軍のシシリー上陸、ノルマンディー上陸、ヒトラー暗殺計画……、完結篇の本書はナチス・ドイツの崩壊、そして日本の敗戦が背景になる。

 北都は陸軍の情報将校だが、日本が英米と戦うことには終始、反対の立場をとってきた。その北都が、日本の敗戦をどう迎えるのか。

 ドイツと日本の敗北が決定的になった時点で、国際社会はすでに、新しい戦争に直面していた。英米とソ連の対立。冷戦は、大戦終結前に始まっていた。

 北都は、敵国であるイギリスの諜報員ヴァジニアと愛し合っている。そのイギリスにはのちにソ連のスパイだったと分かるキム・フィルビー(実在)がいる。

 親ソ派のフィルビーの策謀でヴァジニアが危機に陥る。それを北都が必死で助ける。ここでも事実とフィクションが巧みに交錯する。フィルビーの存在の背景には、まだソ連や共産主義が信じられていた時代がある。ここでも逢坂剛は現代史を俯瞰(ふかん)している。本シリーズの重要な登場人物はカナリス。祖国を愛するがゆえに反ヒトラーの立場を取り、最後、処刑されたカナリスと北都は強い友情で結ばれている。

 本書では、カナリスは本当に殺されたのか、もしかしたら生き延びてスペインに隠れ住んでいるのではないかという謎が暗示される。北都の、いや、逢坂剛のカナリスへの思いがこめられていて、この生存説には心震える。平和を希求する者どうしの強い友情である。

 十六年も持続した逢坂剛の力業を支えたのは二人の友情ではないか。

 長大な物語は、最後、北都が敗戦に打ちひしがれた日本に戻り、新たな再生の思いにとらわれるところで終る。ヴァジニアとの再会の場には涙を禁じ得ない。

 これだけの物語を書くのにあたって逢坂剛が厖大(ぼうだい)な資料を読み込んでいるだけではなく多数の日本人関係者に取材しているのにも敬服する。

 近代の戦争は個人の力を押しつぶした。しかし、この小説では個人が輝いている。
    --「今週の本棚:川本三郎・評 『さらばスペインの日日』=逢坂剛・著」、『毎日新聞』2014年02月09日(日)付。

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[http://mainichi.jp/shimen/news/20140209ddm015070134000c.html:title]

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